◆都市伝説探索レポート#7 隙間女①
「が……っ瓦落くん……!どっどうしたの!?」
目の前にはブレザーの制服を着た黒髪の男の子。
いつもの待ち合わせ場所で声をかけられた時、人違いだと思ったんだけど、なんとそれは登校モードの瓦落くんだったのだ。
「……久しぶりにどうしても学校に行かなきゃなんねえって日で……これは担任に黒染めのスプレーまかれて……」
所在なさげに目を逸らしている。
ピアスは多分先生に回収されたと思われる。ネックレスはもしかするとちぎられたのかも。
指先に普段嵌めている幾つかのごつめの指輪もなくなっている。
いつもの大人っぽさが鳴りをひそめ、ツッパリからもはや好青年寄りになってしまった瓦落くんを見て僕は……。
「かわいい〜!」
と1人笑いを堪えきれずに笑い転げたのである。
「笑うんじゃねえ!」
ってずっとキレている瓦落くんにごめんごめんと謝りつつ、一緒にマックに入って窓際の席に座る。
「……家帰ったら速攻また染める。学校はしばらく行かない」
プイッとしながら、てりやきバーガーにかぶりついている。久しぶりに学校行ってお腹空いたんだね。ポテトもすごい勢いで減っていく。
「いや怒らないで聞いてほしいんだけどさあ。瓦落くんその清楚系もふふ良いんじゃないふふ」
「笑ってんじゃねえか」
「いやっうそ嘘、本当に良いと思うよ。なんかこう正統派になっちゃったなあって」
「はあ〜?」
普通に爽やかイケメンになってしまったんだ。か、格好良い〜!ってキュンキュンが止まらない。こんな瓦落くんも好きだな〜なんて。僕得日なんである。
ポテトを一本拝借する。
「久しぶりの学校どうだった?なんか目ぼしいことあった?瓦落くんの学校の話聞かせてよ」
「ああ、まあ進路指導するって言われて、それ来なきゃ留年って言われて……まあ久しぶりに学校の奴らに会ってバカみたいな話してきたな。由真が聞いたら耳ちぎれんじゃねーか?
あ、そうだ。そういえば進路指導を廊下で待ってる時、廊下の奥に女子がいたんだ。物陰に隠れるみたいにして、それでこんな女子いたっけって思ったんだよな。
髪黒くて長くて、肌が真っ白の。ウチの学校には馴染みなさそうな……。
……っていうかあいつウチの女子の制服となんか違ってた気がする……古い制服で……なんかずっとぼうっと突っ立ってるから、お前ここ椅子空いてるから座ればって声を掛けて……。
女が振り向いて……。
それで……。
……」
「瓦落くん?」
少しぼうっとして何だか様子がおかしい。
「……」
「?ねえ、瓦落くん、瓦落くん!」
ブレザーを着たその肩を揺する。
「!え?あ、あ、ごめん、何だっけ。ぼんやりしてた。どこまで話したっけ」
「廊下で女の子と会ったってところまで」
「あ、ああ……それで、えーと……あれ、あれ……それからの記憶があんまりねえや。
なんでだっけ……なんかそっから結構ぼんやりしてんだよな……いつの間にか電車乗ってて、ハッとしたら由真から電話が来て、それでここに来て………あっていうかお前俺の黒髪笑ってんじゃねえーよ!」
ってそこからはいつも通りの瓦落くんだったんだけど。
僕はなんだか変な瓦落くんが少し気になった。
◾️
※瓦落視点
それから俺たちは繁華街をぶらついて解散した。
何だか調子が出ない。頭の中にずっとノイズが掛かってるみたいだ。
家に帰る。部屋ん中は真っ暗で誰も居ない。
いつものことだ。
2階の自分の部屋に入ってベッドに寝転がる。
あーあ、疲れたぜ。
壁かけ時計を見つめる。あ、あれずっと電池切れてんだっけ。腕時計を確認する。
良い時間だな。このままちょっと寝るか……。
うとうとと目を閉じようとしていた時。
脳裏に夢の様に今日の学校でのことが蘇ってきた。
……。
『おい、お前そんなとこ1人で突っ立ってないでここ座れば。疲れるだろ』
女は振り返った。そうだ、そして白い肌、唇を歪ませて心底嬉しそうに笑ったんだ。
『あら、あなた。私が見えるのね。それにこんな風に声を掛けてくれて……嬉しい。こんなのって初めて。
ねえ、着いて行って良い?
