隠れ家喫茶プラタナス

◆隠れ家喫茶プラタナス#2 初夏の約束

気づけば5月。

前回プラタナス喫茶を訪れてから、すでに数ヶ月が経とうとしていた。

あれから風邪→胃腸炎→インフルエンザ→花粉症→風邪

という体調不良のミラクルコンボをかましていたのだ。(風邪2回。なんで?)

 

熱さまシートをおでこにはりながら、這いつくばって細々やっているイラストの仕事をこなして預金残高を繋いだ。生きた。ウッ自分で思うけど、僕って結構健気じゃない?

……というわけで!今日はそんな戦場を駆け抜けた自分へのご褒美にあの例の隠れ家喫茶にもう一回行こうと思う!

イケメン店員・若葉さんが僕のことを忘れていないことを切に祈りながら……!

漫画描く用のiPadをいそいそと鞄にいれて、『間違って持ってきちゃった風』を装い僕は家を出た。

 

 

行きしなにいつもの散歩コースのプラタナスの木の前を通り過ぎる。いつもの習慣で白いあざのところをそっと撫でた。なんか撫でちゃうんだよね。君も風邪引くなよ。ひとりで寝込むのしんどいからな。

さわ、と心地よい5月の風が吹いた。

 

◾️

ちりりんと控えめなベルが鳴る。

ひょこ、とどきどきしながらドアから顔を覗かせてみた僕を、ぱっとあのイケメンくんが振り向いた。ドキッとした。なんて色の白さだ。眩しッ。

「あ〜!檸檬さん!随分お久しぶりですねえ」

ワァ、覚えててくれてた!嬉しそうにしてくれるだけで超嬉しい。客商売だからだとしても……!

「さっこちらへどうぞ」

奥の席に通してくれてうれしい。前に僕が座ってお気に入りだった席だった。

「レモンティーお好きでしたよね?美味しい茶葉用意してますよ。美味しいシナモンクッキーも入荷してておすすめです」

「えっとそしたらおすすめでお願いします……!」

にこ、と実に爽やかに微笑まれて、トスってハートに矢が刺さったかと思っちゃった。危ない危ない。

 

若葉さんがカチャカチャなんか準備してる音が耳に心地良かった。緑多い店内で本当いるだけで癒されるなここ。

それにしてもなんでこんなに空いてるの?いやこんな素敵空間を独り占め出来る方が嬉しいから良いんだけど、潰れられたらやだし。

ディナーから本気出すみたいなそういう店??若葉さんに後で聞いてみよっと。

 

 

◾️

お待たせしました、と若葉さんが紅茶とスイーツセットを持ってきてくれた。おしゃれなお皿とかわいい盛り付けにウキウキしてしまう。

それにしても、さ、どうぞ、とティーカップ向けてくれる手の美しさよ。なんだこの肌の白さ?日焼けするのもしかして苦手か?

若葉さんはティーカップにお茶を注ぎながら話してくれた。

「あれからどうなさってるのかな〜?って思ってましたよ。お忙しかったですか?」

「あっえっとなかなか来れなくてすいません、ちょっと体調崩しちゃってて」

「え。大丈夫ですか?檸檬さんよく風邪ひきますもんね」

若葉さんは心配そうに眉根を寄せたんで、僕はえへへ〜と笑った。うん?と思ったものの、イケメンに心配りされる嬉しさが勝った。

「ではごゆっくり」

再びにこ、として彼は銀のお盆と共に去って行った。後ろ姿かっけえ〜絵になるなあ。漫画のキャラにしようかな。ダメかな。

 

 

ほろほろのクッキーがだいぶ美味しい。ふう……とレモンティー飲みながら息をつく。こじんまりと良い感じに区切られたスペースがこれまた良い感じで……癒されるなあ本当。

僕はここに来るために生まれてきたのか?それは言い過ぎ?でも心地良くて帰りたくないなあ〜……あっそうだ漫画描こう。

カッカッと漫画描いてたら音を聞きつけたのか若葉さんがささっとやってきた。

「あ!それは漫画描いてます!?」
「えっハイ」
「わ〜みたい!」

ちょっとテンション高くこられて、こそばゆい気持ちで画面を見せた。

すごい!とか上手!とか持ち上げてくれて正直嬉しい気持ち。客商売の天才だよ。お世辞でも嬉しかった。コンペでも持ち込みでも、却下続きだったから。

「こういうの描いてたんですねえ。知らなかった……。いやあかわいいキャラクターですね」

まじまじと画面見られてちょっと恥ずかしい。あの、そんなに上手くないから。。

「僕のこと今度描いてみて欲しいです!」

「か、考えておきます……」

にこにこに言われてウワ〜ってなっちゃった。こんなイケメンを一体どうデフォルメしたら良いんだろうと頭の隅で考えていた。でもどうせならすごくかわいく描きたいな、なんて。

