「な、な、何言って……」
「帰れよ!!!」
僕がしどろもどろになっている上から、巽は被せる様にしてキレた。
「あっち行けよ、帰れ!!」
手当たり次第にベッド脇にあったスマホ、時計、腕時計かなんかを昌也に向かって投げつけた!
「あっ駄目だよ巽、傷が!」
「構わねえよ!」
慌てて巽を抑えても、全っ然言うこと聞いてくれない!巽の顔は蒼い。
一方昌也。巽が投げつけてくるモノをひょいひょいと余裕で避け、最後の腕時計はバッシ!と手で止めた。
「まあまあ。そんなにカッカするなよ。この腕時計なんか高そうじゃないか?大事にしまっとけよ」
煽りを兼ねてなのか、昌也はその時計をご丁寧にサイドテーブルに置いた。そして改めて僕に向き直った。
「寧々」
なんかギクっとした
「は、はい!」
「寧々。お前は俺を頼った方が良い。いや、結局は頼らざるを得ないだろうな。復縁した方が得だ。分かるだろ?
まああとこれ。再会祝い」
なんと昌也は小切手を取り出した。サラサラとなんか書いている。渡してきた金額は……。
「い、1000万!?こんなの貰えないよ!」
慌てて僕は昌也の服のポケットに捩じ込んで返そうとした。だけど昌也はポケットを大きな手でがっしりと抑え、絶対返却を受け入れなかった。
「昌也!ねえ!貰えないってば!」
「ハハハ寧々、がんばれがんばれ!」
なんてふざけてきてさ!顔をくしゃっとさせて悪戯してる子供みたいに嬉しそうに笑う。昌也が本当に笑ってる時の顔だった。すごく久しぶりに見たなと思った。
まあそれはさておきさ!
僕はしばらく昌也にあっちこっちからまとわりついた。僕より身体が一回りも二回りも大きい昌也。大きい肩が邪魔、広い背中が邪魔、長い腕が邪魔!
だけど突然勝敗はついた。
昌也は自分の腕時計をチラッと見た。一目で一級品と分かるやつ。
「おっとそろそろ時間だ寧々!俺もう行かなきゃ。へへ、社長の仕事があんだよ。まあ好きに使えよそれ。今までの迷惑料!
寧々、あとこれ俺の名刺。良い返事待ってるから!じゃあな!」
「あっちょっと!」
昌也は言うだけ言うとひらりと身をかわし、ドタバタと出て行った。
病室を出る最後に『巽、お大事にな!』なんてひと言と爽やかな笑顔と置いて…。
まあ最後のあれは根は気のいい昌也だから出た言葉だろう。他意はないと僕は思う。
だけど……。
背後から殺気のオーラを感じ、ぎぎ……と後ろを振り向く。昌也が去って行ったドアを睨みつける男がいた。気を逆立て、ブチギレの血管を浮き立たせて……。そうだよね最後の『お大事に』が煽りに感じてブチキレちゃったんだよね。きっとそうだよね。
た、巽い。顔怖いよお。ヤクザ?あっヤクザか。
な〜んて……
おふざけは、今は余計なひと言と思って僕は飲み込んだ。
□
その後……。
巽はキレ過ぎて血圧が上がってしまい、看護師さんにすごく心配されていた。
狂犬わんこはぶすくれ、そしてしおれていた。
『ちょっとお一人になってお休みになられた方が良いかもしれないですね』
そう僕はやんわりと帰るよう促された。まあ仕方がない。
看護師さんが去って行った病室にて、ひとり巽に声を掛けた。寝ながらそっぽを向いて窓を見ているその金髪くんに……。
「た、巽?ごめんね僕、今日は一旦帰るね。だけどまた明日お見舞いに絶対来るから。色々ごめんね巽。ほんと。……じゃあ、ね……!?」
突然ぐっと巽に手を引っ張られた。バランスを崩した。あっ転んじゃう!でも巽のお腹は死守しなきゃ!!!!そう思って僕はバフ!と巽の顔の両側に手をついた。巽に覆い被さるように。顔がめっちゃ近い。目の前だ。キツい顔だちだけどやけに整う巽に、今更ドキッとした。
「寧々」
うらめしげなトーンだった。
「うっ本当ごめんねごめんねごめんね」
情けなかった。僕をかばって刺されて、昌也に煽られて。負けず嫌いな巽の血圧も上がるってもんだよ!
