「お前の様な者の気持ちなど分からん」
「…そんなんだから母さんも出て行ったんでしょうね」
「暁都!」
…!そういうことだったのか。確かにお母さまはいらっしゃらないなあとは思っていたけれど…。
「2人とも今日で別れなさい。暁都はもっとマトモな相手を連れてくるように。以上だ」
「失礼なこと言うの辞めて下さい!彼は今まで知り合った中で1番マトモです!第一彼と話すらしてないのに何言ってるんです!」
「後継が作れなければ話にならん」
「じゃあ僕以外の誰かに頼んでください、親戚の誰かにでも。僕は財産は何もいりません」
「加賀美の血でなければ無意味だ。そんなことも分からんのか。小説家とは随分無知でも出来るのだな」
お父さまは、お前には心底ガッカリだという風にため息を吐いた。
暁都さんが以前に相当頑固だと言っていた意味が分かった。分かり合うなんて無理そうに見える。年齢的には仕方のないことかもしれないけれど。
暁都さんはギリギリと拳を握っている。ううう、僕まで辛い。暁都さんは小説家の仕事を愛していて、仕事ぶりは真剣そのものなのは僕もよく知っている。締切前は遅くまでずっとアレかコレかと文章・文脈のことで思い悩んでいる。本当に些細な部分まで作り込んでいるんだ。
ここまで仕事のことも理解されないなんて。
「…分かってますよ、直系じゃないと父さんにとっては意味ないことぐらい!血筋に並々ならない拘りがありますもんね!」
「分かっているなら再婚しなさい」
「何でそんなこと決められなきゃならないんです!?僕はもう30も後半の良い歳ですよ」
堂々めぐりの議論だった。これじゃあ暁都さんが頭を悩ませてきたのも分かる。
「お、お父さま…!」
何とか僕も応戦しようと思ったものの、あっけなくそれは阻止された。
「話にならん。おい、暁都を離れに連れて行け!!」
突然お父さまは大声で呼びかけた。するとガタイの良い男性達が部屋の奥から現れ、暁都さんを抱えて力づくでどこかへ連れて行ってしまったのだ!そ、そんな!!
「離せよ!!」
「あ、暁都さん!待って!!」
ひっくり返った僕の声。
だけど僕は僕で別の屈強な男性に抑え込まれて動けなかった。
「ちょっと!?何なんですかこの人たち!?」
「さて、君はもう暁都に近づかないと誓約書に一筆書いて帰りなさい。別れるなら手切れ金をやろう」
目の前にはボン、ボン、ボン!と際限なく積み上げられていく札束…。
***
「!」
ドッと押される様にして放り込まれた離れの部屋。
「オイ待てよ!!」
俺をここに連れてきたヤツらは足早に出て行った。
大勢を立て直して出口に走るも、残念ながら扉は目の前で閉まり、ガチャンと外から施錠される音が聞こえた。
「畜生!!!」
扉をガツンと蹴っ飛ばす。しかし開くはずもない。
この離れも随分久しぶりだ。子供の時分、良く躾と称して放り込まれた。母さんがいたこともあったな。
狭っ苦しい6畳一間。離れなんて作っておきながら内装は程々に洒落てるのが皮肉だった。
「オイ!!誰か!!!出せよ!!!!」
扉をガンガン叩いて俺は叫んだ!何度も何度も。
だけど俺の声はどこにも届かない。
手指が傷ついて真っ赤になり、どうしようもなくなってとうとう俺は諦めた。
よろよろと俺はアンティークのソファに腰掛けた。もう布地も大分ボロついてやがる。
クソ、いま煙草が吸えたら。こんなところ放火して丸ごと燃やしちまうのに。父さんも歳いって大分マシになったと思ってたのに、甘かった。
ああ、ああ。たくみは大丈夫か。酷い目に遭わされてないだろうな!?心配と恐怖でゾクゾクと背筋が震える。携帯はここじゃ圏外なんだ。
指先を合わせて考え込むも、どうしたって1人じゃここからは出ようもない。たくみ、どこだ。せりあがる不安で喉がカラカラだ。
俺はひとり、窓の外を見上げた。都内の星の見えない夜空が虚しく広がっていた。
***
「暁都」
「!」
しばらく経った頃。外からしか開かない窓が少し開いて、声が聞こえた。父さんだった。
「父さん!ここから出して下さいよ!」
「彼に2度と会わないとお前が約束するなら良いだろう」
「嫌ですよ!!」
「その強がりももう既に無意味なものだ。気づかんのかね」
「何…?」
嫌の予感がドクンと広がる。この自分そっくりな父親。俺が誰かと口喧嘩する時、トドメを刺そうとする時と同じ声音を出してくる。相手を闇に落とすような、馬鹿にするような。
いや、俺が似ちまったのか。
「小春くん、と言ったかね。彼ならさっき帰って行ったよ。手切れ金に目の色変えて飛びついてな。誓約書にもアッサリと一筆書いた。お前にはもう2度と会う気はないそうだ」
続く
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