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【doll番外編】頼むからこれ以上モテてくれるなお前はもっと地味でいろ

「忘れもんないか?あお」
「うん」
「じゃ、エンジン入れるよ」

ほらよと渡されたヘルメットを被る。

「お手数おかけいたします…」

まあそうだな、と苦笑して亮はバイクのエンジンを入れた。走り出した中型バイク。

大学へは電車で行ってたんだけど、最近僕がたびたび痴漢に遭うようになったんで、亮がわざわざバイクの免許を取ってくれたんだ。

だから大学行く時、大体いつもバイクに2人のって出かける。

どこまでも頼りになる彼氏、亮。その背中にありがたく今日も僕は身を寄せている。

 

 

『変態ミックスベジタブル』

 

 

亮と並んで歩く構内。チラチラと意味ありげな視線を時折浴びる。ちょっと気まずい僕。

理由は亮。同性の恋人がいるってちょっと前にゲーム雑誌のインタビューか何かで答えたから。

『何でバラしたの!?』
『俺が言いたかったから。何でダメなの?』

かつてそんな風に家でちょっと揉めたりもした。気持ちはありがたいんだけどさ。

亮が僕みたいなのと付き合ってるって、周りにバレたくなかったんだ。亮はカッコいいから。釣り合わない、ありえない、って周囲に叩かれでもしたら『そうだよね』って納得しちゃいそうな自分がいた。

だから『誰と付き合ってる』ってところは流石に内緒にしてもらってる。亮がちょっと傷ついていることには僕も気づいているけれど。

 

「あ…ごめん」

2人っきりでいる時みたく、無意識に僕の腰を抱こうとして亮はその手を引っ込めた。

表向きこうしてただの親友として歩く。そんな日々。

 

 

昼休み。一緒に食堂でうどんを啜る。

「あお。俺さあ、今日イベントあるから先にちょっと抜けなきゃいけなくて。帰り送ってやれないんだ。気をつけろよ」

「うん」

前に僕に電車で痴漢した相手をとっ捕まえ、ブチギレて容赦ない膝蹴りを入れた亮。殺しちゃうかも!?と思って慌てて僕が割って入った程。

警察を待つ間に駅の小部屋で犯人から話を聞いていた時。

『葵くんが僕を呼んでいた。助けを求めていた!』
『んな訳あるか!!!!!』

そう言って拳を机に叩きつけて、机ひん曲げたのも亮。瓦だったら15枚くらい割れてる感じのやつ…。

まあそんなこんなで痴漢を警察に引き渡し、一安心と思っていたんだけど。またしばらく経って、駅で今度はまた別の人にややこしい声を掛けられた。

『きみかわいいね、名前は?いつも見てたんだけど』

一見普通のサラリーマンの人だけど、いつも見てたって何…?

えっどうしようって思ってたら、亮が割って入ってくれて『あんたに教える義理はない!』って追い返してくれた。

 

僕は首を傾げた。何と言ってもトップオブ平凡の僕。

『何で急にモテ出したんだろうね〜?』って亮に冗談半分で言ってみたら、『こういうことする回数増えたからじゃない』って組み敷かれてドキッとした。ふいに始まった蜜月。やだ、だめって言っても亮は許してくれなくて…。

いやでも真面目な話。あんまり大声で言えないんだけど。亮とその。恋人だから。イチャイチャもよくする様になった。空手やってたから体力有り余る亮。その、毎日の様に求められてる内になんかフェロモンの様な何かが出るようになったっぽい。こんな僕でも。

「実際あお、色っぽくなったよ」

真面目な顔してそう言われて僕はどぎまぎするばかり。色気ある美男なのは亮の方だ。ああ、今朝だって…いやいや、まあ、それはさておき。

ちょっとは色っぽくなったらしい僕は、なんやかんや知らない人から話しかけられる回数が増え、男の人から『ファンです』って謎の手紙をもらったりして、大層亮に心配をかけた。

 

だから亮は超スピードでバイクの免許を取り、極力移動は2人っきりでする様になったんだけど。

 

