お題『すれ違い攻めが受け溺愛』
書いてみたんですけどこれで合ってますかね?
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恋なんてこりごりなんだよ。
「好きです、付き合ってください!」
「えーと、恋人は作る予定はなくて……だからごめんなさい」
「俺が年下だからですか!?」
2年前に年下の恋人に振られてから、僕の心は凍りついたまま。あとデカい声で告白するのやめてくれない?
「いや、ハハ……そんな別に年齢とかじゃなくてさ、仕事に集中しなきゃいけないってだけで」
「仕事の邪魔しませんから!」
「いや、えっと僕が集中できないってだけでさ」
恋人なんて、またいつか裏切られるんじゃないかと、気が気でなくなるのがイヤなんだ!
「真琴さんなら恋と仕事両立出来ますって!あ、やば時間だ、って訳でまた来ますね〜!」
「えっいやもう来な」
来ないで良いよ、を言わせてもらえないまま、彼はピューン!と消えて行った。
西島いつき君、22歳。カッコよくて犬系で、すごく爽やかに笑う。そして好きになったら一直線、押しが強くて僕が一番苦手とする人種。
頭上をごう、と飛行機が飛んでいく。やばい、僕も良い加減仕事に戻らなきゃ怒られちゃう。いつもの仕事場へと僕も走って戻る。
ここは飛行場で、僕は整備士だった。ついでにさっきの彼はパイロット。ちょっと前に配置転換でここにやってきた。そんなとこまで前の恋人と被ってて、ほんとマジ鬱。
『追ってこないで』
「真琴さんモテますねえ〜」
「あんた埋めるよ」
一緒に並んで備品チェック&磨き作業やってるのは、同期の大輝。おんなじ整備士。
「パイロットからパイロットへ乗り換えってスゲー夢あるじゃん」
「捨てられてるの僕のほうだから!分かってくせに!もう余計なこと思いださすなよっ!」
ぺしんと肩を叩いた。
「パイロットってクソやばいやつばっかりなんだよ。あっちこっちに恋人がいて、浮気って概念ないんだから!おまけに友達同士の遊びで1週間で何人恋人作れるかゲームとかしてさ……ウッ」
過去の心の古傷が傷んだ。
「わ、ワア〜すまん真琴落ち込むなってえ」
あたふたする大輝にヘッドロックをかました。
「このっ大輝め〜!!!」
そんなくだらないパイロット同士のゲームに過去引っかかったバカのひとりが僕だった。
その時から僕のこと励ましてくれてたのは大輝。
「今日の晩御飯をおごれえ!」
「分かったからあ!」
半ば八つ当たり気味に、本日の飲みを奢らせることを確定させた。
よくこんな風に立ち直れたな僕。
脳裏によぎった約2年前の今頃。
『真琴さんていうんですか?きれいな人ですね』
『仕事頑張ってる人って好きだなあ、尊敬です』
『僕と付き合ってくれませんか?』
元恋人は、僕の心をすっと掴んだ。
一緒にいた期間の短さなんか関係なかった。
大好きだったのに、それは1ヶ月で儚く終わった。
『お前みたいなのと真面目に付き合う訳ねえじゃん!』
タネ明かしの時の、あの見知らぬ人みたいな下衆な笑い声……。
その後別の飛行場にすぐに移動になって、もう顔を見ることもないけれど。
恋に落とすのは一瞬、地獄に落とすのも一瞬。僕が地獄にいたのは2年。
そんなことが、彼らみたいな魅力たっぷりの男は出来るのだ。
僕は頭を振って追い出した。忘れろ真琴。
仕事終わり。
「ねー大輝。今日ちょっと遠くのあの店行きたいな〜」
「うわ俺のおごりだからって真琴」
「黙って奢りな」
待ち合わせして、歩き出そうとした時。
「真琴さん!」
後ろから聞こえたデカい声にビクッと肩が揺れた。え……。
振り返れば長身の良い男がにこにこして尻尾を振っている。
「真琴さん!今日晩御飯一緒に行きたいな〜って思って職場に誘いに行ったらもう帰ったって言われて!え、今日はこちらの方とお食事に?なら僕も行きた」
「無理ですう!大輝が失恋しちゃってえ今日はその慰め会なのでえ!親友同士じゃないと出来ない話とかあるんでえ!ほら大輝行こっか!じゃあね西島くん!」
