ホラーBL

【都市伝説探索レポート】#7隙間女②

僕は足早に自分の家へと向かった。

瓦落くんが眠っている間に全て終わらせたかったのだ。怖がりの彼が、『なんだあれは全部夢だったんだ』とすこしでもホッとできる様に。

いや、これは半分本音で半分嘘だ。

夢ってことにしたかったのだ、瓦落くんの肌に僕じゃない誰かが触れたってことを。肌を晒して眠っていた瓦落くんの姿が脳裏にチラついて、僕はむしゃくしゃが止まらない。

 

終わらせるんだと、僕は走り出した。

真っ暗な夜に、細い月影が浮かんでいた。

 

 

◾️

少し緊張しながら自室のドアを開ける。

自室とはいっても、しみったれた離れだ。僕は母屋とは別の場所に住まわされていた。

部屋に入った瞬間、ドアがすごい勢いで閉まった。当然開かない。

「……これで君とは2人っきりだね」

月明かりが漏れる薄暗い室内で、僕はぐるりと部屋を見渡した。

明らかに誰かから見られている。強すぎる執着と殺意だ。ザワザワと鳥肌が立つ。だけどね。

「キミに勝てるかな?このお札だらけの僕の部屋で、この僕に」

そう、部屋中を大小様々なお札でびっしりと埋められた僕の部屋。この部屋全体が僕を守る強靭な
護符を役割を果たしていた。

あらゆる呪いから身を守ろうとして作ったこの内壁がまさか今回、こんな形で役に立つなんて。

「何があるか分かんないもんだね、母さん……」

四方八方から『ドン』、『コン』というひとの手足がぶつかる様な音や、『カリカリカリカリキイィイ』と爪で引っ掻くような音が聞こえる。

いる……。

ドクンドクンと心臓が鳴る。

だけど、この勝負は明らかに僕に分がある。

女の霊的なパワーも弱くは無いけど、でもほどほどだろう。この僕がここで負けるわけが無い。

「さて……良い加減暴れるのはやめてもらおうか……」

部屋に取り憑いているであろう女に向けて言葉を発する。

意識を集中させて女の居場所をはかる。

「……そこだ!」

霊力のある小刀を投げる。それはガツン!と壁に突き刺さった。

『!』

それは女の霊を捉えた!女は姿を現した。古いセーラー服の端に刺さっている。縛られて動けない様だった。

女は長い髪を揺らし、逃げ様としている。俯いていて顔は見えない。

「君には消えてもらうよ……ごめんね」

僕は特別なお札を用意した。

どんなにこの世に未練を残している霊でも強制的に消すことが出来る。

ただ実態は消える訳ではない。代わりにこの身に彼らの怨念を引き受けて、僕の寿命が縮むだけ。

お札を心臓部に貼り付ければそれでおしまい、簡単なことだった。

いつも可能な限り彷徨える霊や怪奇を救ってきたけど、この女は救えそうもない。

公私混同もいいところで僕は霊媒師失格だ。

……でもそんな自分を止められない。

 

僕は最後に聞いた。

「ねえ君。瓦落くんに何したの?キスした?どうやって触れた?最後に教えてよ……」

僕は嫌がる女の顎にそっと手をかけ、上向かせた。女の瞳をじっと見据えれば、何か思念を感じ取れるかもしれない、だなんて思ってしまったのだ。

けれど……。

「……っ!」

月影が照らすその女の顔を見て、ぎょっと驚いて。

口が裂け、歯茎は剥き出している!

霊はその怨念から酷い姿をしていることはあるけれど、これはなんて酷いんだ!

『見たわね、見たわねぇえ!!』

その瞬間女は目を見開いて、信じられない呪いの念を向けてきた!

「ぁああああっ!!!」

僕はあまりの力に吹っ飛んだ!背中に壁の強い衝撃を感じた!

それに扉がバン!と開いた音を聞いた。

『許さない、許さないからあああ!!!!!!』

キイイン!と突き刺すような金切り声が耳に突き刺さる。頭がぼうっとして、意識が飛ぶほどだった。

……視界が真っ白だ、一体どうなってるんだ。くっ……。

ぐるんぐるんと回転するような目眩の中で、僕はようやく立ち上がった。

すると……。

「!?な、何これ!?」

僕は自分の視界を疑った。
目の前には自分の部屋。それを、僕が壁の隙間から覗いているんだ!

