翌朝。
なんか頭痛いなあと思いながらも僕は昌也の病院へ向かった。今日は仕事はお休みした。行きしなに桃を買った。マンゴーも買ってあげた。
何だかんだでいそいそと向かっちゃってる自分がいた。自分でも馬鹿だと思う。
でもやっぱり僕は昌也が大好きなのだった。
ちょっと肌寒い秋風に吹かれて歩きながら、昌也のことを考えていた。
……これはもう随分昔の、お恥ずかしい話だ。
今でこそ仲良し家族っぽいウチだけど、一家離散しかけたことがある。
父ちゃんの浮気がバレ、母ちゃんがショックから宗教にハマり、献金しまくり家が大分傾いたのだ。僕の学費どころか生活費すらままならない。そんなタイミングで父ちゃんの病気が見つかる。
僕が身体を売らなければいけない、こんな貧相な身体だけど。みたいな状況になったことがある。
でも家にお金ないし、にっちもさっちもいかなくて、風俗の面接を受け、受かるだけ受かってしまい、初出勤という日。
『指名入ったよ』と黒服のスタッフに言われ、イヤでイヤでイヤで、イヤすぎて本当にイヤでやっぱり無理だからもう樹海にでも行こう。そう思って店の軒下で泣いていた時。
たまたま昌也が店の前を通りかかったのだ。
大学の同級生の昌也。全然喋ったことない顔だけ知ってる超イケメン。そんな印象しかなかったんだけど。
『どっどうしたの?そんな泣いて』
恥ずかしい家の事情を話すのははばかられて、巽にすら相談できてなかった僕だけど、その時はつい昌也にポロリと話してしまった。
『金ねーの?じゃとりあえずこれ使えば。こんな店とっとと辞めちまいな』
ブランドのバッグから札束を雑に集めてザッと渡してくれた昌也。
『返さなくて良いから。別にまたあげるし』
『……!』
昌也は気前が良すぎるところがある。
でもあの時、本当に困っていた僕は昌也にホントにホントに救われたんだ。店は働かずして辞めれた。そこから家の風向きが変わり始めた。
あのとき昌也がポンとお金渡してくれなかったら、僕は今頃死んでいるかもしれないのだ。
僕のヒーローとなった昌也に一気に恋に落ちちゃって、恥を捨てて昌也に告白したんだ。周りの奇異な視線に臆することなく。
『良いよ。寧々、ってそれにしても女のコみたいな名前だなあ。よろしくな』
何故かOK貰えて、舞い上がってしまったあの日も随分昔の話。
まあ、女好きのストライクゾーン広すぎ昌也だから、寧々という女みたいな名前ってだけで謎にイケるかもと思ってしまったのかもしれない。
それに恋人=ひとり、という認識の薄い昌也だから来る者拒まずなところもあったし。
まあ、そんなこんなでかれこれ数年スパンで付き合いをしている僕ら。数え切れない回数浮気されたけど、僕は昌也に惚れた弱みで離れられないでいる。
昌也はあほだぼんくらだと巽はきつく悪口言うけれど、僕はそんな風に思えない。優しいところがあるのも事実だったから。
さて、と昌也の病院の個室前について、そろりとスライドドアを開けた。
「!」
開けた瞬間パッと身体を離した(様に見えた)昌也と看護師の女性。
そそくさと出ていく彼女の後ろ姿をジト…と見つめ、また昌也もジト、と睨みつけた。
「今、なんか距離近くなかった?」
「え?別に?気のせいじゃない?それより寧々!ここ来てよ。桃あーんしてくれんだろ」
ハンサムな顔を悪びれなくにこにこさせている昌也。
「仕方ないなあ〜……」
なんて普通にしてるけどさ。
バレてない風を装うのは辛い。バレてるよお、昌也。
なんでそうあっちこっちでイチイチ手を出すんだよ。いや、昌也が超イケメンだから女性がわさわさ寄ってくるのもあるんだけど。お断りしてくれたら良いのに。
「桃高くてさあ〜」
なんて世間話しながら果物に刃を入れた。
好きな人を独り占めできないのは辛い。僕は内心ではこんなに昌也が大好きなのに。
それから僕はしょっちゅう病院へ行った。
悪運の強い昌也。刺されたのに死なず、まあまあ軽傷で済み、数週間程で退院出来るということだった。
だけど浮気性で油断ならない昌也。出来るならずっと張りついておきたかった。
まあ僕が張り付いたところでヤツはすぐに浮気するんだけど。もはや無駄なんだけど。
でも出来る限り張りついておかずにはいられなかった。好きな人には1秒でも長く僕のことだけ見てて欲しかったから。
とはいえ、仕事もそんなに休めない。仕事行って、帰りに昌也の病院に急いで走ってって、ちょっと顔を見て、おしまい。
さみしいなあ、疲れたなあ。
そう思って病院から帰ろうとすると、しょっちゅう巽に捕まった。病院の駐車場で僕を待っててくれていた。
「巽。無理しなくて良いんだからね。気持ちは嬉しいしめっちゃありがたいんだけどさあ」
「別に?たまたま近くで取り立てがあるだけだよ。ソイツが頑固でさあ。
あ、取り立て・待ち伏せのお供にコーヒー買ってあるんだよ。いるか?」
そっとホットの缶コーヒーを渡してくれた巽。
ミエミエの嘘をついては僕に優しくしてくれる巽……。
そうして昌也の入院生活は終わった。
退院する時。看護師長のおねえさまがお花持ってお見送りに来てくれたんだけど。
「お元気で……」
と涙ぐんでいる彼女を見て、僕はピンと来た。
昌也……歳上もイケるからって……!歳上の人妻に手を出してついこの間痛い目みたばっかりだろう!!!?