強引にその場を後にした。
ぽかんとしてる西島くんがちょっと不憫な気がしなくもないけど、アレも演技かもしれないのだ。パイロットは誰も信じないと決めている。
「真琴お俺をかわいそうな子にすんなよお……」
「ごめんごめんビール奢るから」
ヒソヒソとやり取りした。
夏も終わりに近づいてきて、ビールがとにかく美味い頃だったし、その日は大輝と楽しく飲んだ。
大輝は気のいいやつで、面白くて、最高の友達だった。共通の上司のモノマネが超似てて僕は爆笑した。
その帰り道……。
『ちゃんと帰れました?あんまり寮に遅く帰るのダメですからね?』
っておかんかよみたいなメッセージが西島くんから届いていた。
そう、僕ら職場の近くにまとめて寮に住んでるんである。幸いなことに西島くんは住む棟が違うので突撃してこないってだけ。
まあ、今の飛行場にもそんな長くはいないだろうし。彼が気がすんでそしてどっか行くのを待つだけだった。
はあ。部屋で飲み直そ……。
翌日。西島くんが朝普通に僕の仕事場のデスクに座ってたのでびっくりした。
「おはようございま〜す♪」
「えっえっ?」
僕出勤先を間違えたかな?と思うほど自然に僕の席に座っている。
西島くんはにや、とちょっと含みを持たせて笑った。
「だってえ〜昨日返信なかったから、飲みすぎちゃったのかな〜って。差し入れ持ってきましたよ、ヘパリーゼでしょ、アイスティーでしょあと朝食代わりの美味しそうなマフィン!」
はいって渡されてとりあえず受け取った。
「ね〜それで昨日大輝さんと何をお話したんですか?」
「大輝がモテない話……?」
「ええ〜ホントですか?結構カッコイイじゃないですかあの人。フラれたから真琴付き合ってくれ〜とかあったらやだなって」
一瞬キラリと彼の目が光った気がする。取り締まりの刑事かよ。
「ないない、ないで〜す」
「ホントにい?」
「ないしあったとしても僕らの自由です〜」
「!?やっぱり怪しいくだりあったんじゃ」
「ほら他の人くるし始業だからどいてほらほら!じゃあね〜!」
いなしてどかして帰らせた。
マフィンは食べた。うまっ。
あの子センス良いな。
僕の思いはさておき、西島くんはここの飛行場で人気者だった。男女問わず人を惹きつけた。それにスタッフはパイロット狙いで若い女の子も結構多いから。
飛行訓練が一息つく夕方くらいに、大体なんか人に囲まれている。エース西島。能力も高い彼は、いつも人の常に中心にいた。
(今日も盛り上がってんなあ……)
そう思ってこっそり遠巻きに通り過ぎようとしたら『真琴さーーーーん!』ってデカい声で声かけられて、ブンブン分かりやすく手を振られて。ぎょっとして僕は走って逃げた。
ああやって『遠くからでも気づいてるよアピ』っていう技なんだろうな。恋愛ゲームの。
うっ寒気がする。冷房効きすぎのせいじゃない。
だってさ、ほとんど喋ったこともなく、ウツクシ〜容貌でもない僕を即気に入るってマジ有り得なくてさ。あんなの恋愛ゲーム以外ないんだよ。耐性ついてて良かった……訳はないのだけど……。
それにしても西島くんのさっきのわんこ顔、ほんとばか。
西島くんはかわいい年下の時もあれば、実際にエースの顔を見せる時もあった。
整備も色々と調整がある。そのテスト飛行の時。その飛行機の軌跡を見て、彼はまごうことなき天才なんだと確信した。迷いなく空を飛ぶ様はカッコよくて、眩しく見えた。
飛行機から降りて、ヘルメットを外す。僕を嬉しそうに見下ろした。
「どう?データ取れました?必要なら何回でもやりますよ」
「本当?ちょっと試したいことがあるんだけど良い?」
「もちろん」
西島君は仕事に妥協はしなかった。ストイックだし気が利いて、『パイロットの友人』としては申し分ない人だと思った。仕事を通して見直したとも言える。まあ、それだけだけど。
そんなある日。
「ま〜ことさん♪お昼行きません?夜だと逃げられちゃうから」
西島くんがにこにこと仕事の合間に声を掛けてきた。
