※サムネ画像はモネの昔の番・蜜樹です。
早朝すぐにひかりの実家を訪ねたが、ひかりはいなかった。
それに事務所にも、レッスン室にも、駅の高架下にも。どこをどうひっくり返して探そうがいない。
焦った俺はアテは全て当たることにした。プライドをへし折ってひかりの携帯から梓君に電話を掛け、わけを話した。
『え!ひかりまでいなくなっちゃったんですか!?』
「ああ。君らの不仲にちょっと当てられてね。こっちはとばっちりだよ、どう責任とってくれる。まさか君のところなんか行ってないだろうね」
『ええ!?来てませんよ』
「本当?」
『本当ですって!』
「ふうんそう……で、どう?他に行くアテ知ってる?心当たり」
冷たく棘に満ちた声音。俺はこんな男だったろうか。
「ええっ、え〜と……高崎のところ、とか……?」
「!」
確かにそんな同級生がいた。番号はひかりの携帯に入っているはずだ。
「サンキュ。じゃあな。……あ、君ね、番はちゃんと掴んでおけよ。取り返しがつかなくなることだってあるんだからな」
相手に刺すつもりの言葉の刃は自分にも効いていた。しかしそんなことを気にしている余裕もなかった。
急いで電話を掛けた。きっとここにいるはずだと信じて。しかし。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
無情な機械音声に俺は声を荒げ、車のダッシュボードに拳を打ちつけた。ひび割れた皮膚が傷んだ。
「畜生!」
全てがうまくいかない。自分が自分でなくなっていく様だ。こんなのおかしい。
だけど俺はこの感覚を知っている。全てが崩壊する前の前触れそっくりだ。蜜樹の時みたいに。
『トラウマを辿る』
蜜樹とはある頃から言い合いが増え、連絡が取れなくなり、所在が分からないことが増えた。俺は常にイライラとしていたが、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせていた。でも何かがおかしいと思うときそれは既に手遅れなんだ。
ドクンと心臓が跳ねた。息を何度も吸う。
……ミツと愛称で呼んでいた時もあったな。蜜月は長くはなかった。
またひとつドクンと心臓が跳ねた。息が吸うばかりでうまく吐けない。息ってどうやって吐くのだったろう?
……相手が背を向けたら終わりなんだ。愛は突然終わることがある。そうやって相手に背を向けさせた時点で敗北なんだ。
じ ゃ な い と 焼 け 死 ぬ 。
「う、くっ……!」
息がうまく出来ない苦しみに喘いで、俺は何度も胸を叩いた。地上で溺れているみたいだ!停車したままの車のハンドルを握り込み、縋りついた。
く、苦しい……。
その時。
『あんた、大丈夫!?』
ガンガンガン!と車の窓を誰かが叩き、ハッと顔を上げた。駐車場の警備員の様だった。不安そうにしている。
こんな無様なサマを人に見せられない。咄嗟に思い、俺ははっと我に返った。
俺は社長なんだ、いっぱしの大人なんだ!
酸素をたんまりすった胸は、今度は穴の空いた風船の様に息を吐き出した。
呼吸の方法を思い出した。そうだ、息の吐き方はこうだ。
手を振って警備員に礼を伝えると、相手は立ち去って行った。
俺はメガネをぐっと押し上げた。深く息を吸って吐いた。何度か繰り返しまずは血圧を下げた。
そうだ、冷静になれ……。
鞄からペットボトルの水を取り出して飲んだ。妙に生々しく喉を通り過ぎて行った。
「はあ……」
一息ついたが……ずっと封印してきたトラウマは息を吹き返し、こうして俺を追い詰めるという訳か。いつかはちゃんと向き合わなければと思っていたがな……。
ダメだ、頭をゴチャゴチャにするんじゃない。まずはひかりのことだ。
……当たれる先は全部当たらねばなるまい。電話が繋がらないなら高崎君という子の家を調べて行くのみだ。そういえば以前、ひかり宛にその子から手紙が以前来ていた気がする。
俺は車のエンジンを入れてアクセルを踏んだ。
◾️
幸い住所はすぐに見つけることが出来た。そのまま車を飛ばしてすぐに向かった。
ひかりがいるかは分からない。でもひかりに友達というのは多くない。というか俺以外の誰かとつるんでいるところをそもそも見たことがない。高崎というこの子くらいだ。離れていても交流があったのは。いるとするならここのはず……。
しかし。
「ひかりくんですか?来てないですね……すみませんお力になれなくて」