部屋の真ん中にいるのはあの女の霊。

ぐちゃぐちゃに伸びた真っ黒な髪の隙間から、にやと真っ赤な唇が笑うのが見えた。

『ずうっとそこから見てなさい……』

そして次の瞬間、女は僕に化けた。

『借りるわね……』

アハハアッハハハハ!と部屋中にキンキンと響くような声で笑うと、女は部屋を出ていった。

 

 

残されて呆然とする僕。

状況を整理する……。

僕は女の怨念で吹っ飛ばされて、信じられないことに壁の中へと押し込まれた。現世とつながるこうした異界に、霊によって飛ばされるのはままある話だ。

それだけならどうにか脱出することは可能だ。

だけど今回最悪なのは、僕があのとき女の怨念を高濃度で一気に浴びたことによって、この部屋中の護符によって弾かれ壁から出られないということ!

どうやら僕の方を怨霊と捉えているらしい!

「流石にや、やばいかも……」

こんなイレギュラーは今までなかった。

下手するとここで死ぬかも。

瓦落くん……!

 

◾️

※瓦落視点

「瓦落くん、ねえ、起きて……」

……由真の声がして、ふわとどこか嬉しい気持ちになる。

「う……」

俺は起きた。頭がすごくぼんやりする。

「あれ、由真。来てたんだ……?」

ここは俺の部屋だ。ベッドのふちに由真は浅く腰掛け俺を見下ろしている。起きたら由真がいるという嬉しい誤算だった。

「あれ?家で待ち合わせなんてしてたっけ。ごめん俺酒でも飲んで寝ちまったんだっけ。……あ、そうだ。隙間から……女が見てて……!」

意識が急激にクリアになっていく。思い出す、不気味すぎるあの真っ黒な目!

ゾクッと鳥肌が立って起き上がった。

「やだ。何言ってるの?夢でも見たんじゃない?」

由真は両腕で俺の肩を柔らかく掴んだ。ついドキッとした。ここはベッドで由真の距離が近いというこの状況に。

「……そ、そう、か……?」
「そうだよ」

その時一瞬脳裏によぎった。真っ暗な部屋で夢うつつに誰かに触れられた感触が。

……あれは由真だったのか?いや、だけどねっとりしたなめくじにでも這われてる様な気味悪い後味が残っている。

腑に落ちないまま、記憶の断片は薄れていく……。

なんだ?この言い様のない気持ち悪さは?

つい両手で顔を覆った。

「瓦落くんてば。ねえ」
「!」

ギッとベッドが軋む音がする。由真は一歩近寄って、俺の両手首を掴んで顔から離させた。

「お顔をよく見せてよ。折角なんだから」

由真は俺をじっと正面から見つめる。あまりの熱視線ぶりにドキッというかギクッとした。

ていうか、折角って何だよ?

「綺麗な顔……」
「え?あ、いや……何なんだよ。俺の顔なんかい、今更だろ」

綺麗って言われてもな。綺麗どころなのは由真の方じゃないか。

距離を詰められてついたじろぐ。ドキンドキンと心臓が変になって鳴り止まない。

俺の困った顔が、由真の瞳に映っている。

……って……ん?

「由真、お前さあもしかして今日カラコンでも入れてる?」

やけに黒目が大きい気がした。もともと黒目がちなやつではあったけど。

ぱっと由真は体を離した。寂しいような、残念なようなホッとする様な、変な気分だった。

「変?」
「いや?え、でもカラコンなんて入れてることあったか?男か」

つい口を滑りでた言葉にゾッとする。

俺がいつも側にいながらお前……。

ふふふと由真は機嫌良さそうに笑った。

「ぶー、カラコンなんてしてないよ。見間違い。ねえ、そんなことより僕お腹すいた。コンビニでも行こうよ」

由真は俺の手を引いて強引に立ち上がった。

 

 