「あ、僕お弁当あるからごめん」
「え、真琴さん弁当作ってるんですか?」
「うんまあ節約に」
「良いな良いな良いなああああ」
「誰か女の子に作って貰えば良いじゃん」
「真琴印のやつが良いんです!」
何?ってくらい羨ましがる顔がちょっとだけかわいく見えたけど。
「無理」
「冷たッ!じゃあこれからお昼一緒に食べるだけでもどうです!?僕は買ったおにぎりを持参します!これなら0円ポッキリ!安心でしょ!?」
「何言ってんだよ」
「お願いい」
あまりにやいやい言ってくるから、お昼くらいまあいいかと思って了承した。
「え!良いんです!?やったぜ〜〜〜!!!!」
天に向かってガッツポーズしてて、西島くんてやっぱりちょっとばかだなって思った。
それから西島くんはお昼になると毎日ひょこ、とニコニコ顔で僕の仕事場に現れるようになった。
さっ行きましょ♪と。
大輝は別チームで動いているので、お昼はいつも別だった。
「はあ〜一緒に食べるおにぎりうまあい♡」
それが西島くんの口癖だった。僕は苦笑した。
大抵約束の5分前に現れる彼だったけれど、ちょっと遅れて走って汗だくで現れた日があった。
「……ぜえっハア…ッちょっと今日訓練の場所が遠くて……カハッ……」
「無理しなくて良いんだよ??携帯に一報くれれば別に一緒に食べなくても良いんだし」
「いえ真琴さんとのランチタイムを逃す訳にはいかないので!」
そしてその日、食べ終わると猛スピードでうおおおおとまた走って帰って行った。
その翌日も西島くんは汗だくで現れたものの、肝心のおにぎりは買えなかったらしい。なので仕方なく僕のお弁当をわけてあげた。本当に仕方なく。
「うんまああああああい♡♡♡」
すごい感激ぶりだった。これが嘘なら西島くんは役者になれるのではないだろうか。真相はわからないけれど。
仕方ないので僕は、翌日から西島くんの分も作ってあげることにした。弁当1個200円で売るという商売のテイで。
「真琴さん!この弁当が世界で一番うまいです!!!!!」
「あっそ」
そんな僕らを見て大輝は言う。
「あの子なかなか真琴のこと好きなんじゃないか?」
「え〜……?」
「真琴はどう思ってんの?」
「う〜ん……まだわかんないや」
ふ〜んと大輝は言った。
そう、まだわかんない。わかんないはず。
別に可愛いとか思ってないし。
そんな均衡がある日崩れることになった。
西島くんに一緒に飲みませんかと誘われて、その日はあいにく大輝が休みでいなくて、じゃあ2人で行こうかとなった。
美味しい酒場、美味しい料理。エース西島はおしゃべりも堪能だった。まあ大輝お得意の上司モノマネには敵わないけれど、僕は楽しくなってケラケラ笑ってしまった。
西島君、自分の話がウケたからってそんな嬉しそうな顔するなよ。勘違いしそうになるだろ。
まだまだ夜は夏の名残があって暑い頃。
ほろ酔い気分で並んで帰路に着いた。頭上を飛行機が飛んでいく。うちの飛行場に帰るんだろうな……。
「僕、パイロットになれて良かったと思ってるんです」
「ふうんそうなんだ、なんで?」
「だって好きな人を後ろに乗せて、とっておきの夕日を見せに行けるんですよ!?めっちゃロマンチックじゃないですか!ね、真琴さん!」
そうやっておだてて喜ばせて勘違いをさせるのかい?君も。
「まあ僕のアテンド代は高いからね〜」
「おっいくらですか?」
「1フライト500万」
「本当に高い!」
彼はゲラゲラ笑っていた。
だけど楽しそうなその顔に、嘘は無さそうに見えた。
「じゃあ僕こっちだから」
「お部屋の前まで送りますよお」
「お母さんかよ。大丈夫!……今日はありがとね」
別の棟に部屋のある西島くんとは適当な所で別れた。なんとなく気分よく僕は1人でぷらぷらと歩いていた。
ほろよいでも飲もうかなあ……。
今日のことをなんか楽しく思い出していたから、油断した。
「大人しくしろ」
知らない人に後ろから掴まれた。手首を捻りあげられて、口を塞がれる!
