stardust

stardust番外編7-2 トラウマ潜り

男が気絶して、俺は逡巡したが車で家に連れて帰ることにした。この男に聞きたいことが山ほどあったからだ。ひかり以外を助手席に乗せるのは全く気が進まなかったが。

運転していると雨足は次第に強くなり視界を悪くしていく。ふとこの男と世界にふたりで残されたかの様な妙な感覚がした。

ひかりでも蜜樹でもない、よく知らない誰かの番。まずますひかりを遠く感じてしまう。そんなの御免だった。

 

 

「……っいしょ!」

気絶した男は運ぶのに難儀した。致し方なくベッドに下ろした。本当に場所がなかったんだ。

そして更にボチャボチャと雨が降り出した。梓くんに迎えに呼んでも中々来ないかもしれない。

外は冷えていた。とりあえず休憩も兼ねてコーヒーを沸かすことにする。俺はジャケットを脱いだ。中はベストとワイシャツだけ。ひかりが格好良いと目をハートにしてたもんだからつい習慣で着ていた。それにしてもここ最近の疲労で筋肉が痩せた気がする……。

いやそんなことは良い。無音の部屋の中でコーヒーを啜る。寒さでかじかんでいた手が少し休まる……。

「……」

雨宮氏の近くに行ってベッドの淵に座ってみる。改めて随分美青年だ。起きる気配はない。

……ひかりが最初うちに泊まった時、あったよなあと思い出していた。あの時のひかりはおぼこさの頂点みたいな感じだったし、まあまあ怯えていたな。あのひかりに手を出したのはまあ可哀想なことをしたかもしれない。でも人生二度目の運命だと思ったから自分を止めなかった。

そういえばあの時とベッドまだ一緒なんだよなと今一番いらない情報を思い出してしまった。

ああ、それにひかりになんて言えば良いんだ。別の人間が寝たら匂いでわかるよな多分……。今のタイミングでひかりに帰ってこられたら色々終わる。

などと1人悶々としていたら、雨宮氏はうっすらと目を覚ました。

「……うっ……ここは……」
「どうも。起きた?あんた気絶したんだよ」

「……っ!……??」

不安気に起きて周囲をキョロキョロと見渡している。

「いや別にホテルに連れ込んでないから。ここは俺の家。気絶した人間を放って帰れないだろう」

「!あっえっとそうですよね……すみませんご迷惑を」

雨宮氏は少しバツが悪そうだ。まあ超美形だとあらゆることを警戒しないといけないというのは分かる。蜜樹もそうだった。俺は守っていたつもりだったけれど。

「……とりあえずお茶でも飲めば」
こくりと相手は頷いた。

 

 

俺は飲み物を渡し、隣に腰掛けた。

「ほっとする香りですね。こういうのは好きです……」
「そう」

それはひかりが前に俺に選んでくれたルイボスティーだった。『眉間に皺が寄ってるよ』と言って。

確かに優しく神経を撫でられている気がする香りだった。

「……それにしても大人が家出とはなかなかだね。よっぽど耐えかねたか」
「!…………いや本当お恥ずかしい……」

雨宮氏は俯いてギュッとカップを握った。その様子にピンと来た。この男、随分追い詰められているな。

「まあ投身自殺しないでくれて良かったよ。もしかしてそんな風にうっすらとでも思ってたんじゃない?」
「!!」

ハッと顔を上げた雨宮氏。瞳が揺れている。

「何で分かるのかって?俺は番に過去に死なれてるからね。分かるのさ。

まあ俺たち良い大人同士だろう?腹割って話してみてくれないか。俺も話すから」

俺の恥ずべき過去を晒せば、この男からひかりの情報がもしもなにか引き出せるなら、それは安いものだった。

 

 