「嘘だろう……」
多分金持ってるんだろうデカい家から出てきたのはひょろりと背の高い男の子。心底申し訳なさそうに俺にそう答えた。
「電話はこの間海外行った時に携帯落としちゃって。悪用されると怖いからその、携帯の番号なんかも変えちゃったんですよね、それで……。
他にアテ、ですか。うーん、ちょっと僕にも分からないんですよね。えと、ひかりくん来たらお電話しますから」
ああ頼むと言えたかどうかを、俺は覚えていない。
◾️
帰りの車の道中をやたら長く感じた。
来た時は無心だったから景色も何も見ていなかった。帰りの道すがらこの辺はひかりが好きそうな場所だなと思う様な場所を見つけた。
良い景色だ。隣にひかりがいなければ意味はないが……。
あいつは車から見える景色にキャッキャとよくはしゃいでいたな。
社長なんてものをやるんじゃなかったと、俺は人生で一番後悔していた。仕事を放り出して全国を捜索、なんて出来やしないからだ。
冷静な社会人の顔をして仕事へとそのまま向かった。
商談を行い、デビュー前の子らの書類チェックして、時間はあっという間に過ぎる。
脳裏で考えていたのはひかりのこと。
……。
ひかりもあれでも一応大人だ。ひかりが持っているはずの俺の名義のクレジットカード、調べたがやはり利用履歴はなかった。ということは僅かな現金しか持ち合わせがないということ。
なら行ける範囲はたかが知れている。
どこか安宿で時間を潰し、きっと俺がいないタイミングで実家かどこか、縁のあるところに行くのだろう。俺がひかりを必死に探していることは伝わるだろうから、そのまま荷物をまとめて金を工面しどこかへ消えるのかもしれない……。
ひかりには『お前は1人では暮らせない』と脅したが、バイトくらいどうとでもなる。ひかりはいつだって俺から離れられるのだ。
ばさ、と書類を落としてしまい、それはてんでバラバラに床に広がった。その様子は妙に心に残った。
◾️
その日どうしても片付けなければいけない仕事を終え、夜遅く1人の家に帰宅した……。
ひかりを探すアテがある訳ではないが、かといってこのまま諦めることなど考えていなかった。
俺の勘ではあるが、ひかりはそう遠くないところにいる気がする。俺が海外旅行に連れて行く時は別にして、そもそもひかりはあまり知らない場所に自ら行きたがらないやつだった。
まるで土地勘のないところにはいかないと思う。長く一緒にいた経験故に思うことだが……。
俺はいなさそうで、この辺にそう遠くなくてひかりが好みそうな隠れ場所……。どこだよ?
地図と沿線を睨みつけて考えた。元々あまり都会的な子ではないから……この自然多そうな辺りとかどうだ?明日午前に行ってみて……。
などと絞り込んでいくうちに、俺はいつしかソファに沈む様に居眠りをしていたらしかった。勝手なことだが疲れていた。
……夢をみていた。
モネ!そう聞こえた気がして、ひかりかとハッと振り返った。
『燃音。久しぶり』
「蜜樹……お前か……」
夢の中でハタチくらいの美しい男の子が立っていた。麗しい宝石が命吹き込まれてそのまま人間となり、立って歩いている様なそんな子。
「今更何だよ」
俺はきつく言ったが、にこにこと蜜樹は笑っている。綺麗な笑顔だった。好きだった過去が苦しい。
『困ってるみたいだから助けてあげようと思って』
カチンとした。
「お前に何が分かる。放っておけ!」
『そう?燃音から離れたい子の話、いま聞きたくないの?』
ギクッとした。蜜樹は俺を見つめたまま続けた。
『僕らさ、夏に僕ん家の別荘に行ったことがあったじゃない?庭園にお花がいっぱい咲いてて夏の夜空がすっごく綺麗に見えるところ。あの時まだ僕ら17とかだったよね。燃音は19歳だったかな』
俺が運命を信じて止まなかった頃の話だ。
あの夏の日、美しい別荘で2人で過ごした夜はユートピアだと思っていた。
青春の宝物はいつしか蓋をしたい記憶となり、ずっと思い出すのを拒んでいたが。
『ね、懐かしいよね?燃音』
何が言いたい?蜜樹をただ俺はじっと睨みつけた。土足で踏みつけられる予感に内心では怯えていた。
『でもねえ、あんなに素敵な別荘なのに燃音といるのは窮屈だったよ。燃音はさあ、完璧主義で頑固だよね。愛も完璧さを求める。でもね、愛はそうやって押し付けられたら重たいもんなんだよ。だから僕は燃音とは一緒にいたくなくなった。
ひかりくんも一緒じゃない?』
!