暴れたけどビクともしない。金か?殺す気か?それとも変態か!
首にかかる吐息がいかにもな変態感で、死ぬほどゾワついた。うわやだやだやだやだ無理コイツ!変態のくせになんでこんな力強いんだよいや今死んだ方がマシ!だ、だれかーーー!!!
「真琴さんから離れろ!」
その時ダダッと現れて変態を引きずり倒してくれたのが西島くんだった。
「お前何してんだよ!!!!」
めちゃくちゃキックしてて僕は西島くんを羽交締めにしないといけない程だった。
「やりすぎ、やりすぎ、もう良いって!!!」
「俺の大事な人に何するんだよ!!!」
変態は気絶した。西島くんの大きな声が響いて、深夜の寮にこだました。
僕の心にも。
「……やっぱり部屋の前まで送りたいなあって思って勝手についてきちゃったんです……ごめんなさい」
「ううん、わざわざありがと……」
僕はそのとき西島くんに恋に落ちてしまったのだと思う。
足元がなんかふわふわして、彼と部屋の前で別れ、そしてひとりでお風呂入ってる時にやたら西島君の顔が浮かんだ。さっきのセリフも。
次の日、起きた瞬間思い出したのは西島くんのこと。あの犬みたいな笑顔が浮かんでドキッとして、あ、これは恋だと思った。
僕はばかであほで単純なやつだった。
パイロットにはもう恋はしないと誓っていたはずなのに、こうしてあっさりまた恋に落ちたのだ。
その日、いつもより1時間も早く起きたので、いそいそ西島くんに特別弁当を作ってみたりした。
昨日のお礼ということで。アピ。ばっかみたい。でも好きな人のために作る料理は久しぶりにわくわくして、どうしようもなかった。
「〜♪」
「どしたん、真琴。めっちゃ機嫌良いじゃん」
「別にい♪」
大輝に笑顔振り撒き、僕は午前の仕事をこなして弁当バックを持ち昼のいつもの集合場所へと向かった。
だけど向かう途中、西島くんとそのほかの同期っぽいパイロットたちが一緒に歩いてるのをみてなんか咄嗟にちょっとした備品室に入りこんでしまった。巨大な棚の下あたりに隠れた。
パイロット恐怖症なんだぶっちゃけ。見るだけで寒気がする。整備士なのにね。なんて業なんだろう、でも飛行機は好きだから無理やり働いてるんだ。
まあそれはさておき……。
あっち通りすぎてくれという願い虚しく、僕が入るの見てた?ってぐらい自然に向こうも同じ備品室に入ってきちゃった。
「は〜たばこうめ」
知らん子の声だけど。
ここ備品室だぞ!?火気厳禁だっつうの!!やだこういうこ慣れてるやつ。あいつまじ往復ビンタ。こんなとこでサボってんじゃねえ〜!
「西島、ところで最近どう?ここの基地に良いのいた?」
!
突然の恋バナに耳を傾ける。ここでならきっと偽りのない彼の本心が聞けるはず。信じてるよ西島くん!
「いや〜別に……」
「ホントかあ?やたら気に入ってる整備士いるって噂だけど」
!
心臓バクバクしてどうにかなりそう。それって僕?違ったら相当恥ずかしいやつだけど大丈夫そう?
「誰だっけ」
「まことじゃなかった?」
別の子の声。うわ、真琴ってここには僕しかいない。うわ、うわ、自分の噂話をコッソリ聞くのスリリングさがすごい!
