ナツミが悲しい決意を固める一方。
「くそ!」
薄暗い路地裏で壁に向かって怒りをぶつけている男がいた。
「ナツミのやつ!」
細やかに降りしきる雨に濡れそぼりつつ、プライドがギタギタになった怒りと面と向かってフラれた絶望に動揺を隠せない男。もちろん加賀美である。
容赦なくぶつけた拳からは血が滲んでいる……。
痛ってえな、とほんのり舐めてみれば埃くさい壁の匂いに加えて鉄の味がする。ナツミがこの場にいればオドオドしつつ、ハンカチ差し出してくれるのだが生憎ヤツはいない。
何してんのやろ俺と虚しさが募り、頭を振って歩き出す。飲みに行かないとやっていられなかった。
気づけば黒いジャケットが随分濡れているのを無機質に見下ろした。
今日は行ったことのないバーでしこたま飲みたい気分だった。
フラれたんで仕方なく帰ってきた、自分の住む街。
高層ビルがにょきにょき生え揃い、ビルのてっぺんらへんの赤いランプはどいつもこいつもチカチカと点灯している。
あれなんでどのビルもチカチカしてんねん、邪魔やんけほんま。ここでも内心八つ当たりをぶつけている加賀美であった。
目に入るもの全てにイライラしていた。どれもこれも全部ナツミのせい。あの子ウサギみたいな男のせい。俺を振りよったあいつのせい。
八つ当たりもいいところだがこれが加賀美という男だった。
元々血気盛んな方で、とにかくカッとなりやすい。自分の主成分は水ではなく怒りで出来てんじゃないかと思うほど。そしてとにもかくにもプライドが高い。
人に舐められたくない一心で色々頑張っていたら勉学・仕事では成功を収めてしまった。それはそれで良いのだが謝るとかは無理だった。
ぜってえ無理。
なので『加賀美さんとまたお付き合いしたいですぅ』って瞳ウルウル、ナツミからぷるぷる寄ってきてくれないとどうにもならない。
『ほな付き合おか』ってそれで元サヤ。おしまい。それでええやんと思うのだが、肝心のナツミはヨリ戻す気0っぽいし。何でやねん嘘やろ。
「はあ……」
思わず声を出して天を見上げると、パラパラ小雨が視界に入ってきてなおイラついた。俺にふりしきんなや。目を閉じる……。
あーあ。俺ってなんでいつもこうなんだろう。
たぶん産まれつき『素直になったら死ぬ病気』にかかっている。それも特大の……。
『今までえらそうにしてすみませんでした。僕とより戻してほしいです。ほんとうは仲良くしたいです。だいだいだいすきです。愛してます』
とか
『俺みたいに捻くれた男が誰かをいじめるのはそれほど好きって気持ちの裏返しなんです』
という本音を最初から素直に言えば良いのに、そんな台詞吐いたら全身から血をスプラッシュして死んでしまうので言うことは出来ない。俺はプライドが高いんだ。矜持ってやつだ、そんな立派なものかは知らないが。
それにナヨナヨした男は嫌いだ。ヘラヘラ謝るなんて冗談じゃない。この俺が?まさか!
好きの代わりに死ねって言ってしまう様な男なんだよ俺は!
イライラしつつまた歩き出す。長身をちょっと猫背にして歩くのはいつものことだった。
だけど……。
ナツミとあやしい双子の男の店長みたいな奴らを思い出して心臓がギュッとなって歩みを止めた。
なんか良い雰囲気じゃなかった?なんかそういうのあるよね?男が気に入った子に手を出す前のあま〜いあやしい雰囲気。
思い出してゾ〜ッとしてイラ〜ッ!とした加賀美であった。
ナツミめ、アイツらとどうこうなったらしばき倒してやる。分かってるんやろな!?
特に俺に喧嘩ふっかけてきた双子の片割れ、アイツ次会ったら一発腹に入れないと気が済まない。時間がないから挑発を無視したが、次は覚えとけよあいつ。
あんな上辺だけハンサムな優男です♪みたいな顔した男が一番あかんのや。喰らいつくされるぞナツミ。ナツミの可愛い顔(死ね)は俺だけのものなんだよ。今まさにナツミが肩でも抱き寄せられているんじゃないかと思うと正直気が気じゃない!
しかし今は随分と遠方に離れ離れになっているのが痛い。自分だって仕事もあるし、そうそう行けない距離にナツミがいる。畜生どうしようもなく好きだお前がしばき倒すぞワレ。愛憎入り混じるとは正にこのこと。
ヨリを戻すにはどうしたら良い?畜生、考えろ俺、だいすきなんだ!
「!」
その時ブブ、と携帯が鳴る。
ナツミではなく、取引先のおじさんからだった。
チッとガチ目にイラついて一呼吸おいて営業スマイルで出る。色々仕事を放り出してナツミの行方を朝から晩まで探して、居場所突き止め飛んでいったので色んな方面から今、せっつかれている。
飲んでる場合じゃねえや……。
飲みたい気分を押さえつけて家に帰り、虚しく仕事の山に取り掛かったのであった。
色んなことがほんま嘘やん死ねと悪態をつきながら、猛スピードでパソコンのキーを叩くひとりぼっちの夜は、しずしずと過ぎていく……。
エナジードリンクの空き缶が転がっている真っ暗な部屋。ナツミが片付けてくれなくなったから。
いつのまにかデスクでうたた寝してしまった加賀美。
そのPCには実はナツミフォルダが存在している。
のろいナツミにおすすめの『仕事がはやくできる様になる本』のリストとか、でも読むの大変やろな〜とその概要をざっくりまとめた資料とか。
ナツミ、この会社しんどそうやなと思いナツミに合いそうな転職先をあれこれピックアップしといたやつとか。
ほな資格とったらええんちゃう?こういうんとか、と調べてまとめたったやつとか。
ナツミがのろすぎてやりきれない分の仕事を、裏でこっそり拾ってカバーしてきた分のあれこれとか。(ナツミをのろいといったやつを裏で詰めたりしたこととかもある。)
まあそれを伝えるまえに逃げられているので、全く伝わってはいないが。
あと絶対叶うわけないが実は式場とか勝手に選んで、1人妄想しては悦に入っているのである。こんなんナツミに知られたら自害するが。
加賀美 新一。不器用すぎる愛を抱えて彷徨う哀れな男。
「……ナツミ、いっしょ帰ろうや……」
夢の中ですら手を振り解かれて、本当は随分傷ついている。
続く
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