短編小説

【短編】骨の髄まで大嫌い・後編

彼のおはよう、というたった一言で教室の皆がわらわらと集まってきた。

久しぶりの登校を果たした伊吹。相変わらず天使の様なその容姿。涼やかな声。伊吹はそこに立ちたったのひと声で人を魅了する。

あははと皆と談笑をする伊吹。その側にナイトみたいに寄り添っているのは・・駿。

伊吹を盗られまいとやきもきしたのか、駿は言った。

「伊吹、無理するなよ。まだ本調子じゃないんだからさ」
「分かってる」

ニコと笑って伊吹は駿にキスをした。皆の前で堂々と。カチンと固まった駿。流石に驚いたんだろう。

でも伊吹と駿はずっとこんな調子。僕の目の前で何度もふたりはキスしてる。

 

『大嫌いにさせて』

 

連れ立って歩く駿と伊吹を見て、傷つくのは何度目だろうか?だなんてもう数えるのは辞めた。

事故に遭う前は駿に興味のなかったはずの伊吹。目が覚めてから人が変わったかの様に、駿にくっつくようになった。

事故って感情をひっくり返してしまうんだろうか。それとも事故をきっかけに素直になっただけ?

それかただ記憶が混乱してるのか。僕は最後の案に、いまだ縋っている・・。机に突っ伏す。悲しくなって、目を閉じた。

 

ざわめく教室。でも僕にははっきりと駿の声だけが聞こえる。

あのクールな駿が珍しくあはは、って少し掠れたあの声で笑う声も、伊吹って優しく呼ぶ声も。

 

何だか妙にくっきりと、伊吹と駿が学校で連れ立って歩く様子だけが頭に入ってくる。それ以外の授業だとか、他の友達に話しかけられたことだとか、そんなことが頭に入ってこない。

欲しくない情報ばっかり、せっせと仕入れてくる。言うことを聞かない僕の頭・・。

 

なんとか放課後を迎える。

「瑠璃」

呼ばれてハッとした。伊吹だった。

「皆で一緒にかえろ」

伊吹はそう言って僕の腕をそっと引っ張った。

 

3人ていうのは、伊吹と僕と、そっぽ向いたままの駿・・。

***

僕が伊吹を突き飛ばした、と謎の証言をした伊吹。

だけど伊吹は『瑠璃を許す』と言った。

さらに『瑠璃とそれでも友達でいたい。僕はそれでも瑠璃が好きだよ』とも・・。

 

だから僕ら3人は、いまだこうしてつるんでいる。僕を大嫌いなままの駿、駿を好きになった伊吹、ふたりといるのが辛い僕の、いびつな3人・・。

 

どうして僕といたいの?と伊吹に聞いても『そうしたいから・・』としか伊吹は答えてくれなかった。

いや、そうとしか答えられなかったのかもしれない。

事故の後、伊吹は時折ぼんやりすることがあった。思い出せないことが増えた。パニックを起こすことが時々あった。

どこか変になってしまった伊吹。美しくて危なっかしくて。一層目が離せない存在になってしまった。

それに『瑠璃もちゃんと側にいてよ。3人一緒じゃなきゃ嫌だよ』だなんて伊吹が僕に言ってくるもんだから、そんな伊吹を無視する事も出来ず結局なんやかんやと世話を焼いた。幼馴染が心配だったのも事実だったし。

 

ただしそれは、伊吹にだけとびきり優しい駿と一緒に・・。

駿からは時折刺す様な視線を感じることがあった。

伊吹が僕を『許して』も、駿は僕を許していなかったから。

でも伊吹が僕とも一緒にいたがるもんだから、伊吹のためにつるんでいる、そんな感じだった。

 

伊吹も駿もを嫌いになれたら良かったのに。なのに今まで3人過ごした楽しかった記憶が、僕が伊吹を嫌いになる邪魔をした。

それにひたむきに伊吹を信じ愛し続ける駿が、僕にはやっぱり眩しく見えた。どんなに理不尽な怒りを向けらたとしても。

駿はどこまでも熱心に伊吹の面倒を見た。ひとりの人をこんなに愛せるんだと駿が教えてくれた。

 

