翌日。
僕らはナホちゃんが入院していたという病院前で集まった。
今更ながら僕ら2人とも学校に行っていないので、ど平日の昼間でも普通に集まれた。こういう時に不登校って便利だ。
さて昨日の感傷は一旦脇においておき、気を取り直して今日も一日改めて調査が始まる。
「瓦落くん、辛いだろう場所にまた来てもらってごめんね」
「別に良いよ。霊感強い由真が一緒なら万が一にもナホの幽霊に会えたりして?な〜んてな」
へへと瓦落くんは笑って見せてくれた。年相応の、というと変かもしれないけれど、瓦落くんは笑うと18歳らしくかわいかった。
それにしても健気なコメントを……これは瓦落くんのためにも良い結果にしなきゃと、僕は思わず手のひらを握った。
とりあえずナホちゃんの病室だった場所へ2人で向かうことにした。
彼女の病室があったの2階まで、階段で登る。
「……由真あ、そういえばさ」
「うん」
「ありがとうな、俺の名前をそのままガラクって呼んでくれて……」
「え?うん、だって僕にとっては瓦落くんだし」
「そっか」
「ナホも気にしてたからなあ……」
!
その時僕の心臓がドクンと鳴った。次いで激しい耳鳴り。それに捻り切られるような腕の痛み!これって、これって……!
急いで長袖を捲ってみれば昨日の腕のアザがひしめくように蠢いていた。
な、なんだこれ……!
次の瞬間、耳についたのはこの世のものとは思えないおぞましい声。
『オニイチャンハヤクチョウダイハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクコレコレコレコレコレコレコレコレコレ』
「いやだぁああああああああ!!!!」
脳の中を塗りつぶすような声。耐えられない!
切り裂くような悲鳴をあげて、僕は意識を失った。
ーー意識を失って、真っ白な空間の中。どこからかこんな声が聞こえた。
『ナホオネエチャン、アソボ』
『良いよ、何して遊ぶ?』
『ち ぎ り あ そ び』
『やだ……やめて……いやああ!!!』
!!!!
ギョッとして目が覚めた。
「由真あ!」
「ワッ!?」
瓦落くんがすごい形相で飛びついてきて2度ビックリした。
「大丈夫か由真!!」
顔色は悪くひどく憔悴している。なんか、取り憑かれた人によく見る様な顔色だった。
「う、うん大丈夫……あれ、ここは?」
ここは病室だ。よく見ると点滴に繋がれていた。
「お前、さっき突然倒れて入院することになったんだよ。脈拍がおかしい、血圧が変だ、衰弱してるって看護師さん達が話してたぜ」
「え……」
「俺は……俺は……よりによって由真にここに入院して欲しくなかった」
瓦落くんが僕を不安そうに見上げる。
「この病室な、ナホが入院してたとこなんだよ。そのベッドにナホは寝ていた」
「っ……!」
悪寒が背筋を駆け上がる。
そんな僕の手を、瓦落くんは両方の手で握った。
「お前まで……消えないでくれ……」
それは絞り出す様な悲痛な声だった。
こんなちゃんと僕を必要としてくれる人には今まで出会ったことがないなあと思う……。
僕はあくまでもそっと、瓦落くんの手から逃れた。
そしてさっき僕の身に何があったのかを話した。奇妙な夢の話も。
「何だかここにはナホちゃんや、ナホちゃんを攫った怪奇の気配が残っている気がするんだ」
「な、なるほど……」
更に顔を青ざめさせた瓦落くんだった。
「僕はタイミング良く入院出来て良かったと思ってるよ。何とかヒントを持って帰るよ。大丈夫。僕なら死んだりしないからさ。ね!」
「由真……」
そんな悲しそうな顔しないでくれよ。
そう思った時。病室の扉が開く。湿っぽい雰囲気を一転させる様に明るい声が入ってきた。
「失礼します〜。あら、彼岸さん起きた?具合どうですか〜?」
ややふくよかでちょっと年配の優しそうな看護師さんが病室に入ってきた。ニコニコと話している。お母さんみたいだ。
「あら……?あなた、駿くんじゃない!?久しぶりねえ〜!随分雰囲気変わったんじゃないかしら、ねえ?」
「あ、どうも、お久しぶりです」
瓦落くんが答える。知り合いなのだろうか?
