オメガバース

【stardust#18最終話】本物の番を決める時

※梓視点です。

ひかりが学校からいなくなったと気づいたのは、恥ずかしながら少し経ってからのことだった。

元々喉のことで最近休みがちだったし・・なんてのは言い訳だ。ひかりに教えてもらえないくらい、ひかりとの間には距離が出来てしまっていたんだ。

LINEで連絡を入れようとして・・断念した。
『今さら何?』ってひかりの呆れた顔が浮かんだから。

たまらなくなって夜、雨宮先生に電話で聞いた。そのフェロモンに囚われまいとする姑息さからだった。

『星屑くんは1ヶ月間学校お休み中。・・ただし相部屋の高崎君と一緒にだ』

含みのある言い方に肌がぞわと粟立った。そんな、まさか!

『・・ま、もっと教えて欲しかったら明日僕の家まで来てよ』

俺が反論する間もなく、ブツリと電話は切れた。

家って、嘘だろ・・。

窓のブラインドの隙間から星降る夜を見上げる。

・・ひかり、今どこで何してるんだよ。
この星空の下、俺じゃない別の誰かといるっていうのか・・。

 

 

『stardust』

 

 

翌日。生憎の土曜日で、俺は先生の家を訪れようとしていた。行こうとしたら行けるんだから、参ってしまう。

バスに揺られながら考える。

・・ひかりのこと聞いて、結局俺はどうしたいのだろう。

戻ってこいよっていうのか?
俺は雨宮先生を振り切れないでいる癖に?

フェロモンのせいなんだ、許してくれ?
俺が1番好きなのはひかりだ・・って?

馬鹿馬鹿しくって頭を振った。

二股して本命に逃げられた男が言うセリフそのものだったから。

 

 

かなり身構えて先生の家を訪れた。インターホンを押す。

間違いなんかどうか起こしません様に。ヤバいと思ったら自分をぶん殴ってでも逃げなきゃ・・とドキドキしながら先生が出てくるのを待った。抑制剤の束は鞄に入れてきた。

「いらっしゃい」
ガチャリと開いたドア。

飲まれるな!・・と思ったものの。

どういう訳か、今日は先生からいつもの甘ったるい香りが幾分和らいでいた。

 

 

「そこ座ってよ」

今までの淫靡な雰囲気が少しなりを潜めている。

どういうことだ?

「先生・・いつもと違いませんか?」
「やっぱり分かる・・かあ」

先生は少ししおれた様に肩を落とした。

「実はね・・。僕、ヒートもフェロモンも安定しない体質みたいなんだ。普通ヒートってしばらく続いた後、1ヶ月くらい来ないらしいんだけど。

でも僕、強めのヒートがしばらく続いた後、弱いヒートがだらだら続いて、ポツッとヒートない時があってまた強いのが来て・・って感じでさ・・とにかく安定しないんだ。

今日はフェロモンが少し弱い、みたいだね・・」

「何でなんですか?」

「・・病院にも行ってみたんだけど、それが分からなかったんだよねえ」

そう先生は首を傾げた。

でも俺は、先生には悪いが内心ホッとしてしまっていた。
これで先生のフェロモンから逃れられるかもしれない、そう思ったのだ。

浅はかだった。

「あ、まあそれはさておきさ。星屑くんのこと聞きたいんだよね?・・今実はね、高崎くんの実家で療養中なんだよ。最近仲良いみたいだね」

そんな。俺が知らない内に2人がそこまでの仲になっていたなんて。頭を殴られたみたいにショックだった。

「あ、それでね。様子を見に行こうと思って星屑くん達と会う約束したんだ。

これから車で行こうと思ってるんだけど・・灰原くんも来る?」

「い、行きます!!!」

食いついて返事をした。どうにかひかりに追い付きたかった。

でもこの時の俺は甘かった。本当に。

 

 

先生の車に2人で乗った。ナビを入れて目的地へ向かう。

日帰りの予定だけどちょっと遠くてと言う先生。行き先を見て、確かにちょっと遠いなあとは思った。

適当につけた車内のラジオからは音楽番組が聞こえてきていた。

 

最初こそすいすいと車が進んでいたものの、運悪く渋滞にはまってしまった。なかなか進まない車の列に俺は内心焦れていた。

ああ、こんなんじゃ結局今日会えないんじゃないか!?なんて・・。

 

でも揺られている内に、ここのところあまりよく眠れていなかった俺は眠くなってきてしまい
・・

「まだまだ掛かりそうだから寝てて良いよ」

先生のその言葉に甘えて、俺は眠りに落ちようとした。

あと少しで眠りのベッドに着地するというところで、ひかりが好きだった曲がふいに流れてぐうと切なくなり、俺は目を袖で隠した。

 

