浮気攻め

【浮気な彼氏#10】暁都さんの過去を初めて知った日

朝方、僕は夢を見た。

 

浜辺で誰かを待っている夢。潮騒の音を聞きながらずっと。でも、誰を待っているのか自分でも分からない。ただただ待ち続けていた。

そのうち大雨が降り始め、雷が鳴り始め、嵐の中それでも僕は待ち続けた。しかし悪天候が容赦なく僕を追い詰めていく。

手がかじかんで感覚がないや・・とふと見た手指は赤茶色に錆びていて絶句した。それが一本ぽろりと呆気なく落ちて、思わず金切声で僕は叫んだ。

トントンと後ろから背中を叩かれる。振り返る。傘をさした暁都さんが立っていた。

僕に傘を渡すと、落としたよって僕の指を拾いあげ手を治してくれた。元通りに。

そしてお待たせと彼はニッと笑った。心が跳ねた。そうだ、僕はこの人を待ってたんだと思い出した。伝えなきゃいけないことがあったんだ。

「暁都さん、待ってたんです」
「俺も君を探してたよ、長いことずっと」

勇気を出して言った。

「好きです」
「本当?俺もだよ」
「信じて良いんですよね?」
「もちろん」

ぎゅっと抱きしめられた。その感覚がすごく肌に合った。良い匂いがして、ずっと嗅いでいたいような。

「・・ああ僕、きっとあなたに会うために産まれてきたんです」

だなんて言った瞬間。

暁都さんは砂になって崩れ落ちた。

呆然と見下ろす僕。手ゆびの隙間から砂がサラサラと落ちていく。

 

後ろから誰かが笑う声がした。振り返ったら何故か元彼と、浮気相手の女と暁都さんが立っていて、腹を抱えて笑っていた。ギャハハと面白くってたまらないとでも言うように。

そして笑いすぎて暁都さんは涙ながらに言う。

「俺に会うために産まれてきたとか・・!
君の元彼と俺、実は友達でさあ。お前を騙してただけなんだよね。面白かったよ嘘の告白なんか信じちゃってさあ・・

誰がお前なんか好きになるかよ」

「!!!」

 

そこでハッと目が覚めた。

夢の覚め際に聞いたその一言はあまりにリアルだった。心臓がドクドクと言って今にも飛び出そうだ。瞬きも出来ずただただ天井を見上げていた。

あれは僕の疑り深さが見せた夢なのか、それとも・・

 

 

『夢の続き』

 

 

酷い気分だった。水でも飲もうとリビングへ向かった。

音を立てずに滑り込む。ソファに暁都さんは・・いなかった。

朝陽の差し込むリビングでただ時計の音がカチコチとするだけ。朝6時45分。

家の中をなんとなく探してみてもどこにもいない。玄関に行ったら彼の革靴はなくなっていた。出かけた・・?こんな朝早くから、どこに?

玄関前でじっと佇む。何とも言えない奇妙な不安が頭をもたげた。

僕はまだ夢を見ているのか?
それか暁都さんに騙されていたのか?気が済んで、彼は出ていってしまったのか?

それとも平凡な僕に構う素敵な男性など最初からいなかった?僕は幻を見ていた・・?

不安がゾワゾワと背中を這い上がってきたその時。

「!」

ガチャリと目の前でドアが開いた。

「うおぉあああ!!?」
「わあ!!?」

目をまん丸にした暁都さんが後ずさる。僕も物凄く驚いた。

「びっくりしたあ!何で君そんなとこ立ってんの!?びっくりし過ぎて俺今死んじゃったよ」

「暁都さんこそ!こんな朝からどこ行ってたんですか・・!?」

はあはあと驚きでちょっと息の上がった暁都さんは、手に持ったビニール袋を掲げて見せた。

「散歩。日課なんだよ。おああ、まだまだ心臓バクバク言ってるよ。

・・あとね、朝飯買ってきた。近所のパン屋で売ってるこのアップルパイが超うめえから食わしてやりたいなって思って。一緒に食お」

くしゃっと笑い皺の寄った顔に、ついホッとして。ありがとってビニール袋取りに寄っていったらキスされて、ぎゅうっと抱きしめられた。良い匂い。安心するんだけど、今朝の夢が過ぎって僕はまたひとつ、不安になった。

 

 

コーヒー香るリビング。トースターで焼いたアップルパイのシナモンの良い香りも。
カーテンを開けると海が見えた。

テーブルに向かい合って座って朝食を食べ始める。

「どう?旨い?」
「美味しいですっ。アップルパイ好きなんで嬉しいです」

はふはふと答えた。アツアツ。でも美味しい。

そう良かったと暁都さんはにこにこした。愛でられると照れくさかった。歳上の人と付き合うの、良いなあ・・元彼もこう思ってたんだろうかって思い出して打ち消した。

いや元彼には便利に扱われてただけだからさ。

 

気を取り直して僕は聞いた。

「それで、どうしてこんな朝から散歩を?」

「朝誰もいない海辺散歩しながら小説の中身考えてんの。構成とかセリフとか。やっぱ朝が一番捗るから」

「へえ・・」

「朝イチで構想練って、午前中に執筆作業して、午後は編集と打ち合わせがあればして、それでおしまい。1日中部屋に篭って書くっていうのは俺はやらない派」

初めて知った。小説家してる、僕の知らない暁
都さんがいた。

「ま、それはさておきさあ・・昨日の続きなんだけど」

彼は切り出した。

昨晩の暁都さんの荒い息遣いを思い出す。どぎまぎしてしまった。

「俺、今日散歩しながら考えてたんだけど。君のこともっと知りたいなと思ってさ。抱えてるモノを全部教えて欲しいんだよ。
それに俺のことも知って欲しい。信じて欲しいしいから」

