僕がいけなかったんだ。
宝くじ買おうと思った日。あの日巽は別の取り立てに行ってていなくて(家を出ていく時、念入りにごめんと謝られて抱きしめられた)、僕はなんだかぼんやりとやけくそな気持ちで実家兼ラーメン屋を出たんだ。
ちっさい場所なんだけど、父さん母さんの夢の詰まった場所をさ。
これからどうなるんだろう、毎日の様に闇金に怒鳴られるの結構参ってきたな、慣れてるつもりだったけど昌也の時より相当柄悪いよなとか思いながら……。
店の裏側を自宅への出入り口にしてて、鍵を閉めたつもりだった。
そのつもりだったんだけど……。
鍵、かかってなかったんだ。
僕があほだったんだ。ありえない大バカ。
宝くじ外れて帰ってきて、家入ろうと思ったら鍵開いてた。一瞬ヒヤッてした。
父さん母さんにそれとなく確認したら、今日外出てないって言われて……。
いやまさかね?って冷や汗ダラダラで階段を駆け上がり、念のため通帳とか印鑑とかしまってるタンス開けたらさ。
なかったんだ。通帳と印鑑。
□
「ごめんなさい……」
僕はべしょべしょに泣きながら父さん母さんに謝った。顔面蒼白を通り越し、なんと形容したら良いのかわからない顔色・顔つきで2人とも一点を見つめていてた。
盗まれたときづいてから、即警察に届けたし通帳止めたり諸々の手続きはした。
犯人確保に努めますと、随分気の毒そうな顔をして警察の人は言ってくれた。
だけどその時確実だったのは『残り数千万程が入った通帳からは既ににお金はどこかに移されていて、残高が0』ということ。犯人は分からないこと。
この辺の空き巣なのか、はたまた例の闇金の仕業なのかは分からない……。
とにかく店のローン返済とか、諸々にこれから当てていく予定だったもの。それがマルッと消えたのである。
残ったのは全然人の入らない店、返せていないローン、闇金への返済。
「ウッ……ごめんなさい……」
泣くしかない。もはや自分が疫病神としか思えなかった。
父さんはのろりと顔を上げた。怒鳴られると思った。めちゃくちゃ殴られるかもと覚悟した。
だけど……。
「気にするな寧々……お前はなにも悪くない」
父さんがそう言ってくれて、僕はさらに堪えた。
そんな時にドンドン!と店の入り口が乱雑に叩かれる。怒号が聞こえてくる。きた、また回収だ。
胃が縮み上がる思いだった。
どうしよう。本当に本当に夜逃げするしかないのかも。でもそれは親戚に迷惑がかかる。親戚も皆で一緒に夜逃げする?何それバカみたい。はは、あり得ない。あり得ないよ!どうしよう!?
そんな時。
『お前らうるせえんだよ!!』
っていう別の怒号が聞こえた。このハスキーな声。巽だ。帰ってきたんだ。
父さん達と目を合わせて慌てて階段を降りていく。
店のドアを開けると、巽があっちの闇金の偉い人(トップ?何て言えばいいのかわかんないけど、とにかくオーラが半端ない人!)とマジで睨み合っていた。
狂犬なんて生ぬるいものではなく、闘犬、闘牛、いや殺人鬼か?2人とも殺し屋みたいなオーラが半端なく、僕らはマジでたじろいだ。
そこには僕の知らない巽がいた。ベッドで愛を囁く彼とは別人だった。
多分巽のパンチによって沈められたのであろう数人が、地面に転がっていた。それを軽く革靴で転がしながら巽は怒鳴った。
「こんな取り立てしてたら、客も来ねえだろうよ!その間に利子が膨らみまくる。汚ねえやり方すんじゃねえよ!」
「それがウチのやり方なんだよ兄ちゃん。ぼったくれるだけぼったくる、それが闇金だろ!俺たちの邪魔するな。ヒーローぶって一般人に肩入れしてんじゃねえ!
一般人にはなあ……闇金の怖さ、わからせてやるよ!」
相手がぎら、と僕らを睨みつけた。いや明確な
ターゲットは僕だ。ひ弱そうだから!
ヒッと怯えた声は声にならなかった。
トロイ僕は逃げようもなかった。スローモーションの様に相手が懐から出した折りたたみナイフの刀身がぎらりと光るのを確かに見た!
