短編小説

r15【短編】美味しい血の滴る君

お題頂いて作りました。

【お題内容】甘々で始まって段々共依存っぽい闇深になってく感じ

そういうシーンがほどほどにあるのでr15指定にしています。

ーーーーーー

遠くで雷が鳴っている。雨がしとしとと振っていてしばらく止みそうにない。

ベッドで僕を押し倒した手は、すごく愛おしげに僕の肌を撫でた。

「真織。まおり。逢いたかった」
「ん……」

甘いキスは止まることを知らない。薄暗い照明の下、相手の熱い吐息が首元にかかる。肌がゾクと疼いた。

「ねえ、ずっと俺のそばにいてよ。もう離れたくない」

返事をする前にまたキスで唇を塞がれる。待ちきれないと言わんばかりに服を剥がされていく。情欲に濡れた狼みたいなその男は、次へ次へと愛撫の手を進めていく。

「こうしてる間だけしかそばにいてくれないとか、真織はとんでもない子だよ」
「それはごめんって……ん、あ」

首に甘く噛みついてからべろりと舐め上げる。灰音のお決まりのやり方で、僕はこれに弱かった。

「真織。ずっと俺といるって言ってよ……お願い」

無言で首を振った。

「友達と縁切ってよ。……お願い」

それは出来ないんだよ灰音。やっぱり首を振った僕に、お仕置きに様に灰音は自身を突き入れた。

「……!」
えぐい圧迫感に苦しむ僕の両頬を包んで、灰音は言った。

「真織はいじわるだ」

そして恨めしげに、責めるみたいにキスをした。

 

 

 

事後。このホテルも何回来たっけなあと、ぼうっと天井を見上げていた。気怠く寝そべる僕に、灰音が絡んできた。

「……あーあ、オトモダチんとこ、行って欲しくないなあ……」

さみしそうな声で言われるとついぐらついてしまう……。けど耐えろ。

榊達との約束は既に一度ドタキャンさせてもらってる。これ以上はまずい。

「ね!そう言えばさ、知ってた?この間雑誌で見たんだけど友達ってひとりいれば十分なんだって。真織には既に俺がいるね!?」

「なんの嘘だよ。それはさすがに強引すぎじゃない」

つい苦笑してしまった。

「ちっ……」

やさぐれた灰音がごろんと反対側を向いた。

「あーあ。さみしいな……」

さっきまで僕を抱いていた時の荒々しさはどこへいったのか。逞しいはずの背中は、こうしてしょんぼりしていると一回り小さく感じられるから不思議だ。

灰音の背中に抱きついて、頭をよしよしと撫でてあげた。

「まあまあ……また今度会おうよ灰音。ね」
「今度っていつよ」

「気が向いたら……」
「冷たっ」

「じゃあ僕の他にもオトモダチ作りなさいよ」
「げえ。ヤダヤダ。人間のオトモダチとかいらないし俺は。
……真織にも、俺しかいないって言って欲しい」

ふいに体勢を変えて、射抜くように僕を捉えた灰音。がし、と首筋を抑えられた。来るぞ。暗い期待が頭をもたげた。

「……じゃなきゃこの血、全部抜き取ってやるから」

首筋に喰らい付いてこられて、ぶるりと震えた。ぶつ、と皮膚を破られる感覚。血を吸われてクラ、とめまいがした。でも、それすらも気持ちいい。

「……気持ち良い?良い子だ。
ああ、この血の味。大好きだ、真織……」

合間にうっとり囁かれて、またぞくと肌が粟立った。頭を掻き抱かれてそのまま血を吸われていく。

 

吸血鬼、灰音。
そんな存在が現代にいるなんて誰が信じるだろう。

 

◆◆◆

灰音と知り合ったのは、僕が家出して深夜の繁華街を彷徨っていた時だった。半年ほど前になる。

行く当てもなく、転がり込める友達もいなく、最悪のタイミングで降り出した雨を忌々しく思いながら軒下で時間を潰していた時のこと。

「君、ひとり?」

突然話しかけてきた大柄な男。顔をあげたらやたらに美形なんでびっくりした。大人っぽくて、25歳くらいに見えた。

その存在感に圧倒されてただ頷いた僕。

「俺さあ、ちゃんとしたとこで雨宿りしたいんだよね。良かったらさ、一緒に休憩しに来ない?」

『休憩』ってとこを暗に強調されて、相手が言いたいことは汲み取れた。やけっぱちだった僕は、それに頷いた。なんともチョロい僕と灰音との出会いだった。

 