 

 

気づけば窓を叩く大雨の音。目を覚ますと、まだ車は渋滞の中にいた。随分寝てしまっていたらしかった。

車内では音量を下げて音楽ラジオはずっと流れ続けていた。

目を開けると、日が沈んであたりは暗くなっていた。

「・・やば、すごい寝ちゃったみたいで・・すみません、運転代われなくて・・」

ぼんやりする頭で俺はそうポツリと言った。先生は俺をチラと見て行った。

「いや良いよ気にしなくて」

「・・それにしても渋滞ヤバいですねえ。随分掛かるんだなあ」

チラと俺を見て先生は行った。

「ん〜そうだなあ・・まあこのまま一生目的地に着くことはないね」

「やだなあ、そんな変な冗談言わないでくださいよもう・・」

「だって僕、星屑くん達の所に別に向かってないもん」

そうシレッと言われびっくりして飛び起きた。眠気は吹っ飛んだ。

 

「今何て!?」

「だからあ・・ずっと適当に車走らせてただけだよ今日。大事な話しようと思ってたら寝ちゃうから君が」

お、俺のせいなのか・・!?

「いや先生、降ろしてくださいよじゃあ!訳わからないことしないで下さい!」

「だめ」

ピシリと言われてギクッとした。そして先生は俺はじっと見つめて言った。

「・・今日、フェロモンの話したでしょ。

病院で検査してきたらさ、本当はフェロモン腺に異常があるって言われて・・。

このまま行くと腫瘍が出来たり、フェロモン腺切除になる可能性が高い。

だからなるべく早い内に番も子供も作った方が良いって言われたんだ。

僕には迷ってる時間はないってことさ」

 

ザアザアと窓を叩く雨音。先生の縋り付くような視線に俺は囚われていた。

「番になってくれるって言うまで、解放しない。君がイヤがるから軟禁するしか手がないんだ」

そんな・・

時間が止まった様な車内の中で、音楽ラジオ番組が場違いに明るい曲を流していた。それは今の俺にはあまりに白々しくて・・うるさい、うるさい、黙ってくれよ。

「ねえ灰原くん。真面目な話さ。

君にとっては僕が運命の相手なんだろう?
決まりきった運命を、本当に捨てて良いのかい?

星屑くんが好きって一時の感情だろう?

その選択をしていずれ後悔するのは君だ、本当に分かってるのかい」

 

その時運悪く香り出した先生のフェロモンの香りに俺はたじろいだ。今までで1番の濃い香りの中で、ドクンと心臓が跳ねて視界がぐらついた。

「く・・本当に安定しない体さ、自分でも持て余してるよ本当・・」

先生は淫靡に苦笑した。

 

大雨の中渋滞はまだまだ解消しそうもなく、車はピクリとも動かない・・!

ねえと俺に問いかける唇はひどく蠱惑的だった。『先生にキスをしろ』ってもう1人の俺が俺に言っていて・・

 

今回こそ抗えない・・と思った、その時。

音楽ラジオから聞こえてきた歌声に、俺はハッとして現実に引き戻された。勝手にボリュームを上げた。

儚げですごく優しい声。それに上手い。時折声が掠れるのが少し気になるけれど・・

「この声、ひかりに似ている気がする・・」

「灰原くん!」

「先生、ちょっと今だけ待って下さい!!」

懐かしくて恋しい響きに、俺は一瞬で引き込まれた。ひかりが側にいるみたいで、聴き入った。

徐々に声量を上げていくその声はやっぱりひかりに似て・・いや、ひかりだ!声を取り戻したのか!

聞いたことがないその曲は、もしかしてオリジナルのものか?それになんて美しいピアノだ。耳をすませて歌詞をひとつひとつ拾っていく。

 

・・これ、もしかして俺のことなのか?
そうであって欲しいと願う俺の我儘か?

