短編小説

1日、また1日と他人になっていく大切なあなたへ

※ハッピーエンドじゃないです。メリバとバッドエンドの中間です。切ない別れ話。嫌いじゃない方のみどうぞ。

ーーーーーーーーー

目をうっすらと開けた患者。

「…あ、あなた…誰…?」

俺は言った。

「あ、どうも。分かります?

あなたね、自殺未遂起こしたでしょ。ここはね、あなたみたいなトラウマを抱えた人を治療する診療所なんですよ。イヤな記憶をね、消すんです。

申し遅れました。
僕はあなたの担当ドクター、火難(かなん)て言います。

よろしくお願いしますねえ」

 

そ。この海のキレ〜なこの小さな島の診療所で。
患者のトラウマの記憶を消してあげるのが俺の仕事。

まあついでに患者から俺の記憶も最終的に消えちゃうんだけどね。

別にどうってことない。

 

 

『トラウマドクター』

 

 

今回の患者さんは杏樹くんと言う。

強盗事件に巻き込まれ、目の前で沢山人が殺されていくのが強いショックでトラウマとなり、以来悪魔にうなされてしまいとうとう自殺未遂を起こした、という何とも可哀想な青年。

まあ本土の方、今治安悪いもんね。

「治療はですねえ、基本薬飲むだけです。

トラウマを消せるイイ薬が今あるんですよ。すごいですよねえ。でも一応ね、医師が見とかないと危ない部分もあるので僕がいるって訳です」

不安そうにこっちを見上げた杏樹くん。顔普通だけど、小動物系で俺はちょっとタイプだなあとか思っていた。

 

「はい、この薬のんで。あとはそうですねえ、散歩でもします?この辺海キレイなんですよ」

 

並んで歩く散歩道。俺はちっこいスーパーでお気に入りのあんみつを買ってあげた。ベンチで並んで食う。

「!…美味しいです。…おいし」

杏樹くんて素直でかわいいやつだと思った。

 

俺たちは海を見ながら色んな話をした。

杏樹くんの過去のこと。あの時の皆の悲鳴が忘れられないとか、どうしても生きてたくなくて、とか。

「うんうん、全部忘れちまえるからな。安心して俺にまかしときなあ」

チラッて上目に見つめられてドキッとした。カッコいいとか思っても良いんだぞ。

 

ここでの患者の治療は実にシンプル。薬飲んであとはするのは散歩ぐらい。やることはあんまりない。毎日杏樹くんと散歩して色んな話をした。

 

ある日杏樹くんは話すことがなかったのか、ふと俺に聞いてきた。

 

「…トラウマ専門のドクターなんて珍しいですよね。火難先生はどうしてここでドクターやってるんですか?」

「医師免許あるからあ」

「真面目に答えてくださいよ」

「ハハ、それはねえ…実は俺が罪人だから。
ここで働くことが償いなんだよ」

びっくりした杏樹くん。ごめんな黙ってて。

「あっごめんねビビらせて。でも医師免許持ってんのは本当だし、医学知識悪用とかマジでしないから安心してね!」

杏樹くんは目が泳いでいる。

「…えっと、その…どんな罪を…?」

「安楽死させてあげたの。もう助かる見込みがなくて治療が辛い患者さん達を本土の方で何十人も。そしたら偉い人にバレてブッ込まれちった〜」

「…!そんな…」

「まあ仕方ないよね〜まあだからここで死にたい人の治療をしてあげることが俺に課せられた償いなんですよお」

「…いつまでここにいるんです?」

「ずっとだよ。俺の寿命まで。殺す人数多いとやっぱやべーよね。色んなことがさ」

おいおい、俺のどうでも良い身の上話なんかで泣くなよ杏樹くん。

俺が一生ここで償いをしないといけないとか、別にどうでも良いことじゃん?

俺、結構この島気に入ってるしさっ。な、ほら涙拭けって。

 

でも俺、ちょっと嬉しかった。俺自身に興味持ってくれる人、俺のために泣いてくれる人なんて、そんなの今までいなかったから。

***

それから杏樹くんは俺に心開いてくれたのか、なぜか懐いてくれるようになった。

ぺたっとくっついてきたり、俺の仕事中に後ろからカルテ覗いてきたりしてじゃれてくる。

しかも俺の仕事終わりには毎日ファンタを差し入れしてくれるようになった。

おっとこれは結構良い感じなんじゃないかと思っていたら。ある日。俺は手を握られて告られた。

「火難先生、いや、理人さん。好きです。あなたみたいな優しい人が」

俺は正直メッチャ嬉しかった。

でも杏樹の気持ちには応えられない。応えちゃいけない。

「ごめん、無理だ」
「…!どうして…僕のこと、イヤ?」
「イヤじゃないよ。めっちゃ好きだもん」
「じゃあ何で…!」

「それはねえ。杏樹は今後おれのことを忘れるからだ!