「お前と一緒にするな!」
という喚き声で俺は目を覚ました。ドッドッドッドと心臓の音が鳴っていた。
俺は今何を見ていた?ずっと思い出すことを拒否してきた蜜樹の夢だなんて……いつぶりだ?
びっしょりと嫌な汗をかいている。
ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して飲む。
確信めいた蜜樹のセリフが俺の耳奥にずっと残り、俺を追い詰めていた。
俺はたまらずドライブに出かけた。
無機質な夜景の冷たさは、自分の乾いた心をいつも満たしてくれた。
……大体なあ、蜜樹があんな事件起こさなければ俺だって、恋人にまた捨てられるかもしれないと不安になってひかりを追い詰めることもなかったんだよ。
お前が言う『完璧な愛の押し付け』を強化したのは蜜樹、お前だろうよ。
……。
…………。
愛を相手に押し付ける、か……。
そうなのかもしれない。
俺を絶対に見捨てるなよ、とばかりにひかりに圧をかけたのは俺だもんな。それは確かに後悔している。
でも愛を失いたくなくて必死になってしまうのは、そんなに悪いことだろうか……。
答えの出ない問いはドライブの後味を苦いものにした。俺は1時間程して家に帰った。当たり前だがひかりはやはりいない。広すぎるベッドでひとりで眠ることは慣れないし、慣れたくなかった。
◾️
翌日。ひかりがいるかもしれないエリアのひとつに車で行ってみた。不動産屋を当たって聞いてみるが、ひかりっぽい人物は来ていないという。
まあ雲を掴むような話だ。手掛かりはなかった。
ひかりが好みそうなちょっとした公園だの、しゃがんでそうな高架下も探してみたが、全滅。
まあそうだろう……そう思っているうちに時間切れ。社長業へと戻るべく、俺は車を逆方向へと走らせた。
ビルばかりの都会の車道は、俺にとっては慣れたものだった。ひかりは俺を都会的だとよく言っていたが、別にずっと住んでるだけの話だ。
『こんな都会にずっと!?』とひかりは目を丸くして、そんな様子はスレを感じさせず可愛くもあったな。離れてたったの数日なのにもうこんなに寂しく恋しかった。
事務所につけばオーディションもやらなくてはいけないし、ライブがどうだのとやることばかりで気が滅入った。
自分がいっそ普通のサラリーマンだったら、会社2週間くらい休んで探しに行けたのかもしれない。いや、暗い過去などない普通の男だったら?
ありもしない『もしも』を考え、ほとほと自分が嫌になってきて俺はそこで思考を停止した。
いや、今の自分だからひかりとの出会いがあったはずだ。メガネをぐっと押し上げた。
◾️
その日の夕方。たまたまひかりが昔通ってた高校の近くに仕事の打ち合わせで行く予定があり(本当に偶然だが)、帰りにふとひかりの高校に寄ってみることにした。
ひかりにとって物悲しい思い出しかないので、ここに現れるとは到底思えなかったが、ひかりの影を感じてどうしても寄ってみたくなり寄った。
駐車場に車を停めて、校舎を見上げる。ここは寮があってひかりはここで暮らしていたな。
……。知り合った頃が懐かしい。もう随分昔のことだ。
あの頃の、制服を着たひかりがひょっこり出てきそうな気もする。そんなことある訳ないが、昔のひかりに会えたらまた会いたいとも思った。
当時16歳のひかりに、俺は一体何を見出していたのだろう?
