お互い何も切り出せないまま、マンション下までついてしまった。今日は早めに来たエレベーターの中でも無言。
僕らの部屋の階について、廊下をとぼとぼと暁都さんの後ろをついていく。そういえば暁都さんが先歩いてく後ろ姿ってあんまり見ることないなあって今更ながら思った。いつも隣にいてくれるから。まだ短い付き合いだけど。
こういう距離が空くのは哀しい。暁都さんとそれ違いたくない。そう思ったら走り出していた。
「!」
ドムっと後ろから抱きついた。
「暁都さん。喧嘩はやめよ。部屋でちゃんと話そうね」
「あ、ああ。俺からも今そう言おうと思ってたところ。気が合うね、やっぱ」
ははと笑って暁都さんは僕にそっとキスをした。
廊下には誰もいなかったし、部屋の前には今日は待ち伏せ人は誰もいなかったけど、別にいても
見られても構わなかった。
機嫌良くマンションの扉を開けた暁都さん。
「マンションの廊下で抱きつかれるなんて嬉しいな〜♪」
家に入るや否や、いつも通りのちょっとお調子モノの暁都さんが自身を取り戻した。
「いやー、もっと渋ってみれば良かった。そしたら廊下で×××とかしてくれたかもしれない♪」
「もう黙って」
ご機嫌な彼に、僕はテーブルにおいてあったオレンジを投げつけた。ひょいと軽く避けられた。
「改めましてかんぱ〜い」
カチンとグラスを合わせる。さっきのお店であんまり飲めなかったからね。飲み直しってことで。
って思ってたら暁都さんがグビグビと赤ワインを飲み出した。
「えっそういうペースで飲む飲み物だっけ!?」
ぷはあとグラスから口を離す。
「はあうめえ〜!そりゃおかわりい!」
グラスに注ぐどころか、ワインボトルからラッパ飲みでグビグビと飲み始めた!
「暁都さんどうしちゃったの!?」
上品な彼がこんなの本当に珍しい!小さなワインボトルだったけど、一気に飲み干した!
「えええええ!?大丈夫!?そんな一気に飲んで!?」
「ん〜?俺は酒強いから大丈夫よ。・・おりゃあ!」
そして僕の膝上になだれ込んできた。ぐりぐりと僕の太ももに額を擦り付けた。それからがっしりと僕の腰に腕を回した。
「あああ〜!俺はあもうたっくんに嫌われちゃったかもしれないと思ってずっと気が気じゃなかったんだああああ!『やばい 記憶 消す 方法』で今日はずっとググったりしてたんだあああ!」
それはあまりに必死な告白だったので、何なのそれとツッコみは控えた。
受賞作家なのに時にそんなトンチキなことをしてしまう暁都さん。
「俺はたっくんに見捨てられたくない!!嫌われたくない!!!だらしない男と思われたくない!!!!チャラチャラしてても根は真面目なおじさんなんだって知ってて欲しい!!!」
おじさんで良いんだ・・?
「俺は傷つくのはもう真っ平なんだ!世の男は浮気したがりだが俺は違う!浮気はするのもされるのも俺は無理なんだ!!!なのに・・」
突然グスッてやられてびっくりした。
「たっくんには瀬川のおっさんが。俺には紫乃が。何でなのか同じタイミングで現れる。ごめんなあたっくん。あんな場面見せてしまって。俺がもっとあの時紫乃にキツく言えてたら。でも女性にキツく言うのはどうにも性に合わない。傷ついた顔させるのはどうにも居た堪れなくて我慢ならん。俺はどうせフェミニストまがいのクズ野郎さ」
ズキンと胸が痛む。暁都さんだって辛いんだ。根は優しい男性だから。
「そんなことないよ。自分を責めないで・・」
そっと頭を撫でた。ウェーブがかってちょっとわたあめみたいなふわふわな髪を。きっと彼の心根も元はこんなふうに柔らかくて傷つきやすいのかもしれない。
「俺はちなみにたっくんが瀬川のおっさんやら元彼のなんだっけ名前忘れたあの男、頬にでもキスされたら絶対許さん。奴らの身体を半分にちぎってやる」
ケンタウロスみたいな表現だけど、でも何か血の池の上でそれをやってる暁都さんの姿はわりとイメージ出来た。
「もう誰も彼も俺たちのことは放っておいてくれ。ハッピーエンドにしてくれえええ・・俺がこの恋物語の作家だったらもうめでたしめでたしで〆るのに。なあ・・たっくん・・」
甘えたがりで寂しがりで本当はちょっと怖がりの暁都さんがかわいくて、僕はそっと抱きしめた。
「僕も同じように思ってたよ。皆放っておいてくれって。まあさ、元妻からのほっぺにチュウは確かに効いたけどさ。でも暁都さんを嫌いになったりしない。嫌いになれる訳ないじゃないか」
「うう・・」
こんなにひたむきに僕のこと好きになってくれる人のことをさ。
「それに話〆られたら僕は困っちゃうよ」
「え・・?」
「こういうことがもう出来なくなる」
顔を仰向けさせてキスをした。
お酒は確かに強いけど、でもちょっと飲み過ぎだった暁都さんはその日、欲望を剥き出しにした。
好きだも愛してるも散々聞いてきたけど、その夜聞いた言葉は本当に心の奥から取り出したばっかりの熱の籠ったものだった。熱くてどろどろしていて、人間暁都の一番彼らしい部分。最後に強く抱きしめられて言われた絶対離さないって言葉は、見えない鎖になって僕に絡みついた。
その日の夜中・・ベッドにて。
「そういえばさあ、今度旅行でも行く?俺、たっくんと色んなとこ行きたいな・・」
「あ、良いねえ」
どこ行く?なんて幸せな会話のキャッチボールをしながら僕らは眠りに落ちた。
行き先は決まっていない。途中で落ちた会話のボール。でも良いんだ。またいくらでも拾ってまたお互い投げ合えるから。
その週末。僕らは久しぶりにデートをした。と言っても街をただぶらぶら歩くだけなんだけど。最近忙しかった暁都さん。なかなかゆっくり出かけられていなかった。
服だの靴だのを見て、日用品を買い足して。僕も随分この街に慣れてきた。最初は失意のどん底でやってきたこの街。
「あ、暁都さん。そういえば朝のパンがもうないよ」
そう言っていつものお気に入りのパン屋さんへ向かおうとした時。
横断歩道を渡っていたその時。
あれ?って思った時にはもう通り過ぎていた。
振り返る。人混みの中にもう消えていた。
「たっくん!赤になっちゃうよ早く!」
そう手を引かれて走り出した。
こういうどさくさ紛れで手を繋げることにほんのり、いやかなり嬉しくなってワクワクしてしまってさ。
僕は見逃していた。
瀬川さんと紫乃さんが連れ立って歩くところを。
見間違いだよねって軽く流してた。
本当は見間違いなんかじゃなかったあのふたりを。
続く
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