「暁都、起きなさい」
「う…」
俺は父さんに揺さぶられて目を覚ました。かつてこの家で過ごしていた自分の部屋。いけない、いつの間にか机に突っ伏したまま眠っていたらしかった。
「…くだらん小説をまた書いていたのか」
「放っておいて下さいよ…」
どうにもこうにも俺を認めようとはしない父親から俺は原稿用紙を隠すようにそっとしまった。
「気が狂いかけても小説なんぞ書くような変わり者だものな、お前は」
「……」
離れに入れられ、人生で初めて何十時間も出してもらえず俺はいっとき気が狂いかけた。たっくんと別れるという誓約書にサインすれば出してやると言われたが、それだけは受け入れられない俺は、誓約書に小説を書き殴ってその誘惑をねじ伏せたのだ。たくみを想って書いたものだった。
しかしいよいよ神経の糸がブチギレ掛け、万年筆を自分の手首を突き刺したところで俺は離れを引き摺りだされた…らしい。気がつけば自室のベッドにいた。
携帯は取り上げられたまま。しかしここには本も沢山あるし窓から外も見える。広いので圧迫感はないし、何よりちょっと部屋の外に出れば見張りの屈強な男共が立っている。
トイレだのどっかいく時にいちいちついてくるんでウザいことこの上ないが、誰か人の気配があるというのは精神衛生上ありがたかった。
やっとまともな精神を取り戻したところで、どうにも手持ち無沙汰で小説を書いていたら眠ってしまっていたらしい。絶対ストレスだろう。そんな時に再度父親は現れたのだった。
「ところで本題だが。小春くんとも終わったのだから良い加減お前はこの家に戻ってきなさい」
「!!終わってませんよ!良い加減なこと言わないで下さい!」
「何度同じ話をすれば理解するのだ、ええ?彼はもういない。2度とお前と会うことはない」
「嘘だ!」
「ではこれを見てもそう言い切れるかね?」
バンと机に叩きつける様に見せてきたのは1通のメモのようなもの。
「何ですこれは…?
……!!」
こ、これは…!!!
俺はひったくる様にそのメモを取り上げた。そこには間違いなくたっくんの字でこう書かれていたのだ。
『僕は暁都さんが別の女性と再婚することも子供を作ることも止めません』と…。
な、な、何だこれは!?
それは荒れた字で、たっくんにしては珍しかったが問題はそこじゃない。
頭をガンと殴られた様な衝撃で、冷や汗がダラダラと出てどうしようもなかった。
「彼がこの家を出ていく際に、これを暁都に渡してくれと頼まれたのを思い出したのだよ。
どうせ理解しないだろうから、と」
な、何を…?
「誓約書に一筆書いただけでは無理やり書かされたと思うだろうと。そこで追記をしたという訳だ。家を出ていく直前にな、真意を書いていったのだ。
どうせお前は小春くんがまだ自分を想っているとでも期待しているのだろう?しかしそんなものは思い違いだ。現に彼の字で書いてあるだろう。
暁都が今後どうしようが止める気もないとな」
たくみが金を受け取って出て行ったという父さんのセリフが急に現実味を帯び始めた。手に取るようにリアルに想像がつき始める。
俺を置いて行ったのか?ずっと俺のそばにいると言っていたじゃないか。あれは嘘だったのか?金で変わるような気持ちだったのか?金だったら言ってくれたら俺はいくらでもやったのに。でも金はいらないとたくみはずっと控えめに笑ってたじゃないか。なのにどうして?でもこの字はやっぱりたくみのものに間違いなかった。ってことは…。
「どうだ?これが彼の本意なのだよ。思い知っただろう」
…!!!
「畜生!!こんな家なんか!!」
俺の逆鱗に触れた怒りは唸りをあげて噴出した。
ついに椅子を振り上げガラス窓にぶつけた。
ガッシャ!!と耳障りな音を上げて飛び散ったガラス窓。はあはあと肩で息をした。
「そんなことをしても無駄だと分かるだろう。鉄の格子が目に入らん訳でもあるまい」
そう、1階の俺の部屋の窓にはご丁寧に鉄格子が嵌っている。割れたのはガラスだけ。ひゅうひゅうと風が吹き込んでくる。防犯対策だか何だか知らないが、昔から俺は檻の中だった。
「畜生。畜生…」
俺はおれじゃない男になりたかった。
こんな家の跡取りでなければ、こんな思いをしなくて済んだから。
「暁都」
「…もう、もうたくさんです。この家を燃やしてでも自分の家に帰ります。…きっと家でたくみが待っている」
「現実を見ろ」
父親のそんなセリフに虚しい気持ちが込み上げた。
たっくんのいない、ガランとした広い広いあの部屋を想像するだけでおぞましかった。
あんなの離婚の時以来だ。
心折れていく。俺たちは本当のパートナーじゃなかった…?
俺はどこで間違えちまったんだろう。なあ教えてくれよ、たっくん。
続く
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