オメガバース

【stardust#12】ひかりの告白の行方

『そんなの嫌です!』って言おうとした言葉は、ガサガサとした息となって漏れ出ただけだった。ヒュウヒュウ喉が鳴る。

「・・星屑くん?」

おかしい、何でだろう!?大きく息を吸って・・!

「い゛、嫌です゛!!」
何とか声を捻り出した。ゲホゲホと咳き込んだ。何だったんだ今の?

慌てた先生が水を持ってきてくれたのをゴクゴクと飲んだ。

「と、とにかく・・梓は譲りたくないんです!」

何とか言った。

そっか・・とだけ寂しそうに言った先生。

 

でも、運命のオメガにアルファを取られたくないだなんて、それは土台無理な話なんだってお互い分かっていた。フェロモンがある限り。

 

 

『フェロモンを止めろ』

 

 

その後、僕は何でもない顔をして寮に戻り、普段通りの生活を続けた。

でも『いつも通り』なのは僕だけで・・

梓は授業から部屋に戻ってきても、机に突っ伏したり何だかぼんやりとしていた。・・きっと雨宮先生のことを考えているんだろう。そう思うと胸が抉られる様に痛んだ。

どうか自分に雨宮先生のフェロモンの残り香が移っていませんようにと祈るばかりだった。
良い匂いだなんてうっとりされたら、僕は耐えられなかったから。

 

その日の夜。何もなくおやすみ、とだけ声を発して一日を終えた時僕は心から安堵した。それがただただ悲しかった。

 

 

それからも梓は、雨宮先生とよく連れ立って行動した。もう僕は嫌がらせなんて受けてないのに。

雨宮先生にヒートが来た、なんてきっと僕が言わなくたってもう知っているだろう。そして雨宮先生こそが運命の番だってことにも気づいているだろう。

 

やっぱり番になっちゃうのかな。
ならない訳がない。
・・でもあんなに僕が好きだって言ってた癖に。

 

そんな思いがずっとずっと、毎日毎日渦巻いていた。

 

日が経てば経つほど、僕と梓の距離は開いていく。あれから核心的なことをお互い話せないまま、時間だけが過ぎていた。

もちろん雨宮先生とはあれ以来、腹を割って話すこともない・・。

 

同室にいても梓は物思いに耽ってはぼんやりとするばかり。前は僕が同じ部屋にいれば『ひかり、ひかり』とあんなに煩かったのに。

梓の中に、僕はもういないの?

うるさいと思えるほど、僕は愛されていたのだと改めて思い知らされた。

 

 

ある日の放課後。僕はオメガの同級生達がワーキャー盛り上がっている話を漏れ聞いた。

『灰原君と雨宮先生、番になったんだって!首の後ろにアザが出来てるの、見た人いるらしいよ』

信じられないショックで呆然とした。目の前が真っ暗になるってこういうことなんだと実感した。

慌てて梓を捕まえに走った。最近会話してないから気まずいだとか、何から話そうとか、そんなことはどうでも良かった。

焦燥感で全身が焼かれてしまいそうだった。

学校中を駆けずり回り、色んな所を探した。息が切れるのも構わず。どこだ、どこにいるんだ!!

ヨレヨレになりながら角を曲がったところで、ちょうど自習室に入っていこうとする梓を見つけた。

「・・ちょっと待って!!」

カラカラになった喉でゲホゲホと空咳を挟んだが、なんとか捕まえてひと気のない中庭に連れ出した。

何だかそっぽを向いて瞳を伏せている梓に内心傷つきつつ、僕は切り出した。

「あ、梓!雨宮先生と番になったってホント!?」

ピクと反応した梓。嘘でしょ!?チラと瞳を上げて言った。

「・・いや。それ誰かがいい加減な噂流してるんだよ。別に番じゃない」

「な、なんだそうなの・・」
そう言われて心底ホッとした、のも束の間。

「でも首の後ろのアザは俺がやった」

再び心臓がギュッとなる。そんな、どうして?所有の証だとでも?

