疲れた受けくんのためにただイケメンな店員さんが飲み物出して甘やかして癒してくれだけの話です。オチとかヤマとか多分ありません。続くかも分かりません。読む癒しをコンセプトに書いてみました。
美形×平凡
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疲れた身体をひきずって冬の木枯らしの間を歩く……。僕は甘樹 檸檬(あまき れもん)。漫画家志望。色々がけっぷちの35歳。今日は出版社に持ち込みして断られて鬱です。うっまた断られちゃったよ。今後の仕事、どうしよう。。
ぎりぎりと痛む胃に気づかないふりをして、最寄り駅まで帰ってきた。家の近くにあるでっかいイオンで特売のスイーツを買うことだけが今の僕の拠り所なんだけど、イオン行ったら今日に限り改装でやってなかった。
「はあああああ〜〜!」
平日14時に誰もいない自宅に帰る気なんかしなくって、僕は用もなく近くを散歩した。湖が近くにあるので風が寒い。死ぬ。惨めさが加速する気がするけど、自宅でもどっこいどっこいだ。僕を抱きしめてくれる恋人なんて存在は、7年前に別れたきりだ。えっ7年前?うえっ。いや考えるのをやめよう。そんなことよりなんか最近身体が常に重い。歳のせい?冬季うつ的な?ううっ……。
「あ〜あああ……」
寒風のなか、湖近くの芝公園の椅子に腰をかけた。湖は冬の空気の中でキラキラと輝いている。近くを保育園児たちが先生に連れられて駆けて行く。キャッキャと弾ける声はあまりにも生命力に溢れていて、まるで異世界の様だ。
かじかむ手には、さっき買った自販機のほうじ茶のみだ(ホット)。
「うっ寒い……」
なんか外の世界の煌めきと自分の質素さとのコントラストで泣きそうになってしまって、いたたまれなくて僕は早々に席を立った。
公園出て行こうとした時に保育園児にどむっとぶつかられ、『ごめしゃ』とぷりぷりのお顔で見上げられて、あまりにかわいくてもちもちで、僕はなんだか胸がぎゅっとなった。
行くあてもなくぷらぷらと歩いた。いつも歩くプラタナスの並木通りは僕のお気に入りで、ここで漫画の構想を練ることが多かった。勝手に僕の相棒認定している。
白いあざのあるプラタナスの一本にそっと触れた。寂しげにすきっと立つその木は特別な気がしていた。なんか時折ふと触ってしまうのだ。
『今日もだめだったよ』そんな風に心の中で話しかけると、葉を揺らして慰めてもらえる気がしたんだ。まあ外からみたらこんなのメルヘンで寒いんだろうけどさ。いいの!
はあ、あそこの角ぐるっと回ったら帰るか、帰って次の漫画のネーム書かなきゃ。そう思って歩いていた時。
「あれ?」
ふと並木通りの道を一本奥に行ったその先に、隠れるようにして喫茶店が出来ているのを見つけたのだ。あんなとこに喫茶なんてあったっけ?新しく出来たのかな?
それにしてもレンガ作りのかわいい感じのちんまりとした店だ。プランターとか置いてあってなんだかボタニカルな感じも疲れたメンタルに嬉しい感じ。いかにも隠れ家っぽくて、あそこならゆっくり休めそう!
それに当店自慢のホットティーあり(ケーキセット480円)という何とも嬉しい文字に心惹かれ、僕は導かれる様にその店へとふらふらと歩いて行った。
ちりんちりんとベルが鳴る。店内は……僕ともうひと組のお客さんのみ。
店内は植木や観葉植物が沢山置いてある。元気で明るめの黄緑色の葉っぱや、渋めグリーンの広々とした大きい葉っぱなど、色んな種類が目に嬉しい。
そこに日の光が柔らかく差し込んでいて、いるだけでエネルギーがチャージ出来そうな場所……。
見た瞬間に、『あ、これは絶対に気にいるやつだ』と思った。
窓ぎわのソファ席に座ってみると、なかなかに良い感じ。隠れ家的な感じが超良い感じ。
ここなら漫画のネーム書くのも捗るかも!僕の人生にわずかな希望が灯った気分だった。
「ご注文は?」
あ、店員さんかと思って振り返ると、爽やかなイケメン店員さんでびっくりした。中性的だけど、美青年を形容するに相応しいって感じ。しかも優しそうだし。それにしても肌つるっつるだなあ。
「……あっえっとホットの紅茶ください。あ、レモンのみで」
「ご注文は以上で?」
「あっハイ」
イケメンの前でケーキを食べることは何故か憚られた。
手持ちのオーダー表に記入するとにこ、と笑って店員さんは去って行った。
肌白いし、手先まで綺麗な人だったなあ。何歳くらい?24〜25くらいかなあ?わっか!
