※今回は梓視点です
放課後の廊下を1人ぶらぶらと歩く。
肩から掛けた鞄からは、中からガサガサと音が鳴る。その音の正体は紙袋に入った抑制剤の束。
あれ以来、ずっと肌身離せずに持ち歩いている。
これさえ飲めば、か・・。
深くため息を吐く。ひかりを思い出して胸が痛んだ。ひかり、今どうしてる・・?
でもその一方、俺の指は勝手に携帯を取り出しメッセージを打つ。
『今どこにいます?』
送信先は、雨宮先生。
俺の心に反して、身体は半ば強引に雨宮先生に俺を向かわせる。俺は本能に抗えないままだ。
『侵食』
音楽室にいると返信をもらい、俺は足早に音楽室へ向かってしまう。
途中先生が戯れに『今日家来ない?』とLINEしてきたのにかなりドキッとしつつ『それは無理です』となんとか返す。
・・家になんか行ったら、自分がどうなってしまうか分からない。あの甘い香りに包まれて、潤んだ瞳で見つめられると俺は気が狂いそうになる。
それが嫌なら離れれば良い、そう自分でも思うのだがどうしても身体は雨宮先生に向かおうとしてしまう。
日に日にフェロモンの威力が増して、俺は最近では片時も先生から離れられない。まるで洗脳でもされているみたいに、先生で塗りつぶされていく。
心の奥では今でもひかりをこんなに求めているのに・・。
「・・!あっごめん!」
廊下で同級生とぶつかる。いけない、ボンヤリしていた。最近いつもこうだ、俺は。気をつけろ。
少し先の階段を降りてまっすぐ行けば、もう音楽室だ。ドクンと心臓が波打った。
・・この心臓の高鳴りすら、フェロモンにあてられているだけなのか、俺の本心なのか自分でもよく分からない。
本当の俺はどこに行ってしまったのだろう。
ひかり・・。
階段を駆け降りる。指先に触れた階段の手すりは少し錆びてザラついていた。
『侵食』という言葉がふと浮かぶ。そうだ、今の俺そのものだ。
抑制剤を一気に服用で先生のフェロモンから逃れられるという。
でも・・
俺の本能がそんなもの飲むなと叫んでいて、飲もうとしても袋ごと床に叩きつけてしまうのだ。俺の身体は、俺の言うことを聞かない。
「・・・」
音楽室の前についた。着いてしまった。夕陽の差し込む少し古びたノスタルジックなその扉。
ふいにひかりの告白が頭を過ぎる。まただ。ひかり、あの時泣いてたな。ギュウっと胸が苦しくなった。頭を振って追い出す。
俺は深呼吸して、ノックした。
「・・先生?」
ガララと音楽室の扉を開ける。
やあと振り返った美青年。離れていてもふわりと香るフェロモンに俺はたちまち囚われていた。
ああ、なんて良い香り。生まれた時からずっと求めていた様な、そんな香り・・。
何も言わずお互い歩み寄る。無意識にキスしようとした自分に内心気づいて驚く。先生をトンと片手で突き放した。
「・・今日は随分冷たいんだね」
「別に・・」
チラリと一瞥する。
『梓・・本当は、好きだった、ずっと・・!』
ひかりのあの時の声が、何度も頭の中で響いて離れない。離れてくれない。
「冷たくされると、余計灰原くんが気になる」
「へえ・・」
「今日はホント、つれないね」
「・・・」
キスしてあげようか、と悪戯に笑いかけてきた先生に本能を掴まれる。
そして先生はタッと一気に距離を詰めて俺に抱き着いてきた。ぶわと直近で芳るフェロモン。身体がぶるりと震えた。
喰われるなと身構える。
「!」
「星屑くんのこと考えてるの?」
言い当てられてドキリとした。吐けとばかりに先生の細い指が俺の胸をかりかりと引っ掻いた。ドクドクと鼓動が跳ね上がるのが自分でも分かった。
「・・はい」
「今は僕のことだけ考えててよ・・」
俺の腰あたりを抱いていた先生のもう片方の手が、俺の背筋を伝って這いあがる。自分の体温が熱い。とろけてしまいそうだ。
俺の頭を抱くと、耳元で先生は言う。
「僕ね。ずっとヒートが来なかったんだ。オメガの同級生達に次々ヒートが来て、皆運命の相手を見つけて結ばれていくのに・・。
僕が、僕だけがずっと運命の置き去りさ」
「・・・」
いけない、こんなに近くにいられたらクラクラして頭がおかしくなりそうだ。先生を突き飛ばせ!と心が叫んでいるのに、体が動かない。
「番になって欲しい。君が欲しいんだ・・」
先生は俺の首に噛み付いた。それは身体中に電気が走るみたいな刺激で・・!
「!!」
もちろんと本能が応えようとするのを何とかねじ伏せた。先生の肩を掴んで力ずくで引き離した。
潤んだ瞳が俺を見つめている。
「先生、それは無理です」
「どうして」
「・・ひかりが好きだから」
「好きだった、でしょ?今は僕のフェロモンに夢中。違う?
灰原くん。運命には従わなきゃ」
そういって先生は再度俺に抱きついた。縛られたみたいに動けないのは、俺。
俺の心に反して、頭も身体も塗り替えられていく。俺は俺じゃなくなっていく。
ぎこちなく先生を見下ろす。
抑制剤が頭に浮かんだ。
あれを捨てろ、捨てなきゃ、いや、いますぐ飲め、逃げるなら最後だ、俺は俺でいたい、でも逃げるな運命からと頭が命令している!
ああ、でも・・ひかり!
俺の意に反して、俺の身体は先生のワイシャツのボタンに手をかけた。グッと力のこもる指先。期待に染まる先生の吐息が漏れた。
『梓・・本当は、好きだった、ずっと・・!』
ひかり。俺がひかりの告白を断ったのは、中途半端な自分が堪らなく嫌だったからだ。ひかりだけをまっすぐ見ていない俺なんて、俺は許せなかった。
ひかり、ひかり・・。
続く
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よろしくお願いします♪
ガハ!!!!つづき!!待ってます
ひかりが幸せになりますように…
>Uさん
いやガハて!( ^ω^ )続き待ってて頂けて嬉しいです!見守ってあげて下さい…!
先生が運命に憧れてたのは分かるけど、ひかりに譲ってやってくれぇぇぇぇぇ笑笑
15話投稿されるのめちゃくちゃ楽しみに待ってました!今回も最高でした!♡♡
>ひーりーさん
またコメント頂きありがとうございますっ!(≧∀≦)先生も先生でずっと独り身で寂しかったから…ッ!!悩ましいっ!
楽しみにして頂けるのすっごく嬉しいです〜〜〜!(*≧∀≦*)コメントありがとうございます♡♡♡
更新嬉しいです!!
ひかりくんと梓が結ばれることを願ってます!!!
>ゆうげんさん
更新、喜んで頂けるのとっても嬉しいです!最近なかなか筆が進まなかったので安心しました٩( ‘ω’ )و
はい、引き続き見守ってください!(*≧∀≦*)