「で、どうなの実際!」
やんちゃな同期があれこれ聞いていく。ドキドキしながらその話に僕も耳を傾ける……。
「え、ああ。あの整備士は全然、何とも思ってない」
「ホントか〜?お前。弁当作ってもらってとか聞いたよ」
「まあ、正直いうと、整備士を1ヶ月で落とせるかって賭けを先輩としてるだけでさ。弁当用意させてんのは便利だから。整備士って手先器用だから料理美味かったりするし?」
「床上手でもあったりして?」
「さあ?その辺は知らんけど。賭けが終わったらポイする予定、全然暇つぶしのゲーム。興味なんかないよ。まあ一回くらい寝ても良いけど〜?」
時間が過ぎ、彼らは出ていった。
それを確認して這い出した。
……。
や、やっば〜めっちゃ気合い入った弁当とか渡さなくて良かったほんとハハハ命拾い……。
好きですとか勢いで言わなくて良かった〜!
「…………」
ぎゅ、と手のひらを握った。
一粒も溢れない様に目をきつく閉じた。
泣くもんか。やっぱり騙されてたくらいで!
僕に恋人など無理な話なのだ。やっぱりパイロットってクソみたいなチャラ男ばっかり。もう誰も信じない。
どうしようこのクソダサい弁当。
さすがに捨てる気にもなれず、とりあえず紙袋に入れて持ち歩いていた。呆然としていた。
まあいいや、とりあえずそのまま家にでも持ち帰って弁当箱ごと捨てよう。
「よ!真琴!」
そんな時に後ろから僕の肩をバ〜ン!と叩いて陽気に現れたのは大輝だった。
「大輝うわめっちゃ良いところに!お昼食べた?食べてないよね?これあげる!」
「え!え!?これ真琴の手作り弁当!?えっこれまさか俺のためにわざわざ……!?」
「いやえっとそういう訳じゃないんだけど、とにかく食べな!?」
強引に押し付けた。いつもと全然違う場所で、並んでベンチに座って、大輝がうまいうまいと頬張るのを見ていた。すごい美味しそうに食べるじゃん大輝。ありがとう大輝のおかげで弁当成仏できるよ。
「真琴〜!うめえ〜!」
「そう?良かった〜!」
ささくれてた心が回復していく。
ありがとう大輝……。
そうして昼休みはあっという間に終わり、午後の仕事が始まった。作業に没頭して、夕方。
さっさと帰ろうとふらふらと歩いていたら。
「ね!真琴さん!」
「ヒッ!!!」
スッと廊下から現れたのは、西島くん……。
「どうして今日はいつものとこに来てくんなかったの?俺ずっと待ってたんだよ?携帯に連絡も全然返ってこないし。仕事忙しかった?それとも具合でも悪くて休んだりしてた?」
「いやその仕事が立て込んじゃって…ごめん」
うわ何謝ってんだ僕〜!はっきり言えよ、全部聞いてたって!
「そうなんだ、整備士って忙しいもんね。でも皆のおかげで俺たちは空を飛べる」
頬を撫でられて、ゾワと寒気がした。
これも優しいふりだもんね。
悔しくてドロドロした気持ちが渦巻いていく。シンシンと耳鳴りがする。
「真琴さん?どうしたの顔色悪いよ大丈夫?」
「あ、うん大丈夫!その、明日からやっぱお弁当作れないや、忙しくてごめんその、パイロットの友達と食べてきてよ、僕昼休憩とかそもそも勉強しないとだしひよっこだからさ、あとゴミで底辺だしねそれじゃあね!」
「え!?あ、待ってよ真琴さん!」
そして走って逃げた。
くそだせ〜!年上の矜持どこだよ!