店員さんは店の奥の方へと行って、ここの席からは姿は見えない。でも何かカチャカチャやってるっぽい僅かな音は聞こえる。それに他のお客さんの話し声も。
店内ではおしゃれなジャズが控え目にかかっている。低音が心地よく耳に響く。良いスピーカー使ってる感じかな。
程々に人の存在感が感じられるけど、距離感は近くはなくて、なんか良い感じ……。一人好きの一人暮らしとしては、こういう距離感はありがたかった。
孤独感が柔らかくほぐされていく……。
携帯でも見ようかと思ってたけど、やっぱり辞めた。今はここの癒し空間のひと時をじっくり過ごしたかった。
ぼんやりとすりガラス越しに柔らかい光が差し込んでくるのを何となしに見つめていた。
今度のネームはどうしようかなあ。スローライフ系にしよかな。今まさに僕が感じているようなリラックス感をモチーフに……。
「お待たせ致しました」
ちょうどホットの紅茶が運ばれてきた。
「わあ〜良い香り……!」
「プチフィナンシェつけておきますね。サービスです」
「えっ良いんですか……!」
「はいどうぞ♪」
店員さんはにこにこと素敵な笑顔を見せてくれた。それにしても愛想良いなあ。隠れファンの人とかいっぱいくるんだろうな。良いなあ。なんか妖精みたいな人だな。あの人がいるおかげで、店全体がさらに魅力的な場所になっている気がする。
紅茶の香りと、暖かさ。一口飲んでホッと一息。
心底ほうって息でちゃったよ。
……なんか僕、思い詰めちゃってたな。まあまた持ち込みも頑張れば良いよね。焦っちゃってたな。人生まだ長いし、のんびり行こっと……。
隠れ家みたいな優しい雰囲気のこのお店で、なんだか久しぶりに視界が開けていく様な気がした。緊張が解けるっていうか。なんてありがたい店なんだ。ご贔屓にしよう。
そしてさあ〜てとフィナンシェを摘んだら、あまりに美味しくてびっくりした。えっ甘い、えっ美味しい!お土産に買って帰ろうかな!?これをサービスなんて……あの店員さん、分かってるう〜!
久しぶりに幸せなひと時を噛み締めていた時。
近くの雑誌コーナーにさっきの店員さんが新しい雑誌や本をいろいろ持ってきてくれた。多分僕みたいな年齢層が好みそうなもの持ってきてくれたんだ。き、気が利く〜……!
「今日はお一人なんですか?」
優しい声で話しかけられてちょっとドキ。
「あ、ハイ。たまたま散歩してて見かけて」
「ああ〜そうなんですか、お客さんに見つけてもらえて嬉しいです」
ええ〜お世辞でも嬉しいッ。
「お名前は?」
「え」
「皆さんに聞いてるんです、お客さんのこと知りたいから」
あっそうだよね。変に焦っちゃった。皆に聞いてるのとこでやや落ち込んだ自分には気づかないことにしておいた。
「甘樹 檸檬です。甘い樹にフルーツのレモン。甘いんだか酸っぱいんだかみたいな名前ですよねー」
「ええ〜?かわいい名前ですねえ。あ、男性にかわいいって嫌かな?」
「あ、いや。自分の名前結構気に入ってるので、褒めてもらえるのは嬉しいです」
率直に照れた僕を見て、店員さんはにこっ!と笑った。
「ちゃんと覚えておきます」
「あは……それはどうも」
なんかさっきのにこっ!の前になんか一瞬違和感あったような?そんな喜ぶ?みたいな。気のせい??だよね……。うーん。
「僕は若葉って呼んでくださいね」
「あ、ハイ」
それにしてもにこにこと愛想の良い店員さんだなあ。さぞモテるんだろうな。
ふいに若葉さんはヒソヒソと言った。
「檸檬さん檸檬さん。ここだけの話、フィナンシェおかわりします?」
「えっ……良いんですか……!?」
へへ、と若葉さんは笑った。わ、分かってる〜!
秘密を共有するかの様な一幕に僕の心はくすぐられた。ちょろいな僕って。この店、絶対ご贔屓にする。潰れるないでね……!
ふと若葉さんのシャツから覗く首元に、大きめの白いあざがあるのに気づいた。あのプラタナスと似てるな。
「良いんですよ、だからまた来てくださいね♪」
「は〜い」
新規客獲得のためかな?熱心な人だなあ。
若葉さんに時折ちょっかいをかけられるこの店でのひと時は、僕に大きな安らぎをくれた。
イケメンに構われることなんか普段ないから、ときめきが効いたとも言える。気持ちだけは10歳程若返った。
帰り際のレジで漫画描いてるって言ったら、絶対読みたいって言われて困ってしまった。
そんな熱心に言われたら、持ってきちゃおうかなって気持ちになっちゃうじゃないか。
推定25歳のお世辞を間に受ける訳にはいかない。
だけど僕は、家に帰って次のネームを描きつつ、そそくさと自分の過去の漫画作品を鞄に入れた。
いや、ほんと。別に無理に見せる気とかないからね?ほんとほんと。お世辞って分かってるし。
夜になってお風呂に入って、寝る時も。あの喫茶店で過ごした心地よい癒しとふわふわした気持ちは消えなかった。
今日は不思議とネームは進んだし、あの店に行くと僕はなんか調子が良くなるっぽい。
その日は久しぶりの安眠が訪れた。
夢の中で僕は、またもあの店にいた。
僕が檸檬て名前なのと、レモンティー好きなのを若葉さんが覚えててくれてたことに、僕は夢の中で喜んでいた。
続くかも
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