「噛みついたんじゃない、爪で引っ掻いたんだ。あの匂いの出どころが首の後ろで・・あの匂いがなくなれば良い。そう思った」

「どういうこと・・?」
意図を測りかねた僕に、梓は哀しそうに付け加えた。

「・・ひかり。俺、あの匂い、いやフェロモンに当てられると自分が自分じゃなくなってしまうんだ。別に雨宮先生のことが好きだとかじゃない。なのに。

本当は欲しくないのに、衝動的に欲しいと思ってしまう。今の俺は、まるで麻薬中毒者だ」

「梓・・」

ドキンドキンと心臓が波打つ。梓が次に何を言う気なのか、怖かった。

「・・俺はいつか雨宮先生に手を出してしまうかもしれない。次は自分が制御出来るか分からない・・!何て引力だろう。自分がただの動物に成り下がった気持ちさ。

・・俺はひかりが好きだったはずなのに。運命の番なんか現れたって、フェロモンなんか蹴散らしてやるって、そう思ってたはずなのに。

ひかりだけをずっと見つめていれたら良かった・・」

冷たいものが背筋を伝った。
それって・・もう僕だけを見つめていないって意味?そう思ったらどうしようもない焦燥感が込み上げて、僕はついに自分の想いを吐き出した。

「梓・・本当は、好きだった、ずっと・・!」

それは今更な告白だった。

「ひかり・・」
虚をつかれた様な梓の声。困らせているのかな。ごめん、でも聞いて欲しいんだ。

拳を握る、固くかたく。

「・・仮の番なんて、嘘。本物の、番が現れた時に自分が、傷つかない様に。予防線を張ってただけで・・」

また喉がおかしくなってきた。声の出が悪く喉がヒュウヒュウと鳴る。今だけはしっかりしてくれよ!そう願いつつ僕は続けた。

「好きだった、ずっと・・ずっと小さい時、から・・!番になって、って言われた時、は飛び上がるくらい、本当は。嬉しかった!!」

この十数年抑え込んできた想いが溢れかえって、僕はぼろぼろと泣いた。

あの日も、あの時も。ずっと好きだと言いたかった!

「そんな、ひかり・・」

梓はすごく狼狽した。でも・・僕をギュッと抱きしめてくれた。

僕は期待した。安堵した。『なあんだ、やっぱり梓は僕の側から離れないんだ』って。でもそれはあまりに楽観的過ぎたんだ。

 

「・・もっと早くそのひかりの本音を教えて欲しかった。前の俺がその言葉を聞いたら、どんなに嬉しかっただろう。

でも遅いんだ。・・もう」

 

その時、喉奥で最後にひとつヒュッと音が鳴り。僕の声はそれから出なくなった。

 

 

病院に行ってどんなに検査を受けても、原因は見つからなかった。声帯も喉も異常なし。

おそらく心因性のものでしょう、と診断された。カウンセリングを受けるかと聞かれ、僕は断った。

 

原因なんて分かっていたし、それは僕にはもうどうしようもなかったから。それに梓の側にいられないなら、歌もどうでも良かったのだ。

音楽の授業には出れなくなり、僕は学校を休み始めた。いつ再出発できるのかは全く分からなかった。

梓には、実は歌の練習が重圧でそのストレスで・・と筆談で嘘をついた。梓のせいだと思って欲しくなかった。

寝ては起きて、水でも飲んでモソモソと枕元のパンを食べる。そんな自堕落な生活を1週間程続けた頃。

僕はふと思ったのだ、潮時だと。

 

先生に相談して、寮の相部屋の組みを変えてもらった。生徒同士の相性の問題もあるし、どうしてもという場合にのみそれは認められていた。

梓はそれは嫌だと粘ってくれたけど、今の僕にはそれが却って悲しかった。『おねがい』とだけ書いた手紙を見せたら、悲しそうな顔をしてやっと納得してくれた。

 

変わりに僕の相部屋になったのは、高崎くんだった。皆嫌がる中で、高崎くんだけが手を上げてくれたらしかった。

 

引越しの日。高崎くんはすまなそうに言った。

「久しぶりだね。随分具合が悪いらしいって聞いてるよ・・」

2人で僕のベッドに並んで腰掛けると、高崎くんは深く深くため息を漏らし、顔を覆った。

 

「雨宮先生と灰原君、すごい噂になってるね。

星屑くん・・君には本当に本当に申し訳ないことをしたと思ってる。君を手助けするつもりが、まさかこんなことになるなんて・・。

声が出ないって、やっぱりそのせいなのかい」

 

僕は少し考えてサラサラと紙に書いた。

『そうだけど、高崎くんのせいじゃなから気にしないで』と。

 

彼はその怜悧な瞳を辛そうにして僕を見つめた。だから付け足した。

 

『運命の2人ならいずれどこかで惹かれ合ったはず。それは同じ学園にいる限り避けられない。誰も悪くない。高崎くんは僕の味方してくれたから、感謝してる』って。

 

別に高崎くんに怒ったりしてない。本心だった。

高崎くんは一瞬泣きそうな顔をして・・僕のすぐ側に座り直して言った。声を落として。

 

耳元に響く滑らかな声。高崎くんて、声良かったんだなあと今更ながら気づいた。

 

「・・お詫びと言っては何だけど、特別に教えるよ。僕は親が医者をやってるんだけど、ウチの病院には日々色んな人が来ていたんだ。

中にはヒートが強力過ぎて生きていけない、そんな人もいた。

そんな人に父親が勧めていたある方法があるんだ。

抑制剤の過剰服用だ」

 

どういうこと?と首を傾げた僕に、彼は悪魔の如く囁いた。

 

「フェロモンを抑え込む抑制剤は用量を守って服用する限り、フェロモンを抑えてその身を助けてくれる。ただし逆も然りだ。

・・実はオメガはある種の抑制剤を多分に過剰服用するとヒートって消失するんだ。2度と来ない。

この情報をどう活かすかは、星屑くん。君次第さ」

 

 

続く

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