こんなんだから舐められるんだ。前の恋人にも。消えたい。
だけど、ただ一つ幸運なことに、翌日から西島くんは2週間程別の基地に飛行訓練に行くことになっていた。
『真琴さん、今日はなんだか元気なかったみたいだから心配。あと明日から会えないのさみしい』
そうメッセージ上でのたまう西島くんだった。
『気をつけて行って来てね』
それだけ返信した。
翌日。
『いまから飛ぶよ〜。あっち着いたら連絡するね』
『こっちめっちゃ空綺麗!』
『珍しい食べ物買ったよ』
いっぱい連絡をくれる西島くんだったけど、どれにも返信はしなかった。
そして僕は上司に異動願いを出した。
「えっこんな僻地に異動願!?しかも来週からって正気!?」
上司には驚かれたけど、人がいない場所だからこそ個人としての成長が〜云々と言い訳してゴリ押しした。
元々超超不人気の場所で、募集しても誰も行きたがらないようなところだったので、僕の異動願いはアッサリと聞き入れられた。
超スピードで片付けして、西島くんが帰ってくる前に僕は異動した。山盛りで毎日来る連絡は、どれにも返さなかった。
男だらけのむさい職場ではあるものの、その飛行場を離れる日にお別れ会してもらって、お花をもらった。辛い失恋の思い出の残る場所だったけど、仕事頑張ってきたところでもあったから僕はちょっと泣いた。
そして訪れた、新しい職場。新しい寮。
「真琴〜この荷物ここで良いんか」
「あ、うんありがとう大輝……でも本当に良かったの?」
なんと当たり前のように大輝が同じ場所に異動でついてきていた。
「俺たち親友だろ!それにこんな僻地で真琴が病んだらかわいそ〜だろが」
爽やかな大輝。あまりにも良いやつだった。
「うっ大輝……大輝に爆乳美女の彼女ができるよう祈ってるよ」
「こんな僻地にいねえっつーの!それよりさ……ま、真琴……」
突然神妙な顔してどうしたんだろう?
「何?なんか深刻な話……」
その時ピンポンとインターホンが鳴った。
今日は日曜だったけど、誰か来たみたい。
「ごめん大樹、ちょっと待ってて……ってええ!!?」
インターホンに映る人を見て心底驚いた。
「真琴さん、なんでこんなとこに異動しちゃったんですか!?連絡も全然返ってこないし!俺は……俺は振られたってことですか!?しかも男つきで異動ってまさか」
心底おぞましい目で大輝を見つめる西島くん。
両者間でバチバチ火花が散っている。
「……だって……」
「お前なあ!真琴はすっごい落ち込んで」
「大輝!!!大丈夫だから!!!!」
大輝の口を塞いだ。くっ落ち込んでたことなんて知られたくないから内緒で良いよ大輝!!
「僕1人で大丈夫!ごめん大輝ちょっとあっちで待ってて!!」
どうして西島くんは追ってくるんだろう。その気なんかないくせに。悲しいのはもううんざりだ。
小さな中庭で2人きり。僕は自分が聞いたことを全て話した。ただその本意を知りたかった。
西島くんは勢い良く頭を下げた。
「すいませんでした!あれ聞かれてたんですね。どうりで……。
いや違うんです、あれは同僚を欺くためっていうか、誤魔化したかったから。ご存知かもしれませんが、俺たちパイロット仲間にはくそ遊んでいるやつが多いのも事実です。最低なゲームしてるやつも確かにいますが、あの時俺が言ったのは全部嘘で、そんなゲームには参加していません。
真面目に付き合いたい人がいると知られたら、それこそ『真琴さんを横取り出来るか』というゲームが始まりかねない。でも好きな気持ちは抑えられなかったから、表立ってアプローチをしていました。
しかしまさか聞かれてたとは……すみません、色々誤解を招きました。
真琴さん、それで。
ここからが僕の本題です。好きです、最初に会った時からずっと。遅くまで飛行場で整備の仕事熱心にやっているあの綺麗な横顔に、一目惚れだったんです」
「どうやったらそれが本当だって信じられるかな……?」
「頑張って毎週会いに来ます。それなら本気だって信じてくれるでしょ?流石にこんな僻地にゲームの賭けに勝つためだけに毎週来る物好きなんかいませんよ」
西島くんは苦笑していた。
半信半疑だったけど、本当に西島くんは毎週来た。
毎週何時間もかけ、へとへとになりながら……。
3ヶ月が経った頃、僕はようやく西島くんを今度こそ本当に信じた。
僕ら付き合うことにしたよと大輝に言ったら、『なんだ、おめでとう』とちょっと悔しげに言った。
ある日。僕が料理していたら、西島くんと大輝がちょこっと口論する声が漏れ聞こえてきた。
「お前なあ、真琴泣かしたら許さんからな!お前だから譲ってやったんだぞ」
「泣かしたりしませんし、寂しい思いさせないように給料3ヶ月分のやつ買って今日持って来ましたから。大輝さん見たいです?見せませんけど」
end
月夜オンライン書店では、過去に掲載したシリーズの番外編やココだけの読切作品を取り扱っています。
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※boothとnoteは取り扱い内容同じです。
よろしくお願いします♪