「ナホの時はお世話になりました。……今回は友人がお世話になります、よろしくお願いします」
瓦落くんは頭を下げた。
思ってるよりちゃんとしてる人なんだ、と僕は瓦落くんの認識を改めた。
「相変わらず真面目ねえ」
嬉しそうに看護師さんは目を細めた。佐々木さんというらしかった。
すこし雑談すると、僕の点滴はもう大丈夫ということで、針を抜いて帰って行った。
その後、ぎりぎりまで粘っていた瓦落くんだったが、面会時間終了の院内アナウンスにしぶしぶ重い腰をあげた。
「由真、何かあったら携帯に連絡くれよな。何時だろうと飛んでくるから」
「ん、ありがと」
気持ちだけ受け取っておく。
僕が助けを請うたら、瓦落くんは正拳突きかなんかで病院のガラスを割って入ってきかねない。呼ぶかどうかは慎重な判断が必要だ……。
端正な顔を何度も不安気に振り返らせて、彼はようやく帰っていった。
さて……。
静寂が訪れた病室の中。これからどうしよう、さっきの瓦落くんの知り合いっぽい看護師さんのところでまずは話を……そう思った時。
「!」
どこからか呪われるかの様な視線を感じた。ゾクと鳥肌が立つ。
何かがいると確信してとっさに振り返った!
……何もいない……。
おかしい、ベッドボードあたりに絶対『何か』の気配があったのに。
心臓の鼓動だけが虚しく早く鳴っている……。
そして視線を戻した時。何もない。
気のせいか……。
よっこいしょとベッドを降りた時、さわっとした柔らかい何かが触れた。
うん?
よく見ると、おびただしい量の長い長い髪の毛が床に落ちていたのだ。しかもそれだけじゃない、目玉、ちぎられた足、手、足、耳、足!!!血の海!むせかえる血の匂いに眩暈がしそうだ!
「!!!」
それにベッド下から這い出した女の細い手が伸び、僕の足首を掴んでいる!
ギリギリと強い力だった。
ちぎられる……!
僕がとっさにしゃがんでめちゃめちゃ女の細い手を引っ掻いた!
ベッド下の、女みたいな『何か』と目が合う。
血に入り混じりぎょろりと大きな目だけがこちらを見つめる。おぞましい姿のそれに心臓が握られる思いだった。
何とか必死に暴れる。そして拘束を逃れ、その病室から走って逃げた。
病室を出る直前、『マ タ ア ソ ボ』そんな嬉しそうな囁き声がかすめた……。
「はあっはあっはあ…っ……」
夜の病院、暗い廊下の隅でようやく立ち止まる。
さっきのあれは一体何だったんだ。汗だくになりながら思考を整理する。
……!
思い出すだけで身の毛がよだつ。確実にこの世のものではない姿。手、足、臓器、ありとあらゆるものが無造作にくっついていた。三本足のリカちゃん人形どころか、あれじゃ人体のごった煮……。
「うっおえ……ッ!」
やばい、吐き気が……!怖いものは見慣れててもああいうエグいの本当無理。思わず口を手で押さえてうずくまった。
トイレで立ち止まれば良かった、くそ、後悔しても今更遅いか……。どうしよう瓦落くん、やっぱりいてもらえば良かったかも……!!やば、も、無理……!吐き気が限界まで込み上げた時。
「あら、あなた大丈夫?」
「!!」
振り返る。その声はさっきの看護師さん、佐々木さんだった。
「吐きそうなの?待ってて!」
コクコクと頷く僕。佐々木さんはバタバタと走り去って行く。
佐々木さんの持ってきてくれた容器に僕は普通に吐いた。ま、間に合って良かった……。
「す、すみませんお手数お掛けして、助かりました。」
「良いのよ。それより大丈夫?あなた顔真っ青よ、やっぱり今日入院して良かったわね。さ、病室に戻りましょ」
あの病室、ちょっと今すぐには戻りたくなかった。またゲロりそうだ。
「すみません、ちょっとそこで休みたいです!」
僕はゴネ、談話室のソファに座った。佐々木さんも付き添ってくれた。
ちょうど良かった。ナホちゃんのことを聞きたかった。
「瓦ら……駿くんの妹さん、ナホちゃんてここで入院してたんですよね?」