「暁都さん・・」

「って訳でさあ、これから毎日あれこれ話してよ。何でも良いから、君のこと教えて。俺のことも話すから」

テーブルの上、無骨な手が僕の手に重なる。それは良い温もりだった。

 

 

それから僕らは1日、色々話をした。お互い気になることは何でも聞いていいって決まりになったから。ただし答えたくないことは無理に答えなくても良いんだ。

 

僕はずっと気になっていた、暁都さんの過去の恋愛について聞いてみた。

「今まで何人くらいと付き合いました?あ、イヤなら良いですけど」

うう〜ん、と難しそうな顔で苦笑して、彼は話し出した。

「いや言うよ。そうだなあ・・10人ちょっとかなあ?」
「10人!?」
「まあ良い歳だしさあ俺も!そこは許してよ」

いやまあ顔が良くてお金持ってたらそうか。僕なんて元彼を入れて3人だというのに。

「前の人の写真とかは?見てみたい、です」
ぐぬぬ・・と考えて、彼は言った。

「ごめん、写真は残さないんだ。あーでも、SNSとかやってたかなあの子・・?」

彼は携帯色々弄ってからを僕に見せた。

「前一緒にいたのはこういう子だったね。まあでも昔のことだよ」
「え!?すごい綺麗!」

愛嬌ある感じの清楚系美人だった。そのSNSの写真では子供を抱いていた。

「・・別れた理由は・・?」

聞いて良いのかな。でも気になることは何でも聞いて良いって言ってたし・・!

悩んで悩んで、絞り出すように彼は言った。

「・・浮気。俺のじゃなくて相手のね」
「ええ・・!?」
「あ、でも俺別にDVとか何もしてないよ。俺達仲は良かったと思う。何年も付き合ってたんだよ。金には不自由させなかったし、退屈もさせなかったはずなんだけど。

でもさ・・分かんねえもんだよな、本当・・」

「暁都さん・・」

彼は気まずそうな寂しそうな顔で僕の瞳を覗き込んだ。暁都さんもまた、傷ついたひとりだったなんて。

「だからさ、俺。君の気持ちはよく分かるつもり。辛いもんな、本当。だから俺は浮気なんてしないよ」

これ以上は何も聞いちゃいけないと思った。僕は黙って暁都さんを抱きしめた。

 

 

夜。寝室で寝る前まで色々話していた。他愛もないことも。今までよりずっとずっと暁都さんを身近に感じていた。

「そんじゃまた明日」

そう言って立ち去ろうとする彼の手首を、僕は待ってと掴んだ。離れがたかった。

「その・・今日から一緒に寝ましょう?その、ただ添い寝するだけですが・・」

目を丸くした暁都さん。
「リビングだと寒いかもって思って」

僕はほんの少し嘘をついた。ただ一緒にいたかったし、傷ついた人を放っておきたくなかったんだ。

「・・そっか、嬉しいよ」

ベッドに潜り込んできた。腕枕してくれた。

電気を消して、暗闇でふたり。

「・・俺の浮気サレ話、そんな気にしなくて良いからね。もう気にしてないし」
「それは嘘でしょお・・?」
「良いのいいの・・夢だったら良かったってずっと思ってたけど、おかげで君に出会えたし。君が側にいてくれたら良いよ俺は」

そっと暁都さんの頬にそっとキスをした。

「んなことよりさあ・・君は?何か不安なこととかないの?何でも教えてね俺にはさ」

僕は迷ったけど、勇気を出して今朝方見た夢の話を途中までしてみた。

要は、自分の指が錆びて落ちて怖かったのを暁都さんが拾って治してくれたってところまで。

最終的には騙されてたっていうのは、言わないでおいた。傷ついてる人を、更に傷つけしまうから。

「変な夢見ちゃって・・何かイヤ〜な目覚めだったんですよね今日」

「ああだから今日早朝に玄関に佇んでたのかあ君。俺がいなくて不安になっちゃた訳ね」

ふむ・・としばらく暁都さんは考え込んだ。そして僕の頭をそっと撫でて言った。

「・・夢で見た大雨だの嵐だのっては、今まで上手くいかなかった恋愛を表してるんじゃないかな。元彼の浮気とか。まあ大義では人生そのものかもしれないが。

錆びた指が落ちるってのは、さんざん傷ついたことで、自信が今地に落ちてるってことなんじゃない?

君、自分は平凡だし・・って話してたもんね。『どうせ』って思いがあるのかな。

んで、それを俺が拾って治してやるってのは、俺は君にとって多少の救いにはなってるって思われてるってことか?

まあ分かんないけど。だと良いな〜っていう俺の夢占い。

まあそんな不安になるなよ。指が錆びたら何度でも俺が治してやるから。

それに君は自分のこと平凡って思ってるかも知れないけど、俺にとっては特別なんだしさ。それで良いだろ?」

そういってギュッと僕を抱きしめた。暁都さんはこうやって僕に安心をくれる。

「おやすみなさい」

僕も抱きついた。瞳を閉じる。
ふたり慰め合えたら良いな、なんて思った。

 

今朝方見た夢の後半は、頭の中で消去した。暁都さんが僕を騙すことはない、きっと。

元彼との再会の日まで残りあと2日。

 

 

続く

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