「何なんだよこれ!」
僕らは携帯の電源を切った。
部屋の中の電話機のコードを抜いた。
やっと静かになった室内……。
「おさまった……?」
その時。ガチャと誰かが突然部屋に入ってきたんだけど!
「あああアナタですかああ電話に出ない悪いカンジャはアアアアア!」
「ギャアア!!」
両手を前にしてゾンビみたいな迫り方で全然知らない人が部屋に入ってきた!サラリーマンぽいその人は顔つきがおかしい。目が変な方向向いていて、赤黒い涙が両頬を伝っている!
「っテメエ何なんだよ!!」
瓦落くんはその人を膝蹴りすると背負い投げして床に叩きつけた!
「由真、逃げるぞ!」
僕の腕を掴んで瓦落くんは力強く走り出した。
◾️
「……ハアっハアっくっハア!」
カラオケ店を走って逃げてきた僕ら。汗だくだった。
人目についたらいけない気がして、とりあえず雑居ビルの間に滑り込んだ。
「……さっきの人、魚鱗病院に呪われて使者にされちゃったんだろう、ね。げっほ」
「知らねえオッサン使者に使うって、迷惑すぎるだろ、ハアッはあ。これでやり過ごせた、か?」
瓦落くんは汗だくの額をぐいと袖で拭った。
「はあ、ところで、由真、はあっ心臓は大丈夫なのか。こんなに走ったけど。ほら、水飲めよ」
「ん、うん。今の所大丈夫。ふう、水ありが……」
正直喉がカラカラだった。だけどグビ、と一口水を飲んだところで僕は言葉を失った。
「が、が、瓦落くん、あっちからも来てる!」
「!」
雑居ビルの狭い路地の向こうから、さっきみたいな人がこっちに向かって手を伸ばして歩いてきてる!
ガラン!とペットボトルが床に落ちるのも構わず僕らは走って逃げた。
◾️
「……ふっざけんじゃねえよ……死ねよクソ医者がよ、対面でぶっ飛ばしてやるぜ、はあっハアッ……」
恐怖とマラソンによる疲労で瓦落君はブチ切れていた。
僕らは結局、魚鱗病院の前に戻ってきていた。
「結局、ここをどうにかしないとずっとああやって、付け狙われるもんね……」
「ああ、やるしかねえ。どうせ狭い病院だ。さっさとクソ医者ぶっ飛ばして帰ろうぜ。
……行くぜ、由真」
深呼吸して瓦落くんはドアを開いた。
ぎ、と大きく開けて中に入る。
僕が懐中電灯で床を照らしたんだけど……。
「えっ!?」
僕らは驚いた。さっき来た時はなかったはずの地下への階段が目の前に出来ている!その奥には壁。通路だったはずなのに。
おかしい、絶対こんなんじゃなかった。
やっぱり外に出ようかと一瞬迷ったところで後ろでバタン!!と鉄製のドアが閉まった。
「あっ待っ……!くっそ……」
暗闇の中、瓦落くんの指先に触れてしまった。そのまま指先を握られて心底ドキッとした。
「こうなりゃ仕方ねえ……」
お互いに目を見合わせて頷く。僕らは地下への階段を一歩ずつ降りていった。
「ヤツの狙いはお、俺だ。先行くぜ……」
瓦落くんは先を歩き、僕が階段から落ちない様になのか腕をしっかり引いてくれた。
長い階段を降りていく。階段がやけに長すぎる気がする……。いや実際そうだ。僕らは異界に連れ込まれている。このまま地獄に辿りついてしまいそうだ……。
この先、一体どんな怪奇が待ち受けているというのだろう。
「ねえ瓦落くん。こ、怖くない、の……?」
「……べ、別に……俺だってなあ、やるときゃやるんだよ。由真に守られるばっかりじゃあ、ないんだ、ぜ。……!」
その時、遥か下からぴちゃんと謎の魚の跳ねる様な音が聞こえた。ビクッ!と体を一瞬硬直させた瓦落くん。
やっぱ怖いよね。瓦落くんのことは僕が絶対守る。
そのまま歩みを進める僕ら。
暗闇の中、すこし魚が腐った様な匂いがした。最初気のせいかと思ったけれど、それは徐々に増した。
「なんだ?魚の解体ショーでもしてるってのかよ……く、吐くぜこんな匂い……由真、大丈夫か?ごめんくちゃくちゃだけど、これ当てとけ」
瓦落くんはポケットからタオルハンカチを出して僕の口に当ててくれた。瓦落くんの爽やかな香水の匂いがふわ、と香って今はすごくありがたかった。
瓦落くんは大丈夫?という思いで見上げたら、瓦落くんは僕のあたまをただくしゃっと撫でた。
◾️
そうてようやく辿り着いた先。
「な、何ここ……!」
「げえっ……!」
ついた先は大きく開けた場所で、大量の水槽、大量の魚の死骸!死臭がやばくてこっちの息も絶え絶えだ。
それに牢屋みたいな部屋もあった。中には……。
「ヒッ人骨……!」
どう見ても人の骨と、それから魚の死骸と骨。
どうして一緒になってるの?