 

「さ、そこ座ってよ」

連れてこられたのはラブホテル。ベッドに座れと促される。

手を繋がれて連れてこられていた。

ほとんど言葉を交わしていないけど、不思議と居心地の良さを感じる人だったのもあって嫌悪感はなかった。

ベッドで隣に座った彼。明るい部屋に入ってみたら、彼の肌の白さにすごく驚いた。それに真っ黒な髪の毛が映えていて、ほんのり真紅っぽい瞳。

「それカラコン……?」

驚いた僕に、ニコと彼は笑って言った。

「自前!まあ、珍しいでしょ!」

笑った時の八重歯というか歯の尖りがその時点でそういえば気にはなったいた。
けど、大柄な体の割に少年みたいな可愛い感じの笑顔に僕はドキッとしてしまっていた。違和感はドキドキに掻き消された。

「どうして僕なんかに声掛けたんですか?」

チョロそうに見えたからですか?

「可愛い君に一目惚れ?」
「……!」

指先を手なれた感じでまた握られて、流し目で見つめられる。この人にとってはこんなの朝飯前なんだろうな。

「まあ、なんでも良いじゃん。雨はまだまだ止みそうもないからゆっくりしてこうよ。こんな風に、さ」

どさ、とそのまま押し倒された。展開の早さに圧倒されていた。ロクに経験のない僕はただ瞳を閉じるしかなかった。

「OKってことで良い?じゃあお言葉に甘えて……」

キスされて、ドキンと心臓が弾けそうだった。初めてだったから。ドキンどきんと心臓の音がうるさい。

「緊張してる?初々しい子ってすきだよ」

やがてワイシャツのボタンを外されて、愛撫は首筋に移動して……。

その続きを覚悟した時、鋭い痛みが首筋に走った。

「……!?い、い、いたい、い、やめて!!」

マジで血が出てる痛みだった。愛撫なんていうレベルじゃない。必死に暴れたけど相手は僕の首に喰らい付いて離れてくれない。ヤバい、頭おかしい人だったんだ!

「だ、だ、だれかあああーーー!!!」

救いを求めたけど遮られえた。大きい手で口を押さえられて。

「静かにして。人が来ちゃうだろお……」

のそりと体をおこし、逆光で僕を見下ろすその男の人。温度のない瞳が僕を見下ろしていた。

「君の血っておいしいね。他の奴らみたいにベトベトしたり臭くない。あまいフルーツみたいだ。でも甘さがしつこくない。それにこのなんだ?この後味……虜になりそうだ。いや、もうなってる……」

な、何言ってるの……?震える僕の首を、相手は爪先でちょっと引っ掻いた。

「……いっ!」

その血をぺろりとその男は舐め取ってで、やっぱ味いとつぶやいた。

「俺ね、灰音って言うんだ。血を吸って生きてる吸血鬼。いつもヒトを適当に連れ込んで飲み干しちゃうんだけど。

君の血にマジで惚れました」

ずっと探してた運命の相手見つけたみたいな顔で、その男はうっとりと破顔した。

それが灰音との出会いだった。

 

◆◆◆

 

イライラとくすぶっている灰音を置いて、僕はホテルを出た。

相変わらず遠くで雷の音が鳴っている。天気悪いなあ。

スマホを取り出す。榊達との約束には間に合いそうでほっとする。

電車に急いで飛び乗った。

 

湿度の高い電車内で、僕はドア付近に寄りかかってなんとなしに外を見ていた。ピカ、と一瞬稲妻が光った。

取り止めもなく考える。

あれだなあ。あの稲妻って灰音みたいだなあ。

いつもくすぶってて、突然ピカ!って激昂する感じ。不安定な感じ。あの閃光の眩しいかんじ。

……しかしあれだなあ。吸血鬼って相手を気にいる基準が血のおいしさなの、おもしろいな。

灰音の告白なんてさ、『また君の血が吸いたいからこれからも俺と逢ってください。付き合ってください好きです』だったもんな。

2回目に会ってさっそく血を吸われた時に言われたんだよなあ。

大体血が吸いたいから好きってなんだよ。

灰音がホンモノの人間だったら僕なんて見向きもしないだろうになあ……。

 