◾️

うちからちょっと歩けば都内の駅についた。

眠らない街。騒がしい街。それが物心ついた頃から側にあった。

外は暗くて、やけに横断歩道の信号の明かりがピカピカと眩しい。

由真がぺとっとくっついてくるのを受け入れつつ、ゆるい坂を一緒に降りてコンビニへと歩く。

……今までも手を繋ぐことはあった。俺たちはそれについて何も言わない。お互いの気持ちを話したこともない。

この関係にどんな名前をつけて良いのかわからない。確実なのは、手を繋いでも嫌がられないということだけだったから、俺はそれをなぞる。それだけ。

……だけど、今日はどうしてもそっと手を繋ぐことが出来なかった。

ひと気のない暗がりだったら、ついやってしまうことが今日はなぜか出来なかった。

『体が拒絶している』としか言い様がなかった。どうして?不思議だ……。

「ねえ瓦落くんてさ。格好良いよね」
「え……何だよ急に」

一体どうしたんだ由真。今日はどこか変な気がする。

「一目惚れだったんだよね」
「!……そっか……」

思わぬ告白に心臓がドキンと大きく跳ねた。つい立ち止まる。

一目惚れだった……?

それから……?

暗がりの道で、由真は俺に向き合って言った。影が濃くて、由真の顔ははっきりとは見えない。

教えてくれよ。今お前はどんな顔をしている?

「好きな人のこんなに近くにいられるなんて、素敵なことだよね」

「!あ、ああ……俺もそう思う……」

ドキドキを鷲掴みにされている。こんな甘い気持ちと緊張感のミックスした心地をなんて言えばいいんだろう!

「さっき瓦落くんが『男か?』って嫉妬してくれて嬉しかったんだよね。そんなこと言ってくれた人、いなかったから」

「ああ、そっか……。そうなんだ。嫉妬、そうだな。恥ずかしいわ……」

何でもない発言のはずだったのに、自分の気持ちを見透かされて俺はドギマギが止まらない。

由真にこんな積極的な面があったなんて。

「ねえ。僕らって付き合ってどれくらいになるんだっけ」
「……!」

 

俺たちは付き合っていない。

この関係に名前をつけようとする勇気なんか、お互い持っていなかったろ?

 

ざわ、と肌が粟立つ。

俺はじり、と一歩下がった。

「俺たち付き合ってそろそろ半年くらい、だっけ確か……」

適当に言ってみる。

ふふと満足そうに由真は笑っている。

一体何なんだ?由真は今日こそ俺たちの関係をハッキリさせてくれようとしているのか?

それとも……。

「そういえばさあ、その半年の間に、由真の偽物が現れたことなんかもあったよな、ハハ……」

「ふふ……」

柔らかく笑う由真と見つめ合う。

「僕は偽物じゃないよ」
「そっか……」

「当たり前じゃん!これ見ても疑う?ほら」
「!」

由真は鞄から、普段使っているお札や霊力のある小刀を取り出して見せた。

俺自身見覚えがあるものばかりだ。

今まで様々なものを切り裂いてきただろう小刀は、街灯の下でぎらりと重い光を反射した。

「もう良い?返して」

「ああ、まあこれ持ってるならそうだよな。ごめんな疑って……返す……ごめん、コンビニ行こう」

俺たちは歩き出す。

「由真、何買う?」
「うーん、えびのパスタ。チーズのドリア。一緒い半分こする?もっと恋人っぽいことしたい……」

恋人繋ぎで握ってこられてドキンと心臓が揺れた。

「俺のこと好き……?」
「うん。ずっとずっと好き」

ドッドッと鼓動が鳴る。声が上擦る。

「へへ……サンキュー。あ、俺、初めて髪染めようかなって思うんだけど。ヘアカラーなら何が良いと思う?」
「えー定番の茶髪じゃない?」
「だよなー髪染め手伝ってよ」
「もちろん」

コンビニの光が見えてきた。もうすぐだ。

「なあ由真」

俺は立ち止まる。

「なあに?」

由真が振り返る。その瞳をじっと見つめる。

「……キスして良い?」

「もちろん」

切ない気持ちでその言葉を聞いて、俺は由真を強く抱きしめた。

そしてその背中に、殺すつもりでさっき一枚抜いておいたお札をバン!と叩きつけた!

「お前、由真じゃないだろ!さっきから一体、誰なんだよ!」

 

 

 

続く

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