短編小説

ドリームワールド

地獄みたいな話が読みたくなって自給自足です。本当に救いがない哀しい話なのと、限りなくバッドエンド寄りなので、なんでも許せる方のみどうぞ!あとほんのりr15くらい。

 

 

愛しい人がこちらを見ている。

ひさしぶり、ひさしぶり。

かつて同棲していた部屋でどこか面映そうな顔をして僕をじっと見つめる彼は、記憶の中の彼と何も変わらない。

君のことをずっと見ていたくて、ずっと立ち尽くしていたんだけど、やっぱりどうしても触れたくなって僕は一歩一歩踏みしめる様に近づいた。

わあ、このセーター本当によく着てたよね、懐かしいや。懐かしくて感情が込み上げる。

「大好きだよ」
「もう一回言って……」

だいすきだよ、と懐かしい声でまた聞けてぼくはうっとりした。

「僕の隣に座ってよ」

良いよと本当にそばに来てくれた。心臓が鼓動を打って止まらない。愛おしい人。

見上げると間近に相手の顔がすぐそばで、頬が熱くなる。欲しかった、キスもその先も。

「ねえ……」

思わずその薄いグリーンのセーターを掴もうとして、手は空中を切った。ブツ、と暗転した視界。

 

「本日のVR利用終了のお時間です。本日はこの後別のご予約が入っておりますので延長は出来ません。またのご利用をお待ちしております。

次回の予約はウェブから……」

 

無情な機械の音声があまりに虚しくて、僕は一筋涙を溢した。

 

 

 

『it’s a dream world.』

 

 

薄汚れた雑踏の中をあてもなく歩く。

恋人が自死してから6ヶ月。
その哀しみは癒えるということを知らない。

さくさく、とほんのり雪の積もった雑踏の中をそれでもあてもなく歩き続ける。

さみしい、さみしい。さみしい……どこに行ったらホンモノの君に会えるかな?

寂しくてさみしくて、僕は1時間3万も払って、超高性能のVRサービス店で昔の恋人に会いに行ってばかりいる。

それを毎月心の頼りにしていた。

月に1回だけ、なんて自分との約束はとうに破った。

寂しくて寂しくて、今月はもう5回もここに来てる。

□□□

「あの、どうも、こんにちは。……今日はよろしくお願いします」

ボソボソと街角のとある男の人に声をかけた。

目深に被ったフードの奥からチラリと覗く男の瞳。

 

ゴクリと喉がなる。

昔の恋人に会いたい一心で、僕はついに春を売ろうとしている。

純潔がどうのとかもうどうでも良いのだ。

それを咎めてくれるような恋人はもういないから……。

 

どんなにバイトしようが一日2食でカビのはえそうなパンを齧って暮らそうが、どんなに寒くても暖房を切ろうが、貯金はなくなる一方だった。だって仕方ないんだ毎月随分お金がかかる。さすがにもう貯金は尽きた。

でも生きるためには仕方がなかった。
彼に会えなきゃ僕は死んだも同然だったから。

 

「どこ行く?ホテル代はワリカンで良いんだよね?

ドキッとして指先をキュッと握った。ああ、いよいよだ。

「あ、えと……良かったら僕のうちでも良いですか。それならホテル代かからないから」

すっと目を細めて男は頷いた。

「別に……良いけど」

 

こちらです、と案内する。

どうしよう。本当に……この日がついに来てしまった。

 

 

「……あ、どうぞ。いらっしゃい、ませ……」

あまりにもお恥ずかしい貧乏な我が家だけど、一応必死に片付けて、どうにか少しでも綺麗に見えるように整えては来た。

照明は間接照明のみにして、部屋は全体的に明るさを絞ってある。そうすれば少しはここもマシに見えるかと思って。

特に何も言わないその男性は、部屋につくなりサッとパーカーを脱いだ。

驚いた。何とも綺麗な顔で、痩せすぎた身体には程よく筋肉がついている。その両腕はパンクな刺青ばかりだ。

どぎまぎする僕だったけど、彼は無言で僕を捕まえると、キスしていきなりベッドに押し倒した。

 

 

ちゅく、と音が鳴る。どうしよう、名前もロクに知らない人とキスをしている。瞳を閉じてそれに応えた。

だけど昔の恋人の残像が頭を離れない。いやしくもさっき心の奥に灯った熱は消えなかった。独り身で溜まっていたのもある。自分が卑しくて虚しくてたまらない。

チラと目を開けると、知らない男が明かりを背負って僕を貪っている。僕は目を閉じた。

デルタだと思えば良い。もういない恋人だと……。そう思って、手を相手の背に回した。

 

目を閉じて相手を受け入れれば、驚くほどの肉感を伴ってデルタを感じられた。あは、VR店も敵わないや。むなしい。なのにデルタだと思い込もうとすればするほど、相手に触れられたところが熱く感じられた。嬉しいよデルタ、久しぶりに君に触れられて。

