「うっ……」
「さあさあどっち?早く答えてくれないと場末のラブホテルにしちゃうよ。一泊3000円激やす〜壁うす〜みたいな」
「ま、漫画喫茶!!!」
「この辺にそんなのありません」
「ビジネスホテル2部屋取る!!」
「つまんない却下」
「却下!?」
「ってことで車中泊決定ね!実は準備してきてあるんだ〜♪後ろのトランクの箱に諸々積んであるから!ミニキャンプと思ってキャッキャ楽しもうね♡」
あわわ……と開いた口が塞がらない。
「ナツミん貸切だって言ったじゃん。楽しみだなあ。2人で寝るには狭い車内、デカい俺。ナツミんは俺にピトッてくっつくしかない夜。外出たら寒いんで死にます。愛が生まれるにはぴったりの夜だよね。
逃す気ないからね」
挑戦的に微笑みかけられて僕はどうしようもなかったのである……!
「と、ところでさあ!加賀美さんて今どこで何してんのかな!?SNSで調べて知ってるんだよね!?」
慌てて話題転換した。
「えー?あっそうだね、車中泊楽しみ過ぎてちょっと忘れてたよ。まあ加賀美さんは前の仕事辞めたみたいだよ」
「えっ……」
あのエースだった人が。
「引っ越したらしいね。心機一転ってことで。なんか空気の綺麗なところにいるらしいよ。似合わないね」
「え……」
「僕のせいかもって思ってる?」
「……っ」
「ナツミんのせいじゃないよ。彼が勝手にやっただけ。まあ元々転職したかったのかもしれないしー?
あとこれは内緒なんだけど、どうも1人で暮らしてる風じゃなかったんだよね。誰か親しい人の影がある投稿だったな。まあ新恋人と決まったわけじゃないけど」
頭の中がぐらぐらする。
加賀美さんに新恋人。新恋人?いや決まった訳じゃないけど。僕が振ったはずなんだけど。
でも……もしかしたら僕はこれから、新恋人と一緒にいる加賀美さんを見るかもしれない訳で……。
『ナツミ!こっちおいでや』
って稀に優しく笑いかけてくれて、それでがっしり温かく抱きしめてくれた腕は、もう別の誰かのものかもしれなくて……。
「……」
一体なんなんだろう?この気持ちは……。
「寂しい?」
「……分かんないよ……」
今更寂しがったって遅いのに。
「あともうちょっとで加賀美さんが今住んでる街だよ。……なっちゃん、その前にちょっと休もうか?」
僕は頷いた。
海沿いの車道に車は停まった。
僕は外に出て、ガードレールに寄りかかってぼんやり波が寄せては返すのを見ていた。ああやって行ったり来たりするところ、今の僕の心そっくりだなあって。
隣に詩音くんが立った。
「……加賀美さんと海に来たことは?」
「ないよ。お前の水着なんか見れたもんやないわって言われて。でも加賀美さんは職場の他の人たちと海行ったりしてたなあ……」
「そっか……。じゃあ普段どうやって会ってたの?」
「え、僕の家に加賀美さんが来ることが多かったなあ。僕が加賀美さん家に出入りしたことってほぼないと思う。ご飯食べて、家でゲームして、その……終わり」
早々に僕を押し倒していたな。
「中学生?」
「っふふ……ね、ほんと……」
加賀美さんは僕をとにかく外に出したがらなかった。
「……加賀美さんとの一番の思い出話、聞かせてよ。さっきの入院中の話は多分三番目位の思い出話でしょ?」
「!」
どうして分かったんだろう?
詩音くんは僕をぎゅっと抱きしめた。暖かかった。
「波の音で全部聞こえなかったことにするから。君の心のなかに俺を入れてよ」
「詩音くん……」
ぎゅっと手のひらを握った。
この話を出来るのは、この人しかいなかった。
「……これ本当に本当に情けない話で、本っ当に人に言えた話じゃないんだけど。
……僕、一度信じていた人に騙されたことあるんだよ。詐欺ってやつ。
社会人なりたてでさ、お金がなくてさ、でも親孝行したいなどっか海外旅行でも連れてってあげたいなってずっと思ってて、じゃあお金がないとなあって思って……。
その時友達の紹介で知り合った人に、良い投資の話あるよって言われて……。
それで僕馬鹿だからのっちゃったの。
もう死んじゃったおばあちゃんに貰った成人祝いの高い時計とか、貯金を突っ込んじゃって。
だけどすぐ、相手と友達に連絡とれなくなって……。
お金は諦めがついた。でも思い出の時計はどうしても返して欲しかった。でもやっぱり連絡とれなくて……。
加賀美さんには言ってなかったんだよね。この話。なんか僕だってほんとはすごいんだって思って欲しかったんだよね、今思うと。馬鹿だよね。あほだよねのろまだよね。
加賀美さんにすぐ相談したら良かったのにね……。
だけどね、加賀美さん会社で僕が腕時計してないのにすぐ気づいたんだよ。
『あの時計どないしたん、なくしよったんか。大事にしとったやろ、え、お前なに泣いてんの!?』って……。
そこでたまらず2人っきりの会議室で素直に吐いたら激怒だよ。
僕じゃない、僕を騙した人に。
すぐ僕連れて会社抜けて、加賀美さんわずかなヒントを頼りに、自分が知ってる不動産屋さんにめっちゃ連絡かけまくったんだよ。相手探そうとして。
『絶対この俺が捕まえたる!!!』
って。
でも無理じゃない普通?
