ヤンデレ

呪術師の執着

※AIイラストを利用して挿絵を入れています

 

 

「次産まれる時は、おれ、ここから産まれるんだ!」

僕の幼馴染・鷹斗はそう言っては機嫌よく僕のお腹を撫でた。

何言ってるんだよとよく僕はため息を吐いた。

そんなあからさまにため息吐くなよなと鷹斗は僕をぺしんと叩いた。

お互い並んで歩く帰り道。下駄が山道をカラコロと鳴らす。まだ小さかった僕らはそっと指先だけなんとなく触れて、絡めてみて、それだけですごい恥ずかしくなってそっと指先を離した。

じゃあねと僕は村へと帰り、鷹斗は今来た道へと帰っていく。いつものことだった。

鷹斗は呪術師の家の生まれで、そういう人たちは僕らの村では一緒に暮らせないから。

差別ってやつを、僕らは小さい頃から知っていた。だけどそれが僕と鷹斗を近づけていた。

 

それから時は流れ、僕らは13歳になった。

この頃に気づいた。鷹斗は随分記憶力が良いこと。ぐんぐん背が伸びてきたこと。

そして呪術師を遠ざけようとする村びとを恨んでは時折凄みある表情をする彼が、実は絶世の美形なのだと。

「今に見てろ」

村人へのそんな言葉は彼の口癖でもあり、僕には悲しく感じられた。

 

 

更に数年経った時。

「おれ、次はここから産まれるから!」

鷹斗が僕のお腹をポンポンと叩いて言う。
またいつもの話かと肩をすくめて聞いていた。

そんなに村人として生まれたかったのかな。全然良いもんじゃないのに。可哀想に。

「あ、いつもの話だろって思ってんだろ!違うから!俺、ついについに、生まれ直しの呪術が使える様になったかもしれないんだよね……!」

興奮気味に鷹斗は言った。

ぽかんとする僕の手を、鷹斗はぎゅっと握って言った。

「俺、すごい練習したんだよ。呪術もさ、くそ長い経典を全部読んで覚えたの。すごいよね?」

褒めて欲しがりな鷹斗が上目遣いに僕を見る。そんな瞳で見つめられると、くわと体温が上がる気がする。

「ね、ね、ね。やっていい……?」
「う、生まれ直しすんの?」

も ち ろ ん。

そう迷わず言った彼の唇が、やけに蠱惑的に見えた。

 

 

初めて向かった鷹斗の家。

その道すがら、鳥居が異常な数並んでいてどの鳥居にもおふだがびっしりと張られている。カラスが尋常じゃない数、止まっていて不気味さに程がある道のり。

逃さないとばかりに手を握られる。

「ここ通ってる間はうしろ、振り向かないでね」
「な、なんで?」
「呪術師の家の決まりさ。戯言だとおもっててよ」

無機質な声で言う。

鳥居を通るたびに誰かの恨み言みたいな悲鳴みたいな声が風にのってどこからか聞こえてくるようで、僕はぎゅっと鷹斗の腕にしがみついた。

「いいこ」

そのセリフだけ、鷹斗は嬉しそうに言った。

 

 

鷹斗の家は大きな大きな神社みたいな場所だった。あまりの広さに唖然とした。こんな山奥にこんな場所があったなんて……。

大広間に連れて行かれる。白い着物に着替えさせられて、白い目隠しをつけられて、僕は床に寝かせられた。

鷹斗の気配がすぐ側でする……。

「……ねえ、どうして俺の生まれ直しの呪術に付き合おうって思ったの?俺が嘘ついてるとでも?」

その大きな手が僕の首にするりといたずらに巻きついた。

「鷹斗なら本当に出来るんじゃないかとも思ったし……それに……」
「それに?」
「僕のお腹から鷹斗が産まれたら、これからは村でもずっと一緒にいられるから」

「そう、そうなんだよ。本当にその通りなんだ、やぱり分かってくれたんだね、俺の気持ち」

興奮したような声がすぐ近くで聞こえて、男の熱量にゾクとした。

「……愛してる……」

そう言って鷹斗は僕に唇を重ねた。初めてだった。

 

 