今日みたいに、どうしても亮と一緒に帰れない日もあるので、僕としてはどうか何もありませんように!と祈るばかり。ってこと。

 

亮のいない帰路だけど、結局何事もなく無事に自宅マンションについた。亮の分も夕飯を作って、1人で食べて、今日は帰り遅いという亮よりも先に寝ることにした。

ひとりベッドに潜り込む。スマホちょっといじって、亮とLINEのやりとりしたりした。電気を消す。その後すぐに睡魔は訪れた。

 

それは深夜12時頃だったろうか。暗闇の中、ガチャリと小さく小さく玄関の扉が開く音が聞こえた。あ、そういえば鍵今日ちゃんと閉めたっけ…?閉め忘れたっけ…?

亮帰ってきたのかな。でも眠い僕はそのままベッドで寝転んでいた。

キシ…と廊下の床の音が鳴る。そうっとそうっと歩いているみたいだ。亮ってばそんなに気にしなくて良いのに。

その内寝室来るかな?と思っていたんだけど、しばらくたっても物音がほぼ何も聞こえない。5分程経った。

スマホでも見てるのかなあ?まあダラダラしたい時あるもんね…そう思ってまた寝ようとした時。

 

ガチャと明白に玄関の鍵が開く音が聞こえた。

ただいまと小さな亮の独り言も。

え…?

ドキドキと心臓が鳴る。え、何、どういうこと…?

そのうちカチャ、と遠慮がちに寝室のドアが開いて、亮が顔を覗かせた。廊下の灯りが差し込んできていて…

「っりょ、亮っ!」
「あお、起きてたのか」

「いっいつ帰ってきたの!?」
「今」

!!!!!

「さっきじゃなくて!?」
「はあ?」

怖がりな僕は心臓を何かに掴まれる思いでベッドから走り出て亮にしがみついた。

「ささ、さっきこの家に誰か別の人帰ってきたよ!!!?」
「何!?」

亮は次々と家中の電気をつけて部屋を調べまわった。

「誰だ!!!人ん家勝手に入りやがっ…
!!!!」

リビングの机にそうっと置いてあったのは、亮と僕の写る写真が真ん中から引き裂かれていたもの。それと謎のDVD。

リビングのカーテンが、風に少し揺れていた。

ここ3階…

慌ててベランダ下を覗く。誰もいなかった。

***

その後リビングもトイレもお風呂も念入りに探したが、犯人はいなかった。

DVDを見るか迷って、亮だけチェックしてくれるということになった。

『あおの目に変な映像は入れられない。エグいモノを見るのは俺だけで充分だ』って。

DVDを持って1人別部屋のPCで内容を確認しにいく亮。パタンと扉は閉じた。

うう、ありがとう。いつもごめん大変な役回りばかりさせて…。

ソワソワと待っていたら。

突如何とも言えない亮のギャアみたいな喚き声が聞こえた。

えっな、なに!?

それでしばらく待ってるとぶっ殺す!!!みたいな亮の叫び声が聞こえて、それからバターン!!!って亮は扉開けて出てきた。

「な、なに!?どうしたの!?!」
「あお、こっちだ!」

ダダダって走ってって、亮は寝室の部屋の隅っこの棚を探った。

「ねえ、何、どうしたの!?」
「あお!俺たちのこと、盗撮されてたんだ!」

部屋の隅から出てきたのは小型カメラ。

 

 

「すまねえあお、俺が一緒にいながら…ちくしょう!!!」

「や、や、しょうがないよ、あんなの分かんないって!」

僕らは誰かに寝室の様子を撮られていた。

アングル的にはモロ写りではないものの一部は見えちゃってる的な。ヤバい部分は写ってはいないけど。でも声は入っちゃってるらしく…!