加賀美さんもういいです、ありがとうございますって言っても全然諦めてなくて……。
『ぶち殺したるわ!』って。
だけどさ加賀美さん執念がすごいんだよ。
たまたま残ってた相手からの留守電に入ってる音とか、相手と話す時に使ってた喫茶店行ってそこの店長に話聞いたりして、信じられないけど相手見つけ出したの!その日のうちに。
相手の襟首掴んで、
『お前俺のツレに何しよんねん!!!』
ってめちゃくちゃ怒鳴ってた。怖過ぎて相手が震えて漏らしちゃってた。
まあその後警察行ったり色々あったよ。
それは端折るけど……。
結局僕の腕時計は売りに出されちゃってたみたいだった。
でも加賀美さん、時計はもう良いですよって言ったらさ。
『あかん!あれはお前の大事なもんやったやろ!!』
ってそこからまためちゃくちゃ中古販売の時計店かけずり回って探してくれて……。
それであったの!!本当に見つかったの!!
間違いなく僕のだった。
海外の買い手に売られる寸前だった。発送伝票とかもう用意されててさ。
慌てて加賀美さん倍ぐらい払って買い戻してくれてさ。
『良かったやん。大事なもん手放すなや。これは俺からのボーナスや。……ほな一緒に飯でも食べて帰ろか』
って。
めちゃくちゃ怒られるんだろうなって思ったけど、この件で加賀美さんは僕を一言もなじらなかったなあ……。すごいくだらない話して笑わせたりしてくれた。煙がすごい焼き鳥屋で、ケラケラ笑って、『なんだかんだあったけど、楽しかった日』にしてくれたんだよね。
加賀美さんは僕の大事なものを大事にしてくれた。困った時に味方になってくれた。
根があったかい人なのはそうだと思う。
……別にカッコ良いからとか、何度もベッドを共にしたからとか、そういう理由で好きなんじゃないよ。
加賀美さん、稀にヒーローだから。忘れ難いってこと。
そんな人の自慢の恋人に僕はなれなかっただけ……」
ザブン、と波音ではっとする。感傷的になりすぎていた。
「詩音くん?ごめんね、この話は僕と詩音くんの内緒だよ」
「うん、もちろん……」
詩音くんはきつく僕を抱きしめた。今までで1番強く……。
車に戻る。バタンと扉を閉めると波音はかき消えた。
「はあ、なんかごめんね。聞く苦しいこと聞かせちゃったよね。……僕のこと見損なった?まあ元々かっこいい人間じゃないけどさ」
詩音くんは柔らかく微笑んで首を振った。
「まさか。見損なうなんてあり得ないよ」
そしてエンジンを入れた。
「それにさっきの話を聞いて、そりゃあなかなかナツミんは他に人間になびかない訳だと俺は納得した。ただ押せ押せじゃダメってこと。
しかし加賀美さん固いなあ。ヒーローならちゃんと愛せよ。
……さて、じゃあ行こっか」
車は道を走り出す。
加賀美さんのいるだろう街へ向かって。
僕は言った。
「ねえ、やっぱり辞めない?僕らが今更会うのなんておかしいし」
手ゆびを縮こませて下を向いた。加賀美さんの新しい選択なんて見たくなかった。
僕のヒーローだった加賀美さんまで消えてしまいそうだから。
「別に無理に会わなくても良いよ。新恋人と連れ歩く様を見て欲しいだけ」
「どうしてそんな意地悪言うの?」
「それだけ君のこと好きだから!……ごめんね大きな声に驚いちゃったかな」
「詩音くん……」
「俺の影に隠れとけば良いよ。でもさ、万が一加賀美さんに会っちゃったらなんて言いたい?」
「……優しいあなたが大好きでした、とか……?次の人は大事にしてあげてくださいね、とか?
