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【のろまの矜持#2】愛していないはず

僕が加賀美さんへ別れを告げ、新規一転訪れたのはのどかな田舎町だった。

駅は無人駅に近く、ただひたすらに緑が多く(これを田舎と呼ぶ)、ちょこっとおいしいパン屋さんがあって、スーパーがあって、概ねそれだけ。

都会の忙しい喧騒の日々が嘘のような場所だった。

貯金がたんまりあった僕は、ここでしばらく貯金を切り崩しながらこころの洗濯をするつもりだった。
のろまな自分が、のろまであると罵られない場所でただひたすら穏やかな時を過ごしたかったのだ。

 

だけど、ひとり時間を持て余してマンションの自室で過ごしても思い浮かぶのは加賀美さんのこと……。

家でコーヒー飲もうにも、いちいち加賀美さんの言動が浮かんだ。

『だからナツミ、ティファールの湯!湯!溢れてるやん。ほんまあほやの……』

ほんまあほやの、がいちいち突き刺さる。

仕事は覚えられないくせに、こういう物覚えは良くてイヤになる。

感傷的になるのはダメだ。僕は加賀美さんの残像を消すかのように頭を振った。おいしいコーヒー屋さんでも探そう。そう決めて家を出た。

 

 

しばらく通りを歩いて、クロネコのあしらった可愛らしい看板のコーヒーショップを見つけた。可愛いものは好きだったので惹かれて入った。

チリンとドアベルが鳴らして入る。

入ってすぐギョッと驚いた。やたらにハンサムな店員さんがいたからだ。しかも2人、同じ顔をした。金髪混じりの男と、銀髪混じりの男。見分け方は髪色しかなさそうだった。

一瞬見た目の印象で『なんか好色そうな人達だな』と思ってしまったのを許して欲しい。それくらい色気漂うタイプだったのだ。

双子な彼らはドアベルの音に同時に反応して、同時にいらっしゃいと微笑んだ。

 

 

「や〜新規のお客さんだなんて珍しい♪お名前は?」

ウキウキで招き入れられ、僕は割と強引にカウンター席に座らされた。

「平日の午前なんて人いないから来てもらえて嬉しいです。お仕事は何を?」

淹れたてのコーヒーを前に、ワクワク顔の双子からカウンター越しに相互に話しかけられる。

えっとあの、と戸惑いながらも自己紹介をした。

「須藤ナツミです。えーっと非常に言いづらいんですけど、一身上の都合で仕事は辞めてきてて無職です……」

双子は顔を見合わせた。

「「なんで?」」

そして同時に聞いてきた。

「ええっとお……」
「大丈夫だよ、コイツなんか前レストランで働いてた時ややこしい客と喧嘩して相手の前歯折ってクビになったことあるから」
「おいバラすなよお」

あっけらかんとしている。だいぶフレンドリーな人たちの様だ。

「……僕は職場の恋人にずっとのろまだのろまだと言われてきたんです。
辛くても耐えてたんですけど、その恋人にはどうやら別の相手がいたらしくて、プツンと糸が切れてしまったんです……それで元恋人を振って、仕事も辞めて単身こちらへという訳です」

いい香りのコーヒーを前に縮こまる。第三者目線で聞くと死ぬほどダサいだろうしやっぱのろまに見えるだろうなって。

「元恋人って男?」

どうして分かったんだろう。頷いた。

「道ならぬ恋か……」

頷く。

「まあ俺たちも道ならぬ恋、経験あるしな」

なあ?とお互い笑い合う彼ら。すごい、双子ってそんなところまでシンクロするんだ。面白いや。

それにしてもざっくばらんな人たちだなあ。たまたまお客さんが他にいなかったっていうのもあるだろうけど。

「幼心に俺ら興味本位でお互いで初キスしてみたこともあるしな」
「今思い出すとキモすぎるよな」
「!?」

えっこういうざっくばらんトークって普通のこと??心臓が阿波踊りしながらなんとか笑顔を保つ。

……だけどこんな風にぶっちゃけトークしてくれる人って僕にはなかなかいなかったから、こんなこと話されるとつい心開いてしまいそうな所もあった。

「や、やりますねえ〜。僕なんて全然……」

「まあスレてるだけだよな俺ら」
「まあな……あ!ってかさあキミ今仕事してないならウチでパン焼くの手伝ってみない?」

思いがけない提案に戸惑っていると畳み掛けられた。

「コイツさあ、仕事早いけどちょっと雑なんだよ。亀型のメロンパン、大体顔潰れてんのよ。うちは生き物モチーフが何でもウリなのに!」

亀というワードに内心ビクッとするものの、どうにかおくびにも出さずに済んだ。

「や、でも僕ほんとのろまですし……!」

「のろまってことは仕事は丁寧なんでしょ。ウチでやってよおねがああい」

仕事は丁寧、の部分を言い当ててもらえてドキッとした。今まで誰にも気づいてもらえなかったから。

ついでに両手を挟まれて変にドキドキしていた。2人ともかなりハンサムだったから。

「純真そうな子にバイトに入って欲しいよねって元々話してたんだよね。店のイメージ的にさ!!ね!お願い!!!」

頷くしかない圧に、僕は頷いた。

金髪混じりが兄の莉音くん、銀髪混じりが弟の詩音くんということだった。くん付けというのは、まさかの年下だったからである!

