「……とりあえずここは移動しようね。待っててね、なっちゃん。そんなに泣かなくて良いんだからね」
詩音くんは車を発進させた。ぐら、と身体が揺れる。
加賀美さん、あの人だれ?新しい人?ほんとにいたの?どうして僕とは一緒に行ってくれなかった、ああいう可愛いお店にはあの人と行くの?あの人と僕は何が違うの?何がダメだったの?あの人なら自慢できるの?
パッと残像の様に浮かぶ、加賀美さんのそばにいた女性。栗色のロングカール、可愛らしい女性。男前の加賀美さんのそばに立っているのが、パッと見て相応しいと分かるあの女の人。
僕は僕でなくなりたい……。
詩音くんはそこから大分車を走らせた。来た道を逆走した。家に帰ろうとしているんだろうか。
車は時折縦に横にと少し揺れた。スピードを出している。何かから逃げるかの様に。
「さて……」
そして、とある海ぞいの場所で車を停めた。コンビニがすぐ近くにある。行きの時にもこの辺りで車を停めたと思う。こんな気持ちでまた舞い戻ってくることになるとは、あの時の僕は予測出来なかった。
「なっちゃん、ちょっと待ってね……」
詩音くんは携帯を少し弄った。
「一応近くのホテル探してみたんだけど、どこも満室。田舎はしょうがないね。俺も今日は結構運転で疲れちゃってね……。
ってわけで、約束通り車中泊。良い?ごめんねこんな日にゆっくり休ませてあげられなくて。
だけどさ、今日は隣にいさせてよ。万が一加賀美さんがまた現れたって攫わせやしないから」
「うん……」
「準備する。ちょっと待ってて」
詩音くんはフラットシートを倒して、がさごそと寝るための毛布などを用意した。
「ここにランタン置いとくね。ふくろうモチーフだよ葉っぱの上に乗ってて可愛いでしょ、へへ。これはここに置いてっと……」
ふくろうくんモチーフのランタンの灯りが、優しく柔らかく車内を照らした。
「よっと……」
そして詩音くんはシートに横たわった。
「はあ……ナツミんこっちおいで」
詩音くんは僕を引き寄せると、よっと毛布をかけた。2人で横になると狭い車内。詩音くんに寄り添う形で丸くなる。
……窓の外には海が広がっている。暗い海を見ていると、心が落ち着くような寒々しくもなるような、そんな変な気がする。
「なっちゃん……一泊適当にここで寝て、朝に一緒に家帰ろうね……」
「……うん……」
静かな車内。詩音くんは僕の手をそっと握った。ぬくもりが伝わる。
「1人で帰ろうとか、どっか消えようとか、そんなこと考えたらダメなんだからね」
「うん……」
「消えるならせめて、詩音を運転手にしないとダメだよ。どこまでも一緒に行くよ」
「消えたりしないよ、でもありがとうね……」
ふ、とほんの少し笑みが溢れた。
「でさ、なっちゃん。人のタイミングって色々あるからさ……」
「……うん……」
「……すれ違って道を違えるのは仕方ないことだよ。そうなったらあと戻りなんかしないほうが良い。そういう運命だったんだよ」
「……そっか……」
「だから詩音の隣にいれば良いさ。君のためにずっと空けてるから。俺は君自身を大事にするよ。……俺にそうさせてよ」
真剣な眼差しにドキッとした。
それから詩音くんは僕のこめかみにそっとキスをした。大事な宝物のくまくんでも撫でるみたいだった。
詩音くんのそばは確かに安心する……。
それにしても……。
すれ違って道を違えるのは仕方ない、それが運命、か……。
加賀美さんは、いまは別の誰かのヒーローなのかな。
僕はお休みと言って目を閉じた。
そして翌日。
家に帰ったら莉音くんが超キレてた。
「詩音!!俺が何回電話かけたと思ってんだよ!」
「510回。辞めてくんない?」
「出ろよ!!!」
「運転してたからな〜」
詩音くんはのらりくらりと双子の兄の激怒をかわす。
「なんもなかっただろうな!?」
「さあ?昨日の夜のことは興奮であんまり覚えてなくて……」
「詩音!!!」
ずっと双子同士で喧嘩してるのを脇目に、僕はそっと部屋へと移動した。
ばふん、と横になって枕を抱いた。
莉音くんとは終わりにした方が良いんじゃないかと、僕は思った。
だから詩音くん、という訳ではないけれど……。
◾️
一方加賀美。
「ふざけんなや……」
かつてなく懊悩していた。昨晩全く眠れず、目はギラギラとしていた。
会社も勢いで辞めちゃったし、ナツミには2回もフラれてるし、仕方なく長期休暇と割り切って地方でしばらく心の療養をしていた加賀美。
この辺で事業をやっている親戚の仕事を日々手伝っていた。
昨晩来ていたのはその親戚の女性のクライアント。男前の加賀美を利用した接待である。
加賀美はホテル・振られ事件からずっとナツミにまた会っても良いのかずっと考えていたけれど、答えは出なかった。
あそこまではっきり『あなたはいらない』と言われた後では取り戻せる訳もないと、心の底から消沈していた。フラれたことが人生でなかったので、取り戻し方なんて分からなかった。
ダサいのを承知で2回もアタックして、それでダメだったというのは加賀美の人生の記録にないのである……。
そんなこんなで昨晩。接待として女性クライアントと食事して、その後。
『2軒目どっか寄ってきます〜?』
頑張って持ちかけた。都合上そうしないといけなかったから。
店をネットで探してふと見つけた。
……こんな店、ナツミが喜びそうやん……と。
つい選んでしまった動物モチーフのその店。
ちょっと遠かったけど、車飛ばして行ってみることにした。いる訳もないナツミの面影を追って。
ナツミがいるわけない。こんな地方に。
ナツミとどっかデートしたことがなかったので、思い出の地というものが2人の間に存在していなかった。
家に大事にしまっとかないで、もっと色々連れてったりしとけば良かったな……と思っても今更であった。
あ〜あ……と思いながら女性クライアントを連れてドアを開けたら、まさかのびっくり、ナツミがいたんである。かわいいあどけなさだった。ずっと恋しかった。
なっナツミ!?
