その少し長めの前髪から雨水の滴る玲司・・ブルゾンもぐっしょり濡れてる。そういえばいつの間にか外は、さあさあと雨が降っていた。
僕をずっと探してたの?秋の寒空の下。
でも・・
「帰ってよ玲司」
瞳を伏せて僕は言った。まっすぐ見たくなかった。
「・・葵。翼とのことは」
「もうその話しないで!!」
「!ごめん・・でも、話したいんだ、葵と」
「何を!?今更・・!」
その時ふと思いついた。
「そしたらあの翼との写真、いつ撮ったのか言える?それ正直に言うなら話しても良いよ」
「・・・。俺が翼ん家泊まった日。・・俺たちの、記念日。本当、ごめん。」
僕はベチン!とビンタした。
「だいっきらい!!!」
こんなことしたのは初めてだった。
『あなたじゃないと』
「本当ごめん、葵!」
「てか何であんな写真とか撮ってんの!?何の趣味だよ!!」
「俺も知らなかったんだ!翼が写真撮ってたなんて。翼が過呼吸起こして苦しい、ってベッドで休み始めて・・。呼吸がおさまった頃、こっち来て言うから行ったらぐいってされて・・」
思い返せば写真はそんな感じだった気もする。でも玲司がしたくてしたのかもしれない。それは分からない。
「・・あっそ!!でももう、玲司なんか知らないよ!!翼と付き合えば良いでしょ!?ずっと翼が好きで、僕をずっと翼の代わりにしてたんだから!!
僕を翼と似たような髪型・服装にして、本当ありえないから!」
亮が僕の方をバッと振り返った。信じられないって顔してる。そうだよね僕もそう思うよ。
「あお」
「良いの僕が自分で話すから!!」
何か言いたそうな亮を制して僕は続けた。
「僕、もうお人形さんは卒業したの!玲司とも付き合わない!さようなら!」
「葵ごめん!お前のことすごく傷つけて。傷ついてることも気づかなくて。
翼ばっかで、葵を信じてやれなかった。振られて当然だと思う」
「・・・」
そうだよ。もっと早く玲司に僕のこと見て欲しかった。
「それでも・・」
やり直そうとか言う気だと気づいて僕はブチギレた。
「もう翼と付き合いなよ!!話終わり!!もう帰って!!!」
キレ過ぎて涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。顔真っ赤にしながら、ぐいぐいと玲司を玄関まで押してった。
「・・葵!」
明日大学で待ってるから!と言う言葉は、バタンと閉じた鉄の扉に遮られて聞こえなかったことにした。
はあはあと荒い息を吐く。
「あ、あお・・?」
遠慮がちに亮が話しかけてきた。その胸に飛び込んで、僕は泣きたいだけ泣いた。
2人で眠るベッド。僕をよしよしする亮に存分に甘えた。
「・・お人形て。えらい難儀やったなあ。あお・・」
「そ。・・でも僕、取り柄ないしさ。お人形やめたら、カラッポなんだ・・」
「カラッポねえ・・そんなこともないと思うけどなぁ」
プロゲーマーになれる人には分からない心境があるのさ。実際趣味も特技もないんだ僕には。
「・・今度は僕も金髪にしようかな・・。」
「全く似合わないからやめとけ。カツラか、てなるわ」
ひどおい!と僕は少し笑えた。亮は僕をギュッと抱きしめてくれた。シャンプーの香り、亮の匂いに包まれて僕は瞳を閉じた。
大学、明日行くのやだなあ・・。
翌日。大学で玲司に早速捕まった。
何も話すことなんてなかったけど、皆の前で修羅場をするのも嫌だった。
加勢したそうな亮を置いて、僕と玲司は裏庭で話をした。長々話されてはたまらない。先手を打った。
「僕ね、亮と付き合うことにしたよ」
「はぁ!?あいつ、やっぱ葵狙いだったのかよ!」
「良いじゃん、別に!・・僕は亮に救われたんだ」
ぷいとそっぽを向いて言った。
亮がいなければ僕はとっくにボロボロになっていただろう。翼の狙い通りに。
玲司は俯いてハアッとため息を吐いた。
「ごめんな、でも追い詰めてしまったのは俺だもんな・・」
そうだよ。玲司にもっと早く気づいて欲しかった。
「翼とは長い付き合いなんだけど、まさかああいう奴だったとは見抜けなかった。しかもそんな奴と引き合わせてしまって、本当ごめんな、葵。」
まっすぐ僕を見つめた玲司。もっと早くそう言ってくれてたら・・。玲司を嫌いにならなくてすんだのに。
「・・・」