 

普段人間に紛れて生きている灰音。夜、繁華街をうろつく人間に声をかけホテルに連れ込み、血を吸い尽くす。

『真織がイヤならすぐ辞めるよ!ってか真織が俺のそばにいてくれたら俺には君だけで良いんだけど』

灰音はそう熱心に口説いてきてくれるのだが、僕はかわしたままでいる。

ときどき灰音に僕が逢いに行って、最初に行ったあのホテルで寝る。負担にならない範囲で血をあげる。それだけ。

『真織。俺のそばにいてよ』

別れ際いつも泣きそうな灰音。

ごめんね。

だってさ。
僕らの関係の終着点てえげつないんだ。

血を吸い切られて死ぬか、灰音と血の契りを交わして眷属になるか。どっちかしかないって言われたんだもの。

灰音の眷属になるってことは、僕もまた人間を辞めるということ。死なない身体になって、灰音に血を永遠に提供し続けるパートナーになるってこと。

 

電車のアナウンスが駅の到着を告げる。僕は電車を降りた。

◆◆◆

「榊〜!ごめん、待った?」
「真織い!ぜーんぜん、俺ら今来たとこ。な!」

その榊の問いかけを、ふいっとなんとなく無視したもう1人の子。中原。

 

3人でつるんでいる……訳ではない。

榊と僕はまあまあ仲良くて、榊と中原はすごく仲良くて、そして僕と中原は別に仲良くはない。

まあ僕も中原もクセ強めだしな。

めっちゃええヤツの榊は、誰とでも仲良くなれる性格神な男。

 

クラスで浮きがちな僕をなんとか良い感じにクラスというプールに沈めようと、榊が気を使ってくれているのにはうっすら気づいていた。

なんでそんな良いやつなんだよ榊。

「じゃさ、今日は皆でカラオケでも行こうぜ〜」

朗らかに僕らを連れて歩き出す榊。

 

 

それにしてもどんよりした空だなあ。灰音いまどうしてんだろ。首筋がずきりと痛んだ。別れ際の灰音のあのさみしそうな顔を思い出して。胸もまた痛んだ。

「……でさあ、真織。真織?聞いてる?」
「!あ、ごめん、聞いてなかった。な、なに?」
「…はあ。べつに良いけど」

やば。せっかく中原が話しかけてくれたのに。それを聞いていないというクソすぎる僕。

ひそひそ中原と榊が会話するのが聞こえてきた。

『なあ……榊。真織さあ、やっぱおれちょっと苦手なんだよね。テンポ合わないっていうか……悪い奴じゃないんだけど』

こう言うときに地味に耳良いの恨む。うっかり聞こえてしまう。

『そんなこと言うなってえ。真織は誤解されやすいけど、根はいいやつではあるの!』

 

胸がざわざわする。まただ。いつもこう。
僕は不器用で、人と関係をうまく築くことができない。榊とだけは友人でいられるのは、それは榊がめっちゃめちゃ良いヤツだからだ。

でも榊みたいな良いヤツには、僕は似つかわしくないんだ。

 

カラオケを仮面の自分でやり過ごす。今度こそ会話を聞き漏らさないように細心の注意を払う。笑顔を張り付ける。浮かないように。誰かを怒らせないように。僕はいつもこうだ。

そんなカラオケ終わり。

「なー、これから皆でメシでも食わない」

にこにこ顔の榊。またもあっちむいてる中原。胸がギュッと痛んだ。

「あー、ごめん。今日はちょっと都合悪いや。また今度誘って!あ、じゃあもう今日帰るね。なんか頭痛くて」

「えー大丈夫真織」

「うん大丈夫!じゃあね!」

心配気な榊。ぶった斬るように無理やり逃げてしまった僕。

 

