反抗した僕に対して加賀美さんはピクリと眉を上げる。その瞳に激情の稲妻が一瞬走ったのが見てとれた。ヤバい、本気で怒ってる。殺されるかも。ものすごく冷たい冷や汗が背中を伝ったけどもう後戻りは出来ない。
「……ふざけんなやナツミ、いつからそんな偉くなったんや!」
胸ぐらを掴む勢いで言われて心底震えた。当たり前だ、プライド激高の加賀美さんが初めて譲歩したのを僕は蹴ったのだから。
「帰る言うたやろ!」
「やっやだっ……!」
強引に手首掴まれたのを抵抗する。これでまた一緒に帰ってヨリを戻したら今まで通りの雑なペット扱いだ。いや道端の亀以下の扱い。もうあんな惨めな生活は沢山だ!
「離してってば!」
「何を意固地になりよって……!」
揉み合いはエスカレートする。加賀美さんの怒りも。そしてついにキレた加賀美さんは言ってのけた。
「ナツミ!平凡なお前に取り柄なんてあらへんやろ!俺を飾りにするしかない癖に!大人しく俺のオモチャになっとけ!」
「……!!」
その一言は間違いなく僕の地雷を踏み抜いた。いくら何でも……!
僕は初めてぺしんと加賀美さんの頬をぶった。
「だからこの関係辞めるって言ってるでしょ!もう僕に付きまとわないで!嫌いになったんです!あっち行って!僕にもう構わないで下さい!」
一気に捲し立てる。そして付け加えた。
「……もう2度と会いたくないです……」
シン、と空白があった。心臓がバクバクして爆発しそうだ。ぎろりと加賀美さんが僕を睨みつけた。
「…………。あっそ。それでええんやな。もう一生会わへん。誰がお前なんか」
加賀美さんは僕を雑に突き放し、僕に背を向けて歩き出した。
「お前なんかパンにでも頭ぶつけて死ねや!」
ついでに捨て台詞を吐いて。
その背中をちら、と視界のすみに入れて捉える。
8頭身で全身黒っぽい服装。ちょっと不機嫌そうなあの歩き方。あの歩き方の癖はいつもと同じだ。
……もう会うこと、ないんだろうな。
僕は呆然と立ち尽くしていた。
初めて人をぶった。全然力込めるなんて出来なかったけど手のひらがずきずきと痛む。僕のこころも……。
だって許せない。いくら加賀美さんでも。
僕らはこれで終わり。
これで良かったはずだ。これで……。
その後、僕はお使いを済ませて店に戻った。何でもない顔をして業務をこなしていたつもりだったけれど、加賀美さんの怒った顔、僕を見放した顔はどうにも頭に焼き付いて離れてくれなかった。
情けない話、正直吐き気が込み上げるくらいどうにも具合が悪くなり、午後になって店を早退させてもらった。
すみませんすみませんと店長達に頭を下げ、店を後にした。午後から忙しくなるし、夜は小さなパーティーの予約が入っているって言うのに……。
そんな僕を、心配しつつも快く送り出してくれた店長達。申し訳なくて仕方なかった。
店に背を向けて歩き出す。
頭の中では『まじくそ使えない亀』という自分への批評(ただし適切な評価)が頭の中を渦巻いていた。
コンビニでプリンとポカリとなんか体に良さそうなスープを買い、自分の家へと向かう。
ロクにまだ片付いていない部屋は殺風景で、空虚さが増した。
ベッドにバフ、と横になり目を閉じた。
『俺を飾りにしとくしかないくせに』か……。
いやホントその通りだった。さすが加賀美さん。僕が加賀美さんの優れた容姿や仕事での能力に惹かれていて、そのスター性に目がくらんだことを見抜いている。おっしゃる通り、本当……。
「……あーあ、本当最悪……」
やるせなくて自分が嫌いで、到底愛せそうもない。もしも来世で生まれ変わるなら側溝に住んでいる本物の亀が良い。本物の亀ならのろくても誰も気にしないし、加賀美さんだって僕を相手にしない。
加賀美さんと交わることのない世界で、傷つくこともない……。
しばらく眠った後に目を覚まし、コンビニで買ったスープ飲んで毛布に戻ってまた寝た。
ストレスでなぜか眠くなるのは昔からだった。眠い、すっごく……。
加賀美さんとは終わり。
本当に終わり。
今日の会話で最後、嫌と言うほど分かった。
平凡な僕と、輝ける存在の加賀美さんは一緒にいてはいけないのだ。
ヨリを戻すなんてことはあり得ない。あっちゃいけない。
僕らはきっと、死ぬほど相性が悪かったのだ。
気まぐれで加賀美さんが僕に手を出し、相性の悪さが露呈した。ただそれだけのこと。
新しいなにかを探そう。それが人生の目標なのか
新しい恋なのかはわからない。
深夜1時の毛布の中で、僕は決めた。
もしそれがダメなら人生終えれば良い。
『お前なんかパンにでも頭ぶつけて死ねや!』
加賀美さんが去り際に言ったセリフが、なるほどその手もあるなと妙に腑に落ちていた。
続く
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