昌也と会う約束はすぐに決まった。なんと翌日。
巽にはほんとマジで申し訳ないんだけど。手元に余計な1000万があるとやっぱり僕は落ち着かなかった。早く手放したかった。
僕は昌也に会ったら即小切手渡して帰る予定だった。
そのはずだったのに……。
□
「寧々!」
待ち合わせの場所に指定したターミナル駅の改札前。
そこで顔を随分綻ばせて僕にブンブンと手を振るその男がいた。遠目にも分かる。相変わらずの長身、スタイル、美貌。昌也だ。彫が深い。人ごみの中にいるとますます際立つ昌也の甘い容姿。周囲を通り過ぎる人が時折振り返るほど。あいつだけ異次元にいる。
クズじゃなければ……って何度思ったことか。いやそんなことはどうでも良い。
「ごめんごめんお待たせ〜!はいコレ!じゃあね!」
「おおい!」
僕は巽への後ろめたさから、昌也のポッケに小切手(ぽち袋に包んだやつ)を捩じ込んだ。そして即回れ右して帰ろうとした。
「まっ待てよ寧々!どっかでコーヒーでも!」
「いや良い本当お腹いっぱいだし!じゃあね!」
「ドーナツつける!ケーキもつける!いっぱい頼んで良いから!」
「いやいらないよ!食べ盛りじゃないんだから!」
ぐぐぐ……とやり合う。
「離せえ……!」
人ごみの合間に、どこかで巽が見ているんじゃないかとヒヤヒヤしていた。僕が昌也と会ったと知ったら巽は傷つく。わんこのみじめな顔が浮かんだ。
せい!とばかりに僕は昌也の腕を振り払った。
「じゃあね昌也!」
そのまま昌也の顔を見ずに駆け出した。
「寧々!」
待てよ、って言いたいんだと思った。無視しようと思った。
「やべえ、小切手落としたっぽい!」
「えっ!?」
慌てて振り返った!
「ないんだよ!ほら!」
昌也はポケットをひっくり返してみせた。
ない……!
「い、いや、昌也。どうせズボンのポケットとか、どっかに入ってるんでしょ!?」
「いやねえよ!寧々、このへんに落ちてるのかも、一緒に探してくれ!」
「え、ええ〜!?」
割とマジトーンの昌也。え、ほんとなの?
本音では今すぐ帰りたい。でもあれは人様の1000万の小切手……!
きょろきょろと見渡す。ん!?
マジでぽち袋落ちてるじゃん!
「あ!あれじゃない昌也!そこの喫茶の出入り口んとこ!」
だけど運悪くその時どやどやと大勢の人が集団で通りすぎていった。うまいこと掻き分けられない。いや、まさか無事だよね!?
やっと集団がいなくなってぽち袋を回収したらさ!
「な、ない……!!!?」
小切手消えてたんである……!!!
その後昌也とめちゃくちゃ捜索した。
ターミナル駅をはじからはじまでさらうように探した。駅員さんにも聞いた。警察にも聞いた(最近やけに警察行ってるな)。
もうめちゃくちゃに探した!