「じゃあ中原、ふたりでどっか行くかあ」

って耳の届いた榊の声が、どこかホッとしているように僕には聞こえた。

声の音色のニュアンスってあるように思う。
紺色と群青色が僅かでも確かに違うように。

嫌いじゃないけどすごく好きかっていうと違うみたいな。榊にとっての僕はそんな存在なような気がするんだ。仲良くはしてくれているけれど。

 

僕はこんな些細なことでいちいち傷ついてるばか。でもやっぱり胸が痛んだ。その何気ない些細なことが真実だから。

 

どうしていつもこうなんだろう。周りにうまく溶け込もうとして、いつも僕ひとりが異分子なんだ。次こそはうまくいけるのではないかと期待して、やっぱりダメ。その繰り返し。

 

はあとため息を吐いて、駅の高架下に寄りかかって携帯を取り出した。メッセージを打つ。

『いまから会わない?』

すぐに既読がついて、即電話が来た。

『真織!?えっどうしたの?珍しいじゃん同じ日にまた会うなんて。え、俺は全然大丈夫だよ、うん、俺、待ってるから!』

めちゃくちゃ喜んでくれる灰音につい苦笑して、
分かったまたあとでねと携帯を切った。

 

こうやってうまくいかない時に僕は灰音に逢いに行っていた。自分はずるいやつだと分かっていた。

でも他にどうしようもない。

灰音だけは僕を本当に求めてくれるから。

いや僕の血を、か……。

 

◆◆◆

「真織ー!」

待ち合わせ場所で、僕を見つけるやいなや遠目にも分かるように手をぶんぶんと振ってきた灰音。ニコニコなビッグスマイルはいい意味で年齢不相応で可愛い。まあ吸血鬼に年齢なんて概念はないのだろうが。

「ああ〜嬉しいよ真織い。連絡くれてありがとうっ」

すっごく嬉しそうに言われてすこしくすぐったい。通行人がちょっと興味ありげに僕らをチラチラッて見て去って行く。

「ねえってか今日こそ俺の家、来てみない…!?ゆっくり飲み会でもどう!?」

これでもさりげなく言おうとしてるのだろうか。下心がすごく漏れ出ている。

でも……もう今日は良いかもしれない。

「ん、良いよ。灰音のおうち、行ってみよっかな」
「……!?」

まさかOKされると思っていなかった灰音は目をまんまるにして、それから『やった!!』と破顔した。

 

 

 

灰音の部屋はベッドと冷蔵庫以外何もないというシンプルさだった。

「棺桶で寝てないんだ」

「あー、そのイメージ古いね今時いないよそんな吸血鬼は」

軽口を叩いた僕に、茶化して灰音もこたえた。ふふ、と笑いあった。灰音はこんなくだらない僕のことも好いてくれる……。

ふいにギュッと後ろから抱きすくめられた。

「……真織。今日は来てくれてありがとう。ねえ、もっと俺に心開いてよ。……なんかあった?」

「……」

僕は迷ったものの、ぽつりぽつりと灰音に話した。取り止めなく、僕のうまくいかなさを……。

なんだそんなことかと、灰音は馬鹿にしたりしなかった。

「辛かったんだね、真織。ねえ、俺のそばにいればオトモダチのことで悩むことはないよ?」
「それ言うと思ったけどさあ……」

「やっぱ気が合うね俺たち」
「でも人間じゃなくなるんでしょ」

「良いじゃん、悪くないよ?人間辞めましたって」
「でも……」

渋る僕に痺れを切らしたのかもしれない。灰音は吠えた。

「……だってさ!言うけどさ!人間でいたって真織は別に幸せそうじゃないじゃん!家族も冷たくて家出とかしてさ!友達作りも苦手じゃん!」

痛いところを突かれてぐうの音も出ない。代わりにポロ、と涙が一粒溢れた。

さらに灰音はギュッと僕を抱きしめた。

「俺のそばにいたら真織は傷つくことはないんだよ永久に。だって俺はどんな真織でも大好きだから」
「そんなこと言ったってさ。好きなのは血の味なんでしょう……?」
「入り口はそうだったけど、今は違うよ。真織の全部が好きなんだよ俺。

真織。俺なら真織を悲しませたりしない」

 

灰音の真摯な声はそのじつ焦っている。
早くはやくこちらへ来いと。

この甘い誘いに抵抗するのももう疲れていた。

「……ちゃんと友達が作りたかった。いや、ちゃんとした人間でありたかった、かな……?

