浮気攻め

【あほんだら#9】見限って

僕はわなわなと拳が震えた。

「ダサくなるな昌也!そんな人間じゃなかったろ!!!」

そして僕は昌也を渾身の力でビンタした。

「昌也なんかもう知らない!勝手にしとけ!!さようなら!!!」

後ろも見ずに飛び出した。もうここに帰ってくることはないとはっきり自覚していた。

 

哀しかった。辛かった。

かつて僕を救ってくれたヒーローは、もうヒーローじゃない。

◇◇◇

冬の風が冷たく木の葉を散らす。とぼとぼ歩く。

……昌也。僕のことあんな風に利用しようとするなんて。見損なったよ昌也……。

グッと手のひらを握った。

どうしようこれから先。実家のラーメン屋、久しぶりに戻ってあっちの仕事をコツコツ手伝うか。昌也のことは頭から締め出して。数年以来の恋人なんて僕にはいなかったんだ、最初から。そう思い込めば良い。

その時。ブブ、と巽から着信があった。ホントタイミング良いね巽……。

でも出ずにしまった。

今は誰の手も取りたくない。

巽。君のことはめちゃくちゃ良い奴だとは思ってる。でも今は傷ついた心をゆっくり癒したいんだ。

 

……と思って実家のラーメン屋に帰ってきたのだが。

そうは問屋が下さなかった。

なかったのだ。ラーメン屋。

「え!?」

正確には焼失したと言って良い。コゲコゲになった元実家がそこに鎮座していた。なんかこの辺やたら騒がしいなと思ってたら、まさかその中心部がウチだったなんて。

「はあ!!!?えっ父さん母さんは!!?」
「寧々」
「ヒッ!?あ、巽いビックリしたよ」

そのとき人混みの中からスッと現れた巽。

「簡潔に言う。ラーメン屋でさっき火事があった。厨房からの出火だそうだ。お前の父ちゃん母ちゃんは無事で、いま別のところで保護されてる。怪我はない。幸い近隣にも火は燃え移ってはいない。

しかし実家兼ラーメン屋はこの通り全焼……お気の毒だが」

「えええ〜!!?」

踏んだりけったりとは正にこのこと。

どうしよう。

「……ってワケでさ。寧々の実家もなくなったことだし。俺ん家来ない?昌也なんか捨ててさ」

耳元でいつもの冗談ぽく、ハスキーな声を甘くさせて言った巽だったのだけど……。

僕は巽を見上げて頷いた。

「えっ!?良いの!?」

更にコクと頷いた。

「え!?えっえっ!やった!!」

しっぽフリフリ喜ぶ巽。

だって他に行くアテがまじでなくて……。

 

◇◇◇

巽の家にて。

「へえついに別れたんだ🎶おめでとう🎶🎶🎶」

僕から経緯を聞き出すなり超ゴキゲンとなった巽だった。こんなにこにこ顔見たことない。パーティーでも初めそうだ。

ソファに座って少し呆気に取られている僕の隣座ると、巽は言った。

「これで口説き放題じゃん」
「……あはは……」

実家焼失のショックで一瞬頭から飛んでいたけど、昌也とは終わってしまったのだ。いや自分からついに終わらせたんだけど。

頭の中がぐちゃぐちゃだ……。

「まあ、いつまでもここに住んでて良いよ。もちろん衣食住全てタダ☆破格だろ」

「あ、ありがとう巽。でもそれ高額請求あとで来たりしない?」

うっすらと不安が過ってつい聞いてしまった。

「来ない来ない。寧々にはなんでもタダでご奉仕しますよ」

苦笑した巽。もう昌也とはエライ違いだよ。

……。
どうしてるのかな昌也……。あれ以上惨めな人間にならないでくれ……。

つい渋い顔をしてしまった僕を見て、巽は言った。

「寧々よ。昌也のことは忘れて欲しいんだけどな」

「…!!」

つい俯いてしまった僕に、巽は言った。

「前も聞いたけど、俺と付き合ったら昌也の借金、大分減らせるよう便宜を図ってやっても良いけど。流石に膨らみすぎてチャラは無理だがな。まあ個人で頑張れば返せるくらいにはしてやってもいい。

ただしそれは俺と付き合ってる期間のみ有効だ。

まあ、俺が振ることはないから安心しろ。

どう?俺と付き合って、昌也の借金軽くして、それで今度こそスッパリ終わらせる。どうだ?」

「!!」

つい見上げてしまった。巽は僕の心の内を読んでるみたいだ。

「これで終わりにしよ?な?金の問題がなくなれば終わりに出来るだろ?な?」

にじり寄るような圧が少し怖い。

 