でも……。
「なかったね……」
汗水たらしてめちゃくちゃ探したけど結局その場では見つからず……。
クタクタになった僕は、昌也と駅の喫茶店にとりあえず入り、メロンソーダフロートを共にすすった。昌也が頼んでくれたやつ……。
「……ごめん。僕があの時ポケットに強引に捩じ込んだりしなければ……」
本当に意気消沈していた。僕は……やっぱり貧乏神なんだ……。どこでお祓いしたら良いのだろう
……。
そんな落ち込む僕とは対照的に、昌也はふつうだった。
「まあ良いじゃん。落ち込むなよ」
何ならちょっと機嫌良いまである。何……?億万長者だから余裕がある的な?あんたそんなことやってるとまた借金生活に転がり落ちるよ。僕が言えた義理ではないけれど……。
「ホントごめん……」
「良いって。それにさ」
昌也はメロンソーダフロートの赤いストローをひと混ぜした。頬杖をついて、伏せていた瞳を僕の方にじっと向けた。間近で向けられる熱視線に僕はたじろぐ。
「な、何?」
「久しぶりにちょっとデート出来たみたいで俺は嬉しい」
「え。あの捜索が……?」
「いやいや。こうして喫茶に来れたし。お揃いの飲み物飲んで、これって軽いデートじゃん?小切手はまあ、その代金て思うことにする。本命とのデートだからね。俺は楽しい、ほんと」
にこ、と笑った昌也。
僕は少しあっけに取られた。
何なんだよ。誰なんだよ。この昌也、もしかして偽物?どっかで入れ替わっちゃった?いやそんなミステリーがある訳ないんだけどさ!
「……そんなこと言ってさ。ずっと浮気してたくせに」
「もう2度としない」
「信じられないよ」
「信じてもらえるまで頑張る」
テーブルに乗せた僕の手をそっと握ろうとしてきたので慌てて自分の手を膝の上に引っ込めた。
「残念」
昌也は苦笑した。それでも僕をじっと愛おしそうに見つめるその熱視線は消えない。
僕は気まずくて視線をテーブルに落とした。
「……何で僕なの?いっぱい浮気してさ。綺麗な女の人だっていっぱいいたじゃん」
「結局寧々が1番良い子だったから」
「え、はあ?」
「俺のことを結局いつも心配してくれたのは寧々だった。さっきだってかけずり回って俺の金探してくれてたろ。……本当にイヤなら途中で帰れば良いのに」
「いやだって僕のせいで1000万円紛失したかもしれないのに……人様のお金を……。そんな、帰れないよ」
「そんなところが好き」
「はあ〜?」
昌也はズズ、と最後の一口を啜った。
「だからあの1000万はやっぱり寧々に使って欲しいって改めて思った」
「え?」
「俺にだって寧々を救わせて欲しいんだ」
そうして昌也は立ち上がった。
まだ飲み物が残っていたトロい僕は諸々ついていけてなくて……。
「まあ自由に使えよ。困ってんだろ?」
「??」
「あとで自分のポケット見てみな」
「!?」
「じゃあな!また連絡する!大好きだから!」
僕が文句言う前に、僕をサッと(本当に一瞬で!)抱き寄せてこめかみにキスすると、昌也は文字通り喫茶店から逃げて行った。
「ま……っ!」
僕が言いたかった言葉は『昌也』か『待てよ』か。
いずれかは分からない。頭の中がぐちゃぐちゃだったから。
だけど一つ確かなことがあった。
ポケットに手を入れたら、カサ……ッという知っている感触!
取り出してみたら出てきた。
あの1000万の小切手が……!!!!
どうしたら良いのか分からない気持ちを抱えて、僕はトボトボと家路についた。
電車の窓に映る自分はだいぶシケた顔をしている。
いやだってこれ、結果として昌也とただデートしただけじゃん(僕はデートと思ってないけど!)。1番ダメなやつじゃん。やっちゃいけないやつ!!1000万円の小切手も返せなかったし……。
してやられた。昌也め……。最初から小切手無くしてないんじゃないか。クッソ〜……。それを疑わなかった僕のトロさよ……。
ああ、それにしても巽になんて報告しよう?
いっそ内緒にする……?
ま、迷う……。その方が良い気がする。
言うにしてもタイミング見てって感じかな。
ああ神様。バレません様に……!
□
「た、巽く〜ん?」
ひょこ、と僕は巽の病室におそるおそる顔を出した。
「寧々っ!」
渋い顔をして天井を見つめていた巽は、ぱっと笑顔になった。ハートでも飛ばしてきそうだ。
「ご、ごめんね〜?遅くなって……」
「今日は来ないのかと思った!店大変だった?」
ウッ!