「や、やめ……!」
「寧々!」
巽は咄嗟に僕をかばった。
巽が刺された。
めちゃくちゃに出血して……。
□
キャアア!という悲鳴が頭の中に何度も響く……。
病室で僕は巽の手を握りながら、何度もあのシーンを思い出していた。一生忘れられそうもなかった。
それにあの時。
『逃げろ寧々』
めちゃくちゃ出血してるのに、僕の身をまず案じた巽のことも……。
相手方はそれ以上暴れることはなく、捕まるのを恐れたのかさっさと逃げて行った。救急車と警察を呼んで、ドタバタと一日が過ぎて、ようやくいまだ。
幸いなことに巽の命に別状はなかった。
その日たまたま巽はいつも持っているクラッチバッグを忘れ、取り立てで回収した札束をジャケットのポケットに入れていた。
そこに刺さったので傷は浅かった。
だから出血はしても、命に別状はないってこと。
……普段からいろんな闇金業者から恨みを買っている巽の事務所。あと巽の喧嘩が強過ぎて個人的に恨まれていたのもある。
咄嗟に巽が僕の前に出た時、あっちの闇金の男、ぎらりと目を剥いて一気に深く踏み込んできた。恨みが炸裂した瞬間だったと思う。
札束がポケットに入ってなかったら普通に死んでいると思う。本当にたまたま札束入ってたから助かっただけで。
だから命に別状はないと言っても、傷はそこそこに深いようで……。
「巽……ごめんね……」
僕は巽の手を握り、自分の頰に擦り付けた。あったかい手。この手が氷の様に冷たくなるところなんて想像したくもなかった。
「気にするな寧々……お前が無事で良かった。お前を失うよりもずっとマシだ」
「巽……」
そんな蒼い顔してさ……。
「なんで僕なんかにそんなに一生懸命なんだよ。分からないよ」
「まあ寧々に惚れ込む気持ちはちょっとやそっとのものじゃないから、寧々にはわからないだろうなあ。説明すると10年くらいかかる」
「ばか……」
「好きになった?」
「ずっと好きだよ」
へへ、と頬を緩めた巽。
「撫でてくんない?俺、動けないから」
「え、良いけど」
撫でてあげたら大層喜んだ。
しっぽでも振ってそうな感じの……。
巽は一生懸命過ぎる。もしかして前世で巽は忠実なわんこで、僕は彼の飼い主だったのかもしれない。なんてね。でもそんな話もあり得るなと思えるくらい、巽は忠誠心めいたものを僕に抱いていた。
「さて……ただ、今後どうするかだ。俺もこんなんじゃ、お前をそばで護れない」
「本当に色々巻き込んでごめん巽。やっぱり夜逃げしかないのかなあ……」
堂々めぐりの何度目かの問いかけ。夜逃げは出来ないって結論でてるじゃないか。
僕は頭を振った。
「ああ、このまま闇金になぶられ、借金返せないからって違法な仕事に手を染めさせられるのかなあ?
うう、どうしよう。怖いよお……」
「寧々……」
巽と不安のどん底にいた、その時。
ひと気のない夜の廊下をコツ、コツと靴音が遠目に響くのがふと聞こえた。
この靴音……聞き覚えがある。なんだっけ。
その靴音はだんだんこっちに近づいてくる。
そうだこの靴音。やたら上等のお高い靴だ。お金持ちのお坊ちゃんが履く様な。それにこの、なんだか少し上機嫌というか鷹揚な歩き方。根がお気楽なあの人に似ている。
その靴音はこの病室の前で止まった。
いや、まさか。まさかね。あの人とは本当に終わったし。
そんな訳が……。
ガラ、と勢いよく病室の扉が開いた。
そこにいたのは。
「よお寧々。久しぶりだな」
「ま、昌也……!」
それは落ちぶれる前の、お坊ちゃんそのものの姿の昌也だった。仕立ての良い服、お金持ち然とした立派な身なり。
借金とりに追われていた時の無精髭は消え去り、髪もちゃんとセットして昔通りの色男。血色も良い。
「え?え?」
ぼ、僕は夢を見ているのか?試しに手首に爪を突き刺してみると普通に痛い。夢じゃないみたいだ。
「寧々。痩せたんじゃないのか。食ってるか?」
この感じ、付き合ってた頃と一緒だ……。
「え、ま、昌也。一体どうしたの?生活あれだね、立て直せたの?借金完済出来たってこと?」
あとどうやってここに来たの?
疑問でいっぱいだった。なのにうまく全部聞けなくて……頭の中がチグハグで……。
「昌也……てめえ、どっか行けよ……」
巽はギリギリ声を絞り出して言った。
「あっダメだよ巽!無理して起きないで。傷が開いちゃうよ」
僕は慌てて巽の身をそっと押さえた。
「寧々。だって、あいつ!」
巽は納得しかねるみたいだった。苦痛に顔を歪めて無理に起き上がって昌也を睨みつけている。ふうふうと息をしながら。
「よお巽。その節はどうも。お前のおかげでな、俺も随分病院に世話になったぜ。いつかとはまるで逆だな」
昌也と巽、その視線はぶつかってバチバチに火花が散っている。
「え、何?なんの話?」
「寧々には関係ない話さ。で……昌也。今更一体何の様だよ。俺にトドメでも?」
「ハハ、それも良いな。けどな、今日はそんな話をしに来たんじゃない。俺は寧々に用があって来たんだ」
昌也は僕の隣に座った。ふわ、と香る懐かしい香水。昌也の匂いだ。
「え、ぼ、僕?」
「なあ寧々。全部お前のおかげなんだよ」
「え、うん?」
何の話?話が見えないよ。
「寧々のおかげでな、借金が随分減ったろ?
でもまだ残ってた。でさ、俺が復縁したいって言った時。寧々が俺に昔あげたネックレス突き返したろ?これ新しい女の子にでもあげればって。
……金がなさ過ぎた俺は、最初そのまま捨てようとした。でもちょっと考えて、それをまずは質屋に入れて現金にした。
その金で宝くじ買ってみたんだよ。当たる訳がないとは思ったけど一応な。
そしたらさ、当たったんだよ。高額当選!
信じられるか?借金を即返済して自由の身になった。
な?すごいだろ。しかもそれだけじゃない。
その資金を元でにまた商売を始めた。今度は上手く行った。
俺なあ、今億万長者なんだよ。全部、お前のおかげで。
ネックレスももちろん取り戻した。また寧々につけて欲しいって。寧々は幸運の女神だ」
昌也は愛おしげに僕の頰を撫でた。
僕は開いた口が塞がらない。
根が良い加減なくせに、スーパーラッキーを呼び込んだこの男。どうしようもないクソ駄目人間のくせに……。
「それに寧々のこともそっちの巽も、調べさせてもらったよ。随分困ってるみたいだな?
巽は自己破産経験あり。それに闇金に身を置き、マトモな金融機関からはもう借りれない。おまけに同業から刺されてこのザマ。
なあ寧々、この状況で俺ならお前を救ってやれるぜ。
俺前に言ったろ?今はお前に本気で恋してるんだって。
俺んところに戻ってこいよ」
続く

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