浮気攻め

【浮気な彼氏#13】元彼と暁都さんの直接対決の行方

「早く来すぎちったなあ」

地獄の3者面談当日。暁都さんが早く早くと急かすもんだから、20分も前に待ち合わせ場所に来てしまっていた。

そこは海沿いのカフェテラスの一席だった。テラスには他には誰もいない。

ぴゅうと風が少し寒い。暁都さんに着ろと言われて着てきたハイネックに、助かっていた。

「・・良いか?てな訳でな、今日の流れはさっき言った通りだ。何があっても話は俺に合わせてくれよ、良いな?」

いつもに増してお洒落してきて、男前な美貌に磨きの掛かった暁都さん。内心ちょっとクラッてしつつ、僕は分かったと真面目に頷いた。

暁都さんによる僕らの設定。

①僕らは付き合っている
②暁都さんの一目惚れで始まった関係
③もう一緒に住んでいる

まあここまでは大体良い。だけど4つ目に問題があった。

「でも嘘つく必要なんて・・」
ひそひそと抗議した。

「良いから!俺に任せてよ。落とし前つけるんだろう?

あ・・アイツじゃねえか?来たぜ」

遠目にも分かる長身にハンサムな顔立ち。元彼が僕らの方へ向かって歩いてきていた。

 

 

『浮気の着地点』

 

僕らのところまで来て少し気まずそうにテーブルに座る。チラと暁都さんを一瞥してから、僕に言った。

「久しぶり。・・その、随分垢抜けたな」

元彼は少し驚いた様に僕を見つめている。

ただ上から下までそんなにじっくり見つめられると困ってしまう。

「あ、うんありがと・・?」
「いやホント、見違えたよ。・・前はこんなじゃなかったよな」

そう言って無意識なのか、恋人同士だった時みたいに僕の髪を梳こうとした・・のを暁都さんが手首を掴んで止めた。

「お前に触る権利ないんだけど」
「・・おっさんは黙ってろよ」
「口のきき方に気をつけねえとこの手首へし折るぜ」

ぐいと力強く握り、元彼が呻き声をあげると暁都さんはその手首を振り落とした。

バチバチと視線同士がぶつかって火花が散る。地獄の3者面談が今始まった。

「・・あんた何なんだよマジで」

「俺アキトって言うんだけど。傷ついてたこの子をたまたまバーで見つけたラッキーな男さ。一目惚れしてそのまま囲い込んで今は恋人。

誰かさんが浮気したおかげでな」

「あんた、邪魔なんだよ!」

「邪魔なのはお前。浮気がバレてフラれたんだから良い加減諦めろよ」

「あんたに関係ないだろ」

「大いにある。俺たちもう一緒に住んでんの。なのに昔の男から連絡がじゃんじゃん来たらウザイ訳。新婚生活の邪魔しないでくれる〜?」

「はあ!?・・本当かよ」

僕の方を向いて問い詰める様に聞いてきた。僕は頷いた。

「本当だよ」
「いつから」
「ちょっと前」

暁都さんが即割り込んだ。
「ほら毎晩同じベッドで寝てるって教えてあげないと」

「はぁ!?嘘だよな!?」
「えっと本当だよ」
「んだよそれえ・・!」
元彼は苛々と顔を歪める。・・アレコレ余計な想像を多分されてるんだろう。

「こんなおっさんが良いのかよ!?・・どうせ
大した仕事してないくせに」

悔し紛れだろうか。暁都さんは見た目はカッコいいからその辺なじれないし。

元彼は暁都さんの明るめの茶色でウェーブがかった髪を忌々しそうに見ながら言った。普通のサラリーマンに見えないのは同意だけど、失礼過ぎる!

