浮気攻め

【浮気な彼氏シーズン2#23】浮気な彼氏

俺はずるずると崩れ落ちた。本当に父親の言った通りのことが起きていた。

そんなことがあっていいのか。

たっくんは本当に出ていってしまった…?

頭の中を巡らして、ハッと気づいた。そうだ、きっと置き手紙だとか、この状況を打開するためのヒントを残してるはず!きっとたっくんだって、何かやむを得ない事情があったに決まってる!どうして気づかなかったのだろう!?

あっちこっち俺は探し回った。冷蔵庫だのテーブル上だのベッドルームは隈なく探して、あるはずの書き置きをどこだどこだと探した。

…でもない、ない!ない!!

畜生、どこだよ!焦げつきかかった心はやがて不安を爆発させ、俺はやりきれない思いで寝室の壁にダァン!と手をついた。

…。

心折れちまいそうだ。

大丈夫だと信じていたのは俺だけだったのか。

たっくんは本当に消えた。

携帯は鳴らないまま。鳴らせないまま…。

 

***

ブル、と頭を振る。

俺はこんなところで落ち込んでる訳にいかないんだ。と何とか自分を奮い立たせて俺は立ち上がった。

車に乗り込む。アテもなく走らせた。たっくんを助手席に乗せてよく色んな所に出かけたことを思い出す。畜生、どこだどこにいるんだ。俺を置いてどっかに消えるだなんて、許さない!

スピードを出し過ぎ車があっちから来た対向車にギリギリのところですれ違う。相手側のクラクションがパパーッとつんざくように鳴った。気をつけろってか。キレ気味に視線をやったルームミラー。俺はクマをつくったひどい顔をしていた。

以前もこんな荒い運転してたくみに怒られたことがあったなと思い出して、胸が刺すように痛んだ。

 

結局あっちこっち探して、たっくんは見つけられなかった。そりゃそうだ。待ち合わせも出来ないままじゃ、たとえ同じ町内にいたって合流するのは難しいだろう。

…。

海沿いをとぼとぼと歩く。離婚した当初もよくここを歩いていた。あの時は心に完全に穴が空いていて、ビュウビュウとこの海沿いの冷たい風が吹き抜けていくのを虚しく感じていたっけ。

それはまた今もだ…。

これからどうしよう?執筆の仕事は一旦止めて、たっくんを探さなけりゃ。

ああ、でもむしゃくしゃして酒でも浴びたい様な気持ち…。

ふと思いついた。俺たちの思い出の場所ってのがあるじゃないか。最初に知り合った飲み屋!

きっといるさ、そこにいるに決まってる!

どうにも頭が混乱しててダメだ、簡単なことすら思いつかないなんて!

俺は浮き足立つような気持ちでバーに向かった。

 

だけど…。

バーのドアを開けたらたくみが座って待っていた、なんてことはなかった。マスターに聞いてもたっくんらしき人は来ていないらしい。

俺は閉店まで粘った。だけど深夜1時を過ぎてもやっぱりたくみはやってこなかった。

たっくんが来たら伝言を頼むとマスターに依頼して、俺は店を出た。

吐く息は白い。
外は嫌味なくらい綺麗な星が輝いていた。

 

***

1人っきりの家は怖いくらいに広い。

いっそ逃げ出したいくらいだったが、万が一にもたっくんがここに帰ってくるかもしれないと思うと、ここを離れる訳にもいかなかった。

ふたり眠っていたベッドにはどうして行きたくなくて、リビングのソファで毛布にくるまった。眠れない頭で考える。

…俺たちは単にどこかですれ違っているだけなのか。本当に俺はフラれているのか。

父親が俺に見せてきたたっくんのメモが頭をよぎった。俺が再婚しようが子供作ろうが止めない、と恐ろしい宣言を残したメモ。

どうしてあんなものを書いた?書かされた訳でもなく?でもあれは間違いなくたくみの字で…。

俺がフラれた仮説が有効になってきて、俺は思考を放棄した。

すでにいなくなった相手を俺は虚しく探しているピエロに過ぎなかっただなんて、俺は嫌だからな。

捕まえてみせるさ、必ず…。

 

***

 

「ははあなるほど。そりゃ確かに破局だ。…アキトさんも罪な男だねえ」

ここはとある喫茶店。僕の目の前に座る瀬川さんはコーヒーを一口飲んでそう言った。

「……」

本当は誰にもこんな話したくなかったけど、瀬川さんに促され続けてつい実家訪問であったことを僕はゲロってしまった。

辛い話ほど結局誰かに聞いて欲しいものなのだ。

「いや〜俺からはイチャイチャカップルに見えてたけどね」
「で、ですよね!?」

「まあでも1人帰されたんでしょ?

