あほんだら

【あほんだら#15】僕を救って

「!寧々?一体どうしたんだ」
「あ、あのね……えっと……父さんが闇金に手出しちゃって……巽のとこじゃなくて……あの、えっと……」

気が動転して上手く話せない。

「今どこにいる?すぐ行く。待ってろ」

巽の男らしいセリフも声も、その時全部すごく頼もしく感じた。

 

 

 

その後15分程度で、あっという間に巽はやってきた。あのいつもの黒塗りの車をかっ飛ばして来てくれたらしかった。

「寧々!」

車から出るや否や僕を抱きしめてくれた。

「巽……」

道路わきの生垣にちんまり腰掛けてることしか出来なかった僕。巽の力強い存在感にものすごくホッとした。現役闇金業者にホッとするってすごく変だけどね……。

「大丈夫だったか?こんなズタボロになって可哀想に、不安だったろ。俺がいるからな。大丈夫だ、寧々のことは俺が守ってやるからな」

巽のやさしいセリフに僕はじわ、と込み上げるものがあった。なんて頼もしいんだ巽……。

 

 

それから改めて車に乗って、僕は事情を話した訳なんだけど……。

「……マジか……」

あの巽が頭を抱えた。あの端正な顔を歪めて割と絶望的な顔をしていた。

「ご、ごめんなさい……不甲斐ない一家で……」

僕は正直恥ずかしくってたまらなかった。冷静になってみれば、あり得ない話だ。巽は僕を見限るだろうか……。

「え、あ、いや良いんだ。別に巽の父ちゃん母ちゃんを責める気はないよ。寧々んとこの父ちゃん母ちゃんには今までたっくさんラーメン食わしてもらったし。それに寧々と出会わせてくれた。俺にとっては恩人だ。

だから俺だってなんとか助けてやりたい。
でもな……」

一気にトーンダウンした。

「あそこの闇金はヤバい。本当にヤバい。ウチよりも。手段を選ばないんだ。トンデモないところに手出しちまったな、寧々の父ちゃん母ちゃん。

あそこには借りも恨みも作るべきじゃなかった」

形の良い眉を寄せて巽は言った。

僕はこの時正直終わったと思った。思わず泣いていた。

「どうしたら良い?一家離散?それとも僕らって
死んじゃうの?」

巽は僕をぎゅっと抱きしめてくれた。

「泣くなよ寧々。俺がいるだろ。お前をひとりぼっちになんかさせない。

寧々。ひとつだけお前に聞きたいことがある」

「なに?」

巽の真剣すぎる声に、ぶるぶる震えながら答えた。内臓売る気あるかとか、そういうこと聞かれるのかなって。冗談話じゃなくて真面目な話としてさ!

「俺とふたりで夜逃げする勇気、ある?」

「え……」

な、何言ってるの?巽……。

巽は僕の背中のシャツをギュッと握った。たまらないとでも言うかの様に。

「俺がそこの闇金から金借りて、まずは父ちゃん母ちゃん分の借金分を肩代わりする。

そうすれば父ちゃん母ちゃんは無罪放免。次、向こうのターゲットは俺。

でもな、俺は過去に自己破産をしている。マトモな銀行からなんて借りれない。それに数千万を一気に返すアテなんかない。

だから借りるだけ借りて、あとはトンズラするって訳。ヤツら地の果てまで追ってくるだろうよ。

だから日陰で暮らすように、各地を転々とすることになる。俺は別にそれでも良い。

……そんな暮らしぶりの隣に、お前さえいてくれえたら」

 

 

「あ、やだ……巽、う……っ」

その日の夜、巽は僕を何度も抱いた。力強くて甘くて、僕は頭の中身がどろどろに溶けてしまいそうで……。

「巽、きて……!」

巽にしがみつくだけで精一杯だった。巽も離す気なんかないと言わんばかりに僕をただきつく抱きしめた。

「愛してる、巽……」
「!」

たまらずそう言えば、僕のなかで巽はいっそう暴れ回った。激しい突きに、クラクラした。ぎゅっと僕が擦り寄れば、巽は更にぴったりと肌を重ねてくれた。それだけで、僕にはとんでもないごほうびに思えた。

僕は巽に絆されていた。一気にグラついた心はとどまるところを知らない。大好きな巽。前から好きだったけど、一層好きになった。

僕が一気に巽に恋に落ちてしまったのは、別に僕の親の借金を背負う申し出をしてくれたからじゃない。

それに勿論それはお断りした。巽は心底『なんで』と言い、残念そうな顔をしていたけれど。

僕が巽を愛してしまったのは、身を捨ててまで僕のこと救おうとしてくれたところに、心撃ち抜かれてしまったから。

こんなに大きな愛に僕は出会ったことがなかった。

 