「失礼なこと言わないでよ!」

怒る僕を良いよと制して、暁都さんは続けた。

「俺ねえ小説家やって飯食ってんの。だから服装髪型自由って訳」

「どうせ大して稼げねえだろそんなんじゃ」

「んなことないよ?アキトって名前で小説家調べてみてよ。それが俺。今年の春先に話題になった恋愛の映画あるでしょ?あの原作書いたのも俺だし。
まあ今の年収は君の10倍くらいかな。悪いね自由で金あって」

「10倍って嘘つけ!」

「嘘じゃねえよ。あそこ停めてる外車あんでしょ。あれ、俺の。あの佇まいと乗り心地に一発で惚れちゃってさあ。見つけたその日に一括払いで買ったよ」

外車を指差して見せる。そして上着のポケットから車の鍵を取り出し目の前でチャラチャラと降ってみせた。その誰でも知ってる高級車の・・。

唖然とした元彼。そりゃそうだ、こんなの見せられたら誰だって・・。

「惚れたら何でもすぐに手に入れるのが俺のやり方さ」

暁都さんは続ける。

「それに俺は手に入れた後もちゃんと手入れするぜ。何でも。

この子も随分可愛くなっただろ?磨いた分輝いてくれるってもんよ。車も恋人もな。

まあ釣った魚に餌はやらず、更に新しい魚釣りに行くっていうお前みたいなタイプには一生分からない醍醐味だろうがな・・」

「く・・!」

イライラと暁都さんを睨みつけている。それを余裕の笑みで見返す暁都さん。これが人生経験の差なんだろうか。

暁都さんと直接やり合ってもダメだと察したのか、元彼は僕の方に話しかけてきた。

「なあ、こんなとこ引き上げて戻ってこいよ!今度こそ大切にするから!」

「やだ、戻らない!」

「お前がいないとダメなんだ。それに・・こんなに可愛くなるなんて知らなかった!別の男にやりたくない!」

「いまさら何!?」

「大好きって俺に言ってたよな!?俺を見捨てるのか!」

「・・その大好きだった人に裏切られた僕の気持ちなんか、何も分かんないくせに!
ずっと僕なんてほったらかしで、女の子に夢中でさ!散々浮気しといて自分が振られるってなったらヨリ戻したいってムシが良すぎるよ!!」

「もうしないって!俺、変わるから!!俺ん家に帰ろう!」

僕の手を引こうとするのを振り切って逃げる、でも辞めてくれない!助けて・・っ!

「良い加減にしろ!!」
突然ダアン!と音がした。びっくりして振り向く。暁都さんがテーブルに手をついてブチギレていた。

「君本当しつこいね。でももう諦め時だ」

「何でおっさんにんなこと決められなきゃいけないんだよ!」

はあと暁都さんはため息を吐いた。そして続けた。

「君がショック受けるかなあと思って黙っててあげたんだけど、言うね?

俺たち結婚するんだよ。養子縁組して戸籍上親子になる。それで夫婦になるってこと。同性同士のカップルの場合、そうするしかないからな」

「はあ!!?本気で言ってんのかよ」

驚いて僕を振り返る元彼。こくこくとただ僕は頷いた。余計なことを言うと、嘘がバレる!

ヤバい見つめ合うと、目が泳いでしまう・・!

暁都さんはぐいと元彼の肩を掴んで、暁都さんの方に顔を向けさせた。

「そ、本当の話。もうね、この子の親御さんには挨拶したんだよ。驚いてたけど。

知り合ったばかりだけど、俺はこの子に決めたんだ。だから俺が親御さん説得したんだ。畳に額擦り付けてさ。んで許してもらえたんだよ、なあ?」

「ん、うん!」
僕はただ話を合わせた。

「籍入れるのは12月。俺の誕生日があるからその日の予定。いやあ人生最大のプレゼントだね俺にとっては。若い奥さんだし。

今日だってさ?結婚するにあたって買い物だのなんだの色々あるのを隙間縫って来てやったんだよ。あ、ちなみにこの後は洋服ダンスだの机だの、この子用の家具見に行く予定。

だから時間来たら帰るよ俺たち。いつまでもお前に付き合っとれんわ」

捲し立てる、畳みかける。暁都さんはあまりに自然で、本当のことをただ喋っている様にしか見えなかった。

「んな・・」
絶句している元彼。トドメに一言。

「てな訳で俺の奥さんにもう近寄るなよ。ドブネズミと一緒だぜ」

「・・てめえ!」

元彼が暁都さんの胸ぐらに掴みかかった。やばい殴り合いが始まる!辞めてと割り込んだけど、全然離してくれない!

