短編小説

【短編】冷たい愛

『だからもう君を愛していないんだと何回言ったら分かるんだ』

叩きつけるように、何度もあなたはそう言いましたね。

ぼくをこんなに懐かせておいて。恋焦がらせておいて。人間というのはなんと身勝手なのでしょうか。

愛を諦め、半永遠の眠りについていた僕を起こしたのはそもそもあなたなのです。

だったら責任を取るべきじゃありませんか?

吸血鬼からの求愛にその身を投じて応じるという。

 

 

僕は浅はかだった。研究がてら見つけてしまった山奥の古めかしい洋館、古めかしい棺桶など放っておけば良かったんだ。助手も務める恋人と、興味本意で棺桶をあけたのは迂闊だった。絵画の中の美青年みたいなひとが眠っていたから、うっかり魅入ってしまってその頬を叩いてしまった。あれが悪夢の始まりだったんだ。

 

 

ねえ、君はどうしてそんなに毎日不安そうな顔をしているんです?亡き恋人を思い出しているんです?残念ですねえ、でも吸血鬼に比べれば人間の男などちっぽけなもの。僕の腕力には彼は敵いませんでしたね。

ねえ、顔をあげて。食事の時間ですよ。

 

 

吸血鬼というのがこんなに強情で融通が効かず、それでいて燃えるような愛をその身に宿しているなんて、誰が思うだろう。青白ささえある真っ白な肌に銀髪、青い瞳。お人形さんの様だ、という形容詞すら彼の容姿を評するにはまるで足りない。

こんなに人間離れした存在が、人間よりもずっとこんなに愛を求めているなんて知らなかった。

知った時にはもう僕はキミの囚われの身となって、もう遅かったけれど。

 

 

長らくひとりで生きてきて、誰かに恋に落ちるなんていうのは初めてでしたよ。僕の頬を叩いて目覚めさせた時のあなたの心配そうな顔と言ったら。一気に恋に落ちてしまいましたよ。

しかし困りましたねえ。食事のボイコットはいけませんよ。こんなに痩せてしまったじゃないですか。あなたの血がなければ僕は生きられない……なんて言いませんよ。血なんてどこにもありますから。人間どもでも家畜でも。

そんなことより、あなたはが餓死して僕から逃れようとしているのですか?僕はそれが心配です。

どうしてそんなことするのですか?僕を置いて。

死にたくったって死ねないこの空虚な身体を抱えたこの僕を、あなたは見捨てるのですか。

 

 

 

彼は寂しくなるといつも僕をきつく抱きしめてきた。大柄な身体にごつごつした手はふんわりした袖に覆われている。時代遅れなはずのそのクラシカルな装いは、彼が着ると貴族の衣装の様だった。

抵抗を忘れて頭を埋めた。

君を愛していると嘘さえつけば、僕の恋人はせめて開放してくれると思った。だから嘘をついた。

だけど君はそんな僕の浅はかな思惑を見抜いていたのか、容赦なく僕の恋人を殺したのだ。僕の目の前で……。

それから僕は君を愛しているとは言わなくなった。

君をもう愛していないと再三言った。殺してくれるならそれで良かった。

 

 

 

困りましたね、こんなにやつれられたら。

ねえ、それにどうしてさっきから反応してくれないんです?

意地悪しているんです?腕をだらんとさせて、寝たふりですか。

そうですよね?そうに決まってますよね?

僕はあなたをこんなに愛しているのに、僕を置き去りにするのですか。

 

ザッと土を掘り返して、愛おしいひとを洋館のそばの空き地に埋めた。

永遠の命なんかいらないから、命はあなたと半分こが良かった。

そしたらせめて同じ時は過ごせました?

あなたは僕を愛していなくても。

『だからもう君を愛していないんだと何回言ったら分かるんだ』

冷たいあの言葉すら、愛おしくてまた聞きたい。

でももう聞けない。

 

 

 

end

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