ショック過ぎて正直目の前が真っ暗だった。
でも何か言わなきゃ、言ってやらなきゃいけない。俺はよろよろと歩き出した。
安っぽいホテルのピンクの絨毯に足が沈みそうだ……。
「ナツミ、お、俺は……怒ってへんぞ……な……」
その声は上擦っていたかもしれない。自分がいつも通りに振舞えているのか自分でも分からなかった。
「……うそつき」
「……あ、えぇ?嘘やない……」
やっぱり声は震えている。取り繕うのは苦手だ。
一歩一歩やっとの思いでナツミの側に近寄る。
「こっち来ないで」
莉音が好きだから?
「んなこと言うなや」
何でもない顔ってどうやってするんだろう。ショックなんか受けてませんみたいな顔って……。
また一歩近づく。
「また話し合えばええし、な……?」
「会いたくなかったです」
拒絶の言葉しかなくて胸が苦しい。
茨の道でも歩いているような気分だった。もう、もう……こんなんやってられん。
「ナツミ!」
「!」
大股で近寄ってって、最後ナツミの隣に座ってその肩を抱いた。
うっとおしいラブホのスプリングが沈んだ。ふわと舞い上がった甘ったるい花の香りも。
「気の迷いやったやろ?」
「……」
「こっち顔向け」
「……」
断固こっちを向かないナツミの手をそっと上から握った。こうやって手を握るのはいつぶりだろうか……。
「俺は許す……」
「……」
俺の手の下のナツミの手がぎゅっとと縮こまるのを感じた。
「僕はもう無理です……帰って……」
「意地張るなや」
この時おれはほんまあほやったと思う。
ナツミは引っ込みつかないだけと思っていた。
「僕らは本当に本当に終わりです。今までお世話になりました……」
この一言は俺の逆鱗に触れた。んな他人行儀に勝手に線引きされて、あっち行ってくださいみたいな……!
「ナツミ!色々もうどうでもええやんけ!一緒に帰ったら良い言うてるやろ!!」
「!」
気づいたらいつもみたいに右手を振り上げていた。
ナツミの肩掴んで、ビンタかまそうとして……
「良い加減にしなよ」
俺の右手首をバッシ!と掴んで、俺の頬にマジもんのグーパンチ入れてきたのは莉音だった。
今まで静観決め込んでたのに、ここで割り込んできたうざい男。
「うっせえよ!すっこんでろ!」
詩音にもすでに同じところを同じように殴られているので猛烈に口の中が傷かった。
「お前がそんなんだから振られてんだろ!どうせいつも気に入らないことがあれば殴ってきたんだろ!」
「!」
莉音は見せつけるかのように、俺からナツミを奪ってわざとらしく抱きしめた。
「そんなお前はナツミはもういらないの。ウザいの。どっか消えて欲しいわけ。ね?ナツミ」
「……!」
俺の血圧が一瞬で沸いたのが分かった。目の前が真っ赤に染まる気がする。色んな暴言が一瞬で脳内を駆け巡った。何が良い?そのいけすかない顔面に本気のパンチお返しか、ガチのキックかその首へし折るか。詩音と同様にギタギタに……!
とブチギレかけた時。
「はい、そうです。加賀美さんにはもう消えて欲しいんです。さようなら」
◼️◼️◼️
そこから先のことはよく覚えていない。
自分は気づいたらどっかのビジネスホテルのくそ狭いホテルの一室で、砂嵐画面でザーザー言ってるテレビつけてひたすらタバコを吸っていた。
はっきり言うようになったなあ、ナツミ。
あんな奴やったかな。俺の知らないナツミだった気がする。
ふ、とタバコの煙を天井に向かって吐き出す。
……莉音が『俺にいつもこうやって殴ってんだろ』と俺に言ったのはぐうの音も出ない事実だった。
手え上げた時。ナツミが俺を見上げた。
その怯えた顔、『この顔いつものやつやな』って内心でも思ったもんな。
あれがいつもではダメだったのだ。関わり方を変えなくてはいけなかった。それは当たり前だが振られるまで気づけなかった。
俺は振られたことはないし、恋人をいつも殴る男だと思われたらそれは心外で、ナツミだけやったけれど。
「……だっさ」
双子と付き合うんかな。莉音だけか。どっちにしろ鬱やけど。俺の完全敗北だけは事実だった。
「消えて欲しいとは冷てえな、ナツミ……」
でもそうやってナツミをいじめてきたのは自分だった。
「自業自得……死ねや」
俺はナツミをあほやのろまやとよくどつき、皆のまえでちょっとバカにすることがあったが、本当に失ってからナツミがこんなに好きだったと気づいて慌てふためいて取り戻そうとして……一番ののろまは自分だったのだ。
続く

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