「・・翼の代わりになんてするべきじゃなかった。馬鹿なことした、ごめんな・・」
この人に、僕自身を愛して欲しかった。かつては、心から。
でも翼がいなきゃ、僕に最初から興味なんて持たなかったはずで。その翼に仲を引き裂かれたんだから皮肉だよね・・。
「葵・・好きだった。・・今も。本当だよ」
視線を落とした玲司。こんなしおらしい玲司、初めて見た。その寂しそうな顔は、見てると逆にこっちが罪悪感が湧きそうで・・
そんな顔しないでって抱きしめてやらなきゃいけない気がしてしまう。
もうそんな義理ないはずなのに。
大嫌いなはずなのに、玲司を好きだった自分が心の奥底にいた。
胸がギュウッと締め付けられて苦しい。
その時。ゴーンゴーン!とちょうど授業開始を告げる鐘が鳴った。潮時だ。
「・・もう終わったことだよ。それじゃ
ね」
僕は胸のざわつきから逃れたくて、背を向けて走り出した。
「・・葵!・・ッ」
彼はどんな言葉を続けたかったのだろう。
言葉にならない言葉は、秋風の合間に飲み込まれるように消えた。
哀しげなイチョウ並木の葉が、ただただ風に揺れていた。
まだかまだかと教室で僕を待っていた亮。大丈夫だったよとだけ話した。
もっと聞きたそうだったけれど。
胸のざわつきも苦しさも、うまく説明できる気がしなかった。
午後、ゲームのスポンサー企業と話があるとかで、亮は早びけしていった。亮を校門のとこまで送り、校内をぶらつく。
購買でも行こうかなあ。今日は授業なんてもう、受けたくないや・・。
なんて思いながら廊下を歩いていたら、
向こうから歩いてきたのは運悪く翼・・。男女数人の取り巻きと共に。
我が物顔で校舎を歩く翼。玲司がもう来るな、って言っても聞きやしないんだな。
関わるとロクなことがない。無視して通り過ぎようとした。
「あ!葵!ちょうど良かった、約束の時間過ぎてるのに来ないから心配してたよお」
なんて言われて有無を言わさず僕は連行された。細いくせに力が強いんだ、翼は。
ひと気のない校舎のすみっこの廊下で2人きり。
秋の西日が差し込んで、翼の髪を黄金色に染めていた。それが嫌味なほどに美しかった。
「約束とかしてないけど」
ぶっきらぼうに言った僕に、翼はうっとりと笑った。何の話があるっていうんだよ。
「・・嫌がって怒ってる顔も可愛いんだなあ、葵は。天使みたい」
煽りに苛立ちが止まらない。でも抑えろ僕・・!ここで殴ったりしたらまたどんな噂流されるかわかったもんじゃない!
「僕さ、玲司にはもう飽きちゃったんだよねえ。葵に振られたって聞いて。こんな可愛いかわいい葵ちゃんに振られるなんて、ねえ?」
「全部お前のせい・・!」
血圧が一気に振り切れた。
良い加減にしろと言おうとしたのに翼に封じられた。その唇を重ねられて。
壁に押し付けられて、それはどんどん深くなっていく。手指をギュッと握られて。
翼とキ・・ス・・して、る?僕が?
あまりのあり得なさに一瞬意識が飛んだが、すぐ我に返った。
いや、いや!まじで有り得ないから!!!
ふり解いて渾身のビンタをした!突き飛ばした!!当たり前だ!
体中に虫酸が走り、吐き気がする!
「何してんだよ!!!」
廊下に声が反響した。
どさりと床に尻をついた翼は、頬を押さえてニンマリ微笑んでいる。
「僕ねえ、これでも葵のこと大好きなんだよ?僕が抱きたいくらいに。
取り柄なくて惨めでかわいそうで・・そのくせプライド結構高くてさ。その嫌そうな顔が本当に、本ッ当に最高。他も探してみたけど、やっぱ葵じゃなきゃダメだな、僕」
「おっお前にそんな台詞言われてたまるかあああ!!!」
ブチギレた。こいつと喋ってると頭がおかしくなりそうだ。
「せっかく途中まで良い感じで葵、壊れそうだったのに。亮くんが大分余計なことして許せない。アイツ、葵に随分惚れてるな」
ぎくりとした。
「葵と別れた玲司にもう用はないから・・そうだなあ、次は・・亮くん、寝取ってあげようか。嫌でしょ?」
そう言って地獄の使者はニコリと笑う。
「葵が壊れたら僕がずっと愛してあげる」
そう続けた。
おまえ、何言ってんの?
頭がグラグラする。
亮は、亮だけは取らないで。
続く
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