短編小説

【短編】あいつさえいなければ#メンヘラ攻め

読者さんリクエストで書きました。

今回のテーマはメンヘラ攻めです。

ケイタ 俺
海   俺の同居人
ヒカル 海の仲良い奴

ーーーーーーーーーーー

「〜♪」

俺の同居人である海は、これからやたら仲のいい男・ヒカルとどっか食事にでも行くらしい。

やたら海は朝から機嫌が良くて、俺は忌々しい気持ちでいる。

行くなよ。ヒカルなんか放っておけよ。俺と過ごせば良いだろ。そうずっっっと俺は朝から言っているのに、海は俺の嘆きを華麗にスルーする。いつもだ。

せめてもという思いで、俺は海の身支度の邪魔をする。後ろからTシャツ引っ張ったり、帽子をソファの後ろにソッと隠したり。玄関の運動靴を裏返したりした。

「…?なあに?ケイタ。そんなに僕が出かけるのイヤなのお?さっきから邪魔ばっかりしてえ」

よしよしと頭を撫でられる。海に撫でられると良い気分で、俺は満更じゃない。

ほら?な?俺と過ごした方が楽しいぞ。

そう思ってリビングに引っ張って行こうとするが、その手はわりと無情に振り払われた。

「もう時間なんだよお。じゃあね、ケイタ。ご飯はここに準備しておいたから、お腹すいたら食べるんだよ。あ、なあに?靴に悪戯して!小学生じゃないんだからもう。

じゃあね〜!」

 

 

バタンとドアは閉まる。俺はキレながらソファへと移動した。バフ、と寝っ転がる。

イライラが止まらない。

それにしても俺はイヤな予感が止まらない。野生の勘というやつだ。海のやつ、ヒカルとかいう男とデキたらどうしてくれよう。

そう思って胸がズキッと痛んだ。

海の浮かれぶりをみていると、海はヒカルが好きなのだ。2人が電話で話しているところ盗み聞きすると、ヒカルも海を気に入ってる様に思う。

 

するとふたりがくっつくまで時間の問題かもしれない。いやだいやだいやだいやだ。どうすれば良い。

 

◆◆◆

 

「ただいま〜…ってあれ?ケイタ、ご飯全然食べてないじゃん!どうしたの」

「……」

あえて俺はプイッとそっぽを向いた。
良いぞいいぞ。俺を心配しろ。

「どっかお腹でもいたいの?具合悪いのかな?熱?」

帰ってきた時の浮かれ顔はどこへやら。

海はあれこれ俺を心配しはじめた。ますますうれしい。そうだそれだよ海。海は俺のことだけ見つめていれば良いんだよ。

 

 

やがて俺は気づいた。食事をボイコットすれば、海はすこぶる心配して家を空けないことに。それはつまりヒカルとも会わないということ。

ふたりの仲を邪魔できてすごく嬉しい。

だけどヒカルも痺れを切らしたのか、なんと家に訪問してくるようになった。

「おっ君がケイタか〜。海から聞いてるよ」

ふざけんなよまじで。俺と海の聖域に……!

俺はやたらフレンドリーなヒカルをぎらりと睨みあげ、無視して通り過ぎた。

これは次なる手が必要だ。

 

 

 

「え、ケイタ、この傷どうしたの…!!!」

俺は自分の手首に自分で噛みついた。血がダラダラと滴っている。

「びょ、びょ病院行かなきゃ!!!!あ、ど、どうしようまずはヒカルに連絡入れとかなきゃ。あ、ヒカル?ごめん今日ウチ来るのナシで。えっとケイタがちょっと……」

へへ、良い気分。別に怪我したってどうってことない。痛くないぜこんなもの。海が誰かに取られる胸の痛みに比べれば。

 

それから俺は手首に噛みついて自傷するのを随分やった。やればやるほど海は憔悴して俺を心配してくれる。うれしい。いや、海が悲しい顔をするのは俺だっていやだが、でも海の関心を独り占めできるなら俺は何だってやるんだ。

手首にまいた包帯はあえて剥がしたりした。傷は治って増えて、また治って増えてを繰り返した。

 

 

 

「ケイタあ。ちょっとこころが不安定みたいだね。どうしたの。やっぱり故郷に帰りたいのかい……?」

ある晩。海は俺を抱きしめてそう言ってきた。

まあ、俺は訳あって故郷を離れて海と暮らすことになったのだが、別に故郷と帰りたいとか全くない。

海が別に落ち込む必要はないんだけどな。
俺は海の頬にキスをした。

「お医者さんに相談しに行こっか……」

しゅんと悲しそうな海……。

 

 

そうして俺はなんか『こころがおちつく薬』みたいな何かを飲まされるようになった。これを飲むと眠くて眠くて仕方ない。心落ち着く薬っていうか、これただの睡眠薬だろ、う……ねむ……。

