・・あんな手紙、なんてことないさ。朝方、階段から滑り落ちて天に召される夢を2回程見たけど、僕は別にそんな気にしちゃいない。
手紙でしか嫌がらせ出来ない様な輩に、僕を実際突き落とせるはずないんだから。そうだろ?
朝の登校中。教室へ梓と2人で向かおうとしながら、僕は。
「・・手、繋いでも良い・・?」
キュッと梓の手を握った。即握り返された。
「嬉しい、ひかり・・!」
感動している模様の梓に、ごめんの意図で微笑んだ。
梓に捕まってれば突き落とされないだろうという姑息な気持ちからだった。
怖いもんは怖かった。
『ずっと見てる』
「梓!あっトイレ行くの?僕も行く!」
「お昼食べに行こ梓!一緒に!」
「あっ梓どこいくの!?えっ職員室?ぼっ僕も行く!!」
その日一日、僕は梓に付き纏い続けた。たまたま今日は同じ教室で授業を受ける日だったから。
分かってる。こんなことをして、要は梓のファンの犯人をよりキレさせるだけだって。
でも・・
脳裏に過ぎるのはザララ!っと出てきた虫ピン。手をチクチクと刺す痛み。目を閉じればそれは今でもリアルで・・
誰かに疎まれているっていうのを実感して、僕は怖かったんだ。元から周囲に嫌われてるのは分かってたけど、突き落としたい程だなんて。
でも相手は分からない、その不気味な不安に苛まれていた。
その一方。
「仕方ないなあひかりは・・どしたんだよ急に〜」
ひたすらにデレデレと嬉しそうな梓。胸がズキンと傷んだ。ごめん。そういうことじゃないんだ。・・でも本当は素直にこんな風に出来たら、なんて。
色々思うところはあるものの、梓くっつき作戦(?)が功を奏したのか、その日は結局何もなく無事に授業を終えた。
とりあえずホッとしていた。いやまだ警戒は解けないが。後は帰るだけ。もちろん梓と。
・・ああ、でも疲れちゃったなあ本当。アイツか?いやアイツかもって疑わしい奴多すぎ。帰ったら寝よ。
なんて内心考えながら、夕暮れの廊下を2人並んで歩いていた。
空き教室の前を通りかかった時、梓にちょっとこっち来てよと唐突に連れ込まれた。
えっ何?
ドアを閉めると、キュッと僕の両手を握って梓は真面目に聞いてきた。
「・・どうして今日、急にくっついてきたの?」
「!」
やば、どうしよう。嫌がらせされてるだなんて、絶対言いたくない。そんなことを好きな人に知られるのは、あまりにカッコ悪くて恥ずかしくて、情けなかった。
「いや・・特に理由はなくて・・」
「嘘だ。何か変だったよひかり今日1日。一瞬たりとも1人になるまい、みたいな・・」
うっやばい。
「何か悩みごとでも?」
ぐうう・・!!
「俺に相談してよ。」
無理。なんか、なんか誤魔化せ・・!!!
「・・誰かに何か嫌がら」
やば!!
「す!!!!」
適当に思いついた1文字で割り込んだ。
「・・す?」
「ステキ、かもしれない、なんて・・」
ちょっと目を丸くした梓。
「ステキって?・・俺が?」
「ん、うん!」
誤魔化す様に頷いた。目が泳ぐから、ギュッと目を閉じて言った。
「・・その、明日はまた別の授業だから、今日はちょっとでも長くいたいかもって・・!」
うわー何言ってんだ僕!いやでも嫌がらせされてるって知られるよりマシ!?
「・・・」
何も言わない梓。どうしようステキって言い方がキモかったのかな。
チラと見上げた。狼の様な瞳が見下ろしていた。
「あ、あず・・」
さ、まで言わせてもらうことなく、僕は強くつよく抱きしめられてキスされた。本当に息が出来ない程。それから机に押し倒されて!まるで嵐だ!
「えっ梓、ちょっやめ・・!」
「ひかりが誘ったんじゃん」
ネクタイを解いてワイシャツのボタンを外していく。こんなんじゃあっという間に・・!