「そうよお、2年くらい入院してたかしら。駿くん、本当にしょっちゅうお見舞い来てたのよ。雨の日も風の日も。台風の日だって、ずぶ濡れになってわざわざお見舞いに来てたの。こっちが感心するくらいだったわねえ」
すごく納得できる。あの瓦落くんは、真面目にここに通っていたのだろう。
「ここだけの話、あそこは親御さん全然お見舞い来なくて……駿くんはナホちゃんの親がわりね、なんて話してたくらいなのよ」
「!……そうなんですね」
複雑な家庭環境みたいだ。瓦落くんがツッパリになってしまったのは、そんな理由もあるのかもしれない。
「ナホちゃんてどんな子でしたか?」
「ん〜ちょっと大人しい子で、あまり喋らない子だったわねえ。早く退院して遊びに行きたいっていうのはたまにこぼしてたけど」
「ちなみに駿くんて、昔はどんな子だったんですか?」
「ああ、ちょうど多分そこに写真あるわよ」
指さされた先には、ちょっとした展示コーナーがあった。今までのこの病院でのレクリエーションの様子などが写真に収められて飾られていた。
近づいて見てみる。
「え〜とどれどれ……!?」
その一つ。女の子と病室で写っている写真。その手には折り鶴を持っている。
瓦落兄妹だった。
っていうかこの男の子。黒髪、目の上までの前髪、きつめの瞳、詰襟。だ、誰!?って感じだけど、この端正な顔立ちは間違いない、これは中学生の時の瓦落くんだ。
こんなのただの正統派イケメンじゃないか……。現在不良であることよりも何よりも、隔たりを感じてしまった。
まあそれはさておき。妹さん。清楚で可愛い感じだけどあんまり似てないなあ……?まあこんなもんかな。
黒目が大きくて、護りたい気持ちになる。これで親があまりお見舞いに来ないとなれば、しょっちゅう代わりにお見舞いに来てしまう瓦落くんの気持ちは分からなくはない。
「……このナホちゃんって……失踪したとかって……?」
「そうなのよ、当時随分警察の人なんかも来たわね。でもあまりに証拠もないし、神隠しじゃないか、なんて噂されていたわねえ……駿くんは当時随分うなだれて、本当に可哀想だったわ。あの子優しい子なのよねえ」
「……ああ、分かります。あ、ちなみに僕不登校で学校行ってないんですけど、駿くん僕にも優しいですから」
「あらそうなの……」
同情的に頷いてくれた。優しいのはこの佐々木さんもそうなのだろう。
「私もね、あの子どうなったかな〜ってずっと気になってたのよね。だからたまたままた会えて嬉しいわ」
「そうなんですね……」
相手の懐にちょっと入れたかなと思ったので、思い切って聞いてみた。
「すみません、ちなみにここでなんか霊的なアレソレとかって……あります?実は僕ちょっと霊感強くて……さっきから寒気すごいんですよね……」
チラッと上目遣いに見上げる。
少し迷ったようだったけれど、佐々木さんは声を落として教えてくれた。
「……あんまり言っちゃいけないんだけど。実は女の子のアーソーボ、って声が時々聞こえることはあるのよね……。他にも聞いたことあるって看護師は何人もいて、不気味がって辞めて行く人も多いわね。
ながあい髪の毛がたくさん落ちてるのを見たって噂もあるし……。ぐちゃ、にゅる、って肉が歩くみたいな音が、廊下を通り過ぎていくのを聞いたー、なんて話も聞いたことあったっけ。
どう?大丈夫?怖がらせちゃったかしら」
佐々木さんは柔らかく苦笑した。
◼️
その後佐々木さんとは別れ、僕は病室へと戻った。
恐る恐る入るが、何も変わったところはない。
当たり前の様にさっきの肉塊は忽然と姿を消していた。
……それにしても思った通りだ。ここには間違いなく怪奇が潜んでいる。しかも目撃証言付き。
どうしたものか……。
でもさっき、ひとつだけヒントがあった。
『アソボ』に『折り鶴』だ。
ナホちゃんは病室で折り鶴をしていた。そしてあの怪奇の声……うっ思い出しただけでゾワッてするけどがんばれ由真……!