俺はかわいいなと思ったけれど、蜜樹とは別に全く似ていない。
全く似ていないからこそ、今度こそ、とも思ったのだろうか……。
周囲のやや深く生い茂った木々の間を、風がさあっと吹き抜けていった。
ピンクがかった紫色の夕暮れの中、車を走らせて帰路へと着く。
……俺は確かに自分の気持ちに疎いところがある。だから恋人の心の機微に触れられないのかもしれない。こんな俺は、一体どうしたら良いのだろう……。
家に着き、その日の夜は少しピアノを弾いた。防音室を作ってピアノを置いている。
自分が気に入っている曲をいくつか弾いた。俺にとってメロディを通せば理解できるもの、表現できるものは色々とあった。音楽は良い。俺の偏屈さを和らげてくれる……。
一緒にこの部屋でひかりの歌のレッスンをよくしたものだった。鬼みたいな俺の教え方によくついてきたなあいつも。
とびきりの立派な歌手になって欲しくて厳しく指導してきたが、それも鬱陶しかったんだろうか。
完璧な愛を、ずっとずっと押し付け続けてきていたのか?ひかりもずっと俺から離れたかった?
離れている今、ひかりの気持ちが何も分からない。
だからひかりが好きだと言っていた曲を弾いてみた。ひかりの心の輪郭を感じられる気がして嬉しい反面、でもやっぱりひかりの心のうちが分からなくて、切なさに胸が押しつぶされる思いだった。曲は最後まで弾けなかった。
もう一度愛を失うことを覚悟しないといけないかもしれない……。
◾️
俺がそうやって悩めば悩むほど、蜜樹は夢に現れた。
「何で今更俺に構うんだ!」
と理不尽にも俺は夢の中で喚いた。自分が勝手に見ている夢なのに、滑稽なものだった。
『ねえ、僕が新しい恋を見つけた時の話、聞きたい?』
「黙れ!」
蜜樹は続ける。俺の言葉などお構いなしだ。
『敦士さんて言うんだけどね。すっごく優しいの。それでいて僕を自由にしてくれる。離れようと近づこうと、僕をいつでも受け入れてくれる。でもジッと重たく待ったりしない。僕は彼といると、すごく自由でいられるんだ!翼が生えたような気持ちになってね』
蜜樹は俺に語って聞かせた。二度と聞きたくなかった真実を。相手がどんなに素晴らしかったか。
確かに蜜樹が新しく選んだ相手は、愛の向け様が俺とは大きく違うタイプだった。
結局のところ、俺と蜜樹は絶望的に相性が悪かったのだろう。一応俺と蜜樹は運命の番のはずだったのに、皮肉なものだ。
『僕は何にも縛られたくない。それに自分が一番自分らしくいられる人と一緒にいたかったんだ』
「魂すら自由になりたくて新しい恋人と自殺だもんな、お前はとんだロマンチストだよ!」
夢の中で俺は悪態をついた。悔しかった。
蜜樹と何度か夏を過ごしたあの別荘。ユートピアが崩れ去ったのも、あの別荘でのことだった。
近隣に川やキャンプ上があったんだが、そこでたまたま蜜樹はその男と知り合ったのだ。
『燃音、紹介したい人がいるんだ』と言った蜜樹。蜜樹に親しい友人ができたことを当初喜んだ俺は、なんて浅はかで世間知らずだったのだろう。
夏の別荘で嗅いだあの花の匂い、今も忘れることはない。
翌朝、絶望的な気分で目を覚ました。
ひかり、教えてくれよ。お前も自由に生きたかったか?俺はお前を縛りすぎていたか?
俺は相手を見つめて愛した分、同じように返して欲しかったし、ひかりもそうだと思っていたのだが、違っていたか?
元々俺から本当は離れたかったりしたのか?だからあの喧嘩をキッカケに、本当に出ていってしまったというのか?
俺はその後も、ひかりがいそうなエリアを洗っていった。しかしいない、見つからない。
まるで帰ってこず、ひかりの荷物は手付かずのまま家に置いてあった。
そうこうしているうちに1週間程が経った。人を探すのがこんなに大変だと身を持って知った。
言っておくが相当探した。遠からずの場所にいるだろうという見立てが間違っていたのか、それとも誰かに匿われているのか、はたまた身投げでも……。ゾッとする、最後の案はないと信じたい!