「いや、誰かに見られたら!梓!!!」
「良いじゃん番なんだから!!」
その時だった。
ガララ!と無常に扉が開いた。
誤魔化し様のない場を見られてしまった。相手も一瞬固まって、その眼鏡がずり落ちた。
「・・番ごっこも良いけど、ここ校舎だからね。あー、星屑くんは後で職員室来るように」
気恥ずかしそうな相手は、眼鏡を押し上げてそう言った。そして扉は再度バシンと閉まった。
エライ所を見られてしまった、雨宮先生に・・!
『ごめんねひかりぃ』と平謝りな梓に良いよと言って。
僕はものすごく気まずくなりながら、職員室を訪れた。
「雨宮先生・・」
「おっ来たね。・・こっち来て」
奥の小さな面談用の机と椅子でこっそりと向き合って話すことになった。
「校舎でああいうのは禁止って知ってるよね?」
「はい、すみませんでした・・」
「下手すると停学だからね」
「はい・・」
「ベータに好意的じゃない先生もいるからね。今後は気をつけて。まあ見つけたのが僕で良かったよ。・・今回の件、内緒にしておくから」
「せ、先生〜!」
ニコと笑った先生。やっぱり雨宮先生は優しくて天使みたいだ。
「ちなみにさあ、あの子が星屑くんの好きな人だよねえ?前も音楽室来てた?」
「え、はい。灰原梓っていって僕の幼馴染で、部屋も同室なんです」
「内緒にしてあげる分、若者の恋バナが聞きたいな〜♪」
悪戯な瞳に押され、僕はあれこれ梓のことを話した。どういう性格で、好きになったきっかけとか、根掘り葉掘り。
甘酸っぱああい!と楽しそうな先生だった。うう、恥ずかしい・・!
「そういえば、番がどうとか言ってなかったさっき?」
「ああ、それは・・」
仮だけど番って形になってることを伝えた。その経緯もざっくりと。
「仮の番かあ・・。良いねえ。なんだ結構上手く行ってるんじゃん」
「いや、でも・・。所詮僕はベータだし。いずれ梓には本物のオメガが現れるでしょうから。そこまでの関係なんです、僕らは・・」
「うーん、悩ましいねえ・・。まあでもさ、僕みたいにヒートこないオメガもいるし。
灰原くんと運命のオメガも、案外出会えないかもよ?
だから頑張りなよ!良い進展待ってるよ」
ふんわりと笑った先生だった。ううっやっぱり天使だ!
・・雨宮先生ならあの件相談しても良いかも。そう思って、僕は例の手紙の件をこっそり相談してみた。
「えーっヒドイ嫌がらせだね」
「はい、そうなんです・・。それが怖くて、今日は梓に1日くっついてました」
しばらく考え込むと先生は言った。
「・・もし心配だったら、僕の家に住む?僕ん家、車で15分くらいのとこなんだよ」
「ええ!?いいですいいです!悪いし!!」
「いやでも突き落とすとか書かれてんでしょ?」
「いや!!本当大丈夫なので!!!こうして知っておいてもらえるだけで十分です、本当!!あの、職員会議とかでも言わないで欲しいです、恥ずかしいから!」
「でもさ」
そこからは無限の『いやでも』の押し問答だった。お互い譲らず、会話が平行線のまま20分程過ぎた頃。
「・・君、結構ガンコだね。じゃあまた何か怪しい動きがあったら僕にすぐ言いなよ」
先生がため息を吐く。
ということでようやく折り合いがついた。
あっでも!
職員室を出る頃には大分良い時間で。
部屋に戻ろうとして、今日の課題プリントを教室に置いてきたことを思い出した。
慌てて取りに戻り、また寮に向かい階段を降りるところでふと気付いた。
あ、やばい僕いま1人で階段降りてんじゃん。ゾワリと恐怖が沸く。いやまさか。なんて。
その時だった、誰かが僕の背中を押した。
ーーー!!!
僕は階段を滑り落ちた。止まれ、止まれ!!って思っても身体はがつんがつんぶつかりながらも止まれない。
最後、ガツンと硬い床に頭を打った。
バタバタと誰かが逃げていく音だけが聞こえる。
意識が朦朧とする、だれか・・
続く
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