……あの怪奇、誰かと遊びたいんじゃないだろうか。
それで思う様に遊んでくれないと、悪戯をするんだ。(悪戯の範囲超えてるけどね……)
意識を集中させて考える。
怪奇の思念を追うように……。
……これは僕の仮説だけど、あの怪奇、元はリカちゃん人形。あれはそもそもは人間の女の子になりたいんじゃないか?
だから人間のホンモノの足や手、髪なんかをちぎっては自分のものにしている。そんなことでは人間にはなれないとも分からず……。
それではナホちゃんは今どこにいるのか?
ナホちゃんは『足をくれ』と言われたと、瓦落くんは言っていた。
それが本当だとすると、ナホちゃんの身体は既にあの怪奇に奪われたということになる。
じゃあ、ナホちゃんとあの怪奇は合体してるってことか?
うっ可哀想に……。そんな訳はないと信じたい。
あ、でも……墓地で聞いたあの言葉……。
『オニイチャン』
あれは、ナホちゃんの声だったのではないだろうか?
じゃあ、怪奇とナホちゃんはやっぱり合体してるってことか?
怪奇の一部と化してしまったから、自分の意思で瓦落くんのところには今まで行くことができなかった……そういうことなのだろうか。
『ツレテッテ』
墓地で聞いたあの言葉。今までの文脈で考えるならば頷ける。
そして墓地で見つけた日本人形。
瓦落くんがナホちゃんにプレゼントしたのはバービー人形みたいなものだったというけれど、バービー人形と日本人形は結局は一緒の怪奇ではないかと僕は思う。
要は人からむしった髪の毛や目、肌などが人形の見た目として再現されるのだろう。
マトモな見た目で人間に近づき、油断させて手足を奪う、その繰り返し。
前の被害者が外国人みたいな子だった、そして次の被害者はナホちゃんだった。だから日本人形だったと……。
それは思うだけであまりにもエグい想像で、鳥肌が強く立つのを抑えられなかった。ただの想像だけれど、当たっているだろうと直感していた。それは今まで幾多の死霊と当たり、その過去を探ってきたからこそ言える確信だった。
怪奇に身体も魂も奪われたナホちゃん。
じゃあやっぱり救うのは不可能なのだろうか?
手のひらをギュッと握る。いや、考えろ由真。どうにかするんだ!
……いや、まてよ。
でも、怪奇と一体化しているのなら、ある意味この世にまだ存在しているということだ。
ナホちゃんだけを怪奇から引き剥がすことは無理なんだろうか?
せめて魂だけでも自由に……でもどうしたら。
そう思った時。
ブルルと携帯が鳴った。
「!!!!」
めちゃくちゃ集中していたので死ぬほどびっくりした。
謎の差出人からのメッセージ、一面に『死ね死ね死ね死ね』……とか書かれているというのは、よくある怪談話の一説だ。
ゴクリと喉を鳴らして確認する。
「……あ、瓦落くんからのメッセージ……?」
『外見て』
まあ、でも瓦落くんなら平気だろう。言われた通りにカーテン開けて外を見る。
「!」
外は駐車場なのだが、瓦落くんが手を振っていた。なんだか懐かしい気さえする瓦落くんにホッとして、僕も手を振り返した。
『心配だからやっぱり来た』
追ってメッセージが。
ああ、心配して駆けつけてくれたんだな。じんわり心が暖かくなる。
瓦落くん怖がりなのに……。
『大丈夫か、手伝えることあったら何でも言えよ』
!
その時稲光の様にある案が閃いた。
そうだ、瓦落くんがいるからこそ試せることがある!!!!それもとっておきのやつだ!!
◼️
「(……いや〜って訳で、瓦落くんいらっしゃいませ)」
「(お、おう……!)」
ヒソヒソ声で話す。なぜなら瓦落くんは今、僕の病室のベッドに潜っているからだ。
なんとか布団を良い感じに盛り、上着などをベッドの上に良い感じに広げて彼の存在を誤魔化している。
なんでこんなことしてるかっていうと、そろそろ看護師さんが僕の部屋に見回りに来るから。
そしてなんで瓦落くんが面会時間を過ぎた病院に入れているのかというと、看護師の佐々木さんが協力してくれたからだった。
『駿くんがナホさんのことを今でも悼んでいて……この病室でどうしても過ごしたいって……入れちゃダメですかね……』
そう言ったら潜り込む協力をしてくれたのだ。一般的には許されないことだと分かっている、でもすごくありがたかった。
僕が試したいことには、瓦落くんが絶対必要だったのだ。
……それにしても。
瓦落くんの筋肉質な身体。手足が触れる、一部絡まる。……なんか変な気持ちだ。僕はまだ女の子ともベッドを共にしたことなどないというのに……。
その時廊下から看護師さんが歩いてくる足音が聞こえた。
!