なんかデレデレしてる昌也に背を向け、僕は昌也の荷物を持って病院を後にした。
はあ……とやるせないため息が宙に吸い込まれていった。
ああ、昌也が顔だけ男だったらとっくに別れてるのに。なんでだらしないくせに良いヤツな部分があるんだよ。どうしてあの日僕を救った?
昌也のせいで昌也を嫌いになれない。だいすきなんだ昌也あ……。
そして久しぶりに家について2人っきりになるや否や、昌也は僕に抱きついてきた。
「ああ〜寧々に早くこうしたかった!寧々が1番だああ……」
ハート飛ばしまくりでそう言われたら、僕だってほだされてしまう。
「……病院でも浮気してたくせに……」
「え!?してないって!」
あくまでシラを切る浮気男に、内心で盛大にため息を吐いた僕。
「寧々、大好きだよ」
「うん……」
僕は脳裏にチラつく浮気相手達を無理やりデリートした。
昌也が浮気して僕がゲンナリして、釘をさしてはまた浮気され。巽から呆れられ慰められ。そんな生活がこれからも無限に続いていくかと思われたのだけれど、転機は唐突に訪れた。
「えっ昌也のおとうさん、突然亡くなられたの!?で、え、昌也、本当にもう今日から社長なの!?」
ある日突然のニュース。
電話で昌也からそう告げられて僕は唖然とした。
あほんだら浮気男が、本当に社長になってしまったのだ……!
社長になってから、さすがに昌也はめちゃくちゃ忙しくなった。今までのようにちゃらんぽらんに遊び歩くことは出来なくなった。お付きの様な人に日々監視されながら、社長業をなんとかこなす。
そこまでは良い。
ようやく昌也もマトモな人間になれる……。
嬉しさすらあった。
だけど元が気前が良すぎる男。そういう人が社長になると一体どうなるだろうか。
答えは……。
「寧々。マンション買ってやるよ」
「え!?良いよそんなの!」
久しぶりに会えた日。僕のマンションで昌也はこんなことを言い放ったのだ。
「いーっていーって。寧々には今まで散々苦労かけたしなあ」
「昌也……」
自覚あるんだね……?とは思うものの、その言葉を飲み込んだ。
それに昌也の気持ちはうれしかった。
「ま、ダイヤ、毛皮、何でも買ってあげよう。あ、寧々は女の子じゃないからそういうのじゃねーかあ」
ズッコけそうになる。他の女にもきっとアレコレ買っちゃってんだろうなこの男…!そう思うとさっきとはまた別の感情が込み上げてくる。
分かってるさ!コイツが社長になったところで浮気が治らないだろうことも!!!
で、冗談だろうと思っていたマンション購入も、実際にされそうになって本当に強くお断りした。
「別に良いのに」
昌也はそう言ったけど、さすがに悪いし。
まあね?いくら僕が本命の恋人(真偽は激しく不明)だとしてもだよ。
……。
……それに。
僕にこんなに羽振り良いなら数々の浮気相手にもなんか買っちゃってるだろう。億ション買っちゃってるかも。昌也。いくら何でも羽振りが良すぎるんじゃないのか。資産家なのは知ってるけれど。
漠然とした不安が募って行った。
昌也が社長になってしばらく経ったある日。巽から話があると呼び出されて、僕は巽と喫茶店で落ち合った。
「寧々〜!」
待ち合わせでこそワンワンと尻尾でも振りそうな勢いで手を振ってきた巽。結構久しぶりだったのだ。
だけどテーブルに座るなり、ヒソヒソと巽は言ってきた。
「寧々。いきなり本題だが昌也の会社。結構本当にヤバいんだよ。マジで傾いてきてる。このままだと本当にヤバイぞ」
「えっ……」
ドキッとした。イヤな予感が当たろうとしているのだろうか。
「金なんてなくなる時はあっという間さ。銀行に貸し渋られたヤツらがヤミ金に行き着くのも。
俺は寧々まで巻き込まれて欲しくない。だから昌也と別れろ」
「……!そ、そんなこと言ったって。僕はイヤだよ!」
「じゃあコレを見てもかよ!?」
ダン、とテーブルに叩きつけてきたのは、数枚の写真。
女性と並んで歩く昌也。それは産婦人科から出てくるところっぽかった。
「昌也……?」
グラグラして世界が歪んで、吐いてしまいそうだ!
続く
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