ギリギリとその手を掴みながら、暁都さんはじっと元彼を睨み上げて続けた。

「口じゃ勝てないからって俺を殴るのか?脳筋野郎。お前の自慢は顔だけか」

「黙れ!!!」

「そうやって人とコミュニケーション取れねえからロクにこの子満足させられなかったんだよ。・・ベッドでもな」

「んだと!?」

暁都さんはニヤと片方の口角だけ一瞬上げて笑った。

「この子さあ、身体のどっか噛みつかれると短く叫ぶ癖があるよね?超痛そうにああ!って。でもあれもっとやってって意味だよな。めちゃくちゃ噛んで抱いてやったらすげ悦んでイイ声。やだこんなの初めて〜!って。

君ね〜恋人はちゃんと満足させないとダメだよ?ちなみに跡まだあるよ、見る?」

呆然としたのか気が緩んだ元彼の手を振り解くと、暁都さんは僕の手首をぐいと引いた。

そして袖を捲った。そこにはこの間つけられた暁都さんの歯形がくっきり残っていて!

「ほらこっちも」

今度は僕のハイネックの首元を捲って見せた。そこはもっとくっきりと歯形だのキスマークだのが残ってるとこで・・!

「や、やだっ!」
顔がみるみる真っ赤になっていくのが自分でも分かった。元彼に暁都さんとの情事を覗かれている様な変な気分で、いや情事とかまだしてないんだけど!

信じられないものを見る目で元彼に見られてるのが恥ずかしくってたまらなかった。

「今日ハイネック着せてきたのはさあ、俺の噛み跡が酷えからなんだよ。消えねえんだよなあ全身。

どう?このハイネックの下がどうなってるか、もっと見たい?まあ辞めといた方が良いと思うけどね。寝取られなんてトラウマもんでしょ。

まあネトラレが趣味なら良いんだけどさあ」

 

暁都さんは意地悪な瞳でアハハ、アヒャヒャと嘲笑った。それは寝取りに成功した男の声にしか聞こえず、それぐらい暁都さんの演技は完璧だった。

ギリギリと睨みつける元彼。
「・・くそ!」

「てな訳で話は終わり!これで良く分かったろ。お前が俺たちにつけ入る隙はないってな。

まあ君もトンボ帰り大変だろうからこの辺観光でもして僅かながらお金落として帰ってよ。そんじゃな」

暁都さんは僕の手を引いて立ち上がる。立ち去ろうとした。その時。

「・・浮気ぐらい、どうせアンタだってしたことあんだろ!偉そうに誠実ぶっといてよ!」

それは元彼が苦し紛れに放った、本来なら何でもない一言だった。

だけど暁都さんはピタリと止まった。空気は凍りつき、ピリッと電気が走るのを僕は感じた。地雷がカチリと踏まれる音を確かに聞いた。

彼はゆっくり振り返って言った。無表情で。

「・・浮気ぐらい、する?俺が?する訳ねえじゃんそんなの」
「そんなの何とでも言えんだろ!本当はこいつの知らないところで女でも抱いてるんじゃないのか!」
「・・・」

その表情からして、やばいものが暁都さんの中で込み上げていくのを僕は感じた。それは怒り、悲しみ、憎しみ全部が混ざったどす黒いマグマの様なもので・・!