……でも今更なんだよって感じだよね向こうにとってはさ……」
「それ言ったら前に進めそう?」
「さあ……でも良い加減ケリをつけなきゃって思えるのかもね……」
「そりゃ良い。是非そうして欲しいね」
詩音くんは僕の手をそっと握った。
片手でハンドルを切って、すいすいと車は進む。
僕は気持ちを清算させられようとしているのかな。詩音くんはちょっと強引だ。でもこうやって強引さに引き摺られて、加賀美さんへの想いを断ち切っていくのが人生の正解なのかもしれない。
心の中が本当は空白でも、きっと生きてはいけるはず……。
それからしばらく、僕がぼんやりと外を見ていたら。
「……あ、見てナツミちゃん。あの店なんか良い感じじゃない?」
それは可愛い動物モチーフのネオンが輝く、バーの様な場所だった。フラミンゴがカクテル飲んだり、コアラがサングラスしてたり、色々。
「お。お酒もある、ハンバーグある、深夜営業中!だって。ちょっと寄ってこうよ。ナツミんはずっとしょんぼりした顔してるから。お酒でも飲んでちょっと気持ち楽にしたら?」
「う、うん」
かわいい動物モチーフは好きだ。僕がそういうの好きって言ったら加賀美さん『反吐が出るぜ』みたいな顔してたことあったなあ。
『見るからに可愛いもの』がどうも苦手だったもんなあの人。懐かしいや……。
ちりりんと木製の重たいドアを開ける。
中はやや南国風の内装で、結構広い。ゆるいBGMが流れていて、気楽に飲めそうな雰囲気だった。
「あ、ドライカレーもあるだって。トロピカルカクテルにマンゴーカクテルも。俺は飲まないけど、なっちゃん好きなの頼みなよ」
こういう店に加賀美さんとデートに来るのとか憧れだったなあ。叶わなかったけど。
詩音くんとおしゃべりして、気ままな時間が過ぎていく。向き合ってマンゴージュースを一緒に飲んだ。僕をじっと見つめてにこにこする詩音くん。
「……その茶色の髪似合うね」
「カッコ良すぎて恋に落ちちゃった?」
「そうは言ってないけどさあ……もうハハ、困るなあもう」
「詩音くんの腕の中はいつでも空いてるよ」
「いつも勝手にそこに僕をしまってるじゃない」
「そっか。ずっとしまっとけばいいんだ」
「もう。酔ってるの?」
くだらない話をして、じゃあそろそろ行こうかと席を立つ。
詩音くんはさりげなく僕の背を抱いた。大きな体に包まれる安心感みたいなものを感じて、僕は少しドキ、とした。
なんだかんだで詩音くんといるのは気楽だ。双子でも随分違うもんだなあ、なんてのんびり考えていた。
会計を済ませて出入り口のドアを引いた。
向こうにちょうど人が立っていたみたいで、鉢合わせという形になった。
「あ、ごめんなさ……え……やだ、嘘……」
「お前……」
驚いた。
加賀美さんだったから。
加賀美さんも驚いた顔で僕を見下ろしている。後ろに女性を連れている。心臓がバクバクする。
「お前、何しとんのこんなとこで……そこどいてくれ」
偶然会ってしまったら言うはずだった言葉は何も浮かんでこなかった。
飛沫をあげて散る、あの海の波みたいにどこかへと消えてしまった。
僕は走ってその場を去った。
「ナツミ!待ってよ!」
詩音くんは僕を慌てて追った。
逃げる様に車内へと戻る。突っ伏して顔を覆った。
「……っ……うっ……」
詩音くんは慌てて僕を慰めた。
「ああ、ごめんねナツミちゃん。俺は本当は加賀美さんと会わせる気なんかなかったんだよ。
居場所知ってるなんて言ってごめんね、大嘘だった。どっかで適当に車停めて、いるはずのない加賀美さんを待って、そこで君の気持ちを吐き出すだけ吐き出させられたらって考えてたんだ。そこに恋心を全部置いてってくれたらって。
だけどこんなところでバッタリ出くわすなんて本当にあり得ない。最低なご縁だ。信じられないよ!……ねえ、そんなに泣かないよナツミちゃん」
いつまでも詩音くんは僕を抱きしめてくれていた。
奇しくも詩音くんの発言は本当のことになり、僕はただ涙をこぼすしかなかった。
続く

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