「そういえば檸檬さんて普段何してるんですか?」

ちょっとドキッ。

「……僕はその、超カッコよく言えば漫画家志望、会社はだいぶ前に辞めてて、その、まあフリーターみたいなもんです。イラストの仕事細々やって生計立ててる身で……」

『情けない』と僕の身内の様に言うだろうか。呆れられちゃうかな。多分店長として1人で店やってる様な、こんなしっかりした人から見たら。

「あ〜そうだったんですね!だからかあ。良かった」

「え。何が?」

「お仕事ここでやってって下さいよ。ね?その機械で出来るんですよね?」

機械。あ、iPadのこと?

それにしても迷いない眼差しなんだ。眩しいにも程がある……。

「え、いや、そんなずっと居座ったりしちゃ迷惑かなって」

「全然!ぜ〜んぜん!来てくれた方が嬉しいです。
毎日でも」

いや〜。仕事熱心な人だよね。すごい、ほんと……。

や、やっぱり集客に苦労してるのかなあ?確かにわかりづらいところにあるし……。

「あ!僕、ここのポップ描きますよ!チラシとか良かったらデザイン作りますし!」

「え!良いんです!?やったあ〜じゃあそのうち合わせ、明日ここでしましょうね?」

なんやかんやと、また明日来ることになってしまったのである……!

 

 

結局僕以外にお客さんは来ないまま、会計へ。

「……あれ?なんか大分割引されてるような」
「気のせいですよ」

僕をじっと見つめてにこと笑った。なんて爽やかなんだ。人を甘酸っぱい気持ちにさせる天才だ。

明らかに300円くらい安いサービスを、ありがたく受け取った。

「あ、そういえば若葉さん」
「何です?名刺欲しい感じですか?」
「あ、いえ……ここって夜もやってるんですか?」
「ディナーかあ。今はやってませんが、始めても良いですよ。どんなメニューがお好きですか?」

え?僕のために?いやいやいや、流石にね。

「え。え〜っとハンバーグとか……?」
「じゃあ用意しておきますね♪」
「あっあのっでも大変じゃ……あっバイトの子雇ってシフト制に?」
「いえ、僕が全部やります」
「それ超大変じゃないですか?」

若葉さんは目を一瞬丸くした。

「大変?何で?」

体力あるウ〜若い人すげえ〜!

「店やってて楽しみにしてることあるので、僕は全然平気ですよ。はい、これレシートとスタンプカード」

「あ、どうも。はは、仕事が楽しみかあ。良いなあ」

そんなの僕、思えたことあったっけなあ。
なんて思ってたら。

「今日もすっごく久しぶりに良いことあったし。明日また来てくださいね?はいこれ割引券。ドリンク一杯無料ですから」

最後に割引券と共に左手を一瞬キュッと握られて、心臓がどっかいっちゃった。

 

 

◾️

……。

店を出てほわほわしながら歩いた。

イケメンて商売上手だな……。ああやって客を増やしているのか……。トドメのうまさよ。えっていうかあの店ホストクラブかなんかだった?振り返る。いや違うな。ちゃんと喫茶って書いてあるし。

でも人来ないし……よっぽど集客に困ってる……?僕がチラシ作り頑張ってあげなきゃ。なんならチラシ配りも手伝ってあげよう。あんな熱心な人、助けてあげないと。

……。

そうだよなあ……。あそこはあくまで喫茶で、そこの店長さんとただの客だよなあ……。

……。

握られた手のひら。

なんか鼓動がおかしい。いやこれは不整脈だきっと。うん。

頭の雑念を追い払い、すたすたと歩き出す。

はあ。家で仕事しなきゃな。

……明日もあの店行って良いんだ。居場所ができたみたいで嬉しかった。久しぶりに人生が少し楽しく思えた。

歩いていくと、道沿いの小さな公園で青々と紫陽花の葉が茂っているのが見える。そういえばじきに紫陽花の季節だなあ。

『紫陽花見に行きません?』

なんて。何故か店長の声で頭の中で再生された。いやバカバカ。流石に幾らなんでもあの人だってそんなこと言わないから。

やけに嬉しそうに聞こえるその声音。さっきまで店長と喋ってたせいだな。

いやきっと元々そういう話し方の人なんだよ。多分。うん。

 

 

 

続く

月夜オンライン書店

月夜オンライン書店では、過去に掲載したシリーズの番外編やココだけの読切作品を取り扱っています。

リンクはこちらから🔽

boothで見てみるnote で見てみる

※boothとnoteは取り扱い内容同じです。

よろしくお願いします♪

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です