「・・聞き分けのない野郎は嫌いなんだ。良いだろう、最後に教えてやるよ。よく聞けよ。

俺な、昔奥さんいたんだよ。5年付き合って結婚した。30の時。俺と親友とで3人仲良くやってたんだ。そいつも俺と同じ作家でさ」

「!」
驚く僕を横目に彼は続けた。結婚してたなんて、知らなかった。

「で、しばらくして子供が出来た。俺も当時は子供欲しかったし、嬉しかった。親友も喜んでくれてな。すごく、ものすっごくな。

でな?ある冬の寒い日。もう奥さんの腹も大分大きくて、もうあとちょっとで産まれるって時だった。

ある日仕事が終わって、早めに家に帰った時。親友と腹の大きい嫁さんがさ・・してた訳よ。そういうこと。リビングで。

俺は目を疑ったよ。笑えんだけど最初2人俺の存在に気づいてなくてさ。1分くらいだったか?俺ボーッと突っ立って見ちゃってたよ。無修正のその様子をさ。

腹大きいんだからそんな激しくすんなよ何かあったらどうすんだ、なんてトンチンカンなこと考えててさ・・

んでようやく何してんの?って言って、2人は今更ながら慌てふためき出した。そっから何話したかあんま覚えてない。記憶が飛んでんだよな。

結局、親友と俺の奥さんはデキてたんだ。俺の知らないところで。

ただ子供はもう少しで生まれるってところだったし、万が一にも俺の子かもしれない。だから祈るような気持ちで待った。んで調べてもらった。

そしたら違ったんだよ。俺の子じゃなかった。親友の子だと思うだろ?でもそっちでもなかった。

誰か知らない男の子供さ。信じられないだろ?

まあそこそこモテた俺も親友も落とせるんだから、他も落とせるんだよな。結局他にもいっぱいいたよ、浮気相手。

で、離婚したって訳」

「・・!」
僕は絶句していた。そんな、過酷すぎる傷を背負っていたなんて・・!声が出ない。

一方で、いつぞや暁都さんに言われた『元彼、こんな可愛い女が落とせるなら他も落とせる。多分他も浮気してるよ』ってアドバイスはこういうことだったのかと腑に落ちていた。

「さっき俺に、浮気ぐらいしたことあるだろ、って言ったよな?ねえよ、人生で一回も!裏切られたことならあるけどな!

逆に聞くけどさ、分かる?裏切られた側のリアルな気持ちが、お前に!」

暁都さんの未だ癒えない心の傷口から血が溢れ出していた。

その人差し指を拳銃の様に元彼の胸にトンと当てて、暁都さんは言った。怒りと悲しみに支配された瞳で。

「眠れない、食べれない、もう誰も信じられない!笑うことなんざすっかり忘れちまって、あるのは無限に続く絶望だけさ!世界がひっくり返っちまうんだよ!

お前みたいな人間がお気楽に浮気する一方で、された側は苦しみ抜く、ずっとだ、何年も!

どうせ分からないだろうがなお前みたいな奴には!

・・だがな?俺には分かる。この子の気持ちが。痛みも、苦しみも、全部!だから俺は絶対にこの子を裏切らない、悲しませないって誓えるんだ。お前よりずっとこの子に近くて幸せに出来ると誓えるのは、俺なんだよ!!!」

そう叫ぶ様に言う。

「暁都さん、もう良いよ!」

暁都さんを宥め、僕は元彼に言った。

「もう話し合い終わり!とにかくもう二度と会わないから!僕は暁都さんを大事にしたい。他にこんな風に思える人、いないんだ。

・・さようなら」

「・・そういうことだ、そんじゃな」
暁都さんは僕の腕を引いて今度こそ歩き出した。

車に乗る前、一度だけ振り返ったら元彼はただただ悔しそうな苦しそうな顔で僕らを見つめていた。

 

 

「ちょっと海沿い走ってくよ」

僕を車の助手席に放り込むと、僕がもたもたとシートベルトを着けるのに手間取っている内に、暁都さんは車を走らせ出した。らしくなかった。

その内スピード上げて道路を飛ばし始めた。車の通りはない真っ直ぐな道だけどこんな乱暴な運転、暁都さんじゃなかった。

黙って車を走らせる横顔は時折海をじっと見つめている。きっと綺麗な景色に救いを求めてきたんだろう。僕の様に。彼が海沿いの街に住んでいる理由が初めてちゃんと分かった気がした。