お家で待ってるわね』
……!!!
ハッとして飛び起きた。
ドッドッドッと心臓が鳴っている。
い、今のって夢?
いや違う、今日学校であったことだ。そうだ、そんなやりとりがあった!
着いてって良い?って聞かれたあと、あの女は消えたんだ!
家で待ってるって?いや、嘘だろ?
変な冷や汗が背筋を垂れる。
「……!」
そのとき、俺はふと何だか誰かに見られている様な気がした。
無視できない違和感に不安が増す。部屋の中を見渡す。……誰もいない。
いつも通りに散らかった部屋があるだけだ。
「……気のせいだよな……」
気を紛らわせようと携帯を取り出してSNSでも見ようとした。だけど。
「!」
やっぱり視線を感じる。というか『誰か』の気配を感じる。めちゃくちゃな熱視線で見られている。
バクバクと心臓が鳴る。
あの女か?どこだ?
部屋の中をどんなに見渡しても誰もいない。
俺は意を決して恐る恐るベッドの下を突然覗き込んだ。怖くてたまらない。
だけど埃っぽい床が広がっているだけだった。
その間も視線は消えない。
どこだ、どこだ?どこだ!
俺は思い切ってクローゼットの中だの、カーテンだのをめくっていく。
でも誰もいない。
いよいよ心拍数が上がる。気分が悪くて吐きそうだ。
こんな部屋には居たくなかった。どっか外にでも出かけよう。由真にでも連絡しよう。今日会うの2回目だけど、良いよな?
そう思って部屋を出る直前、つい壁にかけた鏡で髪を整えていたとき。
……俺は鏡越しに目が合っちまった。
数センチの隙間もないはずの、棚と壁の間から俺をじっと見つめる女と。
「あああ!!!!」
俺はびっくりしてそのまま部屋を出ようとした。
だけどドアはほんの数センチしか開かない!
「ひっ……ひ……」
なのにその数センチ開いたドアの隙間から、あの女がこっちを覗いている!
ドアノブから手を離し、俺は部屋の床に座り込んだ。
たまたま目に入ったテレビ台。テレビ台のわずかな隙間からも、あの女が見ている!
「う、嘘だろ!?」
ベッドに避難した。布団を頭から被った。布団を剥いだら、隙間という隙間からまたあの女がどこかから見ている気がする。
携帯は運悪く鞄の中だ。鞄はドアの近く。
『これで2人っきりね』
『ずっと一緒にいましょうね』
『ずっと、ずっと、ず う っ っ と 一 緒 よ ……』
あの女の声が頭の中に響く。
それが本物なのか、俺の妄想なのか分からなかった。
◾️
※由真視点
僕はどうにも瓦落くんの様子が気になって、何度か連絡を入れた。だけど一向に返信が来ない。
昼にマックで会った時、霊に取り憑かれている感じはしなかったんだけど。霊に当てられただけかと思っていたんだけど。
僕は思い切って家に行ってみることにした。前に教えてもらって場所は知っていた。
……近づいてゾクッとした。『逃さない』とばかりに怨念が家に絡みついている。それも特定の場所だ。
インターホンを鳴らすけど誰も出ない。
試しにドアノブに手をかけると、それは運良く開いていた。
「瓦落くん?すみませんお邪魔します……」
玄関には瓦落くんの靴のみだ。いつものスニーカー。
この怨念の絡みつく家で、瓦落くんは1人で過ごしていることになる。
真っ暗な一階には誰もいなさそうだ。
2階だろうか。階段を駆け上がる。
ドキンドキン、と心臓が鳴る。
「瓦落くん?由真だよ!ねえ、ごめん勝手に来て。心配で……」
瓦落くんの部屋のドアノブに手を掛けた。
ほんの少しだけ開いたけど、それはものすごい力で押し返された。
バタン!!!と音が響く。
『近づくな』という怨念をものすごく肌で感じる。
「瓦落くん!ねえ瓦落くん!由真だよ!無事!?」
ドンドン扉を叩く。返事がない。
ドアに耳をそばだてる。
『……うぐ、う……っ…』
瓦落くんの苦しむ声が聞こえる!