「寧々。……俺の気持ちがわかるか」
ウ〜ッて野良犬が唸るように、じっと巽は僕を見つめてきた。
「ごめん巽。僕のせいで。こんな入院いやだよね。それに昌也には余計なこと言うなって言っとくよ。もう病室に来るなって言っておくから」
巽はハア〜と心底ため息を吐いた。
「ウッいってええ……」
「えっ大丈夫巽」
深呼吸が良くなかったのか、巽はうめいた。
離れようとする僕をギュッと抱きしめた。
「あっ傷が!死ぬよ!?」
「……!良いべつにこのままで大丈夫だ」
目の前の巽はものすごく顔をしかめている。いや
絶対大丈夫じゃないだろう。
むぎゅ、と巽は僕にさらに強く腕を絡めた。
「寧々。お大事に、なんてセリフにキレてねえよ。そこまで俺も小さくねえ。
……なぁ昌也と連絡なんて取るなよ。向こうに行くな。俺のところにいろ」
「!あ、うんそうだよね。もちろん復縁なんて考えてないから安心してよ」
小切手はどうにかこっそり返す方法を考えよう。
「本当?本当に?」
縋る様に僕を見つめる巽にドキッとした。誰も周りにいないことを改めて確認して、僕はそっと巽にキスをした。
「寧々……」
形の良い瞼を伏せて、もう一度開く。無自覚な巽の色っぽい仕草に僕は鼓動が跳ねるのを感じた。
「もう一回……」
「ん……」
舌を絡めてしっかりキスをして。これ以上は……と思って逃げようとしたら頭の後ろ押さえられて僕は逃げられなくて……。
ちゅく、と音の響く病室は背徳的で僕はドキドキさせられた。
ようやく僕を解放した巽。
ハの字に眉根を寄せた顔はうっすら元通りになりかけてヨシッて僕は思ったんだけど。
そこで巽は何か思い出したのか、突然またキッとキツくいじけた顔をした。
「……俺はあんなの見たくなかった。昌也と寧々がキャッキャキャッキャいちゃいちゃするとこなんか……!」
改めてぐぐ、と巽の手に力がこもった。いやそんな思い出しブチギレしないでっ!
「え、キャッキャって何?あ、小切手返そうとした時のこと?やだなあそんな甘い空気じゃなかったでしょ!?」
「甘い空気だった!」
「巽!」
「少なくとも昌也は嬉しそうだった。恋人同士の2人はあんな感じだったんだなって目の前で見せつけられて俺は……俺は……ウッ!傷がいってええ」
本格的に冷や汗をかき出した巽。僕はその手を振り解いた。
「!寧々えつめてーぞ!」
「そんな捨てられたわんこみたいな顔しない!もう!この話終わり!看護師さん呼んでくる!そのまま帰るから!じゃあね!」
「あっ待てよ寧々!」
ドアを開けて僕が出てっても『寧々〜!』とみっともなく廊下まで聞こえてくる声で騒いだわんこを、僕は無視した。走ってナースステーションへ向かった。
もう!変な妬き方するなよ!
その日は、僕はとりあえず実家のラーメン屋へと戻った。
お通夜みたいな顔をした父さん母さんと、無言で抱き合った。
そして固く誓った。家族をお互い見捨てはしないと……。
一方脳裏には昌也の余裕の笑みが浮かんでいた。
億万長者へと返り咲いた昌也。
頭に蘇るあの台詞。
『寧々。お前は俺を頼った方が良い。いや、結局は頼らざるを得ないだろうな』
……。
そう、ぶっちゃけこの状況をいとも簡単に解決してしまえるとしたら、それは昌也しかいなかった。
ポケットには1000万円分の小切手。カサ、と鳴る音がやけに存在感を放って聞こえた。
かぶりをふる。いや、あり得ないって!