「・・バツイチだったの黙っててごめんね」
「ううん良いよ」

責める気なんかなかった。

むしろ何でこんな人がこの歳まで独身だったんだろう?ってずっと思ってた。

「・・でも嘘さ、あんな話。俺小説家だから、ドラマチックなストーリー考えるのが得意なだけで。君の元彼に引導を渡すための、ただの演出さ。あんなこと、俺には起こらなかった・・」

言いながらグスと鼻を啜った。目の縁が赤い。そんな哀しい嘘、つかないで欲しかった。聞いてる僕自身もすごく辛い。

信じてあげたかった。なあんだそうだったんだって言ってあげたかった。けれど。

「・・僕が側にいるから、ずっと・・」

「・・くそ!くそくそ、くそ!!
前の家も、ファミリカーも処分した!

それに全部捨てたんだ!ベッドも、寝巻きも!タオルだって、残らず全部!なんであんなこと!!俺を裏切るなんて!!しかも俺たちの家で・・!!」

彼の心は今ここにない。苦しい過去に、1人で居させちゃいけない。

「車止めて!!落ち着いついて!暁都さん、ゆっくり話そう!」
「くそ、くそ・・」

彼の心は過去に囚われたまま。それに外車は更に加速する。苛立ちが悪い方へ向かって発散されている。この調子じゃ色々まずい!

「暁都!!車止めて!!僕を殺しても良いのか!あんなに好きって言ったくせに!!」

大声で叱りつけた。暁都さんはビクッとして我に返ると、さっと周囲を確認して急ブレーキを踏んだ。

「!!!!」

キキキーッ!ガクン!!って車体が揺れた。その衝撃でバン!!と僕はダッシュボードに手をついた。この時ほどシートベルトしてて良かったと思ったことはなかった。

はあはあと荒い息を吐く。鼓動が早い。脈打つのが聞こえる。冷や汗を背中にかいている。

生きてるのか僕は・・?

車の通りが他になくて良かった。
本当、ほんとうに・・。

「・・俺どうかしてたよ。ごめんね、危ない目に遭わせて・・」
彼は肩を落として瞳を伏せた。

僕を危険運転に巻き込んだことを、死ぬほど後悔してるって顔だった。

「大丈夫だった?手見せて・・」

すごく心配そうにあれこれと僕に怪我がないか見ていく。しょんぼりと垂れたワンコの耳が見えた。

「ううん良いんだ別に・・。それより暁都さん落ち着いて。一緒に海沿い、歩こ?」

だまって彼は頷いた。路肩に車を止めて、僕らは歩き出した。僕が彼の手を引いて。

ザブンザザアンと波の音がただ聞こえる。風が冷たいけど、火照った心を冷やすにはこれくらいが丁度良いのかもしれない。怒りに震える心には特に・・。

大人しく僕についてくる暁都さん。その無骨な指先は悲しげにしおれている。いつもみたいに僕に戯れついてはこなかった。

「・・別れた元奥さんさ、今になって連絡してくんの。やり直したいとか言ってさ。

俺がそこそこ名の知れた作家になったから。真男より金持ってるから。

笑っちゃうよねホント・・。

・・・。

・・慰謝料請求をね、してる訳よ。元奥さんと間男にさ。別に金が欲しいんじゃなくて、罪を償って欲しいって意味で・・。俺をこんな風にしといて幸せになるなよって嫌味をこめてさ・・。

連絡は弁護士を通せって言ってんだけど、電話掛けてくんだよね・・」

あの電話はそう言うことだったのか。

「僕には全部教えてくれたら良かったのに」

「・・俺自身、向き合えなかったんだ。自分の過去に。それに・・」

「それに?」
「・・・」
「言ってよ、暁都さん」
「・・ダサいから」

「ええ?」

「・・・。
好きな子の前ではスーパーマンでありたかったの。スーパーマンには、悲しい過去なんてないんだ・・」

彼はふいに立ち止まった。しゅんとして、哀しそうにわらった。

「暁都さんはカッコ良いよ。僕のヒーローじゃないか」
しょんぼりした瞳が僕を見下ろすもんだから、僕は背伸びをしてキスをした。

そしてずっと言いたかった言葉を伝えた。まっすぐその瞳を捉えて。

「暁都さん、好きです」
「・・俺は同情なら要らないよ。慰めるためなら辞めてくれ」

彼は僕を押しのけた。初めて。そして自嘲気味に言った。

「・・俺がねえ、君のこと気に入った本当の
の理由、教えてやろうか。ウブそうでさあ、俺に変な嘘つかなさそうだからだよ。かわいかった、は二番目の理由。どう?ダサいだろ」