『……だ い す き……』
くぐもった女の声。ゾクッと背筋が悪寒が走る。霊感ていう意味だけじゃない、なんだ、ベッタリと絡みつくような念は!?執着心なんて生やさしいもんじゃない!
ダメ元で持ってきたお札を部屋の扉に貼る。
「!」
だけどそれは一瞬で真っ黒になると真っ二つに割れた。『私と彼の時間を邪魔するな』そんな感じだ。
「瓦落くん!」
僕は一度下がって鞄の中身を開ける。霊力のある小刀を取り出した。
あの女の霊はこの部屋全体に取り憑いている!
なら部屋全体があの女ってことだ。
「ええい!」
手加減をしつつ、扉を小刀で引っ掻いた。
途端にイヤァアアア!!と金切り声が聞こえたかと思うと、一瞬だけ扉が開いた。
「!!」
真っ暗な部屋の奥から、目の血走った女が、気味悪く黒髪をながあくした女が、こっちをぎょろりと睨みつけている!
ひび割れた長い爪がドアから覗く。
『彼は私のものよ!』
そう金切り声で叫ぶ様に言うと、またドアを締めようとした!
僕はその隙間に小刀を一瞬の差で差し込んだ!
『キィアアアアア!!!!』
女の耳をつんざくような悲鳴と唸り声、ギョロギョロと殺意あらわの視線で睨みつけられる。
だけど僕だって負けてられないんだ!
少しずつ小刀を深くえぐるように突き立てていく。グッグッグッと深く強く刺していく。相手の心臓を突き刺すかの様に。
ドア越しに女とぎりぎりと睨み合う。
霊力のある小刀の威力に耐えきれなかったのか、女の悲鳴と共にドアはバアン!!と開いた。
「瓦落くん!……うっ!」
ベッドで眠る瓦落くんのワイシャツははだけ素肌はあらわだ。ズボンにも手がかけられたあとがある。愛おしげに撫でた跡の様な手形のあざ、細長い爪で引っ掻いた様な無数の傷跡!
「まさか……」
この霊、瓦落くんと無理やり恋人になろうとしている!
「め、目を覚ましてよ!」
揺らしても反応がない。心臓に耳を当てる。音はすることにホッとした。
だけど次の瞬間、ものすごい力で外に引きずり出されそうな引力を感じた。ベッドボードにしがみつくけど、く、力が強すぎる、こんなの初めてだ、このままじゃ引き摺り出される……!
「く……っ負けるかあ……っ!!」
小刀を、と手を伸ばしたけれど、それは見えない何かに弾かれ遠い壁に突き刺さった。あんな遠くじゃ取れない!
『出 て い け 出 て い け え !!!』
ここで出て行ったらとんでもないことになる。瓦落くんはこの女の婿にされてしまう!まずはこの女の標的を瓦落くんから逸らすことが先決だ!
「誰が渡すかぁあ!!」
僕は力を振り絞って引力に抗い、瓦落くんに近寄った。
眠ったまま意識のない瓦落くんに、僕はキスをしてみせた。
その瞬間、鼓膜が破れそうな音量で女は叫んだ。
『ギィヤアアアああああああああ!!!!何をした何をした何をした何をしたお前お前お前殺してやるからァアア首洗って待ってろウウウウウアアアア!!!!!!!!!』
そうして消えた。
次の瞬間、部屋の電気がついた。
「う……」
「!が、瓦落くん!」
目を覚ました瓦落くん。相変わらず端正な顔立ちだ。大きな瞳が僕を捉えた。
「由真……来てくれ……う……」
大きな手が僕の頰に伸びたから、その手に擦り寄った。大きくてあったかい手だ。
「うん、無理しないで。僕がいつでも助けに来るからね」
「ゆ、ま……」
すこし厚めの唇。成り行きとはいえさっきキスしてしまった。もっとちゃんと出来たら良かったのだけれど。
きっと体力を消耗したのだろう、瓦落くんはまた眠ってしまった。
僕は瓦落くんの衣服を直して布団を掛けると立ち上がった。
女は多分、次は僕の家に現れる。僕が1人きりになる瞬間を狙って。その時に呪い殺す気だろう。
僕はあいつと対峙しなくてはならない。
続く
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