じきにふたりはちゃんと付き合いだした。それはあまりにも自然な流れだった。僕は誰にも見られない場所でこっそり泣いた。

だけど僕らのいびつな付き合いもずっと続いた。

伊吹がそう希望するから・・。

***

やがて僕らは大学生になった。伊吹は一年遅れで。

もちろん一人暮らしなんかさせられない。伊吹は上京して駿と暮らす様になった。

幸せそうなふたり。

いや、駿の方がめちゃくちゃ幸せそうだったから、僕まで嬉しいような哀しい様な気持ちが押し寄せた。

好きな人が嬉しいのは僕も嬉しい。

だけど嫌われているのは辛い。
振り向いてもらえる気配なんて1ミリもないことも。

 

このまま結婚でもしそうな雰囲気のふたり。同性婚は出来ない今の制度に、ホッとしている自分がいた。最低だ。

***

寒い冬のある日。

クリスマスを目前にした頃。家で皆でご飯食べたいと伊吹が言うんで、僕らは集まっていた。

綺麗に片付いた部屋。こたつにはいって束の間の安らぎを感じていた時。

たまたまテレビで車の事故の特集が流れ始めた。あの日と似ていた。事故の様子も構図も。途端にぶるぶる震えだした伊吹。顔が青くて冷や汗が凄かった。

「大丈夫か!?伊吹!」
「伊吹!」
「・・・」

様子のおかしくなった伊吹を部屋の奥で休ませる。付き人みたいに駿が隣に寄り添った。

もしもの時に備えて、その日の夜は僕も泊まることになった。

***

だけど翌日。起きたら伊吹はいなかった。置き手紙を残して。

『ごめんなさい。ごめんなさい。

全部ちゃんと思い出しました。

あの日、瑠璃は僕を助けようとしてくれていました。

瑠璃に突き飛ばされたはずなのに、どうして僕は瑠璃を嫌いになれないんだろうと思っていたけど、ようやく分かりました。

僕は記憶違いをしていたんです。

それに僕は、駿の偽の記憶を作り出してその中の駿に恋してたみたいです。駿を愛していないことに気づきました。あんなに優しくしてくれたのにごめんなさい・・。

僕はあの日、事故にあってからずっと記憶が混乱していたみたいです。

でも昨日テレビを見て、頭の中がスパークしたみたいになって、正確な記憶をやっと取り戻しました。

瑠璃にも駿にも合わせる顔がありません。迷惑かけてごめんなさい。』

 

そう手紙は締めくくられていた。伊吹は姿を消した。

 

呆然とする駿に、僕は言った。

「・・伊吹を探しに行かなきゃ。きっと1人でどこかで泣いている。まずは実家から当たってみよう」

ハッとして僕を見た駿。少しして頷いた。

 

 

ふたりで急ぎチケットをとって電車に乗り込んだ。田舎へ向かう車内は空いていて、僕らしかいなかったが。

窓の外では雪が舞っている・・。

「・・高校ん時なつかしいねえ。豪雪のなか学校行ったりしたよね・・」

3人仲良しでいられた子供の頃を思い出していた。色んなことがあった。

駿はギュッと膝の上で拳を握って言った。

「・・瑠璃。瑠璃は何も嘘をついていなかった。なのに俺・・今まで本当にごめん・・」

「いいよ」

「俺、あんなに大っ嫌いって・・言っちまって・・最低だ」

「いいよ。ゆるす」

「俺のことブン殴れよ。気がすむまで」

「いいってば」

「何でだよ!俺は自分が許せない・・!最低だ」

辛そうに顔を覆った駿。だからつい言ってしまった。

「良いんだよ!だって僕、それでも駿がずっと好きだったから!」

「・・!」

ハッとして目を見合わせたふたり。どうしよう。言うつもりじゃなかったのに。

訳のわからない涙が出そうになるのをこらえようとして俯いた。どうしよう、また『お前なんか大っ嫌いだ』って言われたら。

不安で内心震えていたら、頭上から声が聞こえた。

「俺なんかどこが良いんだよ」

「・・ひたむきなところ」

「こんな最低男だぜ」

「良いよ。ずっと待ってたから・・」

 

ぎこちなくそっと触れた指先。ほんの少し重なったその手は振り払われることはなかった。

それどころか、ほんのり握り返されてハッとした。

 

冬の束の間の眩しい日差しが車内に注ぎ込んでいる。それはかたい雪ですら溶かす様な・・。

 

 

 

end

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