「ちくしょう!ちくしょう、ちくしょう!俺のあおを!!」

しかしブチギレの亮。
ここに犯人がいたら本当に殺人現場と化していたであろう。

 

警察に届ける、ってなったんだけど。例の証拠物は届けないでおこうということになった。

やっぱやじゃん、僕らのあれこれを誰かに知られるのってさ…。

 

 

ストーカー男を捕まえて俺の手で殺してやる!と息を荒くする亮を僕は止めることなど出来なかった。

しかしブチギレてはいても頭の中は冷静な亮。

「業者に頼んで家中捜索してもらったが他にカメラはない。鍵も交換した。複製しにくい鍵を追加でつけた。これでひとまずは安全だろう。

引越しするのはムダだ。どうせバレる。それに引越しを敢えてしないほうが犯人を捕まえられると俺は思う」

「な、なるほど…?」

警察の人も24時間365日体制で張り込みをしてくれる訳でもないので、頼りになる亮が側にいてくれて心底心強かった。

「犯人は必ず来る。もう一度どこかのタイミングでお前を狙いに。次の狙いはきっとその身体だ」

亮の言うことは外れない。今までの体験から良く分かっている。亮の切れ長な瞳。僕は頷いた。

亮の言う通りの作戦を決行だ。

***

とある日の夜。バタバタと走りながら1人マンションの自分の部屋に向かう。手には大量の荷物。

帰る途中、たまたま出てきたマンションの隣の人にすれ違う。こんばんはあと挨拶した。

「荷物随分多いねえ」
「いやー、友達が旅行行っちゃっていなくて。買い物1人だと大変ですよお」

なんて世間話をした。

そしてよいしょよいしょと部屋に運び入れ、バタンと玄関の扉を締めた。ウッカリのフリをして鍵はあえて閉め忘れておく。

亮はいない部屋。深夜12時ごろに寝室の電気を消した。

 

すると…

しばらくして玄関扉がカタン、と開く音がした。

ひたひたと音もなく忍び寄る誰か。

こわい、亮…!ベッドの中で身を固くする。

 

きし、きし…とこっちに忍び寄ってくる音が聞こえる。亮!!!!

がさ、とベッドの布団にそいつが手を掛けようとしたその時。

ダッダッダ!と誰か走ってくる音が聞こえた。

「待てよ!!!」

亮だった。猟犬の様に犯人に吠えるとそのまま掴みかかって押し倒した。暴れる犯人を押さえつける。

「てめえ、ツラ見せやがれ!」

マスクで顔を隠している犯人のマスクを剥がす。

出てきたのは、マンションの隣人。さっき会話した人。よくこんにちはと挨拶をする人だった。

「今までのお返しだ!」

亮は正拳突きを入れ、相手を失神させた。

 

こうして現行犯としてストーカー男を捕まえた亮。男は罰せられ、このマンションを去ることになった。

僕を狙った犯行動機は、『いつもかわいく挨拶してくれていた。ここのところ色っぽい眼差しを向けられて我慢できなかったから』とかなんとか…!

***

平穏の戻ってきた亮と暮らす家。しかし腕組みをして仁王の様に僕を見下ろす亮の前で僕は小さくなっていた。怒っててもイケメンだねとか言ってる場合じゃ、ないよね…さすがに…あは、えへ…。

「あお。分かってるのか」
「はい…」

「お前はな。愛想が良すぎるんだ」
「すみません…」

「最低限の挨拶で良いんだよ挨拶ってのは。何で可愛くニコとか笑っちゃうんだお前は!」
「気をつけます…」

はあと大きくため息を吐いた亮。

「まあ捕まって良かったぜ、本当…」

 