だって昌也を頼るっていうのは、復縁するってことで……。
そんな、あり得ないよ。だって僕は今は巽が大好きなんだもん。愛してるんだ。
……でも僕を庇って巽は刺された。運良く死ななかっただけ。次はどうなるか分からない。
巽には無事でいてほしい。
それに家族の行末だってもちろん心配だ。
ならタチの悪い闇金とは縁を切るべきで……それには大金が必要で……!
ああ、どうしたら良い!?
◾️
一方巽。
虚ろな瞳で病室の屋上を見つめていた。
巽も寧々と同じことを考えていた。
この問いかけは、巽にとっては最初から答えが決まっていた。
『寧々のために』どうするのが1番ベストなのか。そんなの巽にとっては明白だった。
いずれくるだろう未来を考えて巽は暗澹たる気持ちだった。
胃が痛いなんて甘っちょろい物理的な痛みではなかった。
せっかく手に入れた寧々が手のひらからこぼれ落ちていく。
そんな想像に、心が張り裂けそうだった。
どうして自分はあの時、詐欺師になんて騙されてしまったんだろう?
どうして自己破産なんてやってしまったのだろう。
カタギの道から踏み外した己の人生は、大きな足枷となってのしかかっていた。
いまや億万長者の社長、昌也。奴に自己破産経験などないのだろうな。ヤクザでもない。
奴なら寧々を堂々と救える。
……一緒に夜逃げすることしか寧々に提案してやれなかった自分と違って。
ふ、と苦しげな息が漏れた。傷が痛むからじゃない。
それに蘇る昌也の去り際の台詞。
『巽、お大事に』か……。
元々気の良いやつではあるのだろうな、と巽にもうっすらと分かっていた。
ただの浮気野郎でいて欲しかった。巽にとって昌也はただのクズであるべきだった。
金を持っていて、もう浮気しないと寧々に一身に愛を傾ける昌也。
そんな昌也に対して、自分は何もない気がする。
それが巽には苦しかった。
□
眠れない布団の中。
というのも……。深夜も嫌がらせに闇金業者が外で騒いだりするから。
外でなんかガンガン音がする。
はあまた来てる……。
僕は何度も寝返りを打った。
昌也が僕に託した1000万の小切手が脳裏をチラつく。これを渡せば奴ら大人しくなる?借金がある程度減れば、取り立てはマシになるのかも……。
ああ、どうしよう。
いや、ダメだ。ここで小切手使ったら僕は昌也に一生頭が上がらない。復縁させられる……まではいかないとしても、何か見返りを要求されるかもしれない。例えば身体……。いやそんな麗しい身体じゃないけど!
でも恋した相手とベッドを共にしたいと思うのは男の性。昌也は僕に恋していると言ってくれちゃってるし……。
どうしよう?ああ、迷いたく無い!こんな小切手あるからいけないんだ。
さっさと昌也に返してしまおう。
巽には昌也と連絡とるなって言われてるけど、でも小切手だけは別だよね。じゃなきゃ返せない。
深夜。
僕はおもむろに昌也の名刺を取り出した。
メールアドレスに連絡を入れた。
『遅くにごめん、寧々です。
小切手返したいんだけど。郵送で送るの怖いから手渡しで返したい。5分で良い、どこかで会える?』と……。
ーー
今か今かと寧々からの連絡を待っていた昌也が、夜中だろうとそのメッセージに瞬時に気づいたのは、言うまでもない。
続く
月夜オンライン書店では、過去に掲載したシリーズの番外編やココだけの読切作品を取り扱っています。
リンクはこちらから🔽
※boothとnoteは取り扱い内容同じです。
よろしくお願いします♪