「う、うんまあね〜?あっフルーツ持ってきたよ。今切るね待っててね」
「うん♡」
あっハート飛ばしてきた。やめて罪悪感が……!
キコキコ切っていると後ろから熱視線を感じたので、振り返ると金髪ヤクザわんこが僕のことをじっと嬉しそうに見つめていた。
「な、なに……?」
「寧々に世話焼かれるのって嬉しいなって!」
やめろ、尻尾を振るな!
スギュュウウンて罪悪感が胸にくるので辞めてくれ!
「あ、ああ〜。えへへ。いやいつでもやるよこんなのハハハ……」
可愛くむいたフルーツを紙皿に盛り付けて巽に渡したのだけど。
『あ〜ん♪』
っていうのを期待しているっぽい巽。ば、ばかあ。
仕方ないのでピックを刺したフルーツを巽の口元に運ぶ。あむあむと頬張っていく巽。へへと目尻がだいぶ下がっている。かわいいね君。つい先日殺人鬼みたいな顔して闇金ヤクザ(競合他社)とやり合っていた人には全く見えない。
人には色んな顔があるもんだよねほんと……。
「寧々え。最後のちっさいソレもちゃんと食べる。ココにあ〜ん」
「え〜?いやいいよこんなちっこいの」
「頂戴!俺手もちょっと怪我しちゃってて自分でつまめないんだよな〜寧々〜」
「えええ……」
仕方がないので指先で摘んで巽の口に運んだ。鳥の餌やりみたい。
はむ、とそのまま僕の指先を喰んだ巽。
フルーツと一緒になめられかじられ、なんか変な気分なんだけど……!敏感な人差し指の先、をなぶるようにべろべろやられてゾク、と変な感覚が身体を走った。
「ねえ、こら、やめろって!」
巽を引き剥がそうとしたけれど、巽は辞めなかった。
それどころか巽はがっしり僕の手首を掴んできた!巽の包帯の巻かれた腕が目に入った。赤いアザが鮮やかった。
「い、いたい!」
僕をじっと見上げる巽。美貌の狂犬は指先に噛み付いてきた!
「!いいったい!巽!」
ぷつ、と指先の皮膚が破れる感覚に僕は悲鳴をあげた!
渾身の力で巽を振り払った。
「わ、血が出てる……!酷いよ巽!」
僕は巽に指先を噛まれた。血が滲んでいた。
巽はぺろ、と自分の唇を舐めた。
僕は自分の血が舐め取られるのをぼんやり見ていた。
「悪ふざけが過ぎるよ!何でこんなことしたの?」
「だって寧々……昌也の香水の匂いがしたから」
巽は傷ついた顔をした。
「……っ!」
「分かってる、どうせ昨日の小切手さっさと返したかったんだろ?それで今日会ってて、来るの遅くなったんだろ……?他人の金なんか使いたくない。そういうやつだよな、寧々は」
巽は何でもお見通しだ。
「ごめんね巽……」
「良いさ……」
巽は俯いて自分の顔を覆った。表情は見えない。
「返せた?」
「!……ううん、なんだかんだかわされちゃったよ」
「そうか……」
「……昌也を好きになった?」
「いや、そんなことある訳ないし!」
「ほんとに?」
「うん!」
巽は顔を上げた。僕は巽の顔を見てドキッとした。
「なら良かった……。
……寧々。
俺は地獄の果てでも、お前のそばにいたいよ」
巽は傷ついた表情をしていた。
近いうちにフラれることを確信してる様な、そんな顔を……。
「これは俺の悪あがきなんだけど。
小切手、俺に預からせてくれないか。昌也と会うのは全部俺がいる時にして欲しい。
どうしても昌也と会わなきゃいけないなら、この病室を使え。
じゃなきゃ、俺は嫉妬と不安でどうにかなりそうなんだ!」
続く
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