アルファがてっぺん、ベータは真ん中、オメガは最下層・・なんてピラミッドだったのは昔の話。
もちろんアルファがてっぺんなことは変わらない。
変わったのはオメガだ。特有の繁殖力の高さで少子化に貢献し、彼等はその地位を確立しつつある。
それにヒートのせいであまり働けなくても、何故か美形の多い彼らには生き残る道がある。アルファの番。または芸能コース。モデルで生計を立てることが彼らなら可能だった。人気も上々。
一方ベータ。アルファ程の有能さはなく、かといってオメガ程の繁殖力も見目麗しさもない。
平凡でありきたり、真面目だけが取り柄。もしかしてベータ、一番下じゃね?近年そんな風潮に変わり、そして定着しつつあった。
そんな訳で・・
「どけよクズ!」
高校の朝の廊下。アルファの同級生が僕を押しのけていった。ため息を吐いた。
僕の名前は星屑ひかり。アルファとオメガばかりのこの高校で、唯一のベータ。
ついた呼び名はクズ。
『stardust』
とぼとぼと歩きながら教室へ向かって歩く。
クズって呼ばれることにも大分慣れたもんだ。
ただ・・
「!」
ドムッと後ろから突然ぶつかってきたのはガタイの良いアルファの上級生。
「よう、クズ。俺いま喉乾いてんだけど、金なくてさー?」
ぶつかられて金がないって言われて、要はタカリ。こんなのもしょっちゅう。
どうやって逃げようかと考えていたら、後ろから『ひかりー!』と僕を呼ぶややこしい声が聞こえてきた。
やばい!来た。まいてきたのに、もう追いつかれた。上級生になけなしの1000円札を押しつけると、僕は上級生達の間をすり抜けた。
こんなところあいつに見られたら何が起きるか・・!
『ひかりってばー!』と声はどんどん近づいてくる。聞こえないフリして足早に逃げようとしたが・・
「ひかり!!聞いてんの!?」
ガッと肩を掴まれてヒエッとなった。もう追いつかれた。足速いのも良い加減にして。
ぎこちなく振り返り、今一番会いたくない相手に愛想笑いをした。
「あっ・・ご、ごめん、ボーッとしててさ?」
「ふーん?てか何で先行くんだよ、ひかり」
拗ねた顔で僕を見下ろすのは灰原梓。この学校で唯一僕をちゃんと名前で呼ぶ貴重な同級生で幼馴染。
色素薄い系の爽やかイケメンで、性格も優しい優秀なアルファ。アルファからもオメガからも好かれて大人気のまさに学園王子。
だけど・・
「別に・・そもそも朝一緒に学校行こうなんて約束してないじゃん」
ふいと前を向いて歩き出した。
苦手なんだ、この幼馴染が昔から僕は。梓は生まれた時から光輝く本物のキラ星で、僕は名前こそ星屑ひかりだけどただの平凡なベータ。自分と違いすぎて、あまりにも眩しかった。
そのくせ梓にひっそり恋心を抱いてるだなんて、自分の愚かさ具合を嫌と言うほど思い知らされる。
だから僕は梓にそっけなくする。なのにこうして梓はくっついてくるんだ。学校で浮いてる幼馴染が放っておけないくらい、性格の良い奴だからだろう。
並んで歩く廊下。勝手にみんな道をあけていった。学園王子に好かれたいから皆こうする。
それに加えて、梓はさっき僕にカツアゲした上級生を見つけるとさっと近寄ってって締め上げ、1000円札をすぐに回収した。学園王子は怒ると結構怖くて、上級生も皆こう。
すぐさま僕のところに戻ってきてニコニコ顔で1000円札を僕に差し出しながら梓は言った。
「これで大丈夫だよね?ひかり♪」
周囲の羨望と嫉妬と苛立ちの視線が苦しくて、
僕はため息を吐いた。王子でモーセでセコムな幼馴染。梓といると、僕は悪目立ちしてしょうがなかった。平凡で取り柄のないベータのくせに。
それに・・こんな梓に一丁前にときめきなんか感じてて、僕って本当にクズだった。そんな自分が嫌でしょうがなかった。
昼休み。いつも連行される学食で梓とふたり並んで座る。昼食をつついていた。卵焼きいる?と梓の好物を差し出す。え〜良いの?と上機嫌な梓に、ニコニコ頷いて見せる。
そんな作り笑顔を貼り付ける一方で、梓があの話忘れてます様に・・!と神に祈ったのだが、それは無駄だった。
「それでさ。考えてくれた?昨日の話」
くっ・・やっぱり忘れてなかったか。
ちなみにジャンプ貸してくらいの気軽さで聞いてきたが、もっと重たい話だ。
僕は声をものすごく落としてひそひそ声で言った。
「・・番の練習台になってくれ、だよね・・?」
「そんな言い方してないでしょ。運命のオメガとやらが現れるまで、ひかりに番になって欲しいって言ったんだよ!」
梓が大きな声でそう言うのをワーッ!と声を被せて誤魔化した。
そしてさらにひそひそ声で梓に文句を言った。
「学園王子の番役やりたい人間なんかゴマンといるんだよ!僕が虐められるから静かにして!!!!」
僕に怒られてしゅんとなった梓。絶対反省なんかしてない癖に。
アルファは青年期になったら番をつくる。運命のオメガと導かれる様に出会って、自然に恋に落ちるらしい。どういうメカニズムなんだか分からないが、とにかくお互い惹きつけ合い、出会えば分かるらしかった。
梓はそんな相手が現れる前に、仮で良いから僕と番になりたいと言うのだ。
昨日そんな相談をぶっこまれて、僕は飲んでいたお茶を吹きこぼした。
「な、何で僕と仮の番になりたいわけ・・?」
「好きだからだけど?」
「・・・ッ」
じっと見つめ合って、変に心臓がドキドキいって、その瞳に吸い込まれそうになりながら僕は理解した。
ーわかった。デートの仕方とか、その、身体の関係の持ち方とかを練習しておきたいんだ。いずれ現れる運命のオメガのために。でもそんなことさすがにハッキリ言えないから、好きとか嘘ついてるんだな。
合点がいった。
でも、初めから失恋確定の関係に手を出すほど僕は馬鹿ではかった。
だから即無理って答えようとしたら口を手で塞がれて、『せめて1日くらい考えてみてよ、ね!』と言われてしまったのだ。
1日モンモンと考えたみたところで答えはやっぱり変わらなかった。だから無理って答えようとしたら・・
「ひかり」
察知したのか、梓は僕のネクタイを引っ張ってチュッとかました。唇に。
ざわついた周囲。跳ね上がる鼓動。逃げ出したい焦燥感が体中を駆け巡って、つい梓を突き飛ばして立ち上がった。
衝撃で床に飛び散った昼食。
傷ついた様な瞳で梓は僕を見上げていて、僕も心が傷んだ。
「そんな顔するな!」
言い捨てて、僕は食堂を走り去った。
はあはあと息を切らして中庭に辿り着き、フェンスに手をついた。のどがカラカラだった。
梓にもう会いたくない。そう心底思っていた。だけどひとつ、大きな問題があった。それはこの高校が全寮制で僕と梓は同室ということ。
どんなに逃げたくても、梓から逃げられない。今日も夜、星降る人里離れたここの寮で、梓と僕は2人きりで過ごす。
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