 

ある時。
ふと目を覚ますと家になんとヒカルがいた。くそ、最悪だ!!油断した。けど、くそ…ねむい……。

「あ、ケイタ起きた?あ、また寝ちゃった……」
「薬、よく聞くんだなあ」
「え、うん。そうなんだけど、飲む量がめちゃくちゃ多すぎると命の危険があるらしいんだ。だからケイタが悪さしないように薬は戸棚の奥に……」

泥のように眠る間際、俺の耳は確かにそんな会話をキャッチした。なるほど、なるほどね。

耳は良いんだよ俺……。

◆◆◆

コトは悪い方へ進展した。

「ね、ケイタ。聞いてよ。僕ね……ヒカルと付き合うことになったんだ」

雷に打たれたようなショックってきっとこういうことを言うんだ。

俺の邪魔も虚しく、ふたりはついに付き合うことになったらしい。ショックすぎて二の句の告げない俺に、海は続けた。

「それでさ、ふたりで今度、旅行に行かないかって……言われてて。でもケイタがこんな状態なのに置いて行けないから、ちょっと僕の友達にね、泊まりにきてもらってケイタ見張ってもらおうって思ってるんだ」

「……」

ぽろ、と泣いた。

「え!?ケイタ!?えっ泣く!?ケイタが、え!?」

いやだよ海行くなよ。行くなよ。行くなよ。旅行とか。ヒカルが海を襲いたいだけだろそれ。虫唾が走った。

旅行の日は明後日か。ふうん、やるしかないな。いよいよあの手を。

◆◆◆

「キヤアアアアアア!!!!」

翌日。そんな悲鳴が部屋に響いた。

「け、ケイタ!!!どうして薬、こんなにどうやって!?…救急に、はやく!!!!

俺は意識朦朧としながら、にやと笑った。

どうだ、俺のいのちが危ないんだぞ……。

 

 

本当は分かっていた。こんなやり方で海を縛りつけるなんておかしいってこと。こんなことしてたって海は俺に振り向いたりしないってこと。

俺だって分かっていた。でも俺にはこういうやり方しかできなかった。不器用だったから。

 

 

海は旅行をキャンセルした。

そしてしばらくして俺は入院先から、海に連れられて家に帰ってきた。

洗面所で手を洗う海。俺は抱きかかえられた。

鏡に並んで映るのは、憔悴して目の下にうっすらとクマを作っている海。

それから1匹の狼。

「ケイタはかわいいねえ。僕の大事な家族だよ。たとえ狼だって」

現実から目を逸らしたくて、俺は海の手の中から逃げた。

「あ、ケイタ!もう」

俺だって分かっていた。ただの狼に過ぎない俺は海の恋人にはなれないことくらい。

でも動物園に帰るのはゴメンだ。

 

 

 

自殺未遂なんて何度も起こせるものでもない。

俺の身体をはった邪魔もやはり虚しく、海とヒカルの仲は深まるばかり。

もはやボイコットなどではなく、俺は食事が取れなくなっていた。

「ケイタあ。このままじゃ死んじゃうよお。ケイタ……」
「……」
「おいで。良いこいいこ……」

海の胸に顔を埋めた。いや頭か。さみしくってたまらない。俺は自分を呪った。戯れに自分の腕に噛みついて、肉のこそげた腕を実感していた。

「ケイタ。ケイタがいなくなったら僕は……。

あ、気晴らしに映画でも見よっか?いまなんかやってるかなぁ……」

しょんぼりしている海。
俺だってつらい。
けど、海とヒカルを応援出来るほど内面が出来ていない。こんな生涯ならもういらない。ごめんな海。

仲睦まじい海とヒカル。
一方朽ち果てゆく俺のからだ。でももう、仕方ないのかもしれない。

…せめてヒカルさえいなければ。おれが人間だったなら。なんて考えるのは無意味か。

やがてテレビから流れ始めた古い映画。なんとなしに、海に寄りかかって見ていく。

あまり期待していなかったが、やがて俺は一気に惹き込まれた。

その映画のテーマが狼男だったから。

1匹の狼が人間の男を噛み殺して生き血を啜ると、次の満月の晩に狼男に変身することが出来る。

そんな不思議なストーリーの映画を、俺は食い入るように見つめた。

これだ思った。

 

 

 

翌日。

「おっケイタ!退院おめでとう。スゲー痩せちまったなあ。撫でてあげよう、こっちおいで」

警戒心なくウチを訪れたヒカル。ヒカルは結構優しいやつだった。海にお似合いの。だからこそ胸が痛む。でも、やるしかなかった。

 

俺の四つ脚が地面を蹴る。
風に紛れて舌先からよだれが垂れた。

俺は走った。あいつの首もと目がけて。

ヒカル。ヒカルさえいなければ。

ヒカルの血さえあれば俺はー……。

 

 

 

end

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