まさか人体実験……。
「オエッ……」
「大丈夫か由真!」
怖いのは耐性あってもエグいのは無理な僕。
見たくないはずなのに、だけど目が離せない。
その時きいいんと耳鳴りがして、僕の意識は薄らいだ。ドクンどくんと心臓が鳴る。
そして頭の中に何か映像が流れ込んで来る。
こ、これは……過去にこの牢屋にいた誰かの記憶?それを追体験させられているみたいだ……!
ー……痛くて痛くて堪らない。自分の体を見下ろすと、下半身が魚になっている、脚がない!
体が腐っていく!
「ぎイヤァァアアア!!!」
「おっおい由真!」
!
瓦落くんの呼び声にハッと意識を取り戻した。
すごく不安そうな瓦落くんの顔が目の前にある。
「おい、顔真っ青だぞ、一体どうしたんだよ!」
「が、瓦落くん、ここ人間と魚をくっつける実験をしてたんだ!きっと、失敗して多くの人が死んでる!」
「なっ……!」
「が、瓦落くん、それで僕分かったんだ。瓦落くんのあのカルテの意味!お、落ち着いて聞いて」
不安気で真剣に僕を見つめる瓦落くんの手首を掴んで、その先を言おうとしたその時。
ガガガッとスピーカーの音が聞こえた。
『まあああってましたよおおおおがが瓦落駿は手術つつつ室へどうぞおおおお執刀医はこのわたくししし』
!
その時ふっと懐中電灯の灯りが消えた!真っ暗な最中、ものすごい力で瓦落くんが何者かに引っ張られようとした!
「瓦落くん!しっかり僕に捕まって!行かないで!!」
「由真!」
瓦落くんを離すもんか!僕は必死に瓦落くんの手首を掴んだ。
やだやだやだ行かないで瓦落くんは誰にも渡すもんか!!
『しつこいお連れの方は待ち合いでお待ちくだささささいいい!!』
!!!
怒った様な不気味な声と共に、僕の手に鋭い衝撃が何本も走った!痛みでつい手を離してしまった!
ぱっと離れていった瓦落くん。
「瓦落くん!」
次の瞬間、パッと懐中電灯の灯りが戻った。
僕の手首は鋭いメスで切り付けられたかのように縦横無尽に細い切り傷が走り、血が滴っている!
痛い、でもそれどころじゃない!
「瓦落くん!!!」
瓦落くんはもういなかった。
引きずられた様な血の跡をべったりと床に残して。
◾️
……ピッピッという電子音がどこかから聞こえる。
目を瞑っていてもライトが眩しい……。由真……?どこだ?そこにいるの、か……?