ひかりの携帯には結局何かしらの怪しい連絡は誰からも来ていない。潔白なのだ。なのに俺があんなに不審がったから……。そりゃ出ていきもするのだろう。
もう会えないのだろうか?それは身を切られる様に辛かった。
エリアを広げて探すしかないが、そうなると捜索も難しくなる。人生をかけて探す、みたいな形になるのかもしれない。でも俺はやっぱりひかりにまた会いたかった。それも覚悟するしかない。
でも仮にまた再会できたとしても、その時にはひかりに別の相手がいるかもしれない。いや、今だって新しい土地で……。
そう思うと胸が苦しい。息ができない。ひかりの健気さに救われていた人生だったから。
とはいえ俺は芸能事務所の社長であり、落ち込んでばかりもいられなかった。
そもそもひかりをデビューさせるのを決めたのも俺、仕事の段取りしたのも俺、そんなひかりにクビって言ったのも俺。仕事の穴埋めをしなくてはいけない。本当の本当に馬鹿だと思う。一時の激情に身を任せ、全てを崩壊させた自分に俺は心底呆れている。
……最初に梓君が事務所に現れた時、最初そのまま帰らせようかと思った。でもそれは随分大人気ない気がしたのと、傷ついた過去のトラウマは乗り越えられたものと思っていたから。でもやはり違った。実際に梓君とひかりを2人にして話をさせたらじきに心が焦土と化し、不安でいてもたってもいられなかった。あの時の選択ミスは大きかった。
(ああ、それにしても別件でごたついている件もある。ウチの問題児ばかりのアイドルグループBREEZE。売れてはいるが揉め事とトラブルばかり起こすんで俺は頭が痛い。ダメだ、彼らのことは一旦傍に置いておこう。)
ストレスは増したが、1人きりの家で酒を飲むのは気が滅入った。眠ればまた俺は蜜樹に会うことになる……。
『社長痩せましたね』と周囲からよく言われた。『凄みが増しますね』とも言われ、俺は黙っておけとだけ答えた。
日に日に焦りと惨めさは増す、そんなある日。
ひかりが出るはずだったイベントがあり、それは既にキャンセルしていたのだが、もしかしてひかりはここに来るかもしれないと思って、現地で張った時のこと。
(ポスターやデジタル広告に出るひかりを見てやっぱり可愛いと思った。親馬鹿だ。別に本当に親じゃないが、ひかりは俺が育てた自負がある。)
ひかりはやっぱり来なくて、気を落としつつ俺は会場をあとにした。
外は小雨が降っていた。包む様な小雨は身体にまとわりつき体温を奪う。嫌な雨だな、とふと思った。
最後にビルの外側のデジタル広告に大きく映ったひかりを視界に収めた。
ひかりは大人になって可愛くなったしきれいになった。歌声も良い。美麗で才能ある事務所の者達の中でよく頑張ってきた。こいつを売ってやろうと俺も長いこと必死だった。ようやく芽が出た時だったのな……。
早く軌道修正しなくては。
さて、と帰ろうとした時。
ひかりを広告の画像を熱心に見上げて写真に撮っている人がいることに気づいた。
ちなみに梓くんではなかった。
じっと、じいっと熱心に追っている。ファンというか縋り付くようなうっすらとした執着すらどことなく感じた。
無視するのは危ないかもしれないと思った。
ちなみに梓君ではない。
年齢は俺と同じくらいで眼鏡をしていて、それでも分かるなんとも美麗な横顔。これは若い頃から引く手数多であっただろう。
「彼、うちの事務所の子なんですよ。もしかしてファンの方ですか?」
「え、え?ああ……あの子は、僕が高校教師していた頃の教え子なんですよ」
ああ、ひかりを知っているのか。
そうなんですね、と言おうとしたが遮る様に相手は続けた。震えている、様子がおかしい。
「あの子の歌って良いですよね。高校生の時から良かったんですよ。この間の子守歌もテレビで聞いてすっごく胸が締め付けられて、いてもたってもいられなくて、僕は家を出たんです。僕、子供が出来ない身体だったから。あの子の歌は心に響いて、それで僕は自分の番と一緒にいるのがどうにも苦しくなってそれで、それで……」
ふら、と気を失う様に倒れ込んだ。俺は咄嗟に体を支えた。雨で冷えている。
「おい、大丈夫か。一体何なんだあんた」
「……僕?僕は雨宮優馬と言います……番には言わないで……」
そのまま相手は気絶した。
梓君の番がそんな名前じゃなかったかと、俺は思い出していた。
同時に過去の記憶が蘇る。ひかりからこの男の話は聞いたことがある。
小雨が街全体を包むように、鬱蒼と冷たく降りしきっている。
続く
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