浮気攻め

【あほんだら#6】どうしようもない恋人、寧々

僕は勇気を出して言った。

「ね、また一緒にやってこ、昌也。僕もなんか手伝うから」
「寧々……良いのか?本当に」
「うん……」
「ありがと、本当……寧々。お前だけだよ本当……」

少し涙を浮かべた昌也。抱きしめられて、久しぶりの感覚に僕は込み上げるものがあった。

こうしてアッサリヨリを戻した僕ら。
どん底の昌也に僕が付け込んだとも言える。

でもなんでも良かった。

たとえド貧乏でも、根が浮気性のクズ野郎でも。それでも昌也さえ側にいてくれるのなら。

誰になんて言われようと、昌也はいつまでも僕にとってのヒーローだったから。あの時の恩は一生忘れない。

それに昌也が困っているなら、今こそ僕が昌也のヒーローになりたかった。

 

 

昌也のおんぼろアパートにそのまま転がり込んだ僕。狭すぎていっそ笑える程だったけど、それはやっぱり昌也と2人暮らしだったから。

でもそれは一方で、爪に火を灯すような暮らしだった。2人して馬車馬の様に働いては節約節約節約節約、そんな感じ……。

秋が通りすぎ、少し早めに冬が到来していた。

寒いけど暖房がつけられないので常にマフラーを巻いていた。

そんなある日。

スーパー帰り、僕は機嫌良く歩いていた。

「……やった〜安く買えたぞ!」

肉も野菜も特売で買い漁った。これでしばらく食い繋げそうだったのである。

買い物袋をいっぱい両手に抱えてほっこりした気持ちで歩く。しかし治安の悪いこの街。電灯なんかあちこち消えてるし。暗がりから今にも人がヌッと現れそうだし。

早く行かなきゃ……なんて思ったまさにその時。

スッと後ろから出てきた誰かに首根っこを掴まれる。その指先が冷たくてそれにもヒヤッとした。

「ヒッ!!!」

誰ヤクザ!?……と思ったら巽だった。本物のヤクザ。

……巽は整った顔をしょんぼりさせている。

「巽い。どうしたの、久しぶり」
「久しぶりじゃねーんだよ。連絡全然返ってこないし、ラーメン屋行ってもいないし。何失踪してんだよ」

「……」

はあ、と宙にため息を吐いた巽。美しい横顔から吐き出される息が白い。寒いなか待ってたのかな。

「……昌也んとこか」
「……。呆れらてるよね。あほか馬鹿か死ねよって……。でも僕はやっぱり昌也が好きだし、昌也が困ってるのは放っておけない」

はあ、と心底苦しそうに巽を歪めた。
そしてふいに僕を強く抱きしめた。その体はぞっとするほどつめたく冷えていた。

「寧々。俺は寧々が好きだよ。ずっと言い出せなかったけど。なんで昌也なんだ。俺なら金の苦労なんかさせないし、浮気もしない。俺と昌也、何が違うんだよ!」

「!」

突然の真剣な告白に動揺が隠せない。体が変にカットあつくなる。

確かに巽と付き合ったら苦労はしないかもしれない。巽は硬派だから浮気なんかしないだろう。

でも……。

ぐい、と巽の体を押し離した。

「!」
「僕はやっぱり昌也が好きなんだよ。苦労しても別に良いんだ。もう僕を心配して構ったりしないで。

バイバイ!巽」

あっ最後にこれあげる、と僕のマフラーをさっと首に巻いてあげた。巽の体は随分冷えていたから。

 

 

 

昌也のアパートの部屋に入る。

「おかえり寧々。遅かったな。なんかあった?」
「ううん、ごめんごめん。買い物時間かかっちゃっただけだよ」

それだけ言った。

 

 

それから巽は本当に僕の前には現れなくなった。

ずっと仲良くしていた友達。
会えなくて寂しい気持ちもある。

でも巽の気持ちには応えられないから、仕方ないのだ。そう自分に言い聞かせた。

 

 

