ホラーBL

【都市伝説探索レポート#2】コインロッカーベイビー

⚠️途中で怖いイラストあります。ご注意ください。

⚠️AIイラストを使用しています。

 

 

きさらぎ駅の一幕があってから、瓦落くんは本当にまた連絡をくれた。

一緒に喫茶店でアイスコーヒーを飲む。

 

『ふつうの友達っぽさ』に内心打ち震えていると、瓦落くんはこんな話を切り出してきた。

「なあ、由真。俺も最近聞いたんだけどよ、こんな話知ってるか?

名付けてコインロッカーベイビーの復讐。

コインロッカーに捨てられた赤ん坊が、自分を置き去りした母親を殺して、その後自分と母親を見捨てた父親まで探し出して殺しに来るんだってよ。

遺体現場の近くには小さな小さな子供の手形が付いてるんだってさ……」

 

 

 

 

体中が震えるように一瞬ざわめく。テーブルの向いでは試すように僕を見つめている瓦落くん。

僕はこの話、ホンモノだと肌で感じていた。

「……いま誰か困ってる人がいるの……?」
「……俺の知り合いでまさに困ってる人がいるんだ。お前なら助けられるんじゃねえかって思ってさ。頼むよ」

僕は頷いた。これが僕のおつとめなのだ。

 

ホッとしたように表情を緩ませた瓦落くんは、誰かに携帯で連絡を入れた。しばらくして1人の女性が現れた。

「こんにちは……相葉かほって言います。瓦落くんとは私の兄の繋がりで知り合いで……」

20歳くらいかな?結構綺麗な女子大生っぽいひとだった。

浮かない顔をしている。その翳りある表情を見てピンと来た。瓦落くんと目が合う。彼は頷いた。

そうか、この人、コインロッカーに子供を捨てたことがあるのか……。

ドクンと心臓が鳴る。もちろん許されることじゃないけれど、どうしようもない事情を抱えていたのかもしれない。……人間社会はそれほどの闇を抱えている。

しかしどう話をしたものか……。

考えあぐねていると、相葉さんは声を落として話し出した。

「……わたし、少し前に子供をひとりで産んだんです。死産だったの。でも周りに言えなくて、赤ちゃんの死体をコインロッカーに入れたことがあるんです。

警察にすぐに見つかって、取り調べを受けましたけど……。

だけどそれから毎晩子供の夢を見るんです!どうして僕を捨てたのって。それで腕を掴まれるんです。それで起きたらこんな風に両手にあざが……!」

捲った袖の下には、無数の子供くらいの手のあざがあった!

「ひっ!!」

その時一瞬、脳に焼け付く様に見えた。

目の前の彼女の後ろにおんぶするように取り憑いている子供の霊が!

 

 

「うっ……!」

だけど僕が反応するよりも早く、その霊は視界から消えた。

背筋にダラダラと嫌な汗が流れる。

……この女性、間違いなく取り憑かれている……!

「お、おい。由真、大丈夫か?顔が真っ青だぞ!おい、おい!」

心配そうに僕を揺さぶる瓦落くんにハッとした。

「あっごめんごめん、大丈夫だよ!ちょっとびっくりしちゃっただけ」

しかし相葉さんもよっぽど怯えていることだろう。

「それに段々酷くなるんです、このアザも悪い夢も。このままじゃ私、私……!」

被りを振った彼女。

「な、なるほど、それで例の都市伝説みたいにいつか自分が殺されるんじゃないかと不安で相談に来られたってことですかね?」

さすがに内容が内容なので、ヒソヒソと声を落として聞いた。女性は頷いた。

「あの、ちなみに夫の方は……?」
「逃げられたんです。既婚者だったの。騙されたの、わたし……!」

女性は瞳に涙を浮かべていた。

僕はその様子に胸がギュッと苦しくなって、なんとかこの人を救いたいと思った。

 

 

 

「どうするんだ、彼女」

渋い顔をして瓦落くんは僕に尋ねてきた。

女性をとりあえずは見送り、僕は瓦落くんと作戦を練ることにしたのだけれど。

「都市伝説通りに行くと、まずは彼女が殺されてそのあと逃げた既婚者の男が死ぬことになるね。

まあ男の方は天罰ってことで良い気もするけど……」

「それじゃ彼女が救われない」

真剣に瓦落くんは言った。案外正義のヒーローなんだよね。

「まあね。分かってますよ。う〜ん……今回もやっぱり僕が身代わりになるしかないかな。

僕が消えた既婚者の男のフリをして、なんとか彼女よりも先にこっちにベビーの霊を呼び寄せる。それでなんとか成仏してもらって……みたいな感じかなあ」

「由真も大変だなホント」

「……瓦落くんやってみる?」

「!?」

あまりにゲエッて顔をするので苦笑した。怖いよね。無理だよね。わかる。

「良いよ良いよ大丈夫。これが僕のおつとめだし。それに僕じゃないとね。死霊に効く小刀もあんまり効果ないから。しかし子供を切り裂きたくないから、なんとか説得で終わらせたいよなあ。