だるくてだるくて、身体を動かすことが出来ない。
だけど。
ずぶり、と鋭い痛いが腹を襲った。
「い、いってええ……!」
その衝撃でぼんやりと意識は覚醒した。
ぼやけた視界の向こうに、医者の様な誰かがいた。にたりとそいつは笑った。
「いいいイキが良いですねえ、これは期待ががが出来るるる」
痛いのに動けない。どうしてこんなに眠いんだ。
さらにずぶり、とメスが俺の胸を刺した。
由真……。お前は、だいじょうぶ、か……。
◾️
「瓦落くん!!」
僕は必死になって中を走り回った。
大量の魚の腐乱死体も今はどうでも良かった。
あの怪奇、瓦落くんから臓器や骨を取り出そうとしてる!今度こそ完璧な人魚を作り出すために!
やるとしたら手術室だ。だけどその手術室が見つからない!僕の霊力を総動員しても、何故か当たりすらつけられない。
「どうして!どうして!?」
僕は焦るあまりに壁にバン!と手をついた。手の切り傷からじわ、と血が吹き出し、白い壁に血濡れの跡を作った。
「く……」
僕は情けなくて悲しくて、壁に身を寄せた。
ここは誰かが結界を張っているのかもしれない。僕の霊力と張るくらいの誰かが。手術室を隠している。
こんなにチンタラしている間にも瓦落くんの身が危うい。いや、もしかしてもうすでに……。
ぶわ、と全身が総毛たち、冷たい脂汗が吹き出した。いやだいやだいやだ、失いたくない。
……その時。
どこからか人の声が聞こえた気がした。
「瓦落くん……?」
耳をすませる。
!
この白い壁の奥から、誰かの声が聞こえる。
懐中電灯で照らしてよく見れ見れば、オンボロのこの白い壁、後から修理されたような跡がある。
「さがって……せい!」
僕は近くにあった医療用のテーブル台を持ち上げて精一杯の力で投げつけた。
「っらあああ!!」
ガン!!と音がしたのみで、医療用のテーブル台は跳ね返った。
ダメだ、もう一回!!
「せい!おら、開けよ!!!」
こんな時瓦落くんだったらすぐに破壊してくれるのに。物理的に非力な自分が恨めしかった。でもやるしかない!
「瓦落くん!!今行くから!!」
渾身の力を振り絞り、ようやく壁を一部破壊することができた。
そこから中を覗くと、真っ赤なランプがついた部屋があって、大きな大きな水槽があった。
水がほどほどに満ちている。
そして水槽の中には1人の男の子が目を閉じて座っていた。
下半身は、魚になっている……。
心臓がドクン、ドクン、と鳴る。
僕の霊力が反応しない。
……じゃあ、い、生きた人間てこと……?まさか!
「あなたは……だ、だれですか……?」
「!!!」
話しかけられて心底驚いた。
相手は僕と同い年くらいのおとなしそうな男の子だ。
そんな、まさか!!
「君、い、生きてる、の……?」
こくりと男の子は頷いた。
「僕は、生まれつき目が見えなくて……ここは寒い……父さんは……どこ……?」
赤いランプの光をぬるりと反射している。蠢く下半身の鱗の部分。だけど一部、腐っている。このままいけばじきに死ぬだろう。それに身体中に手術の跡がある。
信じられない問いが口から出た。
「……ね、ねえ…。君、人魚なの……?」
「……僕、本当なら病気でもう死ぬはずだったんですって……でも人魚になればずっと生きられるって父さんに言われて……色んなところ手術してるんです……。でも、まだ手術が足りないって……」
僕はごくりと喉を鳴らした。
確かに人魚の心臓を食べれば永遠の命を得られるなんておとぎ話はあるけれど、あんなのデタラメだ。
息子の命を救うために人魚にするなんてあべこべだ、こんなの間違ってる!
魚鱗病院というこの名前からして、よっぽど人魚信仰でもあったのかもしれないけれど。
「ねえ、それよりあなた。誰かの肝臓でも持ってきてくれたんですか?僕はお腹が空いていて……」
!!
僕は察した。
瓦落くんの体は、この子を救うために利用されようとしている。
いやだ譲れないんだ、瓦落くんは!
続く
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