「ダサくないよ。信用できそうって思う人を選ぶのはそんなにダメなこと?」

「・・・」

「暁都さん、好きだよ。これが嘘に聞こえるの・・?」

「・・いや・・」

彼は頭をがりがりと掻いた。

「・・俺、君に捨てられたら死んじゃうからね。そんなに強くないんだ、本当は」

「捨てないよ」

ずっと一緒だよって言葉はどちらが言ったんだっけ。抱き締められてキスされて、包む様な波の音だけがずっと聞こえていた。

 

 

その晩、暁都さんはベッドで僕をずっと離さなかった。彼の無骨な手は驚くほど優しくて、でも情熱的だった。

我慢の糸が切れたんだと本人は言ったけれど。
良すぎて辛い、身体を震えさせながら僕は言った。

「・・僕っもうダメ、暁都さん・・!」
「良いよ、飛んでも!捕まえてて、やるから!」
「・・ー!!」

頭をぐしゃぐしゃと掻き、声にならない声で叫んだ。自分がこんな声出すなんて、自分ですら知らなかった。

僕のその様をじっと見下ろす双眸は、熱を孕んだままで。暁都さんは僕がどんなにお願いしても許してくれなかった。

彼は責め続けた。僕が自分が今どこにいて、誰なのかも分からなくなるくらい、ぐずぐずのどろどろになって、ただ暁都さんにしがみつくしかなくなるまで・・

 

ふと気がついたら明け方で、暁都さんはいなかった。彼のシャツを羽織ってリビングへ行ってみたら、暁都さんはソファに座ってコーヒーを飲んでいた。
カーテンを開けた窓を、じっと見て何か考えている様だった。

「・・あ、起こしちゃった?君も飲む?」
「暁都さんの飲む・・」

彼の膝に座った。僕も明け方の空を見つめた。

コーヒーを一口分貰う。彼は僕を抱いて嬉しそうに見上げた。

「・・昨日の君、最高だったよ」
「やだ忘れて」
「絶対忘れない」
「早くボケたら良いのに」
「うるせえ〜」

ははと彼は笑い、続けた。
「でもさ、君、才能あるよ」
「・・何の」
「俺を興奮させる才能。最高に可愛かった、本当」

じっと見つめられて頬がカッと熱くなった。苦し紛れにもう!と軽く暁都さんの頬をぶった。ふざけてだけど。

「わー痛え。はは・・そういえばさ、昨日。暁都!車止めなさいコラーッ!って君に怒られたの、新鮮で良かったな俺」

「M?」

「違ぇよ。Mは君でしょ。俺に噛みつかれて悦んでたじゃん。

ってそういう話じゃなくてさ・・俺、君に守られちゃったなーって。でも嬉しかったんだ・・。それに君にね?尻に敷かれるのも良いよなーって考えてた」

「何それ」

「良いの。俺の喜びは君には分かるまい。・・一緒にシャワー浴びに行こ」

彼は立ち上がり、僕の手を引いた。大人しく着いていく。

「シャワー浴びたら散歩行くよ俺、一緒に来る?」
「え、うーん・・寝てるからパンだけ買ってきて・・?」
「はは、冷てえなあ〜まあ良いよ、今日はゆっくり寝てな」

 

僕らはそっとキスをした。
甘えて甘やかされて、時に守って守られて、笑い合って。僕らはこうやってこれからも生きてくんだろう。

元彼の浮気と引き換えに、僕はあまりにも幸せな日常を手に入れた。

 

シャワールームへ向かう前。もう一度明け方の空を振り返る。

暁都さんと見た二度目の暁の空は、やっぱりとてもとても綺麗だった。

 

 

end.

