ホラーBL

◆都市伝説探索レポート#6 廃病院のカルテ③

その時。コンコン、とノックの音が聞こえた。ゾク、と背筋が震えた。

ハッと振り向くと、壁下の小さな小さなドアから何かが差し入れられた。キュッキュッという靴音が遠ざかっていった。

恐る恐る覗いて見ると……

銀のお盆に臓器っぽい何かが乗っている!

更に信じられないことに、その子は這いずっていってその臓器っぽいものを手に取ってむしゃむしゃと食べ始めた!

あまりの光景に何も言うことが出来ない。

こんなのおかしい。狂ってる、間違ってる!

つ……と背中に冷たい汗が落ちる。

恐ろしいのは、さっきノックの音が聞こえた時に霊的な気配を感じたことなんだ。

幽霊の様なナースが、この子に給仕してるってこと?

既に怪奇と化し、この世のものではなくなった医師である父親。

幽霊のナース。

この世のものではないこの魚鱗病院という場所。

そしてその中で、まだ細々と狂った方法で生きているこの男の子。

ドクン、と心臓が鳴る。

霊なら切り裂けば良かった。でもこの子はまだ生きている。

「……少しそこで待っててくれますか。ここに1人でいるのは心細くて……僕は眠魚(みお)と言います」

僕はギュッと手のひらを握った。

ふと部屋の中を見たら、小さいけれど未だ鋭い光を返すメスを見つけた。

僕は手早くそれを拾ってポケットにしまった。

「ねえ?ねえ……」

「う、うん……僕はまだここにいるよ……僕は由真。よろしく……」

眠魚くんはほんのり口角を上げて微笑んだ様に見えた。

「もうすぐ手術があるらしいんですけど、今度こそそれで終わりだって父さんが言ってて……」

瓦落くんの体を使って、偽りの人魚の完成という訳だ。

「へ、へえ……そうなんだ……」

メスの刃の部分をそうっとそうっと指先で撫でながら答えていた。

この子がいるから瓦落くんは危険な目に遭おうとしている。生まれてから僕のことこんなに理解してくれたの瓦落くんだけなんだ。

この子がいるからだ。この子がいるから。

この子さえいなければ。

メスの刃先が僕の指先をつ、と傷つけた。

「ねえ、由真くん。ところでさ」

「な、何?」

ドキッとした。

「由真くんはどこから来たの?」

「え、えっと、この病院の近くで友達と遊んでたんだけど、それでちょっと、ここに迷い込んじゃって……」

「そうなんだ。良いなあ。僕は生まれてずっとこの
病院から出たことないから」

「!……そうなんだ……」

「僕には父さんしかいなかったんだ。友達も父さん」

「…………そう、っか……」

「近くの渋谷とか池袋って明るくて眩しいんでしょ?眩しいってどういうこと?騒がしいってどんな感じなのかなあ」

びちゃ、と尾ひれが水を打った。この子にもう人間の脚はない。奪われてしまった。

「眩しいのも騒がしいのも、なんか落ち着かないってことだよ。ここは静かなのは良いよ、うん……」

「ねえ由真くん、友達になってくれる?ここに来てくれたの、君くらいなんだ。隣座ってよ」

「………う、うん、いいよ……」

相手は油断している。今がチャンスかもしれない。

バレないようにポケットからメスを取り出す。

どこを狙えば良い?既に腐りかけている脚か。背中か。首か。

『殺して良いの?』ともう1人の自分が問う。

どうせこんなんじゃ長く生きられない、楽にしてあげる方がむしろ親切なんだ!

そう僕は心の中で喚いた。

そう、そうさ。これは良いことなんだ。

ドキンドキン、と心臓が鳴る。手が震える。
スッと息を吸った。

「ねえ、由真君。キミってもしかして心臓弱いの?」

「!えっ……」

「君の心臓、さっきからドクンドクン音がしてるから。僕は目が見えないからなのか、昔から人の心の音が聞こえるんだよ。知らないところに迷い込んじゃって緊張してるのかな。……もっと近くに来て」

「う、うん……」

「こうしてるとね、ちょっとはホッとするかもしれないよ」

眠魚くんは僕を抱きしめた。触れた素肌はひやりとして少しざらついていた。

眠魚くんの背中越し。手に持ったメスが部屋の赤いランプを反射してぎらりと光った。迷うな。今だ。今だ。今だ。今だ。今だ。今だ!

「……かわいそうに、心臓のどきどきが鳴り止まないね。無理はいけないよ……」

「…………」

「お家に帰れそう?ひとりは寂しいもんね。ごめんね、僕は道案内はしてあげられないから……」

「…………!
……う、うん、大丈夫……」

僕はメスを握った手を下ろした。

いけない、何を考えていたんだろう。ダメだ、こんな子を犠牲にしては……。

「……ありがとう眠魚くん、元気でたよ……」

そうだ。皆で助かる方法を考えなきゃ。そうだよね。瓦落くん。君ならきっと誰のことも見捨てないよね。

「あ、ねえ眠魚くん。良かったらさ、病院のこととかお父さんのこととか、もっと教えてくれない?」

僕は前向きに情報を集めようと、話を持ちかけた。

そう、あの怪奇となった父親をどうにかすれば、この子もどうにかなるかもしれないと思ったからだ。

眠魚くんは実際に色々と話してくれた。

「この病院は元々僕のために作られた様なもんなんだよ。父さんは院長でね。僕のことをうんと可愛がってくれた。病弱な僕をずっと心配してくれていたんだ。

僕のことをどうにか健康な身体にしようと研究を欠かさなかった。

だけどある時、父さんが暮らす家が火事になっちゃったらしいんだ。機器類のショートと聞いてるよ。

……そのあたりからかな。父さんの様子がなんだかおかしくなったのは……」

「へえ……そっか……」

ピンと来た。きっと父親は本来はその時に死んでいるのだろう。だけど愛する息子への執着が、彼を怪奇へと変貌させたのだろう。

院長の医師を失い廃墟となったこの病院で、奇跡的に息子を生きながらえさせながら……。

ああ、一体どうやってこの親子を救ったら?