そんな最中に事件が起きた。事件というか、ついに昌也がゲロってきたのだ。

「……寧々!ごめん!話があります!」
「え……」

イヤな予感。もしかしてまた浮気?もう殺してやろうかコイツ。

っていう殺意を汲み取ったのか、昌也は慌てて言った。

「あ、あの浮気じゃない!
……借金、の方……」

「え……?」

「資金繰りが色々うまく行かなくて。それで色んなとこから借りてて、なかなか返せてなくて……ごめん、今まで言えてなくて」

「……昌也……。
それで、いくら借りてるの?……え!?」

昌也が気まずそうに出してきた借用書を見て絶句した。数千万は行っていたのだ。

「え、え、え!!?しかも借りた先、これ消費者金融っていうかもはや闇金……」

絶句した。巽の言った通りだったから。

言いようのないゾワゾワが背筋を這う。それを振り払う様に僕は言った。

「いや、これならあの時マンション買ってもらわなくてホント良かったよ。昌也をもっと苦しめるところだった。頑張ってかえしていこ!」
「寧々……!」

昌也はギュッと僕を抱きしめた。

 

僕もハタから見たら相当なあほんだらなのだ。

別に自分が借りたわけでもないお金なんか返す必要ない。昌也を見限って逃げれば済む話。

でも昌也を置いていきたくない。

それでも昌也を愛していた。

 

 

だけど僕は闇金を舐めていたんだ。

利子がやばくてとにかくあっという間に借金は膨らんでいくばかり。

残りの返すべき金額が全く減っていかない。借金取りからの電話が昌也と僕、両方にジャンジャン鳴ってくる。

「……これは……身投げしないといけない……?」

ヒュウと寒い冬の風が身に沁みた。

ヤバい事案に足を突っ込んでいるのは重々承知だったけれど、逃げるつもりもなかった。

だけど僕より昌也の方が打ちのめされていた。
ノイローゼかってくらい追い詰められていたのだ。僕は一家離散しかけ事件によって案外タフになっていたのかもしれない。

蒼い顔した昌也をどうにかしたくて、僕は思い切って闇金の事務所に自分から電話をかけてみた。えらい人に取り次いでもらう。

結論。スゲー怒鳴られたりネチネチ言われたりで胃が縮み上がる思いだったんだけど、一つだけ交渉がうまくいったところがあった。

『ウチの若いのに『良い思い』させてくれたら、ちょっと借金、負けてあげましょ』

ヤクザの偉い人は、ゲスな声音で場所と日時を足ばやに言うと電話を切ったのだ。

 

……指定はラブホテルのとある一室。

『ウチの若いのに良い思い』がどういう意味なのかは明白だった。

 

 

昌也に背を向けて眠りながら、僕はひとりめちゃくちゃ悩んで悩んで悩みまくった。

要はヤクザに身売りだ。

ゴク、と喉がなる。イヤ無理過ぎる。無理だよ。無理なんだけど。

一旦こんなにの手を出したらどうなるんだ?ヤク漬け?ドラマの世界か?イヤでもありうる。

……巽に相談してみたかったけど、自分からもう現れないでと振ったのだ。頼れる訳がなかった。

 

朝方まで悩んだけど、身を起こして眠っている昌也の寝顔を見つめる。随分顔いろが悪い。そりゃそうだよな……。

昌也。君のことは僕が守るよ。

ギュッと手を握る。僕は決めた。

 

 

昌也には何も言わず、僕は指定の場所へと向かった。

1人、ラブホテルに足を踏み入れる。

部屋をノックして入る。幸いにも(?)まだ誰も来てないっぽかった。

ひとりドアに背を向けて、ベッドに座って俯いた。

これで良かったのかな?でも昌也のためだ。迷うな僕。今日のことは記憶の砂に埋めろ。

ちゃんと借用書、持ってきたし。これに残りの借金の金額修正してもらって、やることサクッと済ませて終わりだ。どうってことないさ!

自分に言い聞かせるが身が震えていた。

……どんな人が来るんだろう?めちゃくちゃ気持ち悪いオッサンだったらどうしよう。死ねる。でも、昌也のためって決めたんだ!

その時。

ギ、とドアが開く。

「!」

ギュッと心臓が縮こまった。指先を縮こませた。靴音が絨毯を踏んで近寄ってくる音が聞こえる。そばまで来られている。心臓がドクンドクンと跳ねた。

「寧々」

悲しそうなハスキー声。ハッとして振り向いた。

「巽……」

暗い瞳をした巽が僕を見下ろしている。

「お前にこんな形で再会したくなかったよ。
まさかと思って飛んできてみれば、やっぱりとはな。

……寧々。ちゃんと覚悟、あるんだろうな」

巽はジャケットを脱いで乱暴に放り投げた。

そして荒々しく僕を押し倒した。

「お前に俺の気持ち、わかるか?わかんないだろうな!」

悲痛な声が部屋に響いた。

 

 

 

続く

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