梓と同じ空間にいるのが耐えられなくて、僕は部屋を飛び出した。
壊れそうな心を抱えてふらふらと寮を彷徨う。
頭が重くて重くて、他に何も考えられなかった。
ふいに暗がりでポケットからスマホを取り出した。
『雨宮先生、会いに行って良いですか』
それは思い詰め過ぎた結果だった。
授業のグループLINEを悪用し、僕は先生にだけそっとメッセージを打った。
どうにでもなれ、どうしてこんなこと、誰か嘘だと言って、先生ならどうにかしてくれるかも。色んな思いが交錯していた。思い詰め過ぎて、頭がバカになっていたのかもしれない。
普段ならやらないことをやった僕をヤバイと思ったのか。すぐに返信は来た。
ー『良いよ。明日も休むつもりだから、家来れるなら会えるけど・・』
『行きます。僕も明日休むつもりでした』
ー『分かった。場所は・・』
こうして話はまとまり、僕は先生の家に行くことになった。何を話したいのか自分でもよく分からないのに。
未だヒートの醒めやらない、オメガの雨宮先生の家にひとりで・・。
『花の咲く先』
バスを乗り継ぎ訪れた先生の家。
ドギマギしながらインターホンを押す。いらっしゃいとふらりと出迎えてくれた先生は、部屋着で眼鏡なのに一目で色っぽいと感じた。
どうぞと通された部屋は、薄いパステルカラー配色の、綺麗で心和む家だった。床に置いてあったクッションに2人でそれぞれ座る。
僕は思い切って話を始めた。
「先生お休みのところ本当にすみません・・でも、先生ヒートで休んでるんじゃないかって噂があって・・。本当ですか」
「・・うん、そうみたいだね」
やっぱりと内心唇を噛む。分かってた、知ってたさ!でも。
「そうみたいって・・どうして他人事なんですか」
「だって僕の頭と身体じゃないみたいでさ・・人には言えない様な想像で頭がいっぱいで気もそぞろ・・こんなの僕じゃない」
先生はため息を吐いた。
潤んだ瞳で気怠げに僕を見つめる先生。
熱のせいだと思っていたそれは、欲の産物で・・。
先生はそっとクローゼットを指差した。
「・・今日、星屑くんが来るって言うから慌てて片付けたんだ。やましい本だのDVDだのをさ・・こんなの初めて。僕は発情期のネコちゃんにでもなっちゃったのかな?
・・ああ、こんなこと生徒に言うことじゃないんだけど・・頭、回んなくてさ・・」
先生は髪をぐしゃぐしゃとかき上げた。その様が色っぽすぎて、僕はたじろいだ。
番じゃなくても、こんなのドキドキするに決まってる。色香が花開く、そんな表現がぴったりだった。
「あの・・本当にすみません、その、大変な時に押しかけてしまって」
「うん?別に良いよ。・・星屑くんならね」
頭を僅かに傾けて僕をじっと見つめる。少し含みのある言い方・・?
「・・どういう意味ですか・・?」
「別に?よく面倒見てる子だからって意味。ただそれだけさ」
ニコといつもみたいに笑おうとした先生。しかしそれは少しの間があって・・誘惑の微笑みへと変わった。
「・・本当は星屑くんに相手して欲しかったから、って言ったらどうする?」
「!!」
キュッと手を握られて、慌てて振り解いた!
「嘘さ。間に受けちゃいけないよ。あっはは・・!」
先生らしくない笑い方。こんな先生は初めてだと困惑していると、先生は神妙な顔を取り戻して言った。
「・・まあ、こんな感じで変なんだよ、僕。ごめんね・・。
生徒を誘惑して揶揄うなんてやっちゃいけないのに、何してるんだか。誰彼構わず誘いたくなって・・。
・・あっでもね、星屑くんを可愛がってきたのは本当だし、内心可愛らしいと思ってたのも本当で・・って、何喋っちゃってるんだろ。
ヒートって頭おかしくなるな、本当・・ああ、抑制剤、効くの遅いんだよなあ・・」
グラグラと頭を振る先生。ドキンと跳ねた心臓。際どい発言もヒートのせい?今日の先生は本当に変だ。
ベータの僕ですらこんなにドギマギしてしまうんだから、アルファなら一層香り立つフェロモンにやられて・・!
ぶわ、と嫉妬の炎が燃え盛るのを感じた。
ギュッと手指を握り、覚悟を決めて本題を切り出した。
「先生。正直に答えて欲しいんです。
あず、灰原くんを・・どう思っていますか・・」
まっすぐ先生を見れず、俯いて自分の膝を見つめていた。
「・・良い子」
「それだけ?」
「・・スマート」
「あとは・・?」
「・・ハンサム・・優秀・・
あとは・・セクシーって感じかな・・」
ドキンと心臓が跳ねた。悪い予感がこっちへおいでと言っている。
「じゃあこの間また梓にキスされた時、どう思いました?噂で聞きました」
「・・・。別に・・」
ふいとそっぽを向いた先生。直感的に嘘だと感じた。
「正直に言って下さい!」
顔を上げた。答えの分かっている質問をぶつけて、僕は何を求めているのだろう。
「迷惑ってだけさ・・」
「嘘だ!」
耐えきれずぽろぽろと涙を溢してしまった。
「そんな、泣かないで・・」
先生が僕の涙を拭こうとするから、それを拒んだ。傷ついた顔の先生。その優しさが今は辛い。僕は顔を覆った。
「・・先生の本音を教えて下さい。教えてくれるまで帰らない・・」
スンスンと鼻を啜る音だけがしばし聞こえて、先生はため息を吐いた。
「・・ドキドキした。・・嬉しかった、気がする」
びくりと自分の身体が震えるのが分かった。
僕はこの後に及んで『灰原くんのことなんか別に何とも思ってない』と言って欲しかったんだ。
「あの時。欲しい、寝たい、自分のものにしたい、そう思った・・」
心がぶるぶる震えた。ヒュウヒュウと喉が鳴る。
「でも別に前から好きだったとか、そんな訳じゃなくて・・欲求が先行してさ・・でも、何故か今は灰原くんが気になって仕方ない・・そんな感じ・・」
「先生・・何でだか、もう、分かって、る、でしょう・・?」
あれ、おかしいな、うまく声が出ない。
「ああ、そうだね・・。
あのね、でもまず、聞いてほしいんだけどさ。
僕ね、星屑くんのことは初めて見た時から可愛いなと思っていて・・高校卒業したらデートに誘おうと思ってたんだ。
灰原くんと仮の番になったらしいけど、どうせアルファとベータだ。いずれ縁は切れるだろうと思っていたし・・
でもまさかその灰原くんと僕が運命の番とはね・・はは、運命の悪戯が過ぎる。
ずっとヒートも来ず、アルファの番なんて諦めてきたってのに。
・・灰原くんを僕にくださいって言ったら、君はどうする・・?」
続く
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よろしくお願いします♪
あぁぁぁぁぁ辛すぎる展開(><)
でもこういう展開凄く好きです♡♡
>ひーりーさん
ありがとうございます〜!そう言って頂けて安心しました…!