翌朝。僕は店長らの車に乗せられてそのまま店へと向かった。昨日のことには触れられることなく、店は午前の営業を始めた。
なんか昨日は恥ずかしいところ見られちゃったなあ……。
僕はそんな気持ちで皿を洗った。やだやだ、昨日の自分を思い出すだけで死ねる。みっともないったらないよもう……。
チラッと見上げると双子の店長は今日もイケメンだった。あのイケメンに、僕はどうでも良いような内心を吐露して手間をかけさせてしまったのか僕は……。
率直に言うと消えたかった。なんかいつもこうやって要領悪くて、僕は人に迷惑をかけてばかりいる気がする。ほんとノロマ……。
「ねえねえ、今ひま?」
後悔うず巻いていたら莉音くんに声を掛けられた。
「釣り銭準備のために銀行に行ってきてくれない?ごめんあとちょっとした買い物も」
「あ、はい!」
これ幸いと僕は頷いた。良かったとりあえず一旦フェードアウト出来る……!
◆◆◆
チリリンと裏口のドアベルが鳴る。機嫌よくナツミが財布を持って出ていったところ、少しして後をつけようとしたやたら良い男がいた。黒ずくめの洒落た服装に身を包んだそいつを、詩音は捕まえた。
「あー、加賀美さん。こんにちは」
「!……昨日はどうも」
雑誌のモデルでもやってんのかと言うほどの雰囲気の加賀美。自分より良い男は全員滅んで欲しい詩音である。
「昨日の今日でまた来るって中々の執念だねえ」
「ナツミに用事があるんで。やっぱここの店員じゃないですか」
舌打ちしそうな雰囲気でナツミが歩いていく後ろ姿を見ている。見失ったらもう会えない、とでも思っているのか、加賀美が内心ヒヤヒヤしているのが手に取る様にわかって詩音は内心にっこりした。
そして言った。
「ナツミくんには近づかないでやってくれるかな。邪魔なんだよねお前」
「……なんだよお前」
バチッと飛んだ火花。お互いが敵であると認識した瞬間だった。
「ナツミくんはね、ここで新しい人生をやり直そうとしてんの。昔の冷たい男は捨ててね。俺たちが今後はナツミくん可愛がっていくからさ。お前はどっか行ってくんない。ウチの兄貴が超〜お気に入りなんだよね」
ウチの兄貴が超お気に入り、のくだりで加賀美の怒りのボルテージがギュンと上がるのが見てとれて、詩音はワクワクしていた。
以前働いていたレストランでややこしい客を殴った時の興奮が蘇る。
乗るかそるか?血の気の盛んな男は大歓迎だがコイツはどうだろうか。
ワクワクする一方の詩音だったが、加賀美の方がほんのり大人だった。
「……お前らに関係ないだろ」
吐き捨てる様に加賀美は立ち去った。
チッつまんねえと詩音は内心悪態をついて店へと戻った。パンチの一発も出してこないやつは男とは思っていなかった。
◆◆◆
加賀美はナツミを追いかけて走り出した。よく分からんやつに足止めされている暇などないのに。
確かあいつはまっすぐいって、あの角をまがったはずだ。急げ、俺。
それにしても。
……ナツミが突然いなくなるとは思いもしなかった。
ナツミには自分しかいないと思っていたし、離れていく訳がないと思っていたのだ。
確かにアホやノロマやとはよくどついたが、それは所謂かわいがりという奴だ。それをいちいち間にうけるナツミは愛おしかったのだ。いじめがいがあるやつだった。これは自分にとっては最大級の褒め言葉だが、ナツミにそれを説明したことはなかった。
はあ、は、と息があがる。ナツミ、こんな微妙に坂になってるところ歩きやがって。理不尽な怒りと共に加賀美は、人けのない道をスマホ片手に迷いながらのろのろ歩いているナツミに声を掛けた。
◆◆◆
「ナツミ!」
ぎくりとした。僕を呼ぶほんのり怒気を含んだ声。加賀美さんはしょっちゅう僕をこんな風に呼んだっけ……。
「お前、こんなとこで何しとん」
懐かしい声にびくりと震えた。
加賀美さんの苛立ちが手に取る様にわかる。
正直逃げ出したい。
なのに僕は加賀美さんに背を向けたまま身動き出来ないでいる。どうしようどうしよう。
「なあ、聞こえとん?」
ドキ、としてチラ、っと後ろを盗み見た。視界に映るめっちゃ不機嫌な加賀美さん。
「んなエプロンしてだっさい奴や。どこの安モンやねん」
「!」
かあっと頭に血が昇る。これは双子店長がくれたお店のエプロンなんだ。胸ポケットにかわいい刺繍が入ってるのがお気に入りなんだ。優しい気持ちになれるから。
馬鹿にしないで欲しかった。エプロンもこれを作った店長達のことも。
『ばかにしないで』これだナツミ。言え、言うんだ。店長達のためにも、自分のためにも。
手のひらをグッと握る。今まで加賀美さんに反論なんかしたことないから、変に緊張が走る。
「なあ、こっち向けよナツミ!良い加減!!」
ぐっと二の腕を掴まれた。イヤだと離れようとしたらぐるりと反転させられて強く抱きすくめられた。懐かしい香水の香り。
もうハッキリ僕のことは捨ててくれ、と言おうとした時。
「戻って来いよ」
「!!」
え、今なんて!?聞き間違い?心臓がバクバクしている。こんなのあり得ない。あのプライド激高な加賀美さんが。
「別のオンナなんかいないし。な」
巨乳の彼女はいないってこと?そうなの……?やっぱりドキドキが止まらない。
「な、これで喧嘩はしまいや。子供の喧嘩やないし。帰るでナツミ」
このままなし崩しに帰らされると察知して、僕はぐ、と加賀美さんを突き飛ばすようにして距離を取った。そして言った。
「僕はもう付き合えません!」
加賀美さんは一瞬驚いた顔をした。僕は手のひらをギュッと握った。怯むなナツミ、言え!今だ!
「年下巨乳の彼女がいなかったのは良いですけど!僕はあの時死ぬほどショックだったんだ、分かりますか!?僕の気持ちが。
もう僕はイヤなんです、加賀美さんの言動に一喜一憂するの!いつもバカみたいだったんだ僕!
僕みたいなノロマにだって、プライドくらいあるんだ!」
叫ぶ様に言った。思えば誰かに歯向かったのなんて人生で初めてだったかもしれない。
その初めての相手が、大好きだった加賀美さんだなんて何て因果だろう。
続く
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