オメガバース

【stardust#10】運命の番が現れる時

その日の夜遅く。部屋に戻ってきた梓を捕まえ問い詰めると彼は懺悔し始めた。

「ああ、その・・あれはキスの振りをしたってだけなんだ。

要は俺とひかりがまだ本当は番なんじゃないかってしつこく疑ってるヤツらがいるらしくて。

ひかりへの嫌がらせを完全に止めるなら、雨宮先生とデキてる風に見せなきゃいけない、って思ったから」

なんだそう言うことならただそう言ってくれれば良かったのに。

僕がそう思ったのを汲み取ったのか。彼の美しい瞳が翳りに歪んだ。

「・・ああ、でも。正直に言うね。
寸止めでやめるつもりが、ほんの少し唇が触れてしまったんだ。

だから先生とキスしたのは、本当と言えば本当。

ごめん、ひかり。合わせる顔がなくて・・」

罪悪感で今にも押しつぶされてしまいそうな梓を、僕は責めることなんて出来なかった。

「・・俺にはひかりだけだよ」

 

僕は信じた。

この時までは真実だった、その言葉を。

 

 

『それは坂を転がる様に』

 

 

次の日。雨宮先生は学校を休んだ。風邪らしかった。

音楽コースは自習。ずっと音楽ドリルをやることになって僕はホッとしていた。

先生に会うのがますます気まずかったから。羨ましかったから。優しい先生のことが大好きだったはずなのに、今はちょっと苦手・・。

授業が憂鬱だなあと思っていたら、雨宮先生は次の日も休み、その更に次の日も学校を休んだ。ただの風邪にしては重い。さすがに心配が募る。

先生、具合悪くしちゃったのかしらなんて思っていた。

 

『会いたくない』が、少し『会いたい』に戻りつつあった。

 

 

土日を挟み、翌週になって雨宮先生はようやく学校に現れた。

「・・先生」

くいと袖を引く。廊下で見かけたので思い切って話しかけてみた。

「ああ、星屑くん・・」

マスクをして、ちょっと目が潤んでいる。頬が赤い。熱がまだ治らないみたいだった。

「・・大丈夫ですか?」

「うん、なんとかね。熱がやっと微熱くらいになったから出てきたよ」

儚げに微笑んだ先生。

やつれても美青年ぶりは健在。その華は枯れない。いやそれどころか色気が増したような・・?

「・・灰原くんの件、ゴメンね」

周囲を気にしてトーンを落とした声。言わんとしていることは分かった。

「あっ全然!気にしないで下さいっ!
・・むしろこちらこそ迷惑かけちゃってすみません・・」

「迷惑だなんて思ってないよ、本当さ。・・あ」

 

視線の先には梓。
「それじゃ」

先生はふいと行ってしまった。先生・・?

 

「ひかり」
「あ、梓・・」

僕のところまで来た梓。じっと雨宮先生の背中を見つめている。

「・・先生、やっと出てきたんだな。具合、まだ悪いの?」

「うん、まだ微熱だって」

ふうんと頷いた。先の廊下を歩いていく先生をずっと見つめている。

・・?

「・・どしたの?」

「いや別に。・・先生、香水つけ始めたんだなーって思って」

 

心臓がドクンとひと跳ねした。

「あ、うん。良い匂いだよねー」

話を適当に合わせた。

「花みたいな香り。・・あの匂い、俺好きだな」

ポツリと言った梓の言葉に心をギュッと潰される思いだった。

「・・じゃ、俺そろそろ行くね」

立ち去っていく梓の後ろ姿を、苦しい思いでただただ見送った。

 

 

梓、先生は香水なんてつけてないよ。
その良い匂いっていうのは・・それってもしかして・・。

まさか・・。

 

 

その日、雨宮先生はやっぱり具合が悪くなってしまったようで、途中で学校を帰ってしまったらしかった。

次の音楽コースの授業の日。雨宮先生不在の中、同級生が好き勝手噂話するのが嫌でも耳に入ってきた。

『雨宮先生、もしかしヒート来たんじゃない?』

その噂話はまことしやかに教室内を流れた。

同じオメガだから分かるものがあるのだろうか。

先生、やっとだねーだなんて勝手に祝福ムードの同級生達。

『僕、初めてのヒートの時2週間寝込んだ』
『僕もー。死んだと思った』
『初めて好きな人と手を繋いだ次の日に来たなー俺は』

自分たちのヒートの体験談を交えて談笑する彼ら。

 

1人笑えない僕。

だって・・そうだろ。

梓に前に聞いたあの話。

『運命のオメガだと特に好きな匂いに感じる、なんて説もあるらしいけど。どうなんだかね』

梓がついこの間言っていたあのセリフ。

『花みたいな香り。・・あの匂い、俺好きだな』

 

そのふたつの言葉が頭の中をグルグルして、僕は正気を保てないんじゃないかと恐れた程だった。

ヒートが来たかもしれない雨宮先生。

それらが意味するところを、必死にそうじゃないと言い聞かせようとして・・涙をこぼすまいと必死だった。

 

 

願わくば、梓がこれ以上雨宮先生の匂いに関心を寄せませんように。それを願ったが、それは無駄だった。

程なくして、僕はまた新しい噂を知った。
・・高崎くんが申し訳なさそうに教えてくれたから。

 

寮の部屋でまた聞いた。

「梓・・雨宮先生とまたキスしてたって本当。先生押さえ付けて・・してたって・・」

死刑宣告を待つ気持ちだった。

「ああ・・本当だよ、ゴメン・・」

僕は終わりが始まるのを実感した。

「雨宮先生、最近とにかく甘ったるい花の匂いがするんだ。香水、つけすぎで。

・・でもあの匂いを嗅いでると俺は何故かイライラして、居ても立っても居られなくなる。

自分を止められないんだ。

俺、どうしちゃったんだろう・・」

 

僕にも分からない、と震える声で答えた。

 

 

続く

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