行ったのはアキトさんの実家でしょ?その気になれば窓ぶち破ってでもどうにかなるはずじゃ?

アキトさんも連絡寄越さないし迎えにも来ないならさ。たくちゃんには会いたくないってのが相手の本心じゃない?落ち込んでるたくちゃんには申し訳ないけどさ」
「…ですよね…」

現実を突きつけられて僕はうなだれた。やっぱ第三者的に見てもそうなんだ…。

「ま、でもさ。俺はラッキー。難攻不落かと思ってたアキトさんの牙城が崩れてくれて。どうやって攫おっかなって計画をねりねりしてたところ♪」

「何言ってんですか…」

相変わらずどこまで本気で言ってるのかよくわからない上司。でもちょっとふふ、と笑ってしまった。

「で、たくちゃんはさ。これからどうする気なの?」

「…ずっと連絡来るのを待ちたいなって思っています」
「ずっと来ないかもよ?来ても10年後だったりして」
「それでも良いです…」

「…ホントに?」
「はい」

ちょっと驚いた様子の瀬川さん。

「泣かせますねえ…」

同情してくれてるのかな。

「じゃあさあ。俺と一緒にアキトさん待ってみない?
まあアキトさんにたくちゃんを返すことはないと
思うけどね」
「え…」

ふいにギュッと手を握られた。

***

俺の焦りは時間を追うごとに増していく。早くたっくんを捕まえなければ父親に連れ戻されてしまう。

だけどどうにも見つけられない。連絡も来ない。こんなことがあって良いのか。

何かヒントはないかと携帯を開く。付き合う前に行った場所…コスモス畑?いや今は季節じゃないしあそこにはいない気がする…知り合ったバー、は行ってダメだったし…

そういえば。まだ行っていない場所がある。

俺たちが付き合うに至った場所。いやきっかけになった場所。

たっくんの元彼を呼び出して締め上げたあの海沿いのカフェ。思い出深い場所といえばそうだ…。

俺は一縷の望みをかけて行ってみることにした。

 

海沿いを車を走らせる。ここ数ヶ月間のいろんな思い出が蘇る。いろんなことがあった、本当に…。

藁にもすがる思いだったが、きっと居ないのだろうと内心諦めつつ向かっていた。

 

喫茶店に辿り着き、店内にコツと足を踏み入れる。ざっと見渡しても…いない。ため息を吐く。

カフェテラスの方までやってきた、その時。

!!!

心震えた。見慣れた愛しい後ろ姿…それに加えもう1人、見知った人影。

「まあどうせアキトさんなんて来ないって」
「でも…」

なぜか心なしか距離の近い気がするふたり。ヒソヒソ話ているつもりかもしれないが、漏れ聞こえている。どうせ来ないって何だ?心臓を鷲掴みにされた様な気持ち。

「…たっくん…どうしてソイツと一緒にいるの?」

震える声が漏れ出た。ハッと振り返ったふたり。

ようやく見つけたたくみは、瀬川と一緒だった。

ソイツを選んだの?たっくん。

頭につい浮かんだ言葉は『浮気』。

 

 

「お前!!何してんだよ!!」

俺はズカズカと寄って行って瀬川に掴み掛かった。首を締め上げる。

「!…はは、アキトさん。今更ですかあ」

ニヤニヤ笑いで言われて更に俺の血圧が上がる。

「うるせえ!お前に関係ないだろ!俺のいない間に何を…!!」
「ちょ、ちょっと2人ともまず落ち着いて…!」

久しぶりのたっくんを尻目に、瀬川をギリギリと締め上げる手に力が籠る。

「あっははそんなにブチギレると血管切れますよお。俺らおじさんなんですから」
「うるせえ!!」

この後に及んで茶化してくる瀬川に怒りが増す。一発ぶん殴ってやる!って思ったのに、グイと強く手首を握られ引き離された。ついでにドオン!と突き飛ばされて俺は床に尻をついた。