でも僕、やっぱりダメだった」

灰音に身体を預けた。灰音は耳に吹き込むように言った。

「人間の奴らなんて皆捨てちゃえよ。
これからは俺がずっと、ずうっと友達だよ。不安にさせたりなんかしない」

「……ほんとう……?」

「もちろん」

「……僕を見捨てない?」

「見捨てる?俺が真織を?そんなことあるわけない」

目を閉じて灰音の声を聞く。嘘偽りのない真っ白で誠実なことば……。

「ねえ。良い子だから。俺と血の契りを交わそう。ね?」
「……痛くしない……?」

「それは約束はしてあげられない。
けど気持ち良くはしてあげる。絶対に」

 

 

 

「あん、や……灰、音……!」
「真織、真織……だいすきだよ」

血の契りっていうのは、灰音が僕の血を吸って、交わって、それを三日三晩続けること。悪魔的な儀式だった。

「真織。大好きで愛おしい、俺の運命のひと」

荒々しく抱かれて、僕はたくましい背中に縋り付くだけ。

「んっ……!」

今までの灰音との行為はおままごとだったのだろうかと思うくらい、情欲を剥き出しにした灰音との行為は甘く激しかった。合間合間に血を吸われて、どうしてかそれもすごく気持ちいい。快楽でどうにかなってしまいそうだ。僕をつかまえてて!って僕はひたすら灰音に縋りついた。

 

 

長い長い時間がすぎて、泥の様に僕は眠った。

「う……?」
「真織!」

そして久しぶりに目を覚ました気がした。僕の顔を覗き込んでうっとりと灰音は言った。

「俺とそっくりだねえ……可愛くなったねえ真織。これ、見てみな」

渡された小さな鏡を見れば、僕の瞳には真紅の色が滲んでいた。

「吸血鬼と眷属は同じ瞳の色になるんだよ。お揃いだね、愛しい真織……これでやっと俺のものだ」

僕のおでこに優しくキスした灰音。灰音に抱きついた。僕はもう人間じゃなくなったんだ。

「灰音。僕を見捨てないでね……絶対だよ。僕は灰音がいなくなったら生きていけないんだ」

「俺だって真織がいなければ生きられない。真織の血じゃなきゃイヤだ。他のエサはもういらない……」

 

僕は人間界から姿を消した。

灰音とふたり、小さな部屋でずっと過ごした。お互いにお互いしかいなかった。

 

ある日ベッドで灰音は言った。

「俺ね、吸血鬼って呪われた存在だと思ってたけど。真織と出会えたから俺はこれで良かったんだと思う」

「灰音……僕もだよ」

僕がそんなふうに答えると、灰音はすごく喜んでくれた。両思いになれてこんなにも嬉しいって。

 

僕らは死ぬことはない。生まれ変わることもない。僕をひたすらに愛してくれる灰音。僕はもうヒトと一緒にいて孤独を感じることもない。捨ててみれば、人間の身なんてこだわらなくても良かったのかもしれない。人間の友達にも……。

榊のことを時折ふと思い出しては、なぜかずきりと胸が痛んだ。

 

けど灰音には僕がいて、僕には灰音がいる。
それで良いじゃないか。良いはずだ……。

 

 

 

「真織。首、出して……」

ふたりっきりの生活も、それから随分時が経った。

「ん……」

パートナーとして暮らす僕らの暮らしぶりは変わらない。お互いにお互いしかいない。旧友の名前はもう概ね思い出せなかった。父さん母さんの顔もうすぼんやりとしか。

『真織』

そう優しく笑ってキスしてくれる。僕の間が悪かろうがテンポが悪かろうが、何も責めたりしなかった。

『真織はちょっと自由な子なだけだよ。でも俺はそんな真織が好きだよ』

いつもそう言ってくれた。
灰音といると僕は自分らしく過ごせた。

それに灰音は僕に沢山の愛をくれた。確かに束縛家なところはあったけれど、それでも余りある愛をくれた。いつしか本当に僕は灰音に絆されていた。

 

 

 

夏が過ぎ、そろそろ秋口に差し掛かろうかというとある季節の頃。

僕はひとり夜、ちょっとした買い物に出掛けていたのだが。その帰り、玄関の前で異変に気づいた。妙に血生臭いのだ。

ゾクと心臓が波打った。まさか灰音に何か?