僕だって鷹斗が側にいてくれた方が良い。
鷹斗がずっと側にいてくれたら、『捨てられの忌み子』として疎まれ続けてきた僕の半生は報われる気がする。忌み子には名前すら与えられない。

もちろん鷹斗は僕が忌み子であると知っている。

だから産まれ直しだどうだなんて言って、僕を守ろうとしてくれているのかもしれない。

もしも2人で手を取り合って生きれたら、きっと素晴らしいに違いない。そう言い聞かせて僕はぎゅっと目を閉じた。

「良いよ、鷹斗。……やって」

半信半疑ではある。呪術がおままごとであっても構わない。村には居場所がない僕ら。もしもが願えるなら、それだけで価値がある気がした。

 

だけど……。

 

結論から言うと呪術は失敗した。

まだ若い鷹斗の呪術は不完全だったのだ。

呪術を受けた僕のお腹で、鷹斗ではない別の何かが暴れ、今にも食い破ってきそうだったのだ!

血を吐いた僕。そんな僕を一心不乱に助けようとして、鷹斗は別の呪術を掛けた!

聞き慣れない発音の言葉を宙に叫び、おふだを僕のお腹に叩きつけるように貼った!

 

気がつけば辺りは静寂さを取り戻していた。
お腹は元通りになっていた。

ごめんごめんと僕に泣き縋る鷹斗。

「いいよ、別に全然怒ってないよ」

「あと少しで死ぬところだったんだ、俺は自分を許せない、ごめん……それに……」

続きを待つ。

「産まれ直しの呪術は失敗した。一度失敗したら同じ人に同じ呪術はもう使えない。

おまえの子になりたかったな」

心底さみしそうに鷹斗は言った。

 

 

 

その日、鷹斗の部屋だという場所で僕らは一緒に寝た。鷹斗は初めて僕に手を出した。もちろんそういう意味でだ。

暗闇の中で問いかける。

「こんなことして良いのかな……?」
「良いよ、だって俺以外誰もここに住んでないし」
「?お父さんお母さんは?」

すると信じられない言葉が返ってきた。

「いないよ、とっくに。昔むかし、呪術師狩がこの辺であったの知らないか」

「そんな!なんてことを……!鷹斗、かわいそうに」

鷹斗は僕に頭を寄せた。

「俺、さみしいよ。寂しかったんだよずっと……」

鷹斗が僕から産まれたいだなんて言っては僕をやたらに母親にしたがったのは、早くに母親を失ったからだったのもあるのかもしれない。

僕は鷹斗をぎゅっと抱きしめた。

「僕が一緒にいてあげるから……」

「おまえが俺の母さんになったら、ずっと一緒にいられると思ったのにな……」

 

 

 

それから僕は村を捨てて鷹斗と一緒に暮らしました、めでたしめでたし……とはならなかった。

忌み子である僕が失踪してから、村をあげて捜索が始まった。

理由は僕を心配して、じゃない。

生贄に逃げられると困るのだ。

飢饉、地震、火災。どうしよもない災害が起きた時、人を捧げるのはこのあたりの昔からのしきたりだった。

僕みたいにどうでも良い人間は、いたらうざいが生贄にはなる。そういうものだった。

 

 

山を登ってくる松明の明かりの列を心底憎らしげに見ながら鷹斗は言った。

「あいつらどうする?あ、この間の未完成の産まれ直し呪術を使えば……」

うきうきとギョッとすることを言う。

「だ、ダメだよ鷹斗!そんなことしたら」

「でも呪術師を始末してきたのはあいつらだぜ。山の神の起こす災害なんて、呪術師が本来止められるものなのに。何度言っても信じずに、だ」

「俺は呪術師としての力の発現が遅く、今のいままで大人しくしていたが。人間どもに未練はない。おまえもそばにいる。見てろ」

僕が止める間もなく、鷹斗は大きな呪術を使った。空気を揺るがす大きな波紋が一瞬広がり、あたりは一瞬で火の海と化した。

燃えろ燃えろ!と機嫌よく鷹斗は言った。

そして有無を言わさず次の呪術を掛けた。

 

 