それにしたってばかな巽。どうして他人の借金なんか、背負おうとするんだろう。僕が飛びついてOKしたらどうするつもりだったんだろう。でもきっと『良いよ、寧々のためなら』とか言っちゃうんだろうな。

盲目すぎるよ巽。僕はそんなに出来た人間ではないのに。

でも大きくて、大きすぎる、そんなばかな愛が、僕には心底嬉しかった。

 

 

 

やがて僕が息も絶え絶えになった頃……。

うつ伏せにしてぼんやりしている巽。

カーテンから差す月の光に、巽の背中の龍の和彫が浮かんでいるのを僕はじっと見ていた。

「……なあ、でも寧々。結局どうするんだ」

既に『1人で抱え込むのはダメだからな』と釘を刺されている。

昼に車の中で、巽の考えた『借金肩代わりからのトンズラ作戦』を1人で僕がやればいいと提案してみたら、死ぬほどカチキレられたんだ。

『寧々、そんなこと絶対勝手にやるなよ!?そんなことやったら、どんな闇金よりも先に俺がお前を地の底まで追ってでも見つけ出してやるから!』ってさ……。

鬼の形相で僕を追ってくる巽が自然に浮かんだし、勝手に僕の借金背負おうとするだろうなと思ったから、1人プランは辞めたんだ。

「そうなんだよね……親とお店を頑張って経営して、細々返していくしかないかなって……」
「だからそのプランだと利子が膨らみまくって300年くらいかかるって」

「先に死んじゃうよね、あは……」
「あはじゃねえだろうよ、寧々」

「死ぬまで貧乏生活か……まあそれも致し方なしかな。まあ僕お金に縁がないからさ……」

ごろんと横たわったら巽が覆い被さってきた。ドキッとした。

「昌也の次は親か。寧々も大変だな……」
「うん、良いんだ。貧乏慣れてるし。それにね……」

僕はそっと巽の頰を撫でた。

「巽の愛に気づけたからこれで良かったと思ってるんだ。ありがとうね、僕のこと諦めないでくれて。大好きだよ巽」

「寧々……!」

そのまま最後、もう一度した。

それは1番甘くて、僕の脳髄を痺れさせ、記憶に残るベッドとなった。

 

 

僕は闇金をナメていた。昌也と一緒にいて、取り立てというものには慣れていたし、すぐそばには巽。

きっとなんとかなるんだろうって……。

だけどそれは、めちゃくちゃ甘い考えだったんだ。

だから巽は、先手を打って僕にあんな手段を提案してきていたんだって、この後に知ることになるのである。

 

 

 

しばらくして突貫工事でラーメン店は完成した。

すぐに営業開始して、すぐにお客さん来るだろうと思っていた。だけど甘かった。

ウチがボヤを出して以前ラーメン店を全焼させた経緯があると、噂はすぐに広まったのだろうか。なんか危ない、よろしくない。そんなイメージがついてしまったんだろうか。

お客さん、全然きてくれなかったんだ。

来る日も来る日も閑古鳥。頑張って稼いで闇金に返すという目標がもろく崩れ去った。

もちろん頑張ってチラシいれたり営業したりしたよ。

だけどなんていうのかな、運に見放された。そんな感じだった。

そんな感じで、お客さんはまるで集まらない。入ってもまばら。飲食の材料費さえ回収が危ういほど。

そんな店を、例の闇金業者は放って置くわけもなく……。

『返済!滞ってんだよ!』

因縁をつけられ、店に怒鳴りこまれる。

それが悪い評判を呼び、またも客足が遠のく。借金は膨らむばかり、最悪だ!

もちろん巽は加勢してくれた。

しょっちゅう店に見回りにきて、闇金業者を蹴散らしてくれた。

どうせ誰もいない店内の中で、あっちの闇金がキレれば巽もそれを上回る怒鳴り声で制す。喧嘩ふっかけられればやり返す。巽は大体いつも勝った。

「大丈夫か寧々!寧々の父ちゃん、母ちゃんも……」

心底心配してくれていた。頼り甲斐のありすぎる巽に、僕は内心惚れ直していた。

巽がいなかったら僕はどうなっていたかわからない。確かに今回の闇金はタチが悪かった。

悪すぎた!

 

僕はやけっぱちになって、宝くじを買ってみたりした。余裕はないので数枚程度。もちろん外れたソレを、僕はやるせ無い気持ちと共にゴミ箱に捨てた。

あーあ、ここで一発逆転、3億当たれば全部解決だったのに。

運に見放された僕には、こういうラッキーなんか回ってこないのだ。

 

それどころかもっと悪いモノを引き寄せてしまうのである。

 

 

続く

【あほんだら#16】巽の愛僕がいけなかったんだ。 宝くじ買おうと思った日。あの日巽は別の取り立てに行ってていなくて(家を出ていく時、念入りにごめんと謝られて...
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