……でも、僕が前に進むには良いのかもしれない。

昌也も少しマトモな状態には戻れるかもしれないし。

「分かった。巽と付き合うよ僕」

「良い子だ寧々。じゃあ一筆書こうな。二度と昌也とは近づかないって」

暗い陰が滲む巽。

「わ、分かったよ」

母印を押したヤクザ感満載の書類が完成し、巽は喜んだ。

「約束だぞ寧々」
「うん」

さようなら昌也。僕が出来るのはここまでだ。

次の恋人には、金がないから身体売れ、なんて言うんじゃないぞ。昌也。

「……じゃあ今日から恋人ってことで」

巽は機嫌良くキスして、そのまま僕を押し倒した。

 

長らく友達だった人と肌を重ね合わせるのはひどく恥ずかしい。巽は電気消してくれないし、僕が恥ずかしくて顔を背けようとしても絶対許さなかった。『その顔見せて、寧々』ってずっと離してくれなくて……。

シャワー浴びてくる、と後ろむいた巽の背中には、龍の和彫が一面に入っていて彼はホンモノのヤクザなのだと実感してゾクとした。

 

明け方の薄暗闇のなか。
昌也とはこれで本当に終わりだなあ、とベッドで僕はぼんやり思った。少し泣いた。

◇◇◇

翌日。

「じゃあ、俺ちょっと事務所行って諸々話つけてくるから。帰り遅くなるかも。なんか、晩めしでも作って待っててよ。あ、金これね。

寧々の待つ家…!!スゲー楽しみ!」

すっと万札を置いて早々に出て行った巽。
機嫌が良すぎて怖いくらいだった。

スーパーに行って晩御飯をつくり、そのほか家事をして、巽の帰りをドキドキと待つ。

ピンポンとインターホンが鳴って出た。

「たっ巽!その顔どうしたの!?」
「昌也の借金、大分減らす話つけてきた。これは金を回収しない分のオトシマエ」

片頬に大きな青あざができていた。

「別にこんなん痛くねえーよ。恋敵の借金減らすために殴られようと、寧々がそばにいてくれるなら」

「!!」

僕は何も言わず巽を抱きしめた。

その晩、巽は僕をやさしく抱いた。僕も甘えるようにそれに応えた。

「寧々……うれしいよ」

いつも少し一方的だったから。

巽のことが好きかもしれない、と少し思い始めていた。

 

 

それからも巽との生活は続いた。午前中スーパー行って、巽の喜ぶ晩御飯作って、家事して巽の帰りを待つ。そして夜か深夜、分厚いクラッチバッグ抱えた巽を家に迎え入れる。

ヤクザとの少し異常な生活だった。でも巽は僕には優しくて、浮気をしたりしない。お金は足りないどころか余ってる。

父さん母さんはあれから、親戚の家にとりあえず身を寄せてなんとか元気にやっている。

なにも問題はないはずだ……。

 

 

今日も僕はガチャ、とスーパーに行くべく家を出た。

……はあ、それにしても僕も良い加減仕事探さないとな。まあ仕事に関しては実家のラーメン屋が消滅したからしょうがな……

ん!?

以前からお気に入りの特売スーパー近くに、昌也っぽい影を見つけた。

「……あっ寧々!!」

うわっやっぱり昌也だ!

ダダっとこっちにやってくる。以前みたいなこざっぱりした身なりで相変わらずの美貌で、無精髭もない。生活立て直せたのかな?いやあれまた借金だったりしてオエッ。

僕の腕をがしっと掴んだ昌也。

「寧々!?良かった、どこ行ってんのかと思ってずっと探してたんだよ!」

「いや僕ら別れたでしょ」

手を振り解いて通りを走って逃げた。

いけないいけない、昌也には関わっちゃいけないって、巽とのルールなんだ。

昌也が後ろから叫んだ。

「あ、ありがとな寧々!お前のおかげだって聞いて!スゲー楽になったよ!」

「もう良いよ!元気でね!!」

これで終わりだと思っていたら。

ひと気のない街路で後ろから強く抱きしめられて捕まえられた。

「わっやめてよ!」

「寧々。あの時はごめんな。俺どうかしてたよ。
そんな俺のために……お前は天使だ。

俺、ついに目が覚めたんだ。やっぱり、俺にはお前しかいないんだって」

 

 

 

続く

【あほんだら#10】寧々に本気で恋してるカッとなって昌也を強引に振り解こうとするも、離してくれない。 「もうそんなこと言わなくて良いよ!僕ら終わったんだよ!あとは勝手にし...
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