浮気攻め

【浮気な彼氏シーズン2#12】あの日の浮気と同じだなんて言わないで

悪戯な笑みでにじり寄ってくる瀬川さん。

「今晩はさあ俺と浮気な夜を過ごしてみない?」
「あり得ません!!」

「どうして?内緒にしててあげるよ」
「そういう問題じゃないです!!!」

一気に距離を詰めて抱きつかれそうになる!

ひらりとかわした!つもりだったのだがビリ、と走った衝撃。自分に何が起きたのか分からないまま僕は床に倒れ込んだ。ショックなのか何なのか、視界がぼやけている…。

身動きとれない僕を上機嫌に縛り上げた瀬川さん。あれもこれも暁都さんが持たせてくれた護身具だ。くそ、いつのまに盗み出したんだこの人…

 

「たくみくん?今日はずっと僕と過ごそうねえ。
何、悪いようにはしないさ。無理やり君を襲うこともない。

ただひとつ、良いこと教えてあげる。

アキトさんは今日浮気をする。

誰って?元奥さんと。何で面識あるんだって顔してるね?ふふ、元奥さんだなんて存在を漏らしたのは君らじゃないか。しかもかなり強引なタイプ。接触なんて簡単だったよ。

ま、君は今日最愛の彼氏くんが浮気するかもしれない夜を指を咥えて過ごすんだ。俺の役目は君を足止めすることさ。

最高の夜だろう?

また失恋したら今度こそ俺が慰めてモノにしてあげるよ」

い、いやだア!って僕の叫び声は上手く出なかった。

***

俺は苛々しながらトークショーに出ていた。心にもない笑顔を顔に貼り付けながら。頭ん中にあるのはもちろんたっくんと瀬川のおっさんのこと。

たっくんからはLINEは来たり来なかったり。俺は5分来ないだけで猛烈に不安になって仕方なかった。

何か考えごとをしながら全く違うことをぺちゃくちゃ喋るのが得意という、どうでも良い特技が役に立ってしまった時間だった。

 

 

トークショーが終わり、お次は偉いおじさん達との飲み会。移動しつつ時折LINEに目を通す。

『やっと展示会終わった。今ホテルに移動中』

ってたっくんから来てて、そうかそうかと俺は気を揉む。まあホテルに逃げ込んで鍵かければ誰も来ないし。飲み会終わったら2次会は断らせてもらって即テレビ電話掛けて…なんで算段をしていた。

俺は偉いおじさん達に囲まれてしゃぶしゃぶをつつく。可愛くないおじさんと食っても楽しくない。まあ俺もおっさんだけど。

いやそんなことよりもたっくん。たっくんだ。

携帯をチラ見しても、どういうことかさっきのLINE以降連絡が途絶えていた。

いや、たった30分程度だ。きっと宿についてコーヒーでも飲んで一休みしてるんだ。展示会で疲れてるたっくんに休憩時間くらいやれよ暁都。

そう思うものの…

たっくんからはそれから1時間経っても、2時間経っても連絡が来なかった。まさかね。風呂入ってるとかだろ?疲れて寝ちまったとか。だよな?な?

まさかでも。瀬川のおっさんとどっか飯食いに行ってるとか…部屋で一緒に飲んでるだなんて無いよな!?

まさか。まさか…いやたっくんを信じろ俺…でもあのおっさんの押しの強さたるや…。

まさかといやでもを行ったり来たりしてイライラヤキモキが最高潮になったところで飲み会はお開きになった。

「今日はありがとうございました!お先に失礼します!またよろしくお願いします!」

そう誰よりも先に叫び、2次会への誘いを封じ俺はコート持って走り出した。

 

外は真っ暗だ。

駅んとこで、とりあえずたっくんに電話を掛ける。出ない。

『たっくん!!!今何してんの!!!!?』

ってメッセージに返事はなかった。

 

 

とりあえず家に帰って返信を待つものの、たっくんは連絡をよこさないまま。やっぱりおかしい。

返事のない携帯を前に、俺は決心した。今からタクシーで向かおうと。何万飛ぼうが構わない。

必要なモンは向こうで買えば良い。財布と携帯だけポケットに入れて出ようとした時。

ピンポンとインターホンの音がした。ピンポンピンポンと音が鳴る。

たっくんか!?そうかそうか、やっぱ日帰りでどうにか帰ってこようとしたから連絡がよこせなくて…!