ベッドの布団の下で瓦落くんが身を固くしたのが分かった。
知らずに身を寄せ合う僕ら。
バレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんように……!!
ガラ、とドアが開く。看護師さんが姿を現した。佐々木さんではない人だった。
「……調子はいかがですか〜?」
「あっはい、大丈夫です」
既に消灯されていて暗い病室だった。まあ大人しくしていればバレないはずだけど……緊張が走る。
「お熱と血圧測りますね」
「は、は〜い……!」
布団から腕だけ出してあれこれやり過ごす。
「お熱はないですね。血圧も問題ないです」
よしっこのまま帰って頂いて……!
と気を抜いた時。
「あら?でもやっぱりちょっと顔赤いですかね?」
「え?」
「ちょっと布団剥いじゃいましょうかね」
「!?いや大丈夫です」
グイグイ押し問答する。
「でも暑くて寝汗かくとね」
や、やめてえええ!!!!
「いや本当大丈夫ですからあ!!!!その……いま僕ズボン履いてないんでえ!!!」
◼️
「……瓦落くん?笑いすぎだよ?」
咄嗟に出る一言ってどうしてああも脈絡がないのだろう……。
看護師さんが去った病室にて。
声を殺し腹を抱えて笑う瓦落くんを僕はジト、と睨みつけた。
「あの時吹き出すのを我慢した俺を褒めて欲しいね……ぶはははは」
確かにあの時瓦落くんが吹き出していたら諸々終わっていた。瓦落くんの腹筋に感謝……まあそれはさておき。
「ほらほらそれよりも!瓦落くん本題だよ!ナホちゃん助けるんでしょ!」
僕らは気持ち切り替え、怪奇に立ち向かう準備を始めた。僕はまず霊力のある小刀、お札を鞄から取り出した。
そして次に瓦落くんに怪奇との対峙方法の説明をした。
「……という訳で、ナホちゃんを物理的に取り戻すのは残念ながらやっぱり無理なんだ……」
「そ、そうか……」
瓦落くんはうなだれた。目のふちが少し赤い。ごめん瓦落くん。力になれなくて。
「でも、さっきの方法ならナホちゃんの魂だけは自由にしてあげられるかもしれない。
それにはさっきの方法が有効かもしれないんだ。
今回の作戦のキーは瓦落くん、君だ。
やれそう?」
「!ああ……やる、やらせてくれ!」
「分かった。……だけど『例の交渉』に失敗したら、僕らも怪奇に食われて終わりだ。怪奇の一部と化し、成仏も出来ずに彷徨うことになる……それでもやるかい?
僕は良いよ、そうして死んでいってもそれが『おつとめ』だから」
瓦落くんは一瞬目を見開き、手を握って答えた。
「絶対成功してやるよ!今度こそナホを救ってやる、それに『おつとめ』なんかでお前を死なせねえ!」
◼️
僕が指示した通り、ふたり暗い病室で折り鶴を折っていく。
元は病院のパンフレットを正方形に破いただけの紙なのだけど、何かしら折れればそれで良かった。
ベッド近くのライトだけが、僕らの手元をぼうっと照らしている。
無言でせっせと2人で鶴を折る。
何かの儀式をしているような気分だった。
……そういえばさっきからやけに静かで、廊下にも誰の気配も感じられなかった。外界から閉ざされているかの様だ。
淀んだ空気が更にその濃度をどんどん増していくのを感じる。
ふとねっとりとした血の匂いが一瞬どこかから香った。
この重苦しい空気感……間違いない、怪奇がすぐそばで僕らを監視している。
いよいよだ。心臓がドクンと跳ねた。
折り鶴は次々に出来て、机の上に徐々に増えていく。2人で遊ぶには明らかに多い数。
それを合図に瓦落くんは口を開いた。
「……ナホがこの病室にいた時もよくこうやって2人で遊んだよな。色んな色のやつで折ったこともあったっけな。
覚えてるか?……なあ、ナホ」
その瞬間。暗闇からすっと細い白い手が伸び、鶴を掴んだ。
「!!!」
瓦落くんと目を見合わせる。よし、こっちから怪奇を呼び出すことに成功した。
白い手は適当に鶴を弄んでいる。
『アソボ……』
来た、いよいよだ。
「あ、ああ……な、何して遊ぶ?」
声が震えている。怪奇と対面して死ぬほど恐ろしい思いをしているのだろう。
『チ ギ リ ア ソ ビ』
「……!こ、これで良いか?」
瓦落くんは折り鶴をビリビリにちぎった。
その瞬間、耳をつんざくような声が病室を支配した!
『チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ!!!』
怒り狂った怪奇はその本当の姿を現した。
目前に迫る大きな肉塊。手足内蔵髪の毛が雑多に混ざり合い四方八方に生えている。
「……っげええ……ッ!」
むせかえる血の匂い。おぞましいものを目前にして、瓦落くんは歯を食いしばって耐えている。
『ウデウデウデウデウデウデウデウデ!!!!!!!』
僕の両腕に絡んだアザが僕の手を引きちぎる様に力を増す。
「い、痛い……!!瓦落くん、早く……!!」
僕も痛みに耐える。でも長くは持ちそうにない!
「……な、ナホ……!…戻ってこいよ!!」
瓦落くんは必死に訴えている。
『カラダ……』
引きちぎられそうだ……!心拍数が増すのを感じる。
「お前にカラダなんかやれない……だからコイツをやるよ!!」
瓦落くんは霊力のある小刀を怪奇に突き刺した!
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
小刀はその霊力で、怪奇の支離滅裂な肉同士の結合を解く。血が吹き出した!
怪奇は地鳴りの様な呻き声をあげている。
『カラダ!モット!!』
せっかく集めた体を解体されるものかと抵抗している!
「ぐあああああ!!!!」
キイン!と耳鳴りがして身体中が締め付けらえる。頭が痛い喉が痛い足が痛い目が痛い、手が燃える様に痛い!!!
怪奇の必死の抵抗は、おぞましい圧を生んだ。
激しい痛みで立ち上がれない!
瓦落くんは必死に首を抑えて身体をガクガクさせている。へし折られようとしているんだ!
だんだん頭がぼんやりしてきて、視界がぼんやりしてきた。肩や肘あたりがミシミシ言っている。
折 ら れ る……。
もうダメかと思った時。
『オニイチャン……』
!これはナホちゃんの声……!
一瞬だけ全身の痛みが緩んだ。息が吸える。ナホちゃんが怪奇を抑え込んでくれているんだ!
その瞬間を逃さず、瓦落くんは怪奇に踏み込んで怪奇から小刀を引き抜いた
「ナホを返せ!!!!!」
そして今度はいっそう深く突き刺した!
『イヤアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!』
耳をつんざく様な女の悲鳴と共に、肉の塊は解けていく。今度は致命的なまで刺さったようで、血しぶきがあがり病室中を血の海にした。
肉塊が解けると、中から幾多の人魂が飛びだし宙へと舞って消えて行った。あれはきっと怪奇に身体を奪われた女の子達の霊だろう。
最後、肉塊の真ん中には小さな古いリカちゃん人形が混じっていた。これが始まりだったのだろう。それは悲しげで寂しげなような、怒りに満ちた顔にも見えた。
瓦落くんはふらふらとそれに近寄った。
そして膝をついてそれに話しかけた。
「お前に身体はやれないが……名前ならやれる、ほら……」
瓦落くんはポケットからお札を一枚取り出した。
元々『瓦落多』と書いてあったそれを『瓦落』と『多』に分けてちぎった。
そして『多』の部分をリカちゃん人形の前に置いた。
「これは俺の苗字の一部なんだけどよ……これを俺の体の代わりにお前にやるよ。
『多』これで『なお』って読むらしいぜ……そこの由真が教えてくれたよ。
どうだ?なおって女の子っぽい名前で可愛いだろ。一丁前の人間みたいじゃないか……だからもう、人の体を奪うのはやめような……成仏しよう」
その古い人形はぎょろりと目を動かし『多』というしばしお札を見つめると、お札と共にふっと消えた……。
そして代わりに現れたのは、ぼんやりとした光の粒。それは集まってやがて少女の形になった。
『オニイチャン……』
「ナ、ナホ!あ、ありがとうな、お前が協力してくれたんだろ?だから助かった、ありがとうな」