……まあ、それか……」

「それか?」

「既婚者の男をどうにか探し出して、先にベビーの霊にそっちを殺させちゃう。説得はそれから。なんて。ダメ?ズルい男って許せないんだよね」

悪戯な顔をして、しかし仄暗い提案をしてみた僕に瓦落くんは目を丸くした。

 

 

 

 

「由真ってかわいい顔して悪魔だったんだな」
「それに乗っかった癖に」

苦笑しながら雑踏を歩く。

僕の鬼みたいな提案は案外受け入れられたのだ。
いま問題の既婚者を探している。

しかし闇くもに探している訳ではない。
死霊の声に耳を澄ませて男を探しているのだ。

死霊と相対した後は、僕は一時的に感覚が鋭くなる。それでさっきのあのベビーの死霊の残留思念を拾っている……。

『……パパ……どうして……パパ……逃さないから……』

聞こえてくるさみしそうな声。

おそらくあの死霊、父親の方も居場所を突き止めている。いや、霊から逃れる術など本来ない。

それでこの声が大きくなる方向へと僕らは歩みを進めているのだけれど、意外なことに男は案外遠くはなさそうだった。

 

 

電車を乗り継いで訪れた街の、とある喫茶店。談笑する男女を、僕らを喫茶店の外から覗いていた。

「……アイツで間違いなさそうだな……」
「うん」

相葉さんからもらった男の写真と見比べる。間違いなさそうだ。

名前は『佐々木 寛司』まあそうせこっちは偽名だろうけれど。

「ってかあの女だれだよ。嫁か?」
「いやー、随分若いし新しい女の子引っ掛けてんじゃない」
「アイツ殺して良いか」
「まだダメだよ」

なんかもう殴りこみに行きそうな瓦落くんの筋肉質な胸板をまあまあと押し返した。

「邪魔すんなって」

僕の手首を握ってどかそうとする瓦落くん。また僕は苦笑した。

「この押し問答なんなんだよ。僕が話しつける。瓦落くんは着いてきてよ」

 

 

穏やかなBGMの流れる喫茶店内。つかつかと目的のテーブルに歩み寄る。

驚いて男が僕を見上げてなんか言う前に大声で言った。

「こんにちは佐々木寛司さん!既婚者なのに独身偽って若い女の子に手を出して妊娠・出産させた挙句捨てたって本当ですか!?」

デカい声でカチコミを行う。

「!?な、何だきみ」

「思い詰めた女の子が、産んだ子供コインロッカーに遺棄しちゃったんですけど、知ってましたか!?」

「!?」

凍りつく店内。

同じテーブルの女の子が衝撃を受けた顔をしている。僕は女の子に畳み掛けた。

「キミ、この人の彼女?気をつけなよ、捨てられるから!」
「ひっ……!」

鞄を引っ掴んでバタバタと逃げていった女性。

「あっちょっと……!」

男は次の瞬間、ぎろりと僕を睨みつけてきた。

「きさま……何なんだよ、表出ろ!」

僕は頷いた。

 

 

ひと気のない街路路に僕らは場所を移した。

「おまえ、突然何なんだよ!?人に変な恥かかせやがって!」

そう血相を失って僕の胸ぐらを掴み掛かってこようとした手は、瓦落くんによって振り解かれた。

「おっお前も何なんだよ!?」
「俺はコイツのツレ。ってかお前こそ
何なんだよ、あっちこっちの女泣かせやがってよ!」

僕も重ねる様に言った。

「僕らはあなたが捨てた女性の友人です。彼女、随分泣いてましたよ!

あなたが嘘つかなければ、こんなことにはならなかったんだ!ベビーも、女性も苦しまずにすんだんだ!全部あなたのせいですよ!」

僕を男の顔を指さした。

「……っう、っう、うるせえぇえええ!!騙される方が悪いんだろ!赤ん坊が何だってんだ!」

みっともなく顔面を歪めて吐き捨てた男。これがこの男の正体だ!コイツどうしてやろうかと思った次の瞬間。

「てんめええ!!!」
「いってえええ!!!」

鬼の形相の瓦落くんが渾身のキック!現役不良の本気の蹴りは相当のダメージだったようだ。

「おっお前ら、訴えてやるからなあ!!!」

 

僕を突き飛ばすと、男は痛みに喘ぎながら逃げるようにその場を後にした。

 

その姿を見送り、残された僕ら2人。

 