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POSTED COMMENT

  1. ももも  より:

    完結おめでとうございます。
    暁都が過去を晒してまで元カレに浮気された側の苦しみを吐露する姿に胸がキュッとなりました。
    主人公に惹かれるきっかけ、悪いとは思いませんね、傷を負っているんだから尚更・・・それも、騙すとか良いように利用してやろうとかではなかったんですからね。
    暁都の軽そうな言動に隠された辛い過去、私はスンナリ腑に落ちたので気になりません。

    その分・・・元カレがあまりにも酷いというか軽率というか、結局、浮気の件は正式に謝罪しないままなんですよねぇ・・・裸になって寝ただけとかいう噴飯モノの言い訳したと思ったら別れたとかほざいてきたけど。サイテーだわ。
    元カレ視点でも浮気しまくりで主人公を馬鹿にしまくりで、ほとほとに呆れた・・・絶対反省してない、また都合良く飯炊き男にするつもりだったとしか思えない。
    暁都の事をオッサンて軽んじてたけど、お前の取り柄、若さだけじゃん・・・て失笑。
    暁都も言ってたけど、本当に良い所が顔しか無いんだな〜と改めて株がノンストップ下落w。
    主人公が可愛くなったから他の男にやりたくないだの俺を捨てるのかだのって、お前もう少しマシな主人公の引き止め方ないのかよ・・・とドン引き。
    最初から最後まで自分の事しか頭になくて、繰り返すけど絶対に反省してないだろ・・・と呆れる呆れる、呆れが止まらない。
    こんな奴に主人公は勿体無い、宝の持ち腐れでしたね。
    唯一良かったところは主人公と暁都が出会えたという結果の踏み台!二人が出会えて本当に良かった良かった!
    主人公と暁都の新婚生活やその後の元カレの後悔ぶり・・・とかありましたら読んでみたいです。というか購入させてください!
    主人公の事を奥さん♡って溺愛している暁都と、その愛を一身に受けて幸せにしてる主人公・・・と暁都に正論と怒髪天をくらい主人公を失い後悔しまくる元カレ・・・(妄想過剰)

    • tsukiyo より:

      >もももさん

      暁都自身、浮気された苦しみを誰かに言いたかったのかもしれません。

      元彼きっかけで、ようやく自身の過去に向き合うことが出来ました。

      2人とも色々あったけど、最終的にハッピー!これから新しい2人の生活が続いていくことでしょう(^O^)

      元彼への怒りがすごいw

      元彼も自分が浮気されたらちょびっと反省するかも?いつか真人間になれると良いですね・・!?

      番外編希望とのこと、ありがとうございます。お金と愛を持て余した暁都の関心が全て主人公くんに向けられ、これまたエライ新婚生活にな!?なんて・・w
      内容はちょっと考えてみますね。

      初期の頃からこの連載を応援頂きありがとうございました!

  2. ももも  より:

    あ〜なるほど、浮気された苦しみを誰かに・・・澱みを昇華させられて良かった。

    確かに元カレに厳しいですねw
    私が自業自得な攻めが好きというのもありますけど、なんかもう、あまりにも反省が見られなくて腹立つやらなんやらなんですよね。
    再会しても謝罪しない、再々会の前にようやく関係があった女を全部切る、会う前から暁都を見下して余裕綽々、ありえんわコイツ・・・と。
    後悔して反省して何がなんでも復縁したい姿勢がまるで見えなくて、億万が一に復縁しても都合良く扱われるだけだな〜と呆れたのと暁都に逆ギレしたのがサイテーすぎて、ついつい。

    暁都の愛を一身に浴びながらお金の面はセーブしてもらおうとてんやわんやしつつ、ラブラブな二人・・・良いですね!(サムズアップ)

    連載を追いかけるの楽しかったです、ありがとうございました。

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