俺は自分がひかりの今の恋人だと明かした。長い付き合いだとも。

それを聞いて、雨宮氏はぽつぽつと喋り出した。知っている情報も多かったがそれは黙っておいた。

「……僕は無理にひかりくんから梓くんを奪って……なのに子供は結局産むことは出来なくて……ずっと後悔していたし不安だったんです」

「でも梓くんとあんたが運命の番だったんだろう?ならくっつくのがそもそも道理だろう。間違ったことはしていない」

そう、ひかりには酷なことだが彼らがくっつくことが本来は正しい道なのだ。

「……でも……僕が子を産まないなら、じゃあひかりくんでも良かったはずで、あの時割り込んで、あんなにひかりくんを追い詰めた僕は……僕は……本当は教師だって失格で……人としても……」

肩を震わせているので驚いた。

この男、随分長いこと罪悪感に苦しんで来たのだな。ひかりが高校生だったのなんてかなり前だぞ。

……こんなにも自分の過去に向き合い続けてきたのなら、もうそろそろ赦されても良いんじゃないだろうか。俺が決めることではないけれど。

「まあまあ……。あんた運命とか、役割とかに縛られすぎてるんじゃないか。

俺の場合はね。運命の番と一緒になったよ。でも別に相手が出来て俺がフラれて、番は相手の男と自殺したよ。こういうパターンもある。

俺は元番の死体を見ているが、それは酷いもんだったぞ。

この世界の運命って残酷だよな。本能的に強く結びつけるくせに時にどこかが脆い。くっついてめでたしめでたしなら俺たちもこんなに苦しまなくて済んだだろうな」

雨宮氏はじっと俺を見つめて、話の先を待っている。

まあ、運命の脆さに翻弄される人間なんか滅多にいないからシンパシーを感じているのだろう。

「運命の出会いのその先がイメージ通りじゃなかったとしても、その先の人生生きても良いんじゃない」

「!……僕にそんな権利はあるでしょうか……」
「あって良いんじゃない」

運命に翻弄される雨宮氏の気持ちは分からなくはなかった。俺はきっとどこか自分に向けても言っていたのだろう。

それで心開いてくれたのか、雨宮氏は更に切り出してきた。

「…………。養子を貰えば良いと、番は言うのですが……」
「ああ良いんじゃない。貰えば。なんか問題あるの」
「……僕は……ひかりくんみたいに優しく子守歌を歌えるでしょうか……テレビで流れていたあれです。……すみません、つまらない悩みですよね……」

自分も音楽畑にいたので分かる。この男、ひかりの歌声に心底揺さぶられたのだと。その上で自信を無くしたのだな。ひかりに敵わない自分が、子供をどこかからもらってきて、ひかりが歌うように愛を込めて育てられるのかと。

「つまらない悩みなんかじゃないさ。

……そうだな。愛って何だ?っていちいち考え込む奴は、人を愛するのにきっと向いている。それだけ真剣ならきっと大丈夫だろうよ。あまり思い詰めるな」

「……僕は前を向いても良いのでしょうか……」

「良いんじゃない。俺だって運命に翻弄されたがそうしている」

雨宮氏は黙って少し俯いた。

それから会話は途切れたが、雨はしとしとと降り続けダウンライトの光がその横顔を柔らかく照らしていた。

最後に絞り出す様に聞いてきた。

「……役割を果たさない番をあなたはどう思いますか……?」

「……別の幸せを運ぶ何か、だと今は思うことにしている」

「そうですか……」

雨宮氏は初めてほんのり笑顔を見せた。

「死なずに済みそうか」
「はい」
「なら良かった」
「どうも……」
「ところであんたに相談なんだが」

真摯な瞳と目が合う。

「うちのひかりが居ないんだよ。喧嘩しちゃってね。あんたなんか心当たりある」

「えっ。あなたみたいな人が喧嘩するんですか」
「年甲斐なくやることあんたもきっとあるだろう」

「はは、ウチも確かにあるかも。でもあなたみたいな迫力ある人に怒られたら星屑くんもおっかないだろうなあ」

「返す言葉もないがね。それで。どう?なんか知ってる」

「う〜ん……んん……裏庭とかなんかこじんまりした場所にいるイメージありますけど……あ、仲良い同級生の子のとことか?」
「そういう系は全部洗ってるんだよ。いない」
「んんん……んんん……すみませんお役に立てず……」