「最低な野郎だったな……」
「うん……」
「由真。怪我ないか」

心配そうに僕を見下ろしてあちらこちらチェックしてくれた瓦落くんだった。

「大丈夫だよ。ありがと、瓦落くん」
「はあ……しかしこれからどうすんだ?男は特定出来たけどよ」

「それなら大丈夫だよ。ベビーの霊を仕向けることには成功した」

「え……?」

「僕にはさっき一瞬見えてたんだ。

男が走りながら逃げていくその背中にさ。

憎悪と怒りで真っ赤に膨らんだ赤ん坊の霊が取り憑いているのが。

ベビーの霊には伝わったんだと思う。
身勝手な男のせいで、母子共に捨てられることになって、悪いのは男だって。

……殺すならコイツだ、って感じだったよ」

「マ、マジ……?」

「まじ」

仄暗く笑った僕に瓦落くんはちょっと引き攣った顔をしたけど。

すぐに真顔を取り戻して聞いてきた。

「……実際殺させんのか」
「罪がある人には償って貰わないとね」
「由真……」

そう言った僕の声は、冷たく乾いていたと思う。

 

 

 

だけどその後。

『謎の男性の変死体発見!現場には無数の赤子の手形!』という見出しが新聞を飾る……ということはなかった。

なぜなら間一髪で僕が一応助けてあげたからだ。

夜、赤ん坊の憎悪の声を頼りに瓦落くんとふたり市街地を歩いて、男の家を見つけたのだ。

そこで悲鳴が漏れ聞こえる男の家の、2階の窓から侵入した。

……家の中は酷い有様だった。

家中が赤ん坊の赤い小さな手形で染まり、男は体中血まみれになって怯え切っていた。そして今にも巨大に膨らんだ赤ん坊の霊に頭から食べられそうになっていたところを、僕がストップを掛けた。

僕はベビーの霊に言った。

『もう辞めるんだ!もう十分やったろう。死して人を殺すと、呪われた存在になり、今度はなかなか生まれ変われなくなる。

悔しいだろうけど、成仏するんだ。ママをあまり恨まないであげてくれよ。君は産まれた時にはすでに死んでいたんだ。コインロッカーに置き去りにされたのはそりゃ確かに悲しかったろうけれど……。

新しいパパママのところへお行き。
おいで最後に僕が抱きしめてあげる』

そうして霊を浄化させたのだ。

 

一方男は白目を剥き泡をふき、到底話せる状態ではなかったので放って帰った。

まあ、良い薬になっただろう。これで2度と悪さしなければ良いんだけど。

 

 

 

相葉さんには後から全て報告した。

彼女の腕には赤ちゃんのアザはもうなく、変な夢も見なくなったらしい。

「ありがとう。瓦落くん、由真さん……。子供が自由になれて、良かったです」

そう言って少し寂しそうに去っていった彼女のことは、僕は忘れられそうにない。

彼女も自由になれただろうか……。

 

 

 

事件が全て片付いてから、僕と瓦落くんはまた喫茶店で落ち合った。

向かい合ってアイスコーヒーを飲む。こういうのがもう何回目かなのが、実は嬉しかった。

瓦落くんは聞いてきた。

「あの男、結局何で助けてやったの?」
「既婚者だったから」

「?」
「少なくとも奥さんがいて、さらに子供もいるかもしれないでしょ?あいつがいなくなったら悲しむ家族がいるかもしれないから」

「由真……」

「難しいよね。お祓いも。僕も気持ち的にはあいつ殺したかったけどさあ、はは……

でも新しい悲しみの連鎖を起こすのは良くないから。僕の中の落とし所が、既婚男に死ぬ一歩手前の恐怖を味わせることだったってワケ」

「……そっか……」

グラスに視線を落として瓦落くんは少し笑った。

「何?」
「いや。由真って鬼こえ〜って思ってたから。なんかこう、思ってた奴と違うなみたいな。

……でも良かった。根があったかい奴でよ」

「思ったとおり?良い子だった?」

「それ自分で聞くのかよ」

呆れた瓦落くんにアハハ!と僕は笑った。

「って言うかそういえばさ、あの男の家で子供の死霊と対峙した時、瓦落くんちびりそうな顔してたよね」

「し、してねえ!!」

「してた」

「してねえ!!!」

ズバンと机に手を張った不良。必死すぎておもしろかった。

「ホントは怖がりなのに着いてきてくれてありがとうね」

「怖くねえ!」

「それは嘘でしょうよ」

 

そういえば、いつのまにか瓦落くんとはあんまり気を使わずに話せるようになったなあと気づいた。

存在自体がオカルトみたいな僕にもこんな普通な友達が出来るなんて、なあ……。

 

 

 

続く

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