「!」

「せ、瀬川さん!やりすぎですよ!」

割って入ろうとしてくれた心優しいたっくん。

だけど。

「良いの良いの、ちょっと待っててね」

瀬川はたっくんにウインクなんかして、俺はその訳の分からない距離感に怒りと焦りを湧き上がった。

瀬川は俺に挑発的な視線を向けてきた。蛇が口を開けて目の前の獲物を威嚇している!そんな顔。

俺がかつてたっくんの元彼にやってみせたことを、今度は瀬川が俺にしている。

「大体アナタが振ったんでしょ!たくちゃんのこと!実家の中庭だか何だかで別の女と一緒にいたらしいじゃないですか!?」

「!?お前なんでそれを!?いやそもそも俺はたくみを振ってなんかいない!誤解だ!!」

「実家連れてったくせに音信普通にして別の女とイチャイチャしてるところ見せつけたんでしょアナタ!たくちゃんと一緒にいる権利ないのでさっさと消えなさいよこの最低浮気クソゴミ男!」

「お、お前…!」

情報が錯綜している。やっぱり俺たちは情報操作されていたんだ!

そうは頭の隅で思ったものの、俺は信じられない罵詈雑言を向けられてブチギレた。感情が吹き出す方が先だった!

「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!!」

俺は立ち上がって再度瀬川につかみかかった!避けられる前に顔に右ストレート入れてやった!ゴツと手の甲に嫌な感触。

「ぐ…ッ大体ね、甘いんですよアナタ!俺に啖呵切ったくせにたくちゃん傷つけて、何やってんですかって話!」

今度は俺にボディブローをキメてきた瀬川。
俺は腹を抑えてうずくまった。

「…!」
「暁都さん!大丈夫!?」
「君は下がってて!」

頭上でそんなやりとりが聞こえる。たっくん、そうだ確かに君は下がってろ…。

コツ、と目の前に瀬川の革靴。それがグイと俺の顎下に入り込み、俺の顔を上げさせた。

「!」
「ホラ、アキトさん立ってよ。まだまだ終わってないよ?」

余裕の笑みで俺を見下ろす瀬川。背が高いのがクソ腹立つ。

俺はうなり声をあげて立ち上がった!

「お前がそもそもちょっかい出してくるからだろうがああ!」
「割って入られるくらいならそれぐらいでしょ!揺らいでたくせに!」

俺のパンチをひらとかわして今度は俺のみぞおちを蹴り上げた瀬川。

「ぐ…!」
ホントにこいつなんて力だ…!一瞬ぐにゃりと視界が歪んだ気がした、でもここで崩れおちる訳にはいかない!

俺は必死に踏ん張って踏みとどまり、突進する勢いで瀬川に体当たりした。

「!」

ふたりしてもつれて床に倒れ込んだ!テーブル
が倒れグラスだの水差しだのが割れた。ガッシャア!と耳障りな音が響いた。キャアア!と周囲で別の客の悲鳴が聞こえた。

馬乗りになって瀬川の顔に何発か入れた!

「良いから!お前はもう!俺たちに!関わるな!!!」

一瞬意識の飛んだ瀬川だったが、次の瞬間ニヤ、と笑うと信じられない力で俺を押し退けた。

形勢逆転。あっという間に今度は俺が馬乗りになられていた。

瀬川は口の中を切ったのか血をブッと吐くと、俺に言った。

「これはね!一応彼の元上司としての制裁ですよ!俺から好きな子奪ったんだからね、ちゃんとしろっての!」

そういって瀬川は近くにあった割れたガラス瓶を振り上げた。

ウッソ死ぬだろ…!

日ざしにギラリと反射したガラス瓶。ゴクリと喉が鳴る。俺は死を覚悟した。

ってかそんなん振り回してたくみに当たったらどうする!!

「たくみに当てたら殺すからなお前ええ!!!!」

せいぜいそう喚いて目をギュッと閉じた!

「……?」

何も起きない…?チラ、と薄目を開けた。

瀬川はスッと目を細めるとガラス瓶を置き、俺から退いた。

「…??」

助かったのか…?

「じゃあね、俺帰るから。お仕置きはここまで。まっ君のこと案じてたから許してあげたよ。あとはふたりで話しなね」
「瀬川さん…」

???

俺をキッと振り返って瀬川は言った。

「たくちゃんね、アナタのこと待ってたんですよ!それはそれは可哀想な感じでね!色々誤解もあるっぽいですけど!

