※前回の続きから。今回は雨宮先生視点です。
グイとワイシャツを剥かれる。首もとが顕になる。外気に触れてぶるりと震えた。だけど身体はしんしんと熱い。
グ、とうなじを抑えられて僕の鼓動は跳ね上がる。ギュッと瞳を閉じる。今だ、来た。番になる覚悟をした、期待した!
「ー・・!!!」
・・なのにうなじは全然痛くなくて・・
「・・・?」
振り返る。その端正な顔立ちを苦しそうに歪ませて、僕をただ見下ろす灰原くん。右手を痛そうに抑えている。
「・・見せて」
おそらく咄嗟に滑り込ませたのだろう。彼の右手の甲には、痛々しいほどの噛み跡が残されていた。
『1番欲しいもの』
「・・あーあ・・」
心から残念な思いで僕はそれを見下ろした。
強く深く食い込んだ歯形。傷口の様なそれはあまりに甘美で、僕はごくりと喉を鳴らす。
これが心底欲しかった!
「・・そんなに僕が嫌かい」
「ひかりが好きなだけです」
「傷つくなそれ・・」
「・・ごめんなさい」
僕が1番欲しいものは、こうしていつも手に入らない。
僕にワイシャを着せて、ご丁寧に1番上までボタンを留めた彼。くるりと背を向けて去っていこうとする冷たいその背中に抱きついた。
「・・じゃあさ、2人の時はせめて優馬って呼んでよ」
「無理です」
「お願い。星屑くんのことはひかりって呼んでる」
「幼馴染なので」
「優馬って呼んでくれるまで離さない」
ギュウっと抱きつく手を強くした。額をその背に擦り付けた。僕のフェロモンがずっとずっと残れば良い。そう思った。
「・・優馬」
その声にドキリとした。収まっていた鼓動がまた鳴り出した。身体がふわふわする。
力の緩んだ僕の拘束から、彼はスルリと逃げ出した。そして少し歩いた先で振り返ると、困った顔で少し笑った。それがあまりに可愛くて、ドキンとした。
「・・優馬、先生はソワソワするとフェロモンが一層濃くなりますね。・・それじゃ」
それだけフェロモンに充てられてるはずなのに。どうして逃げるの?飛びついてくれば良いのに。
音楽室のドアを開けて出ていく背中に最後にひと声。
「・・弱虫!」
そしたら弱虫で良いですって返ってきた。
イライラとむしゃくしゃと虚しさの収まらない身体を引きずって、何とか雑務を片付ける。
一人暮らしの家はあまりに淋しくて、僕は学校内のカフェテラスで一服して帰ることにした。
心の中は冷たいのに、カッカと火照る身体。もう良い加減にしてくれよと自嘲する。
夜のカフェテラスに着いて、アイスカフェラテを注文した。
甘い甘いシロップとミルクを大量に入れてストローを差した。
・・ちょっと前に星屑くんが、コーヒー奢ってくれようとしたことがあったなあと思い出して、グッと胸が苦しくなった。あの時泣いちゃってたけど。
星屑くんを思うと、罪悪感で胸が潰れそうになる。星屑くんは可愛い、今でも好きだ。でも僕は我が身がもっと可愛いという最悪な人間で・・灰原くんが、欲しかった。
窓際の席にひとり座る。ガラス窓に映る自分はなんだか疲れていた。
それにしても・・
フェロモンがないからアルファに選ばれない、はまだ諦めがつく。
だけどフェロモンがようやく出始めたのに選ばれない、って何?
どうして星屑くんはフェロモンはないのに灰原君に求めてもらえるのだろう?幼馴染って、そんな特別なもんなのか。
・・僕ってそんなダメかな?
頑張って国立の音大を出て、教員免許も取って。アルファの恋人がいたこともあったけど、それはあくまで身体だけの関係で・・
皆みんな、本物の相手が現れて僕を捨てていった。
僕をさんざん綺麗だの美しいだの誉めそやして夢中になっておいて、そのくせ振る時は一瞬だ。運命の番には勝てたことがない。
それが、だ。今回ようやく自分が運命の番になれたというのに、灰原くんの心の中には別の人がいる。
どうして?
じっと見つめた先。ガラス窓に映るもの言わぬ自分がじっと見返す。
その面影は母さんの若い頃そっくりとよく言われていた。
・・母さん。オメガの劣等生の遺伝は抗えないみたいだよ。フェロモン腺に異常があって、運命の相手とはついぞ巡り会えなかった母さん。
家のために好きでもない相手と結婚することになって、19歳で僕を産んだ母さん。
『あなたは幸せになって』と言われていたけれど、それは叶わないかもしれない。
次のお墓参りで良い報告、出来ると思ってたのにな・・。
ぐいと目をこする。いけない、こんなところで感傷的になっちゃ。
チュウ、と飲んだアイスカフェラテは氷が少し溶けていた。他の氷が綺麗な四角形を描く中、割れて不恰好な氷がカランと浮き出す。
僕と一緒・・。
自分はやっぱりダメな欠陥品なんだと思い知らされていた。
僕は死ぬまでに本当の愛に出会えるのだろうか。
誰かから心底愛されてみたい・・
1人っきりの我が家に帰る。惨めったらしい夜を過ごしてたって、誰も慰めてなんかくれない。カチコチと時計の音だけが響く部屋。
ベッドに入って布団にくるまって過ごした。
・・頭の中で考えていたのは灰原くんのこと。『優馬』って呼んでくれたことを思い出すだけで、心臓のドキドキが止まらなかった。身体が熱くて仕方なかった。
抑制剤は効きが悪くて苦しい時がある。
だけどこのフェロモンは、神様がやっと授けてくれたプレゼント。僕にとって宝物だ。
熱に浮かされながら、灰原くんのことを想って夜を過ごした。
翌日。朝方シャワーを浴びて、寝不足の身体を引きずって学校へ向かう。
眠い。身体があつい。ああ、でもあまり学校は休めない教員の身の辛さよ・・。
さて今日の授業はどうするかと考えながら入った朝の職員室。
「あ、雨宮先生!これ!」
別の先生が慌てて持ってきた2通の包み。
「え、何ですか?」
その内容を見て僕は驚愕した。
『星屑ひかり 退学届』
『高崎透 休学届』
包みの表紙にはそう書いてあったからだ。
星屑くんが、学校を辞める!?
それに高崎くんまで。
どうして・・?
続く
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よろしくお願いします♪
次回のお話はいつ更新されますか?
また、やっぱり梓とひかりの2人はバットエンドで終わるのでしょうか、、
>こさん
近いうちに更新したいとは思っているので、今しばしお待ち頂けると嬉しいです☺️
バッドエンドにはしないつもりですので…!
そうなんですね!
楽しみに次回をお待ちしております☺️