って期待と安堵に満ちて玄関扉を開けた。

 

 

***

僕は不安でどうしようもない夜を過ごしていた。

刻一刻と時間は過ぎる。上機嫌の瀬川さん。

今もしかして暁都さんと紫乃さんが…って思うと気が狂いそうだった。

 

その不安でなのか明け方、ほんの少し夢を見た。

家に帰って、玄関を開けたら女モノのヒールの靴が暁都さんの靴と並んでる。

そして部屋を見ていくと、寝室のベッドで2人が寝ている。ベッド脇には女物の下着が落ちている。

前の彼氏、辰也の浮気現場と同じ…イヤだ!!!って悲鳴で僕は目覚めた。最悪な夜明け。

 

翌日早朝。僕はホテルを走り出して猛ダッシュで駅に向かっていた。

僕の拘束を解いた瀬川さんは追ってこなかった。大人しく僕に突き飛ばされて、そのまま僕が部屋を出ていくのを見送っていた。

『頑張ってねえ』

って意味深なセリフが頭ん中を駆け巡る。

何なんだ…一体何なんだ!?

くそ、くそ、くそ!

 

走りながら暁都さんに電話をかけるものの出ない。何より気がかりなのは、昨日のある時点からメッセージが途切れているということ。

…そんな…まさか…まさかだよね!?

 

僕は焦ったくも電車に飛び乗った。不安で頭が爆発しそうだ。神様…どうか…どうか!!

 

地獄の様に長い時間をなんとかやり過ごし、ようやく自宅前についた。

玄関のドアに手をかける。心からドキドキしながら勇気を振り絞ってガチャ、とドアを開けた。

 

靴が二足並んでいた。
暁都さんの靴と・・女性モノの靴。見覚えがあるヒール。

こんな朝早い時間に女モノのヒール。

え…うそ、まじ…?

心臓が哀しく激しく波打った。
それは全くあの日と同じ光景だったのだ。

僕の元恋人・辰也と浮気相手の女を、出張帰りの朝に部屋で見つけたのと同じく…。夢と同じ。

 

いやだ、こんなの決まっている。

 

神経を研ぎ澄ます。物音や声は聞こえない。

そうさきっと相手に突然押しかけて来られて、コーヒーでも一緒に飲んでるだけと自分に言い聞かせる。

じゃあ何で何も物音すら聞こえないのだろう?

 

****

 

心臓が飛び出そうなくらいにドキドキしながら居間のドアを開ける。…誰もいない。え、靴はあるのにここにいない…?

ということは…

シャワー室もキッチンも色々見てみたけど、いない。やっぱ寝室しかない…?

 

そんな、いやまさか。暁都さんに限ってそんなことはないさ。逃げ出してしまいそうな中、僕は寝室のドアを開けた。でももし2人、ベッドインなんかしてるところ見たら僕は自分がどうなってしまうのか分からない。

神様どうか…!

そう思いながら寝室を確認する…。

 

ベッドには誰もいなかった。

え、暁都さんはどこ…そう思って視線を巡らすと彼はベランダにいた。整った綺麗な横顔。だけど見たことのない厳しい瞳でじっとどこかを見ていてまるで知らない男の人みたいだった。こちらには気づいていない様子だ。

何を考えているの?

昨晩もしかして紫乃さんとベッドを共にしたことを思い出している?
僕をどう振ろうか考えている?

だから連絡が途絶えていたの?

いや、そんな人じゃない!

勇気を出してベランダの方へ向かった。コンコン、と窓を叩く。ハッとしてこっちを振り向いた暁都さん。厳しい表情は一転緩み、ホッとした安堵の顔へと変わった。

 

そして僕は聞いた、一体昨日の夜に何があったのかー…。

「昨日の夜。たっくんから連絡が夜以降途切れたろ。それで俺はいてもたっても居られなくて君のいるホテルに行こうかと思ったんだが、その時ちょうど紫乃が来たんだ。

うわ、最悪なタイミングで来るなよと俺は追い返そうと思ったんだが、青い顔して『助けて!』って俺になだれ込んで来てな。

さすがにちょっと様子がおかしいと思って、まあ家に入れた訳なんだよ。ぶるぶる震えてるし。

んで何があったのかって一応聞いたんだ。そしたら俺ん家に来る途中、暗がりを歩いてた時にまあその…要は妙な男に絡まれて非常に怖い思いしたと。一応美人だからね。

あの感じからして流石に嘘をついてる感じじゃなかったし。

俺をストーカーするからだろって嗜めて、一応警察には届けてやったんだけど。

何かその後1人で家に帰りたくないだの怖いだのゴネられてな。いや子供はそもそも大丈夫なのかよって言ったら実家に預けてるから、とか。でも私自身は実家には入れてもらえなくて…とか。

