「ナツミ。早くこっち来て……詩音と何か喋ってたの?」
僕を寝室に招き入れた莉音くんは僕を軽く問い詰めた。バタンとこれみよがしに後ろ手にドアを閉められて僕はドキッとする。
「何も。一緒にお皿片付けてただけだよ」
僕は取り繕う。じゃないと……。
「へえ?本当に?……証拠見せてよ」
仕方なく頷いて部屋着の裾を捲り上げた。裸体が晒されてそわそわする。
「……次、首もちゃんと見せてよ」
部屋着を降ろし、今度は首筋をあらわにして莉音くんに差し出した。
「……なら許してあげよう」
そう言って僕をベッドに押した。
莉音くんは僕が詩音くんと仲良くすると嫉妬する。僕らが2人っきりでいる時、変なキスマークの痕跡でもつけられていないか調べたがるのだ。
莉音くんとベッドで過ごすことは多かった。痛いときがある。まだぎこちない。この人とこれからちゃんと恋人になっていくのかなと思う。でもこれで本当に良かったのかと未だ迷っている自分がいる。
ベッドで行為の最中に、莉音くんは僕によくこう聞いた。僕が目を閉じて身を委ねている時、見計らったかのように彼はふとこう聞いてきた。
「加賀美さんこと、ちゃんと忘れるだろうね?」
「!う、うん……」
一瞬でも迷うと僕を軽くぶった。同じ会話を何回もしている。この平手も何回もだ。
だけどこんなの逆効果じゃないかと思う。問われれば問われるほど、加賀美さんのことが忘れられなくなりそうで……。
莉音くんの問いかけは『俺を加賀美の代わりにしていないだろうな?俺を通して未だ加賀美に抱かれているのではないだろうな?』という意味なのかなとも考えた。
そんなことしないよ。だって加賀美さんはベッドでだけはやさしかったから、だなんてそんなことは口が裂けても言えなかった。
「加賀美さんのことはもう愛していない、嫌いなんだってちゃんと言ってよ……」
僕を後ろから抱きしめて莉音くんはよく囁いた。彼も不安なのかもしれない。『恋人』をこんな風に不安にさせるなんて僕はなんて最低な人間なんだと、自分を問い詰めた。
莉音くんは逆上するとどう出るかわからない底知れないところがあると、どこか感じていた。
詩音くんの言う『酷い目』には既にあってはいるものの、真の意味での酷い目にはまだ遭遇していない。でも遠からずその真意を知ることになるのではないかと、僕は恐れていた。
莉音くんの腕の中で今日も目を閉じる。筋肉は程よくありながら細身の体には、やっぱり抱かれなれなくてあまり眠れなかった。
詩音くんは俺の部屋にも遊びに来ないかとしょっちゅう僕に誘いをかけた。そんな誘いに乗ることなんて出来なかったけど、詩音くんとひっそり会話することは安らぎでもあった。優しいから。『恋人』と同じ顔をした、ただ優しくしてくれるだけの男の人。いくら何でも双子で二股とはあり得ない。
『我が家の用心棒』と名高い詩音くんは僕に暴力的な面を見せない。随分喧嘩が得意らしいけど、僕にはなかなか信じられないなかった。
「ほらナツミちゃん見てこれ。どう?」
ちょっと不器用な指先でかわいい動物のクッキーを作っては僕に見せてくれた。ちょっと潰れた顔は愛嬌があって好きだった。あと詩音くんはよくかわいい動物の動画を見ていることがあった。生き物が好きらしい。
動画見る時は優しい顔をしていた。それは嘘のようには見えなかった。
3人で暮らし、同じ店で働き、そのうちの1人と付き合う。表面上は穏やかで幸せなはずの日々は続いた。
僕は莉音くんにより口の端が少し切れたところをたまにハンカチで抑えることもあったけれど。
莉音くんは詩音くんを牽制し続け、詩音くんは面白くないと僕にちょっかいを出し、莉音くんがまた牽制する。
ある種の均衡が保たれていたはずだったが、それはある日崩されることになる。
詩音くんは大人しく待っているタイプではなかったらしい。
◼️◼️◼️
「研修?」
「そ。研修という名の旅行だけどね。ちょろっとパン作りの講習受けて、そんであとは観光。たまにはどう?ちなみにもう申し込んでおいたからね!」
ある日仕事終わりにリビングで皆で過ごしていた時、詩音くんはシレッと笑顔でチラシを掲げてみせた。
莉音くんは噛みついた。
「俺聞いてない」
「うんお前に言ってないからね」
双子同士の間に微妙に火花が散る。
「良いじゃん。どうせなっちゃんを独り占めしてるじゃんお前。あと引きこもりは不健康だよ。なあ?たまにはコイツ以外の顔見たいよな?なっちゃん?」
「……え、え?いや、まあ、別に……」
「ねえ何でそんな歯切れ悪いの?」
「え?いやそんな……!」
ほどほどに僕と莉音くんで揉めそうになってきた時、詩音くんが朗らかに割り込んできた。
「まあまあ良いじゃん!とにかく出発明後日だから!旅先でもイチャイチャしとけばあ〜。俺はいいよ、別に無理に割り込んだりしないし。旅先で新しい恋でも探そう〜っと」
それだけ言い残しさっさと2階へ上がって行った。ちょっと拍子抜けして、残された莉音くんと僕は見つめ合ってしまった。
僕は至極単純に、なんか詩音くんも新しい恋人作るんだろうなと素直に受け取ってしまっていた。
だけどあの嫉妬深い莉音くんの双子の弟くんが、そんなに簡単にターゲットを変える訳はなかったんである。
続く
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