「……あ、いい……もっと……」

僕らはベッドの上でもみくちゃに抱き合った。

 

 

荒い息を吐く。裸体で僕を見下ろす男は、間接照明のせいでやけに陰影が濃く見える。

冷たいような生暖かいような液が、自分の太ももらへんに伝っているのを他人事の様に感じていた。

「……どう?まあまあ楽しめた?俺は良かったよ」

「そうですか……」

涙が一筋こぼれ落ちた。

それをそっと救って相手の男は言った。

「デルタって誰。この俺を他の男の代理にするとは良い度胸だねおまえ」

それはほんのり咎めるような穏やかな声だった。

僕は虚な目をして天井を見上げていった。

「……デルタは僕の昔の恋人です。

自殺したんです。ちょうどこのベッドのあったあたりで、首を吊って……」

 

□□□

 

その男の人があの後なんて反応だったかあんまり覚えていない。

お金を受け取って、僕はその足でまたVR 店に行った。

この店のVRは超高性能なんだ。
脳の記憶やイメージを読み取ってVRの映像に起こす。

だから過去のワンシーンを再現することもできるし、ありもしない理想のワンシーンを作り上げることも出来た。

僕はじりじりと順番が来るのを待ち、やっとVRで再現した。

 

あの日、僕が仕事から帰ってきたらデルタが首を吊っていた現場を。

走り寄っていって、僕はデルタをロープから引きずり下ろす。

お願い、僕を置いて行かないで。心臓マッサージを必死にやった。ここまでは本当にあの日と同じ。

……だけど、心臓マッサージしたらそれでデルタが目を開けるんだ。

『ああ、ユリアン。ごめんな、心配かけて……』

そう言って、僕の頬を優しく撫でる……。

 

なんて都合の良い妄想さ。

現実ではデルタは生き返らなかった。VR店だけが僕の理想を叶えてくれる。僕はそれに縋って生きている。

だけど無情にもまたアナウンスが入る。

「本日のVR利用終了のお時間です。本日はこの後別のご予約が入っておりますので延長は出来ません。またのご利用をお待ちしております。

次回の予約はウェブから……」

今日もぼくはデルタを取り上げられている。

 

□□□

 

とぼとぼと歩く。死んだ亡霊以上の顔いろの悪さだと、揶揄されたこともある。

デルタ、君に会いたいよ。どうして僕を置いていったの。

ああ、また身体でも売ろう。そうすればデルタにまた会える。

まずは部屋でアプリを立ち上げて……って思いながらボロ屋に戻ってきたら、前日の男が扉の前で気怠気げにタバコを吸って待っていた。

「何しに来たんですか?」
「……別に特に用はないけど」

用はないのに待ちぶせとは?変な人だ。

「……酒。持ってきた。飲めば」

そう言ってビニール袋を僕に渡した。中にはビールと、それに大きなミートパイも入っている。久しぶりの人間らしい食事に胃がもう喜んでいる。

「ん。なか」

要はなかに入れろということらしい。

少しぶっきらぼうな人だなと思った。

 

 

その人は口数は少なく、僕に食べ物を食べさせた後、タバコをくれた。一本吸ってみてむせた。

その人の持ち込んだちっちゃい持ち運び型のテレビを何故か並んで一緒に見た。

「すげえつまんねえなこの映画」

そう溢した時にだけ、その人は少し笑った。

 

ぽつぽつと外では雨が降り出した。窓を雨が打つ。

……気づけば、僕はその男の人とまたキスをしていた。あっという間に押し倒されて、脱がされて、床でそのまま……。

 

僕がシャワーを浴びている間にその男の人は帰っていた。くしゃくしゃになった3万円が机のうえにぽんと置かれていた。

あ、一応身売りだったんだと理解した。それを持ってまた僕はVR店へといそいそと向かった。

 

 

それからその男の人はしょっちゅう現れた。

2人分のデリを買って、僕の家に来る。
一緒に晩御飯を食べて、『ごめん今日は金ねえわ』と言ってすぐに帰っていくこともあった。

それだと僕に晩御飯をご馳走しにきただけになってしまうのだが、とにかくよく分からない人だった。

はっきりしてるのは、その人は目深に被ったフードを脱ぐといつもキツめの美形であったということ。その人が来るとほんの少しだけさみしさが和らぐということ。その人の名前はセスだということ。

 

一緒に晩御飯を食べるのが謎の習慣になってきたころ、セスは言った。

「今日泊まる」
「え?あ、そう……」

僕は拒否しなかった。

 

セスはその日、ベッドで僕を抱いた。電気を全部消して。ゆっくり、やんわりと。どうしてそんなに遠慮しているのか、僕が戸惑うくらいに……。

『僕の昔の恋人はここで首を吊ったんです』
ここで行為をするのは、あの日の告白以来のことだった。

闇のなかで、荒い息遣いが聞こえる。痩せすぎた身体も、そのくせ筋肉質な腕も、肌も、もう随分慣れ親しんでいる……。僕が言うもっとして、もっと来て、もセスだって随分慣れている。