朝になったら帰るから今日はどうしてもこのまま泊めてくれって言われて、それは無理だって押し問答してたんだよ。
んでその最中に紫乃のハンドバッグが床に落ちてさ。睡眠薬とか精力剤だのゴチャってで出てきたんだよ。

あー、こうやって家に無理に泊まって既成事実を作る気だったのかって悟ってさ。もし一歩でも油断してたら俺はどうなっていたか。心底ゾワついた。たっくんはきっと俺を許さない。俺だってそんな俺を一生許せない。たくみを失って俺はひとりだ。

俺のなかの何かが切れた。

一度は結婚した仲のオンナに、俺はそんな風になって欲しくなかった。まあ随分金に困ってるのかしれないが。じゃあだったら俺が大昔やった指輪でも何でも売れよって言ってやって、タクシーに乗せて実家に押し返した。子供さっさと迎えに行ってやれよってのもあって。

あれだ、紫乃の靴が玄関に残ってたのは、帰りたくないってゴネる紫乃を担いで無理やり運んでったからだ。

俺は紫乃に去り際言ったんだ。もう俺たちの前に現れるなって。次は本当に警察呼ぶからな、そしたらお前、犯罪者だぞもう次は本当に容赦しないからなって。メディアで喋っても良い。俺の知名度知ってるだろお前随分暮らし辛くなるぞ。子供だっているんだろって。これ以上俺をがっかりさせないでくれ、せめて子供に向き合って生きてってくれ!って。そしたらさすがに黙ったよ。

まあもうさすがに紫乃は俺たちの前に現れないだろう。だからさ、たっくん。もう安心してよ」

そんなことがあったんだ…。

僕も瀬川さんとの間にあった昨日のやりとりを全て話した。

「たっくんかわいそうに…!そんなことがあったんだな。いやな、紫乃が俺のスマホを叩き割ったもんで、連絡できなかったんだ。

たくみを迎えに行かなきゃならん、と言ったら俺から携帯を取り上げて床に叩きつけたんだよ。スマホがなけりゃ場所が分からない。だから俺は家で待つしかなくて…俺は生きた心地がしなかった。

たっくんの身に何かあったら俺は…生きていけそうもない。たっくんの貞操が無事でそこだけはなによりだが…。

まあでも、いつの間にか紫乃と瀬川のおっさんは裏で繋がりが出来ていたんだな。そしてたっくんと俺が離れ離れになるタイミングを押さえていた。身体を張ったアタックをかけて俺たちを破局させたかったのだろう。

悪運強いことに妙な男のおかげで紫乃はかえって俺の家にも上がり込めた訳だ。やっかいな2人組だったな…まあ瀬川のおっさん対策はまた別途考えなきゃな」

「そうだね」
「たっくん。とにかく紫乃はもう来ないから。ごめんな、色々」

「ううん…でもさ暁都さん、お家は?後継者問題あるって」

ずっと気掛かりだったこと。気まずそうに暁都さんは頭を掻いた。

「そのことなんだけど。実は数日前にもう親にバラしてるんだ君のこと」
「え!?」

ごめんねえと笑った暁都さん。

「女性と再婚して後継を、だなんて俺には無理なんだ。だからもう堂々と開き直ることにした。俺にはたくみがいるってな。だからさ、今度来てよ。俺の実家に。遺産相続なんて知らん全部どっかに寄付でもしろって言ってやるさ。まあダメって言われたらその時は駆け落ちでも何でもすれば良い。ロマンチックだろう?」

「暁都さん…」

「どう?嫌?」

僕の頬に添えた手に、僕も自分の手を重ねた。

「もちろん。どこでも着いてくよ」

「…良かった…。ホント。たっくんならそう言ってくれるって信じてたよ」

でもきっと内心では不安だったんだな、暁都さん。僕がどこでも着いてくなんて言うか。

「さ、そんなことよりさ。たっくん、コーヒーでも飲もうよ」

暁都さんは僕を抱き寄せキスをした。

「旅行の準備もしなきゃだしね」

僕は微笑み返した。

僕らの間にはやらなきゃけないことがある。一緒にやりたいことがある。乗り越えなくちゃいけないことがある。まだまだこれから沢山。

でも暁都さんと一緒だったら何でも乗り越えられる。僕らはそう確信している。信じてるからお互いにずっと。

 

 

続く

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