…大事にしてあげてくださいよ、ね。浮気相手でも良いからアキトさんと一緒にいたいらしいですよ。

結局あの子には俺じゃあダメなんですから」

そう言って今度こそ瀬川は立ち去って行った。

たくみがそっと俺に近づいた。

***

「いってえええ〜瀬川め…」
「ごめんねえ…でも何だかんだで協力してくれちゃったや」
「うう、まあな…」

俺は自宅でたっくんに手当を受けていた。瀬川には殴られたが、奴も奴でたっくんのことを想ってのことだったようだ。身を引く形であいつとは幕引きをした。

また俺の実家であったことについてお互いの認識を話し合い、やっぱり誤解があったことを理解した。

「俺が別れたがってたなんて、ある訳ないだろ!あ、いや、見合いの件は本当に申し訳ないけど…!」

「ふうん?まあ暁都さん、女性にはキツくなりきれないもんね〜?わかってるよ、暁都さんが根が優しい人だってのは…はい、これでオッケ!」

頬にガーゼ貼るついでにビンタされて死ぬほど痛い。うう、でもきっとたっくんの心もこれくらい傷んでいたのであろう…!

「はあ。それにしても…」

俺はたっくんを抱き寄せた。

「妾で良いからそばにいたいなんて…例え10年でも俺から連絡くるのを待つ気でいてくれたなんて…たっくん…」

愛が深すぎて俺は泣いちまいそう。

そんな風に思ってくれる人は今までいなかった。

「いやー、なんか我に返ると恥ずかしいっていうか!自分に酔ってただけですよーだ!」

悔し紛れなのかプイとそっぽを向いてしまったたっくん。

「まあまあ!でもね。お互いに情報操作されて連絡先消されても、やっぱり会えたね俺たち」

「ん…」

そっとたくみにキスをした。

「ってことでさ。今度こそ父さんに言うよ。俺たちちゃんと再会できましたよって。これで跡取りの件ももう良いでしょって」

「うん…でもどうしてなんだろう?」
「何が」

「…お父さまだったら、僕らが永久に会えないように情報を錯綜させることも出来たような気がするんだ。跡取りにあれだけ拘っているお父さまなら、特に。

でもどうして再会できるような隙をつくったんだろう?って…」

「そりゃーアレだよ!俺たちの愛の勝利ってやつだろ!」

「んん〜?そうかなあ、そうだねえ」

ふふと曖昧にたっくんは笑った。

 

***

 

それから俺たちは再度父親と会った。

もちろんまた離れだの地下牢だのに入れられたらたまらない。こっちに出てきてもらう形で会った。

俺の海沿いの家にて。

「小春くん。やっぱりまた暁都に会えたようだね」
「ええ、おかげさまで…まあその、本当色々ありましたけど…」

恋敵に俺が殴られるというやつだ。

ふうと父さんはため息を吐いた。

「…ま、君なら良いだろう」
「え!?」
「跡取りは良いんです…?お父さま」

「まあ跡取りを完全に諦めた訳ではないがね。ウチは資産家だ…直系でなければ諸々信用出来ない。そういうことだ。まあ金に関心のない小春くんなら間違いも起こさないだろう…それに」

「それに?」

「無料で妾になっても良いくらい暁都に惚れ込んどるらしいしな。連絡先がお互い分からなくてもまた再会出来る仲だと証明するくらいだ。君らは。

そこまでいくならこちらがいくら止めてもどうせ無駄だろうとな。…ま、愛などというくだらないものがあると、今後もせいぜい頑張って証明してくれたまえ」

そう言って早々に立ち上がった父さん。

去り際、玄関で靴を履きながらたくみに言った。

「…こんな偏屈なバツイチ男のどこが良いのだ。金ならやると言ったろう。3億でも5億でも」

!!

それは聞き捨てならない。たっくんはまあまあと苦笑して制した。

「僕にはその偏屈バツイチの暁都さんが何より大事なんです。5億円もらうより、暁都さんが良いんです」

 

 

父さんが帰ったあと、俺はたっくんを寝室に追い詰めていた。

「やだ〜暁都さんこわああい」
「ねえたっくん!?たっくん俺のこと偏屈なバツイチ男だと思ってたの!?」

「う〜んまあ多少偏屈なとこはあるかなって…あっはやだやめてえ」

「この、許さん。どこがどう偏屈か教えてもらおうじゃねえの」
「まあそういうすぐ理由を求めるところとかあ…あ、やだ変なとこ。まあ、そういうとこもお父さまに似てるよねえ」

「ええ?」

「僕ね、わかったんだ。お父さまも何だかんだで僕らが再会するところを見てみたかったんだと思うよ。愛ってあるんだ、みたいな。それがどういうことか知りたいって感じでさ…」

遠くを見つめたたくみ。俺の知らない何かを思い出している顔だ。抱きしめてキスをした。

たくみは沢山のことを教えてくれる。俺にも、父さんにも。

 

 

 

end

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