落胆はしたが、仕方がなかった。

「そうか。まあ良いさ。どうもありがとう。梓くんを呼んでおく。一緒に帰ると良い」

雨宮氏との会話が不思議と自分の心にも効いていた。得るものはあったから雨宮氏を責める気持ちはなかった。

 

◾️

それから1時間半後、梓くんはびしょ濡れっで現れた。

随分焦った顔をしていた。雨の中相当急いできた様だ。まあ評価してやろう。

帰り際。

「ありがとう、僕を救ってくれて……」
「別に。大したことじゃないさ」

「さようなら。もうきっと会うことはないと思いますが」
「ああ。まああんたも頑張れよ」

それじゃと玄関扉を閉めようとした時。

雨宮氏はそれをくっと止めて言った。

「すみません、さっきの相談の件ですが。

一つ思い出したんです。ひかりくんはひたむきな感情を向ける子でした。喧嘩のことで、きっとあなたのことを恨んだり怒ったりしてはいないと思います。

これは彼の高校教師だった僕の勘ですが。どこかであなたのためにお祈りでもしている気がします。

そういう子でしたから……」

 

今度こそ梓くんに連れられて帰って行った。

 

 

◾️

ひかりのかつての恋のライバルを励ますという不思議な体験をしてしまったが、あまり悪い気はしなかった。

 

それから眠れずに、俺は明け方から車を走らせていた。

雨宮氏の最後の言葉は良いヒントになったのだ。
祈りの場所、つまり教会は確かに当たっていないと。

調べてみたら、ひとつ印象的な教会を見つけた。そこは大きな十字型に光が直接差し込む意匠で、見つけた瞬間にひかりにぴったりだと思った。

ここならあいつは気に入りそうだ。そう思ったらいてもたってもいられなかったのだ。

早朝に車を走らせて該当の場所へ向かった。場所は少し遠いところにあった。

今度こそ会えるだろうか。

これが最後の1人のドライブになれば良いと思いながら。

そう思って見上げる夜明けの空は、オレンジと青のグラデーションでひんやりと美しかった。

 

 

 

「……モネ」

早朝に訪れた教会の中にひかりはいた。俺の声にハッと振り向いたひかり。久しぶりに会うひかりはきれいだった。

「ひかり、全部俺が悪かった。一緒に帰ろう」

俺が差し出した手を、ひかりは取った。俺にはそれだけで十分だった。

 

 

それからは長い長いドライブだった。

日が差し込んでくるのを感じながら、色んな話をした。蜜樹のこと、俺たちのこと。

「……という訳でだな、俺はひかりに勝手な愛を押し付けていたのかもしれない、すまなかったな」

「それは考えすぎだよ。僕は押し付けられて嫌だと思ったことなんて一度もないよ」

ひかりは俺を許した。

「家出しちゃったのはごめん、溝を感じて苦しくなっちゃったからなんだ。

僕らは離れた方が良いのかなって思ってそれで……」

思い切り抱きしめたい衝動に駆られたが、運転中なのがはばかられた。続きを待った。

「実際に離れてみたらものすごく寂しかったんだ。
でもこのまま家に帰ってもやっぱり結局はうまくいかない気がして……。

モネには過去のトラウマを微塵も感じさせないパーフェクトな人の方が、合ってるんじゃないかな?とか思ってしまって……まあ実際そうなんだよね……僕みたいな平凡ベータよりさ……」

「ひかり……」

「モネみたいにすごい人に、自信を失わせる様じゃダメなんだって思って、やっぱり僕はちゃんと身を引くべきなのかもしれないとも思ったんだよね。

そしたら次こそは、モネにとって最高の人に出会えるのかもしれない」

!!