もしかして俺を探して?
だなんて一瞬有頂天になってしまったのも束の間。
隣にやたら近い距離の男がいたのに気づいてしまった。デートか……!
いやでもこの間の双子と違う!?
内心では大慌てだった。
なんやこの男!?第三勢力か!?どこの誰や。
知らんうちに、ナツミがどんどん遠くに行っていく……。俺が大事にしまってたはずやったのに。誰にも見せへんようにしてたのに。
そう思ったらたまらなかった。心臓をぐっと握りつぶされるような思いだった。
くだらないプライドが炸裂し、またも意地を張ってしまった。
『どけや』と……。
その場ではそう絞り出すのが精一杯だった。
またやってしまったとがっくり後悔しても後の祭りで……。
傷ついたようにさっと走って行ったナツミ。後ろ姿を惨めな思いで見送る。
『ナツミ!待ってよ!』
だなんて馴れ馴れしく追って行った長身の優男。殺したかったけどどうにか我慢した。
いや双子じゃなくてええの?じゃあいっそ俺でええやろが。
『どうしたの?お店に入りましょうよ』
親戚のクライアントにそう言われて振り解ける訳もなく。
心ここに在らずの接待を続けた。
ナツミが、どんどん知らない男を渡り歩いていくのが怖かった。おぼこかったナツミはどこかに消えてしまう気がした。それは心底怖かった。
三度目の正直、ぶつかって良いんだろうか?
99%ダメだろう。でももう迷っている暇はない気がしていた。
でもどうやって探す?
ヒントは最後に訪れたあの双子の家しかない。
◾️
「終わりにしたいって……ナツミ……」
莉音くんは愕然としていた。
「身勝手でごめんなさい、本当……この家も出ていくから」
「そんな、勝手に決めるなよ!」
背を向けた僕の正面に、莉音くんはまわり込んだ。
「どうして?あの夜、やっぱり詩音となんかあった?」
「ち、違うよ。ほんと、それはないから!」
「じゃあ何で!」
悲痛な声だった。人にこんな声を出させる自分が大嫌いだった。やっぱりここにいちゃいけないと思う。
「と、とにかくごめん!すぐ出ていくよ」
「ナツミ……!」
あ、やばい、これはぱしんとくるやつだ。そう思って覚悟した時。
「兄貴、暴力はダメだよ」
「詩音」
莉音くんが振り上げた腕を、背後から現れた詩音くんが掴んだ。そのまま捻り上げた。
「いっ……!」
そこから本格的な喧嘩に突入しそうだったけど、詩音くんは速達莉音くんに遠慮なくボディブローを決めて床に沈めた。
「大事な人を大切にするって、俺決めたんだ。なっちゃんに暴力は許さないよ。ね」
詩音くんに後ろから抱きしめられてドキッとした。詩音くんは分かりやすい優しさをくれる。
詩音くんは僕のボディガードともでも言うべき存在になった。
常に僕の隣に張り付いた。莉音くんを僕から遠ざけた。
睨み合う2人は、やっぱり同じ顔をしている。
でも2人の店を放り投げる訳にもいかない。
僕はここにいてもいいのか分からない気持ちで厨房に立った。サンドイッチをつくる。
僕の隣に立った詩音くんは、冷たい水で食材を洗いながら僕に話しかけた。
「ねえなっちゃん、この間『家出てくから』って莉音に言ってたでしょ……ああいうのダメって言ったじゃない」
「ごめんなさい……」
「そんなにしょぼくれなくて良いよ。俺は別に怒ってるんじゃない。なっちゃん家出しがちだから俺は心配だなってこと。だから俺はもうちょっと頑張らないといけない」
「詩音くんが?何を頑張るの?」
「加賀美さんの上位互換。もっと優しい良い男。
でね俺、なつみん攻略の秘訣が結構分かってきたんだよね。
一つ目。なっちゃんは、糖度120%みたいな甘やかしがそもそも好き。二つ目、それでいてあったかいヒーロー像を求めてる。
加賀美さんはヒーローの面しか持っていない。
であれば、甘い溺愛とヒーローを俺が両方兼ねたら、なつみんは俺になびかざるを得ない。骨の髄まで恋してる。俺の腕から逃げないで」
そんなこと真面目な顔して言わないでほしい。とっておきの美貌を兼ね備えたこの人に言われたら、僕はどうしたら良いのか分からなくなる。
無意識に一歩引いた体は、すぐさま力強い腕に捉えられた。
「は、離して……」
「離すもんか」
自分が変にドキドキしてるからなのかな。
冷たい水に濡れた詩音くんの手が、やけに冷たく感じる。
そのまま詩音くんは僕をぐいと抱きしめた。
僕に熱いキスをした。逃れられない。シンクに水の流れる音が響いている。誰にもバレませんように。
僕にキスしつくして、ようやく詩音くんは離れていった。
「……じゃあね俺の可愛い恋人」
ああ、せっかくの可愛いエプソンが水だらけだ。
抱きしめられた水のあとが焼きつくように残っている。
続く

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