…トラウマ消す薬飲んでるとね、副作用で実はここで過ごしたことも全部忘れちゃうんだよ。俺のこともね。

だからね、俺たちがくっついても、いずれ杏樹の中で俺はいなくなんの。そしたらさみしーだろ。俺が」

唖然としている杏樹。ごめんなあ、内緒にしてて…。でもこの説明してもどうせ忘れるからさ。

なんて、言い訳か。

 

***

 

「薬飲まない。もう治療しない」

それから杏樹はトラウマの治療を拒絶し始めた。

薬は一定量飲み続けないと効果が出ないのに。

「理人のそばにいたいから。僕は理人を忘れたくない。理人をひとりぼっちにしたくない」

なんて言ってさ。泣かせるね。良い子だね。
そんなこと言ってくれた人、やっぱり杏樹が初めてだよ。

 

でも治療しないと杏樹のトラウマは消えない。

消えないんだよ。お前の悪夢はずっと。

 

 

杏樹は心配した通り、ここに来てからしばらくナリを潜めていた悪夢にうなされるようになった。

深夜に何度も飛び起きては、夢遊病みたいにウロウロして階段から落っこちようとすることもあった。その度に俺は羽交締めにして止めた。

そんなことが何十回と続き、止めるのを始めて失敗した時。

本当に杏樹は階段のてっぺんから転がり落ちて割と強く頭を打った。死ななかったのはただのラッキー…。

 

 

そんなことがあっても杏樹は治療をイヤだイヤだと拒んだが。

「ちゃんと薬飲んでトラウマなんて忘れてくれよ!杏樹がどうにかなったら俺は生きていけないんだ!」

そう杏樹を抱きしめて泣いた時。杏樹はやっと折れた。

「…じゃあ一個だけ僕のお願い聞いてくれる?」
「ん、何?」
「僕と付き合ってよ」
「ああ、良いよ」

ふたり初めてキスをした。

 

杏樹は薬を再開した。
その意味は俺も杏樹もよく分かっていた。

でも馬鹿な俺は心のどっかで、奇跡が起きて杏樹だけは俺のこと忘れねーんじゃねーかなっとか、期待しちまっていたけれど。

 

ある日。

 

「ねえ、杏樹。これ、この前ウマイって言ってたあんみつまた買ったんだけどさあ」

ある日無意識になんとなしにあんみつ買ってきてやったらさ。

「あんみつ?そんなことあったっけ?」

杏樹は不思議そうに俺を見た。小首を傾げて、可愛らしく。それは本当に身に覚えのない人間のする顔だった。俺には分かる。

「…あ、ごめん、なんか俺の記憶違いだわ〜」

 

ついに始まった。薬の記憶消去が。

薬の効果は出始めていた。

それと共に杏樹が夜中に飛び起きる回数も減った。良かった。好きな子がうなされるの聞くの、俺心底つれえもん。

 

 

日が経つごとに杏樹は俺にぺったりくっつかなくなった。

カルテを後ろから覗きこむこともしなくなった。

俺の手を握ることもしない。

 

俺たちは1日、また1日と他人になっていく。

大切な杏樹。

何をどこまで覚えていて、何を忘れてしまったのか。杏樹にそんなこと聞けなかった。

ただ、ある日。俺の仕事終わりに杏樹はファンタを俺に持ってこなかった。

大したことじゃないけど、それで俺はあいつの中で特別な存在じゃなくなったんだなとなんとなく理解した。

 

 

今までの経験上、トラウマの記憶って消える時は一気に短期間で消えていくと俺は知っている。それに伴って俺のことも。

 

 

それから数日後の朝。

「火難先生、おはようございます」
「どうもお〜おかげんどう?杏樹くん」
「気分は良いです。スッキリしてて…」

 

火難先生、か。

別にどうってことない。寂しくなんかない。慣れっこさ。患者に忘れられるなんて、毎回だもんな。いーよいーよ。別に。寂しくなんかねーよばーか。

 

 

それからまた数日経ったある朝。パチリと目を覚ました杏樹。起き上がって俺に言った。

「…あなた誰?」

「あ、初めましてここの診療所のドクター、火難です〜。

あなたちょっとね、具合悪くしてここでしばらく入院してたんですよ。でもね、無事、僕の治療でバッチリ治ったんで!もう帰れますよ。

あ、荷物はね、そこにまとめて置いてあるので。あなたは…今日中に、帰らなければ…いけませ…」

「…先生?どうして泣いてるんです?」

「…患者が治ったら、医師は誰だって嬉しいから、ですよお。

あ、じゃあさっそく。帰りのタクシー呼んできますね。本土に帰ったら、その、もう会うこともないと思いますけど…その、どうかずっとお元気で」

 

 

 

end

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