亮は最初からストーカーはこのマンションの近隣住人だと考えていた。

亮が不在で僕だけがいるタイミングをリアルタイムに正確に知れるのは同じマンションの近隣住人くらいだと。

『マンションてのは歩けば物音がするだろ。俺と葵が朝一緒に出て行ったのに、帰りは1人分の靴音しかしなかったらそれはどちらかが不在だと分かる。

そこで寝室のカメラを確認すれば、部屋にいるのはどっちなのかも分かる。

俺という番犬がいない潜在一隅のチャンス。しかもラッキーなことにあおはあの日鍵をウッカリ閉め忘れていた。

最初から襲わずにあんなことをしたのは、驚かせて怖がらせたかったからだ。そういう反応も見たかったんだろうよ変態だからな。

そしてリビングに悪戯したあと、ベランダつたって逃げた訳だな。

しかしマンションの管理維持の業者のフリしてウチに堂々忍び込んでカメラ設置とは恐れ入ったぜ。ごめんなあお、守り切ってやれなくて』

そう頭を下げた亮を、やめてと止めていた。

犯人のメドも、犯人のおびき出し方も完璧だった亮。亮のおかげで僕はここにいる。

 

しかし…

「ウツクシすぎないから却って良い?スレてないおぼこさが良い?安心感が好み?しかも最近ぐっと色気が増してきてたまらない?俺みたいな感性のやつが他にもいるとはな」

ブツブツ言う亮。

「えっ何?」
「こっちの話だ気にするな。まあとにかくだな」

僕の髪をそっと漉く。ドキッとした。

「これからは髪は伸ばしっぱのボサボサでいろ。顔も洗わなくて良い。目やにでもつけておけ。何週間も洗っていないくさくさの服を着ろ。外でピクリとも笑うな。壁に向かって突然話しかけろ。とにかく手も握りたくないおぞましい感じであれ」

「やっやだよ!!!?」

「その『やだよ!』も禁止や!!!黙れかわいい声を出すなやアホ!!!!」

突然ブチギレた亮。やばい地元の関西弁まじりでキレ出す時本当にやばいとき…!

「だって!?壁に向かって突然話しかけるとか電波じゃん!!!」

「ええやろ電波ならさすがにストーカーも湧かんわ!!!いっそ壁に向かって笑え爆笑しろ!!!!」

「やだ!!!!!」

「やれや!!!!!!!!」

「やだあ!!!!!!!!!!!」

 

不毛な応酬はその後も続き、僕の悲鳴じみた『やだあ』がマンションに響いた。

 

 

その後。

なんとか『おぞましい葵化』の難を逃れた僕。

いや正確には難を逃れてはいない…。

 

とある日の駅の改札前。

「そんじゃな。ゲームの試合終わったらまた連絡するわ。防犯ブザーは常に手に持っておけよ」

はいはいと僕は頷く。

「行ってらっしゃい」

じゃと逃げようとした僕の首根っこを亮は捕まえた。

「何をサボろうとしとんじゃ」
「うう…こわいよう…ヤクザ…」
「ほら早く、あおちゃん」

ニヤニヤ笑いの亮。

うう…ううう…でも言うこときかないと許してくれないし…

僕は精一杯勇気を出して、亮の服の首んとこを引っ張った。

そして男前なその顔に、そっとキスをした。

きゃ〜っていう女の子の声が遠くで聞こえた。すいませんすいません変なもの見せて…。

調子に乗って舌入れてこようとする美男を突き飛ばした。

「ま、良いでしょう。合格」

ぺろ、と唇を舐めて見せた亮。

うう悔しいようカッコいいよう。こんなにイラ〜ッてしてるのに…!

ダサくなるのと引き換えに亮が突きつけてきた条件は、とにかく外で亮にキスをすること。(あとむやみに笑顔で人に挨拶しないこと。)

キスの件は、彼氏とアツアツですよってのをアピールすればストーカーも引くであろうと彼は言う。『俺はイケメンだからストーカーも萎えるだろう』とかなんかしゃあしゃあと…!

『それでもストーカーが湧いたら俺がまた何とかしてやる』って言ってくれてさ。それはありがたいんだけど。

キスは大学でもやれって言われて否応なしに僕らの関係もバレたし。『そうだと思ってた』って色んな人に言われてさ…まあでも祝福されてるし、良いんだけど…。ひたすらに満足気な亮。

でもなんか、うまいこと言いくるめられている様な気がしてる!

僕はマスクを取り出した。きっと真っ赤な顔してる。そんな顔して帰るの恥ずかし過ぎたから。

 

 

 

end

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