そう内心で頭を抱えた時。

コンコンと誰かが部屋をノックした。

良く見ると扉がある。また誰かが『食事』を持ってきたのだろうか?

コンコンと再度鳴る。

「あ、はい。今開けますよ」

僕はガチャリと扉を開けた。

 

 

◾️

ハッとして起きた。

真っ暗な部屋だ……。ここはどこだ。あっそうだ!

「由真、由真?どこだよ?」
『おおおお目覚めでですかあああ』

!!!

扉がギイっと開かれた。

眩しい手術室のランプを背景に、あのクソ医者が立っていた。

『しゅしゅ手術は失敗いいい。あなたの骨や臓器がが頑丈そうで欲しかったんんですけどねええええ。誰かの祈りのの加護がつつ強いみたいいい』

「うっせえ!!ハッキリ喋れよ!逐一聞こえねえんだよ!!」

気を害したのかソイツは大股でこっちへ来ると、俺の髪の毛を鷲掴みにし、耳元で喚いた。

『これで聞こえますかああ』

!!!

大音量のその不気味な声に、脳みそを掻き回される思いだった。

ギッと髪の毛を掴まれていたい。それに身体のいろんなところが痛い!

『あなたにはウチの息子のドナーになって欲しいんですよよ。愛する我が子ですからああ』

「ハア!?」

『だだけどあなたのこと護る力が強すぎてて、あなたに手出し出来ないんですよよ。メスも深く入らなくてて、参りますよよ』

まさか由真が?俺を護っていた?

「へ、俺には最高の守り神がついてんだよ!」
『だから元凶には死んでもらいますす』

ハッとして見れば、向こうの手術室で由真が寝ている!ぐったりとして目を開けていない。

「由真!」

だけど身体が動かない!まるで金縛りにでもあってるみたいだ!どうなってんだよ!

『この子ですねええ悪さしてたのはは。息子の部屋にまで辿り着いて悪いネズミですねええ。

尋常じゃない殺意感じたからとっ捕まえてきましたよよ』

「由真はネズミじゃねえ!ドブネズミはてめえだろ!」

そのクソ医者はツカツカと手術台の方まで戻ると言った。

『彼には死んでもらいます。術式開始いい!』

メスを掲げ、由真の首へと向ける。

「由真ああ!」

ズプ、と柔らかい首にメスが食い込み血がこぼれ落ちた。

ドクンドクンと自分の心臓が飛び跳ねている。

「いやだ由真!お前が死ぬところなんて見たくない、見たくない、冗談じゃねえよ!」

由真は返事をしない。

一緒に過ごした日々が頭を駆け巡る。

細いくせにやたらガッツがあって、報われない奴らの味方だった由真。重い事情背負ってるくせに俺には共有しなかった由真。俺には一緒に背負わせてくれなかった由真。

由真の首からドプ、と血が吹き出した。

「ああああぁぁああああ!!!!!!!!」

俺はお前に救われたのに、俺はお前にまだ何もしてやれていない!

その時俺は、信じられない力が湧き上がるのを感じた。自分を押さえつけていた見えない何かの力を跳ね除けて立ち上がる。ベッドを飛び降り走り出した。全てがスローモーションに見える。コンマ1秒が死ぬほど長く感じた。自分の靴音がすぐおく大きく聞こえる。集中し過ぎたプロボクサーがこんな視界になることがある、とどこかで聞きかじった知識が頭を掠めた。へ、こんなんバカな俺らしくねえ。

その一方で、ダン、ダンッと自分の靴音が頭ん中でこだまする。視界も聴覚も、いよいよゆっくりに感じる。

俺がこの時考えてたのは、俺の由真に手を出すな、これだけだった。

驚いたのだろうクソ医者がゆっっくりと振り返る。俺はその横っ面に渾身のパンチを入れた。

 

ガッシャアアアン!とクソ医者は倒れた。

その音でハッとした。いつも通りの時間の流れに戻った。

俺は馬乗りになってもうめちゃくちゃにパンチを入れる。喧嘩は得意だった。いつも自分が父親にされていたことだったし、ストリートファイトで誰かにやっていたことだった。

喧嘩上等だった自分が本当はダサくて情けなかった。それでもツッパらざるを得なかった。だけどそんな過去があるから俺は由真を守れる。

「ああぁああああああああ!!!!!」

クソ医者の胸ポケットに入っていたメスを見つけた。咄嗟に引き抜いた。

心臓に刺すつもりで振り上げた!

「俺が全部終わらせてやるよ!」

 

 

続く

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マシュマロ

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