瓦落くんは光の少女、ナホちゃんを抱こうとしたけど、その手は空中を掠めた。
そして、く……と両手を膝の上に置いた。
「ごめんなナホ、俺のせいでずっと苦しい思いをさせてきて……」
それは聞いている方がいたたまれない、悲しみと後悔に満ちた声だった。彼はずっとこんな苦しい胸をうちを抱えて生きてきたのだろう。そんな瓦落くんを見ていて、僕も胸が苦しくなった。
『イイノ……ユルス……』
「な、ナホ……!」
『オニイチャン、アリガトウ……ダイスキ、マタネ』
そう言って少女の光は霧散した。
ふと、秒針がカチコチなる音が聞こえる。
気がつけば、肉塊は全て消えいてた。
病室の外でも人が歩く気配が感じられる。
『戻ってきた』と感じた。
「『お兄ちゃん大好き』っていうのは……な、ナホがよく言ってたんだ。ありがとよ由真……俺たちを救ってくれて……」
それは震える声だった。
こうして事件は解決した。
しばらくして、例の墓地は以前、小さなお寺だったと風の噂で知ることになる。
なんでもそこは、人形供養をしていたらしい。
人形供養とは、もとは持ち主に可愛がられていた人形が、持ち主によって手放されること。
あくまで人形から見れば、の話だけれど。
もしかしたらあの怪奇は、元は捨てられた古い人形で、捨てられた悲しみから怨念と化したのではないだろうか。
そして、人間の体を得て人間になれば、もとの持ち主のところに戻れる……そんな風に思っていたのかもしれない。
だけどいつしか、そんな当初の思いを忘れ去り、人の体を貪り食う様になってしまった。
過去に自分につけられた名前すら忘れて……。
だけどあの時、瓦落くんによって名前を授けられ諭され、納得できたから怨念が浄化され、人形としての人生に幕を閉じれたのかもしれない。
全ては憶測に過ぎないけれど、僕は当たっている気がする。
彷徨える怪奇が成仏できるならそれに越したことはない。犠牲者も解放されてめでたしめでたし。
良かったよ。
良かったといえばもう1点。僕は退院時に言った。
「そういえばさ、瓦落くんあのとき苗字あげたでしょ。だからこれからはちゃんとガラクになるよ」
「え、はあ……?何言ってんだ由真……やっぱりまだ具合が」
僕はへへと悪戯に笑って、瓦落くんの顔を覗き込んだ。
「ほんとだよ。怪奇が存在するでしょ?人間が消えたりするでしょ?科学って?って感じで理不尽でしょ?
なら誰かの名前の一部が消えることだってある……なかったことになる。そういうこと。
学生証とか今持ってるなら、見てみてよ」
今いちピンと来ていない様子の瓦落くんだったけど、身分証を見て仰天していた。
「おっ俺の苗字が『瓦落』になってる!!『多』どこ行ったんだよ!?」
「だから怪奇にあげたでしょ。怪奇に名前をあげるってそういうことだからね」
「……!!!!すげえ……」
彼はただひたすらに目をまん丸にしていた。
だってさ、ガラクタなんて苗字やだって本人が言うから。それに僕も瓦落くんはガラクタなんかじゃないって思うし。
「怪奇はね、時にこうやって利用するもんなんだよ」
僕はえっへんと威張った。
後日。そういえばと、僕らは改めて病院の佐々木さんのところに挨拶しにいくことにした。彼女には色々お世話になった。佐々木さんのアシストがなければ怪奇との対決は難しかっただろうから。
ナースステーションにて。
「すみません、看護師の佐々木さんいますか?」
「?」
佐々木さんが何人もいるのかな?僕は特徴を伝える。
相手は顔を曇らせた。
「佐々木さん、結構前に亡くなったんですよ。とっても優しくて良い人だったんですけどね……」
続く
月夜オンライン書店では、過去に掲載したシリーズの番外編やココだけの読切作品を取り扱っています。
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