「あ、セス……!」
その背にしがみついてびくびくと身体を震わせて、僕はゆるやかに身体を伸ばした。

その日の晩、僕の手を握ったままセスは寝ようとした。僕が少しうとうとしかけた時、セスはぽつ、と言った。

「なあユリアン。俺はデルタの代わりにはなれそうか?」

僕は眠ったふりをした。

 

だって、デルタの亡霊がもしかして万が一この部屋に住み着いているかもしれないから、ここでセスに身体を売っている。

節約したいというのは二の次の理由だった。

デルタが怒って化けて出てくれるかもしれないと、淡く虚しい期待をしてる。

 

◼️◼️◼️

※セス視点

俺とユリアンはまあまあ上手くいっているんじゃないかと思っていた。

少しずつ距離を詰めていき、しょっちゅう会った。でも抱けば金はやった。

訳のわからないVR店に通い詰めているのは聞いた。なんだそりゃとは思ったものの、死んだ恋人に会いたいと泣かれたら止められるワケもなかった。

ユリアンの誕生日にはささやかながらユリアンの家でパーティーもした。俺はチョコケーキを不器用ながらも手作りし、ユリアンに無理やり三角帽子を被せてやった。ユリアンは腑に落ちない、みたいな顔をしていたが。

ボロボロの痩せすぎた捨て猫みたいなユリアンは、俺と出会って少しはマシになったんじゃないかと思っていた。

だから、そろそろ聞いても良いんじゃないかと思って、ある日なんでデルタは自殺したのか知ってるか、と聞いたことがある。

知らない、とユリアンは言った。
本当に心当たりがないらしい。

それがユリアンを追い詰めている様に見えた。
もしかして、自分のせいで、ってな具合に。

虚ろで危うげなユリアンをこっちに向かせたくて、ベッドでしょっちゅうユリアンを抱いた。

抱けば感じ入るユリアンを俺は気に入っていた。
例え俺はデルタの代わりであろうとも。

 

 

ユリアンと知り合って、半年ほど経った頃。
俺はどきどきしながらユリアンの家に向かっていた。

言おうと思っていたのだ。
そろそろこんな関係は終わりにして、ちゃんと付き合わないか?と。

『今日は大事な話があるから』そう前おきだけは言っておいてあった。

別にプロポーズじゃない。一体何を予防線を張っているんだか。そう思うものの、自信がなかった。

でもデルタの野郎、その影はもうそろそろナリを潜めても良いんじゃないか、とも思っていた。

 

 

「よお、ユリアン……」

鍵を開けて絶句した。何か部屋がおかしいのだ。

嫌な予感にピンと来て寝室へと向かった。

崩れ落ちた。

「ユ、ユリアン……」

そして俺は見つけた。

おそらくかつてのデルタと同じ様に、首を吊っているユリアンを。

 

 

どうしてユリアンが首を吊ったのかは分からない。

デルタへの思慕を募らせすぎて、それが溢れたのか。

俺の意味深なメッセージに『俺たちもう終わりにしよう』と言われるとでも深読みしたのか。

 

 

『ねえ、セス。大好きだよ』
「俺も……」

俺は、あんなに訳が分からないと思っていたVR店に通っている。今はユリアンの気持ちは痛いほど分かる。

「俺はお前に会いたくて仕方ないよ」
『僕?僕ならここにいるじゃない。どこにも行かないよ』

例え仮想現実の中であろうとも、俺たちが暮らしたあの部屋で、理想の言葉を紡いでくれるユリアンが今日も側にいる。

 

寂しくない、俺はさびしくなんかないはずだ。

拳をギュッと握った。

 

時折、ユリアンと架空のデルタを仮想現実の中で
引き合わせてみることもあった。

ユリアンは心底嬉しそうに笑っていて、その顔を見て俺は嬉しくなる。ユリアンのあの表情は俺は見ることはなかったから。

でも同時に猛烈に悔しくて悲しくて、仮想上のデルタはすぐにパンチして打ち消した。

こんなことを繰り返すのも、もう何十回目だろうか。でも辞めれない。このドリームワールドとか言う店名は言い得て妙だ。

本当に、心底夢を見させやがるよ。
ここに来れば俺はユリアンに会える。

でもな、デルタよ、お前はどうしてユリアンの前から消えた?お前もユリアンと同じってことなのか。

なあ、教えろよ。

お前がユリアンを見捨てたから、ユリアンはあんなに苦しんだんだ。

なあ、教えろよ、ユリアン。

どうしてお前は俺を見捨てた?本当の声を聞かせてくれよ。

 

 

 

end

 

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