 

 

心を強く揺さぶる歌声。ひとつひとつに叫ぶような感情が込められていた。

俺は何も言えずに聞き入っていた。

ひかりの心の中を、そのまま覗いてる様な感覚に陥っていたからだ。

 

これがもしも俺宛の歌なら、俺は・・

ぽろ、ぽろりと涙が頬を伝っていた。

 

 

呆然とする程の大きな余韻を残してその曲は終わった。

俺はただただ圧倒されていた。

ひかりの本気の歌声は今まで聴いたことがなかったけれど、こんなに惹き込む歌を歌えるだなんて知らなかった。

 

 

耳を澄ませて歌の解説を待った。

歌っていたのは星屑ひかり。
ピアノを弾いたのは高崎透。

元は高崎の亡くなった番へ向けて作られた曲で、それに歌詞をひかりが書いたらしかった。

 

『ひかりの幼馴染』への想いを重ねたとも・・。

 

 

 

気づけばまたザアアと雨音が耳に入ってきた。ひかりの歌声に集中しすぎて、世界が遠のいていたことに今更気づいた。

ふと見れば、先生も少し泣いていた。

 

「・・先生」

抑制剤の束を出して、バサと鞄の上に置いた。

「なに、これ・・抑制剤?」

「その抑制剤ってアルファが大量に一気に飲むとフェロモンが分からなくなるらしいんです。

オメガが飲むとヒートが消失する。・・高崎が教えてくれました。親が医者なんだって・・」

「そう・・なんだ」

 

信号が変わって車の列がほんの少し進む。

運転にいそしむ振りをして、先生がこの先の話を聞きたくないと思っているのがなんとなく分かった。

しかし車はまた直に前の車に阻まれてキッと止まった。手持ち無沙汰にハンドルを撫でる先生の指先・・。

 

「先生。その抑制剤、飲ませて欲しいんです。俺は自分じゃ飲めなくて・・」

抑制剤の束を俺を先生の方に押した。ぐいと押し返された。

「・・イヤだ」

「ひかりの所に行きたいんです。頼みます、先生・・」

「・・どうしても僕じゃダメ・・?」

震える声で先生は言う。

「俺にはやっぱりひかりしかいないんです。
・・先生、俺のことは諦めて下さい」

俺は頭を下げた。

「良いの?もう戻れなくなるんだよ?後悔しても知らないよ」

「良いんです」

先生にハッキリ言った。

そしたら長い長い沈黙があって・・

「・・分かった」

本当に本当に小さな声で、先生は言った。
それは世界で1番寂しい響きだったと思う。

 

 

 

その後抑制剤を飲むべく、俺たちは手近なビジネスホテルに入った。

先生はさっと抑制剤の束を取り上げると、部屋に備え付けられていたコップに移していった。たぷたぷと溜まっていく抑制剤。

先生はコップを手に取った。俺をじっと見つめている。

「俺が暴れても、押さえ付けてでも飲ませてくださいね」

「分かったよ」

先生は俺を押さえ付けて飲ませようとした。
しかし本能的に拒絶する俺の体。

「大人しく・・して!!」

俺を力ずくでねじ伏せて、先生は俺に抑制剤を飲ませた。

 

多量の抑制剤は即効性があった。あんなに香っていた先生のフェロモンが、みるみる感じ取れなくなっていき・・

「・・どう?」

「何も感じません・・元に戻ったみたいです」

「・・そっか・・」

目の前には随分哀しそうな先生が立っていた。

でも・・

「俺、行かなきゃ」

「待って!・・僕も抑制剤、飲むよ。僕だけヒートあってももう意味ないでしょ」

眉を下げてあははと先生は笑って、俺は心がズキリと痛んだ。そうだ、先生の運命さえを俺は変えてしまうんだ。

 

「僕にもその抑制剤、飲ませてよ。まだまだあるでしょ」

そう言われるのを、感情を封じて聞いた。

僕は残りの抑制剤を見下ろした。コップに移して・・とやって先生に飲ませようとした時。

「あ、ストップ!一つ提案だ。せめてアイスコーヒーにでも混ぜて飲ませてくれない?

・・それじゃあまりに味気ない」

そう言うから、部屋の冷蔵庫に入っていたアイスコーヒーを混ぜた。

これ、と先生に飲ませようとした時。

「・・!あ、もしかして星屑くんて、あの時・・」

「え、何ですか?」

「・・いや、何でもないよ。ちょっとね、大事なことを思い出しただけさ。

そんなことよりほら、早く飲ませてよそれ。星屑くんのところに行くんだろう?

本当の彼らの居場所なら知ってるから、車で送ってくよ」

 

俺は無意識に抵抗する先生を押さえつけて抑制剤の入ったアイスコーヒーを飲ませた。

 

 

こうして俺たちの運命は終わった。

 

◆◆◆◆◆

 

「ひかり!!」

「あ、梓!どうしてここに?」

信じられない思いで梓を見上げた。

夜に突然会いたいって連絡が来て、半信半疑で待っていたら本当に現れた梓。

でもこんな夜中に、どうしてこんなところに?