そんな、灰音。

「灰音!!」

バン!と玄関扉を開けた。視線の先には長身の灰音。

続いて床下に視線をおろすと、ひとが倒れていた。ヒッと息を飲んだ。

「だれ……!?」

ゆっくり振り返った灰音。唇にはゾッとするほど鮮血がついている。

「真織がいなくて暇だったからバーに行って飲んでたんだけどさ。なんか酔った男に声かけられて、適当に話聞いてたら『昔友達が失踪したことがあって……』とかって話し出したんだよね。

だいぶ気に病んでたみたいだよ。俺のせいなのかも、とかなんとか。ピンと来て根掘り葉掘り聞いちゃったよ。どんな関係性だったとか。どんな子だったかとか。

それで最後にその子の名前は?って聞いたらやっぱり『真織』っていうからさ。

ウチにいるよ、会いにくる?って誘い出したんだ」

榊だった。思わず絶叫した。

「さ、榊!!殺したの?」

その問いには何も答えず、灰音は言った。

「人間のオトモダチなんていらないだろ?真織。
なあ、そうだよな?なあ」

「榊……」

呆然と立ち尽くす僕。後悔の念が押し寄せた。

「灰音……こんなことしなくたって、とっくに僕は全部君のものだったのに……」

「真織……」

僕はふらふらと灰音の方に近づいていって、力なく抱きついた。

灰音は僕を抱き止めた。少し驚いた様に様子を伺っている。

「……こんなことをさせてごめん。灰音。君が無用な殺人をするのは僕だって心痛むよ。灰音。お願いだから僕を置いてどこにも行かないで。僕はもう人間界には未練はないから。

……それに榊……ごめん……こんなことになって……どうか許してくれ……」

背を震わせた僕を優しく灰音は撫でた。

「……ソイツの息はまだある。真織はどうせ人間のオトモダチ見たら寂しくなって、きっと俺を責めると思った。そうしたら今度こそソイツは殺そうと思ってたんだけど。

……でも違ったね……真織は俺が思ってるより、俺のものだったんだね」

「榊をベッドに寝かせるから、手伝ってくれる?灰音」

「ああ、良いよ」

水も持ってくる、そう灰音は言ってくれた。

 

榊が目を覚ましたらなんて話をしようか。

でもきっと、榊なら受け止めてくれる気がする。

 

そうして榊と話をしてバイバイしたら、人間だった頃の自分に今度こそピリオドを打てる気がする。

 

僕には灰音しかいないし、灰音には僕しかいない。吸血鬼とその眷属。でもそれで良い。それが良い。僕らは闇に包まれたまま、ひっそりと生きていく。

これから先もずっと、永遠に……。

 

 

 

end

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よろしくお願いします♪

POSTED COMMENT

  1. くるもち より:

    『美味しい血の滴る君』最高でした…甘々からの共依存の闇深の作品を創ってくれて、本当にありがとうございます。寿命が増えた気がします…やっぱり月夜の晩にさんの作品は甘々なとこと闇深なとこがバランス良く混在しててめちゃめちゃ好きです!最近暑い日ばっかりなので体調等には気を付けてください。無理ない範囲で大丈夫なので活動を続けて頂けると嬉しいです。これからも応援してます!!

    • tsukiyo より:

      >くるもちさん

      感想ありがとうございます、嬉しいです(´∀`*)
      甘々からの闇深共依存が性癖ですかね…!?

      読者さんからのリクエストは普段自分があまり考えないテーマで書けるのが新鮮で楽しいです♪

      闇深共依存だけど、そのふたりなりに幸せではある、という形で今回描きました。人間捨てても悔いはないこの人がいれば、というのもアリなのかなと。

      ウワ〜応援ありがとうございます!
      嬉しいです…!!!

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