一際まぶしい光に包まれて、眩んだ目をしばらくしてようやく開けると、そこは今まで通りの鷹斗の家だった。どこも燃えていない。

「あれ……火事は?村の皆は!?」

「ここはどこでもないよ」

「え……何言って……」

鷹斗の声音に背筋が震えた。

「ここは次元の狭間。ここには本当に俺たちしかいない。ものすごく難しくて、成功するかは賭けだった。

でもまさか、呪術師の能力を最大限発揮するのに激しい怒りが必要だとは知らなかったよ。どこまでも身勝手な村人どもを見ていたら、俺は能力が解放されるのを実感したよ、感謝しなきゃな」

積年の恨みを晴らせえて嬉しいのか、鷹斗は笑った。でもその笑い方がおかしいんだ。こわい。

「さて……これでずっと2人っきりだ」

震えて何も言えない僕の顎下に、鷹斗は手をかけて自分の方へと向かせた。

「そうだ、まずはお前に名前をあげないとな。

ちなみに呪術師から名前を受けるのは、相当の意味があると知っておいてくれよな。

いやあ俺が気に入った子がお前で本当に良かったよ。名前のない忌み子。

お前はこれから、俺が願った通りになるんだ。

何が良い?鈴蘭かな、夕顔かな、桔梗も良いな。

向日葵、百合、たんぽぽ、椿、あやめ、牡丹、すみれ、菖蒲」

意味ありげに花の名前しか挙げられないことに恐怖しかなかった。

ウグ、と喉が鳴る。

「……そ、それ名前つけられるとどうなるの……」

「どうって、花言葉通りに生きなきゃいけなくなるだけさ」

ゾッとするほど美しい顔で、僕を見下ろし鷹斗はうっとり笑って言った。

 

 

 

「桔梗、ご飯だよ」
「……」

「桔梗、お水」
「……」

「桔梗、なんとか言えったら!」
『愛してる……』

僕は桔梗と名付けられた。花言葉は『永遠の愛』。

愛を紡ぐ言葉しか喋らせてもらえない身体となり、ずっとここに閉じ込められている。

部屋のなかは異常な数のおふだばかりで、結界の様な役目を果たしているんだろうなとぼんやりと思う。

素人の僕から見ても強力な呪術師へと一気に成長を遂げた鷹斗。あの結界は誰も破れないのだろう。

僕らしかここにはいないというのに、鷹斗は執着をむき出しにする。

僕を大体床に押し倒してこう聞く。

「他の誰かにだいすきって言ったことある?」
「……」

「本当のこと教えろよ」
僕は首をうっすらと振った。

昔々、僕に気まぐれに優しく接してくれた大人に言ったことがある気がする。

「じゃあ、だいすきも封印だね」

ぎゅっと目を閉じた。

鷹斗が呪術を僕にかけると、僕の体からなにかふわりと浮かんで消える感覚がした。

鷹斗が手に持っていた真っ白なおふだに『だいすき』と文字が浮かぶ。

にんまり笑って、鷹斗はそれを部屋の大きな柱に貼り付けた。

柱には言葉が書かれたおふだが異常な数張られている。今の『だいすき』以外にも『もっと遊ぼう』『こっち来て』『会いたい』『嫌いにならないで』もっと他にも。

要は、僕が今まで他の誰かに言ったことのある好意的な言葉が、鷹斗は全部気に入らないらしいのだ。僕を尋問しては言葉を取り上げ、柱に貼る。

不自由でしかない。でもそんな僕の面倒を、鷹斗は楽しそうにする。

ここはお腹も空かないし、そんなに眠くもならない。次元の狭間というのは本当なのかもしれない。時間が経たない場所ならば、鷹斗が結界を解かない限り僕らはずっとここに存在し続けることになる。それが怖くてゾッと震える。

「桔梗、愛してるよ」

僕の目の前には鷹斗しかいなくて、鷹斗を受け入れるしかない。

鷹斗は怖いけど、僕を救ってくれた人でもある。

「なあ、桔梗。お前の気持ちを聞かせてよ」

不安げに僕の頬を今日も撫でる。縋られる手を握り返す。

『愛してる……』

本音なのかどうか自分でも分からない言葉が、今日も僕の口からそっと溢れた。

 

 

end

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