 

 

後日。

「おお〜ナツミくん、手先器用だねえ」

厨房にて。
パンの生地を僕はコネコネして、亀型メロンパンを作っていた。一応可愛くお顔は作ってあげた。

亀を見ていると自分が重なってどうしようもない。せめてお前はかわいくあれ、僕の平凡顔と違って。つい念を込めて可愛く作っていた。

店で出したら結構評判良くて、可愛いもの好きの女性客にあっという間に売り切れた。亀パンを僕は誇らしい気持ちで送り出した。幸せになれよお前たち。

「ナツミくん、そしたらこっちのパンダくんクッキーもよろしく!可愛くしてあげて〜」

はあいと声を張り上げる。丁寧に頑張るほど売り上げが伸びるのが嬉しくて、せっせと手を動かした。動物モチーフをかわいく表現することに没頭した。

そして頑張っていたら、ついに僕の亀パン目当てに訪れるお客さんまで現れた!

SNSでプチバズしていたらしい。(双子店長目当てのお客さんが僕の写真までアップしてしまったことはこの際目をつぶる)

「ナツミくんやるね君」

双子の兄弟から目を細めてナデナデされていた。距離の近さに、ん?と思うことはあったけれど正直嬉しかった。こんなに手放しに(しかもイケメンに!)褒めてもらえることなんて人生なかったから。

ここでならようやくノロマを辞めれるかもしれない。そう期待していた。

それに加賀美さんのこともぜんぶ忘れられるって……。

 

 

そんなある日。

夜に差し掛かり、今日はそろそろ店を締めようか
という頃。厨房で明日の仕込みをしつつなんとなく3人で雑談をしていた。

「……でさあ、俺たち双子だから好きになる人も一緒なんだよね」

「はあ、ややこしいですね」

クッキーの型を抜いていく。ぽんぽん。今はうさぎクッキーも焼いてるよ。

「でね?自分とは違ったタイプが好きなんだよね」

「ああ、まあよくそう言いますよね……ん!?」

僕はギョッと目を見張った。

お店のガラス窓の奥から……かっかっ加賀美さんが歩いてくる!?

嘘嘘ウソむりむり。

ヒュッとしゃがんで視界からまず消えた。

「えっナツミくんいきなりどうしたの」

「ってって店長!!僕という店員はここにいないと言ってください!!」

「え、なん」

「お願いします!!!!!」

 

 

その時、チリンとドアベルが鳴った。

双子は店さきの方へ行った。

 

声を殺して気配を消す。頭上からの声をただ聞いていた。

「……いらっしゃいませ」
「あー、すみません、ウチもうすぐ閉店時間なんですよ。またの機会に」

「須藤ナツミを知りませんか?僕の恋人なんです」

「やー知りませんね」

「でもSNSのここんとこ!写真に写ってる」

「お客さんじゃないすかあ?」

「でも!ちゃんとエプロンしてる。ここの店員ですよね」

「……あー、まあぶっちゃけちょっと前にバイトしてましたけど、なんか事情あるみたいでサクッと辞めちゃいましたよ」

「どこ行ったか知ってます?」

「さあ?教えてくれなかったんで知らないですねえ」

「……そうですか。それではすみません帰ります」

「はい、お気をつけて」

「また来ます」

 

 

バタンとドアが閉まり、チリンとドアベルが鳴る。あれはてっぺんにリスくんがモチーフについている可愛い僕のお気に入りのやつで……。

コツコツと革靴が歩いてくる音が聞こえる。2人分。

「ナツミくん、あの人って前の言ってた人?」

頷く。

「僕の恋人なんです、って言ってたけど」

僕は頭を振った。

違います、恋人じゃないです。

「向こうは別れてないつもりなんじゃない?」

それでも僕は頭を振った。そんな訳ない。

「ナツミくん、そんな泣かないで……」

双子は僕の頭を撫でた。

 

そんな、今更どうして?加賀美さん。

 

 

続く

【のろまの矜持#3】僕なんかいらないと捨ててくれそれから僕は、双子店長の家に有無を言わさず車で連れて行かれた。運転するのが兄、後ろのシートで僕の隣に座って涙を丁寧に拭いてくれるのが弟だ...
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