「お前、今後どうする気だったんだ」

だらだらと冷や汗が流れる思いだった。

「もう少ししてからどっか行こうと思ってたよ。あそこはたまたま善意でしばらく住まわせてもらっただけだったから……。

モネからもらった色んなことを思い出してたんだ。今まで一生懸命色々やってもらってきたからさ。さっきは最後にお祈りしていたんだ。モネがいつか救われますようにってさ……それだけやってあの場を出ようとしてたんだけどね。

やっぱりモネにまた会いたいって内心思ってたのが神様にバレちゃってたのかな?モネが現れて本当にびっくりしちゃったよ。

迎えに来てくれるなんて思わなかったから。……本当に嬉しかったよ」

 

俺のくだらない思い込みと古傷が生んだすれ違いは、とんでもない結末へと続くところだった。

止められて本当に良かった。一番のヒントをくれた雨宮氏には感謝だ。

 

 

家につく。玄関扉がしまったきつく抱きしめた。

「ひかりの匂いだ」
「ふふ、なんか良い匂いする?フェロモンとかは出ない身だからさあ……」
「俺には甘くて一番良い香りだよ」

チュ、とキスをした。一度では足りなくもう一度。それは途中で止めることは出来なさそうだった。

ベッドに運びながら聞いた。

「出ていく前に俺を叱っても良かったのに」
「ふふ、それは無理じゃない?こんなデッカいんだから」
「そうか」
「うん」

ボス、とベッドに降ろした。

「でも出ていくならその前に俺にパンチしていけ。目を覚ますかもしれない」

手の甲にキスをした。にこ、とひかりは笑った。

「そう?じゃあ次はそうしてみようかな。聞く耳持ってよね」
「ああ、誓うよ」

肌を撫でてそのままなし崩しにしようとしていた俺をひかりは制した。

「シャワー、浴びたいな……」
「浴びる?諸事情で鏡が割れてるんだけどまあ気にするな。一緒に浴びるか」
「えっ何で?強盗でも入ったの?」
「俺が割った。色んなストレスで」
「えええ?アッハ、暴れん坊だなあ。鏡割れてるんだあ、まあ、じゃああとでも良いかなあ……っていうかね、なんか眠くなってきちゃって……」

ちょっと休んでからにしない?とひかりが俺の頬に手を添えてかわいく言うから頷いた。ひかりは俺からメガネを取り上げた。

「こっち。来てよ」

となりに寝転ぶ。一緒に布団に入る。久しぶりだった。ひかりは俺の腕枕に頭を預けた。その重みが愛おしくて、キスをした。

「へへ……久しぶりだなあ。モネの隣に別の誰かがいるのなんて、本当は嫌だったんだ。だから、また元通りになれて嬉しい」

「ひかりの代わりなんていないさ」

「そう?じゃあ次からは勝手に落ち込まない、思い詰めないって約束してくれる?」
「ああ」

ぎゅ、とふたり手を握った。自分よりも小さな手。その暖かな体温を確かに感じて嬉しかった。

ひかりは眠たげにふあ、とあくびをした。

「ねえねえ。ところでさ。僕って歌手はクビなんだよね?」
「まさか。撤回させてもらうよ」
「そっか……そうなんだ。へへ、良かった。割とまじで嬉しいなあ〜それは」

むにゃむにゃとひかりは半分夢のなかだ。

「仕事の続きの話はまた起きてから……モネも寝よ」

ごろんとひかりが寝返りをうつ。抱きつく形になって、背中を抱いた。

「やっぱりここが落ち着くなあ……」
「俺もだよ」

俺もホッとしたせいか、急速に眠くなってきた。

日の光がカーテンの隙間から差し込むのをぼんやりと見つめた。柔らかい薄明かりが部屋を満たしていく。

ひかりがいて、2人で暮らす家がある。これこそが俺にとっての幸福だったのだ。

多幸感に包まれながら俺はそのまま眠りに落ちた。

 

 

それから先の人生、俺はもう蜜樹の夢を見ることはなかったし、考えることもなかった。今度こそさようなら蜜樹……。

 

 

番外編7終わり

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