 

「俺と雨宮先生な、運命じゃなくなったんだよ」
「え、それってどういう・・」

梓から事の一部始終を聞いて僕は心底驚いた。

「そんなことが・・知らなかった・・」

抑制剤にもう一つの使い方があること。
高崎くんが裏で梓に根回しをしてくれていたこと。
梓自身たくさん悩んでいたこと。
そして最後の最後、梓が僕を選んでくれたこと。

辛いのは自分だけだと思っていた。苦しいのも。だけど違ったんだ。

 

「ひかり。俺の本当の番になって欲しい。もう迷わない」

真摯な瞳でプロポーズめいた言葉を向けられ、僕は信じられない思いだった。

目眩だろうか、クラクラする。

「そんな、梓。本当に僕で良いの・・」

「ひかりが良いんだ。ひかりが俺の運命なんだよ。俺はそう決めたんだ」

 

 

そうして僕らは本当の番になった。

梓が僕のうなじを噛んだって形式的なものだけど、それでも良かった。大事なのはお互いを思う気持ち。

僕らは本物の番だ。誰が何と言おうとも。

 

 

 

それから僕と高崎くんは学校に戻った。長期間休んでいた遅れを取り戻すのは大変だったけど、それでもまた音楽を学べるのは嬉しいことだった。

それに前に応募した歌のコンテストでも運良く賞を貰って、色んな所で歌ったりすることが増えた。僕も高崎くんも最近大忙しだ。

 

ただ、学校に戻る人もいれば出ていく人もいて・・。

 

「先生、行っちゃうんですね・・」
「うん。お世話になりました」

雨宮先生は学校を辞めた。海外留学して音楽についてまた学び直すつもりらしかった。

旅立ちの今日、空港に見送りに来た僕。
僕なんかが来ていいのか迷ったけど、居ても立ってもいられなくて来てしまったのだ。

怒られるかと思ったけど、先生は歓迎してくれた。

「先生・・」

きっと僕のこと、恨んでいますよね。そんな言葉が喉奥まで込み上げていた。

空港まで来たくせにもじもじと何も言わない僕にピンと来たのか。先生は言った。

「・・僕ね?星屑くんと灰原くんには出会えて良かったと思ってるんだ。

運命を越える出会いがある・・それを間近で見れてさ。歌のパワーも思い知ったし。

人生に腐ってたのは僕の方だったんだ。

・・良い学びだった。本当だよ」

「先生・・」

大好きな優しい笑みで先生は言った。
こんな時、僕はなんて言い返してあげたら良いのか分からない・・。

「そんな顔しないでよ。僕もあっちで良い人見つけてくるからさ。運命を越えた出会いを僕も掴んでみせるよ。

・・あ、でも星屑くん。灰原くんから僕に乗り換えたくなったら言ってね。飛んでかえってくるからさ」

先生がふふと悪戯に笑うから、つられて僕も笑ってしまった。

ポーンと案内の音声が聞こえる。

「それじゃ行くね」
「先生・・」

最後に、さっと先生は僕を抱き締めた。

「またね、大好きな教え子くん。
・・君はクズなんかじゃない、キラ星だ。ベータのくせになんて周りの批判や抑圧に負けちゃダメだよ」

良いね、とポンポンと僕の背を叩いた。

はいと言うかわりに頷くことしか出来なかった。

ゲートに向かっていく先生。視界がぼやけて何もよく見えない。

だけど、ゲートを通る前に手を振ってくれた先生は、きっと笑っていた気がする。

先生、またいつの日か。

 

 

 

 

ある日の昼、僕と梓は昼食終わりに屋上で話をしていた。

「ひかりのあの歌、良かったよなあ・・」
「そう?」
「今度音源ちょうだいよ。お願い」
「え、恥ずかしいからやだ・・」
「じゃあ歌詞書いたメモでも良いよ」

お願いと梓に抱きしめられてキスされてしまった。でももう拒絶する必要もない。僕らは本当の番なのだから。

 

しょうがないなあと僕は携帯で歌詞を梓に送った。

タイトルはstardust。大事な人にとっての、せめて星のかけらになりたい、そんな気持ちを込めたから。

 

 

stardust
『ずっと大好きな君 ずっと側にいたかった

永遠を誓った
だけど運命を前にあまりに脆くて

君を愛した日々も
君を失い苦しんだ日々も
いつか思い出の中の輝きに変わるのかな

僕もいつか忘れられてしまうのかな
星屑みたいなちっぽけな輝きで良いから、それでも僕は君の心にずっと住んでいたい

せめて君の人生の足元を照らす、輝きのひとかけらになりたい

大好きな君、試練はどうか僕が代わりたい
あったかく寝られますように

大好きな君がどうかずっとずっと幸せでありますように』

 

 

end

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